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12 それは至極まっとうな。
しおりを挟むホンス伯爵家の現当主は――確かにプリシラとリリアラの父であるクライスに。
当主の――名前は。地位だけは。
しかし、祖父は亡くなる前にきちんと手続きをして、印章を――当主の権限を、様々な書類に裁決の許可できるように、飛び越えてまだ学生の孫のプリシラに受け継がせていた。
そうでもないとクライスの代わりにプリシラが伯爵家の仕事ができるはずがなく。いちいち父に裁決のサインを求めるのも大変になっただろう。
クライスが当主の仕事をすることがし難いことも、飛び越えての継ぎなる娘の学園での成績などにより、当主代となることを王宮は調べて――許可を出した。
すでに公爵家の次男たる婚約者も決まっており、彼もまた婿入りする決意で、学園にて娘と共に領地経営などの授業を受けている。それに合わせかねてより優秀な書士を専属で契約している。プリシラたちが学園を卒業するまで書士がしっかり……などと、様々なことを調べて。
これほど先のことを考えられているならば、と。
それはホンス伯爵家の存続の為に、酌量措置にて。
――先の伯爵が存命であれば。手続き当時、プリシラがもしも成人している年齢であったら――当主そのものを彼女に引き継げ、今の問題もなかっただろうに。
これもまた、跡取りを女子や養子にできるようになった時代も背景に関係ある。
本来、当主が印章も持つことが普通であり、当たり前だ。
それは王家より与えられた家紋を彫り込まれている。
この国では家が興ると、統である王家より家紋が与えられる。逆にいうと、家紋があるからこそ貴族である。
お家がお取り潰しになったり、跡取りがいなくなり領地を還すときは、家紋も同じく。
それは家に、血筋に付くもので、誇りと共に守るべきものである。
しかし当主に何かあり、跡取りにも何らかの理由があれば。
例えば跡取りがまだ幼なく後見人が必要なときなど。後見人に跡取りが成長するまで一時、権限を与えるために。
例えば当主である夫に他の仕事――王宮務めで忙しく、領地の仕事は妻や身内に任せたかったときなど。
例えば跡取りが才覚なく不安であり――しかし次の後継者がすでにいるならば、飛び越えてその権限を血筋正しい次の後継者に与えるために。
当主の権限の一部を、印章持つ者に。
もちろん、悪用などされぬよう、王宮にきちんと手続きをしなければならない。お家乗っ取りにならないよう、その審査は王宮も厳しくしている。
過去にとあるお家で。当主の血筋であった夫人が亡くなり、跡取りとなるその娘が成長するまでの一時。入り婿の父親が、与えられていた印章を振りかざし「自分こそが当主である」と何を勘違いしたことがある。娘の代わりに己の愛人の子どもを跡取りにしようと――その家の血筋に縁もゆかりもない、のに。
もちろん、王宮より兵が出動する騒ぎになった。
王宮も毎年、いや、抜き打ちもあり、きちんと確認している。それはそれは厳しく。
学園でもきちんと学んでいたら教えられることでもあるのだが。
権限も一部であり、できないこともありはすることも。
でも、できることも多く。
そのために、ホンス伯爵家の当主権限をプリシラはアンドリューに譲ったのだ。三年前に。
先に前ホンス伯爵――祖父から当主の権限の証である印章を受け継いでいたプリシラが、他家に出ることになった故に。
そのためのあれこれの書類を、家を出る先に王宮にも提出した。
これからはホンス伯爵家のリリアラの結婚相手が、印章を持つことになりますよ、と。
仕事のあれこれのサインはアンドリューになりますよ。彼の名前の隣に印章が押印されますからね、それは間違いじゃありませんからね。と、簡単に説明するなら、このように。
アンドリューは審査はあっさりと通過した。
例のように婿であるはずのアンドリューだが――むしろ審査により、アンドリューこそが伯爵家の仕事をしていると認められている。
「そして私は正式に、ホンス伯爵家の跡継ぎの手続きをして参りました」
「か、勝手に……」
「でも王宮からは許可されました」
「な……」
「他のホンス伯爵家、縁の方々の署名もありまして」
提出された書類はきちんと審査され、許可された。
「リリアラがあと六年のうちに良い婿を見つけ、きちんとホンス伯爵領を統治できるならば、このままリリアラが継げます」
王宮もまた、ホンス伯爵家の行く末を理解した。
確かにリリアラが継ぐのが一番道筋としては正しくは、ある。
だが。
「六年で婿を見つけられず、統治も無理そうならば、ソーン伯爵家のエドワードくんに」
そう、ホンス伯爵家を継げるものは、いる。
プリシラとリリアラには、従兄弟がいた。彼らもまた、資格が無いわけではないのだ。
前ホンス伯爵は、三人の子がいた。
当代ホンス伯爵のクライス。プリシラとリリアラの父親を長男に。
その他に子爵家に婿入りした次男のオリバー。そして伯爵家に嫁入りした娘ジェシカが。親族で集まるときに、長兄を一時なりとも諫めてくれる弟妹が。
そしてジェシカの嫁いだ家こそ、ソーン伯爵家である。
「エドワード……」
それは甥の一人であるとクライスは思い出した。
「何故、六年の……」
その期限は何だろうか。
しかしあっさりとその期限の理由も教えられた。
「それは六年後にエドワードくんが十八となり、成人するからです」
アンドリューは家族――いや、一族会議の話し合いにて、決めてきた。
その場にプリシラが呼ばれながらもリリアラと伯爵が呼ばれなかったのは……それが、今この日のため。
「エドワードくんは、こんなホンス伯爵家を継いでくれると言ってくれました」
ネイズ子爵家に婿入りしたオリバーには娘が一人であり、他家に出すには難しかった。そもその娘こそ次のネイズ子爵であるし。
しかしソーン伯爵家に嫁いだジェシカには二人の息子と一人の娘という、三人の子がいた。
エドワードは末っ子で、まだ十二歳。
エドワードはまだ学園にも入学前で、進路も選択授業も選ぶ前だった。本人がまだこれから好きなものもできようし、興味がでる授業もあっただろう。
だがホンス伯爵家を継ぐ継がないにしろ、領地経営など、学んでおくことに損はない。ソーン伯爵もまた、嫁の実家のあれこれを考えないわけではない。アンドリューの提案に、また別に子供たちともしっかり相談してくれた、できた人であった。そう、選択する科目によっては授業料もかかるのだから。
しかもソーン伯爵は、リリアラが婿を見つけることができるかの六年、アンドリューより印章を引き受けることになった。ホンス伯爵家の書士と相談しながら、ホンス伯爵家の仕事も引き受けてくださるのだ。
将来、次男である息子に爵位を与えられるというメリットはあるにはあるが……落ち目のホンス伯爵家を引き受けることは、現状は――長い先も苦労でしかないのに。
しかしそれもまた貴族の義務。他領とはいえ、困るのは民と――放ってはおけない。妻の実家で、縁もあるわけだし。
子供たちもうっすらと、親戚の醜聞を理解していた。
その上で、エドワードは継いでも良いと、決意してくれた。マイナスからのスタートとなるのを理解もしながら。次男として、大好きな兄の補佐として、愛する生まれ故郷のソーン伯爵領でやりたかったことの何もかも、その時に捨てて。
母の実家を放ってはおけない、と。
今はいろいろ醜聞のホンス伯爵家だが、エドワードが継ぐときはフェアスト公爵家とエルブライト大公家も後見になると、確りした約束がエドワードの救いだろう。ソーン伯爵家ももちろん。
そして最終的に前伯爵夫人――プリシラたちの祖母もアンドリューの提案を認めて、それは王宮に提出された。
我が子かわいさで孫に苦労をかけたことを、夫人は後悔していた。そしてそんな自分たちを含め、怒っていた。
また別の孫に苦労させてしまう結果になったことも。
「だから、一族の総意です」
リリアラに領地の統治ができるのか。
噂広まるリリアラに、今さら良い婿が見つかるのかどうか。
――子ができるのか。
猶予は六年。
それは短いのか長いのか。
それは至極まっとうな、手続きで。
まっとうな――嫌味なほど、正規な仕返し。
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