8 / 10
8 そして、三年が。
しおりを挟むプリシラはエルブライト大公家に行くことになった。
あの家族会議の後、届けられた釣書の方だ。
そして持参金なしでも構わないとあり、潤沢な支度金の用意もあり、プリシラの必要なものはこちらで用立てるので、なんなら身一つで来ても良いとの好条件で。
ただし。
エルブライト大公アーノルドは、プリシラの祖父ともいえる歳のお方であった。
「後妻か……」
「しかもかなりのお年を召してて……」
両親も一応は娘への愛情はあった。歳の近い相手を何人か探していたし、後妻にしてもそこまで歳の離れた相手は……。
だが、選んだのは当の本人。
それに余りにも家格が高すぎて、お断りもし辛い相手だ。
「お姉さまがご自分で選ばれたのだから、喜んであげないと!」
老人に、後妻として姉が嫁ぐとしって、リリアラは喜んでいた。アンドリューのような若くて美しい男を隣に置く、自分の方が上だとして。今後、社交界で会うのがなんて楽しみなのだろう!
リリアラはアンドリューが自分を愛さないのはプリシラのせいだからと、何やら屈折した思いを抱き始めていた。
プリシラが嫁に行き、他の男のものになるなら、アンドリューもいい加減姉をあきらめるだろう。
しかも姉は年老いた男に金と引き換えに汚されるのだ。
そんな女にいつまで未練をもつはずがない。そう隣にこんな美しい存在がいれば、そして私が癒してあげれば……と、身勝手な予定を立てる。
その金はいったい、誰のせいなのか。
エルブライト大公は何年もの昔に愛する奥方を亡くされていたが、この度是非とも、プリシラを家に迎えたいとの打診であった。
「お相手は学園にて優秀者であったと評判のプリシラ嬢ならば、と……」
アンドリューも釣書にうなずいた。
――うなずいた、のだ。
そして吉日を選び、アンドリューへと当主の権限や仕事の引き継ぎを終えたプリシラはエルブライト大公家からの迎えの馬車に乗っていった。付き添いとして何人かの使用人と侍女も付いて行った。
それは給金が払えないからホンス伯爵家からエルブライト大公家に雇ってもらうのだとの、説明で。
そんな理由の首切りは外聞も悪いと、リリアラたちもうなずいて。
――釣書から何から、マリスがそのあれこれ引き受けてきたことは、ホンス家の者達が知らないことで。連絡係になっているのはマリスの仕事だからだろう、と……まあそれは間違いでもなく。
そしてプリシラに頂戴できた支度金を彼女により譲られて、ホンス伯爵家は少しずつ持ち直した。
アンドリューに差配されたが、ゆっくりと贅沢できるようになり。
「やっと正しい関係になったのよ……」
リリアラは、アンドリューがこれでやっと……自分を愛してくれると、安堵した。
憎まれているのは、さすがに理解している。
未だ寝室は別。
毎晩リリアラは夫婦の寝室で寝ている。
いつ、アンドリューの気が変わって、いつ、リリアラを愛しても良いように。
それはいっそ健気でもあろう。
けれど、リリアラがしたのはそれだけ。
寝室でアンドリューを待つことだけだ。
リリアラは健気であろう自分に酔っていた。こうしていつか自分の愛でアンドリューの呪いがとけて、リリアラを愛しに扉を開けてくる日が。
「私が君を愛することはない」
あんな酷いことを言ってしまったのを許してくれと、リリアラに跪いて、今度はリリアラの愛を請うてくるはずだ。
だってリリアラはかわいいのだから。美しいのだから。この金の髪も鮮やかに。
彼女のある意味長所をあげるならば、その高い自己肯定感だろう。
いや、肯定感が高いことはある意味大事だけれども。
アンドリューの身体の不調は「心因性」のものが強いと聞いていた。
不幸な中の唯一の幸い。
薬の使用期限が過ぎていたために、薬効もかなり低くなっていた。
つまり、副作用も少なく。
領地も仕事も落ち着いてきた最近は。彼がカウンセリングに通っているというのも聞いていた。
私とのために、頑張って治ろうとしてくださっているんだ。
そんな愛する妻を再び抱くため健気に頑張る旦那様を信じて待つ妻の私もまた、なんて健気なのかしら。
リリアラは確かにアンドリューを愛していた。姉がそうなら、彼女にとっても初恋の相手であったのもある。
彼らも意外であったが、リリアラは浮気をしなかった。それならそれで良いとすら、アンドリューたちは考えていたのだが。
資金不足でろくに社交もできないということも、仕方がないと受け入れて。新しいドレスを仕立てられないから、恥ずかしくて出掛けられないと、母と愚痴っていたのをたまたまマリスが立ち聞きして納得したが。
それでもリリアラはアンドリューを確かに愛していた。
毎晩じっと、夫婦の寝室で待つという。いっそ屈辱もあろうに。
そう――待つ、だけ。
その日が、その夜が、来ることをうっとりと夢見て。
そんな健気な自分に――酔いしれて。
――隣室で悪夢にうなされ、愛する人を裏切った後悔に苛まれるものがいることを彼女は理解できず……。
カウンセリングはむしろ、その悪夢に。睡眠不足に。
彼女自身は、何ら行動をしなかった。カウンセリングに付き合うことも。自らも病院に行ったりも――アンドリューに謝ることも。
そもそも伯爵領がどうなっているのか、すら。
それは、彼女がしてもらうのが当たり前だと、思っていたから。
金の髪が鮮やかで美しいのだから。
そう、言われてきたのだから。
彼が復活し、リリアラを許して――また彼も、待たしてごめんと、きっと謝ってくる。
「……ふふ、そうしたら、きちんと許してあげるんだから。愛してもらうんだから」
――そして三年後。
短いような長いような、不思議な時間が過ぎた。
「三年子なしは去れと、あります」
――それはアンドリューが、三年前に決めたこと。
49
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。
あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」
セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。
え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫?
いや。私が心配する事じゃないけど。
多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。
伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。
リリアに新しい恋は訪れるのか?!
※内容とテイストが違います
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる