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15 ひとつひとつに想いが込められている。
しおりを挟むそれは昔。
プリシラとアンドリューが婚約を結んだ頃。
アンドリューがプリシラに贈ったドレスや装飾品を、いつもうらやましいと――欲しいとわがままを言った。
「貸すのは構わないけど、あげることはできないわ」
婚約者からの贈り物だから。
姉にはいつもそう窘められた。リリアラにも婚約者ができたら、プリシラも同じようにするから、と……。
何で自分の物を姉に貸さなきゃならないのだろうと、言われた言葉に悩んだけど。やがて婚約者となったバルトからの贈り物は、当然リリアラのものだったし。
そもそも、プリシラがリリアラの物を欲しがることは、貸してと言われたことも一度も無かったのだが。
「あの子は姉なのに、どうして妹に譲ることができないのかしら?」
母もずいぶんと不思議そうに困っていた。
プリシラがアンドリューに贈られたネックレスがあまりにもきらきらとしてきれいだったから、欲しいと言ったことがある。
まだ子どもなプリシラがつけても似合う程度の、かわいらしいものだったろうか。それでもアンドリューが姉たちに相談して悩みながら選んだ品だった。
その時は何だったか、たまたま母子三人で。お茶をしていたのだったか。
母が「あなたはお姉さまなのだからかわいい妹に譲るわよね?」とプリシラに当然のように言って、母自ら固まるプリシラの首から外してリリアラに付けてくれた。
その時は、これこそが正しい姉妹の在り方だと、母もほっとして喜んでいた。
数日後、それを喜んでつけていたら、逢いに来てくれたアンドリューがすごく厳しい目を向けてきたような気がする。
後日、プリシラはさらにきれいなネックレスをつけていた。それは母がどれだけ言っても怒っても、譲ってくれなかった。
姉には専属の侍女たちがつけられ。母が姉から取り上げようとしてくれる度、その侍女が止めるようになって。
母が怒って首にしようとしても、祖父たちが許さなかったし……そもそも、彼女らはフェアスト公爵家から派遣されているから母の命令は聞かないのだと――あの日、母がネックレスを外すのを止めなかった使用人たちの方が首になっていた気がする。
思えば、姉の専属侍女だった女たちは、姉と一緒にエルブライト大公家に行ったのだったか。
離婚したばかりのリリアラの衣装部屋に残っているのは三年前のもう古い流行のドレスと――そうした姉からもらったネックレスひとつと。元婚約者だったバルトからの贈り物の数点。結局姉にはバルトからもらったものを貸すこともなかった。もっとも、姉はアンドリューから年々、もっと良いものをもらっていたし。
バルトと婚約したのは学園に入る年頃だったのもあり、今でも身につけられるデザインだろうか。やはり少々若々しいが。自分なら大丈夫とリリアラは身に付ける。リリアラは本当に美人であるのが幸いか、それらを笑われることはないだろう。
プリシラの――姉のネックレスが一番高価できれいでも。
皮肉にもデザインが子ども過ぎて、さすがにもうつけられない。
リリアラは過去の手持ちのものや祖母のもので、何とか。祖母も仕方なくとため息ついて。
祖母の装飾品は、祖父が愛する妻のために拵えたもの。
ひとつひとつに想いが込められている。
祖母はリリアラに改めて説明した。
「この指輪は婚約が決まったときに」
「結婚して初めての誕生日に」
「こちらは結婚して三年目の記念日に」
――と。
ひとつひとつ、きちんと。
かつてアンドリューがどんな想いでプリシラにネックレスを贈ったのかを。
そしておそらく、リリアラの婚約者であったバルトも。決して安くはないそれらを選んでくれていた、と。
ジョアンナとて孫であるリリアラはかわいい。愛しい。
だからこそ許せないこともある。
どうしてこう育ってしまったのだ。
姉の婚約者を寝取るなど――姉のものを欲しがるなど。
自分が義母に教えてもらったように、伯爵家のことを嫁や娘、孫に伝えてきたはずであったのに。
伯爵家だけでなく、普通に淑女としてのあれこれも。
どうしてこの孫と嫁だけがと、頭を度々抱え込んだ。
そんなに酷いことを――嫁いびりをしてしまったのか?
まさか自分がそんな最低なことをしてしまったのだろうかと、ジョアンナは一時、鬱になりかけた。
息子より「嫁いびりをしないでほしい」と、嫁に対して伯爵家の仕来りを教えているときに、そう言われたのがトラウマになってしまって。
嫁は息子に「義母が自分に意地悪を言う」「嫌なことをさせようとする」「虐める」と、泣きながら訴えたのだという。
まさかそんなつもりはなかった。
自分は嫁いで来たときから義母に大事にされ、同じように厳しくもあたたかく躾けられたから。
けれども自分は義母のようには……?
まさか自分が嫁いびりを?
まさかまさか――!?
――幸い、娘やプリシラ、そして次男の妻となった子爵や、友人の公爵夫人など。
ジョアンナは間違ったことは言っていないと、皆してうなずいてくれた。
むしろその程度で「嫁いびり」とは、と……。
躾と虐めは違うのだ。
公爵夫人が、むしろジョアンナの躾あればこそ娘のジェシカは格上のソーン家にも恥ずかしくなく嫁げたのだし、ネイズ子爵家の外孫も立派な振る舞いをみせていると褒めてくれた。
本来自分などが友どころか、対等に会話することすら恐れ多い生まれの公爵夫人が。
なにより。
「だからこそあの子を……プリシラをアンドリューの相手にと、わたくしは認めたのよ?」
フェアスト公爵夫人――もとは、夫同士が友人であった彼女も。
自分こそを今は、友と。
夫亡き後も。
亡き義母に伯爵夫人としてしっかり躾けられたからこそ、公爵夫人が今も夫も関わりなく、友と呼んでくれているのだ、と。
そう、本来は夫同士が友人であろうと、この伯爵家に王家に縁ある格上の公爵家より婿に貰えるはずがなかったのだ。
「プリシラがあなたの教えを聞いて、確りとしたお嬢さんだったから、孫の相手として認めたの」
情だけではなかったのが、有り難く嬉しかった。
今でこそ、己の躾は義母ように、間違いなかったと胸を張って言える。
だからこその後悔だ。
夫や友人、娘たちが違うと言ってくれていても。
それでも当時は嫁いびりしていると思われることは辛かった。悩んでしまった。自分が酷い姑なのかと。
それにより弱気になり、息子たちを強く止められなかった――後悔が、いま。
だからジョアンナもリリアラに装飾品を貸しはするが、与えることはしない。
かつてプリシラがそう言ったように。
ドレスは流行も、サイズ直しもあるからさすがにあんまりだと親戚たちも用立ててくれたが、装飾品まではそうはいかない。そこまで甘えさせてはくれなかった。
そもそもリリアラに金をかけるなら、領地にかけたい。後々、もしかしたら継ぐエドワードが困らないように。
そうしてやっとリリアラも自分たちの歪な夫婦関係に思い至る。
愛しいアンドリューを姉から奪って満足していた自分の――道化ぶりよ。
思えば、三年間……夫のアンドリューから何一つ、指輪一つも、贈られたものがなかったのだ。
むしろ「婚約者の妹」であったときは、誕生日など、記念日に何かしら姉と共に贈ってくれていた。
その事実をリリアラは改めて思い知り。乾いた笑みを浮かべた後――泣いた。
しかし本当に輝くものだけは――もう身に付けられない。
衣装部屋の奥に。
捨てられないウェディングドレス。
――姉から奪ったドレスは。
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