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8 そして、三年が。

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 プリシラはエルブライト大公家に行くことになった。

 あの家族会議の後、届けられた釣書の方だ。

 そして持参金なしでも構わないとあり、潤沢な支度金の用意もあり、プリシラの必要なものはこちらで用立てるので、なんなら身一つで来ても良いとの好条件で。

 ただし。
 エルブライト大公アーノルドは、プリシラの祖父ともいえる歳のお方であった。

「後妻か……」
「しかもかなりのお年を召してて……」
 両親も一応は娘への愛情はあった。歳の近い相手を何人か探していたし、後妻にしてもそこまで歳の離れた相手は……。
 だが、選んだのは当の本人。
 それに余りにも家格が高すぎて、お断りもし辛い相手だ。

「お姉さまがご自分で選ばれたのだから、喜んであげないと!」
 
 老人に、後妻として姉が嫁ぐとしって、リリアラは喜んでいた。アンドリューのような若くて美しい男を隣に置く、自分の方が上だとして。今後、社交界で会うのがなんて楽しみなのだろう!

 リリアラはアンドリューが自分を愛さないのはプリシラのせいだからと、何やら屈折した思いを抱き始めていた。
 プリシラが嫁に行き、他の男のものになるなら、アンドリューもいい加減姉をあきらめるだろう。

 しかも姉は年老いた男に金と引き換えに汚されるのだ。

 そんな女にいつまで未練をもつはずがない。そう隣にこんな美しい存在がいれば、そして私が癒してあげれば……と、身勝手な予定を立てる。
 その金はいったい、誰のせいなのか。


 エルブライト大公は何年もの昔に愛する奥方を亡くされていたが、この度是非とも、プリシラを家に迎えたいとの打診であった。

「お相手は学園にて優秀者であったと評判のプリシラ嬢ならば、と……」
 アンドリューも釣書にうなずいた。

 ――うなずいた、のだ。

 そして吉日を選び、アンドリューへと当主の権限や・・・・・・仕事の引き継ぎを終えたプリシラはエルブライト大公家からの迎えの馬車に乗っていった。付き添いとして何人かの使用人と侍女も付いて行った。
 それは給金が払えないからホンス伯爵家からエルブライト大公家に雇ってもらうのだとの、説明で。
 そんな理由の首切りは外聞も悪いと、リリアラたちもうなずいて。

 ――釣書から何から、マリスがそのあれこれ引き受けてきたことは、ホンス家の者達が知らないことで。連絡係になっているのはマリスの仕事だからだろう、と……まあそれは間違いでもなく。

 そしてプリシラに頂戴できた支度金を彼女により譲られて、ホンス伯爵家は少しずつ持ち直した。
 アンドリューに差配されたが、ゆっくりと贅沢できるようになり。

「やっと正しい関係になったのよ……」
 リリアラは、アンドリューがこれでやっと……自分を愛してくれると、安堵した。

 憎まれているのは、さすがに理解している。
 未だ寝室は別。
 毎晩リリアラは夫婦の寝室で寝ている。
 いつ、アンドリューの気が変わって、いつ、リリアラを愛しても良いように。
 それはいっそ健気でもあろう。

 けれど、リリアラがしたのはそれだけ。

 寝室でアンドリューを待つことだけだ。

 リリアラは健気であろう自分に酔っていた。こうしていつか自分の愛でアンドリューの呪い・・がとけて、リリアラを愛し・・に扉を開けてくる日が。
「私が君を愛することはない」
 あんな酷いことを言ってしまったのを許してくれと、リリアラに跪いて、今度はリリアラの愛を請うてくるはずだ。

 だってリリアラはかわいいのだから。美しいのだから。この金の髪も鮮やかに。

 彼女のある意味長所をあげるならば、その高い自己肯定感だろう。
 いや、肯定感が高いことはある意味大事だけれども。

 アンドリューの身体の不調は「心因性」のものが強いと聞いていた。
 不幸な中の唯一の幸い。
 薬の使用期限が過ぎていたために、薬効もかなり低くなっていた。
 つまり、副作用も少なく。
 領地も仕事も落ち着いてきた最近は。彼がカウンセリングに通っているというのも聞いていた。

 私とのために・・・・・・、頑張って治ろうとしてくださっているんだ。
 そんな愛する妻を再び抱くため健気に頑張る旦那様を信じて待つ妻の私もまた、なんて健気なのかしら。

 リリアラは確かにアンドリューを愛していた。姉がそうなら、彼女にとっても初恋の相手であったのもある。
 彼らも意外であったが、リリアラは浮気をしなかった。それならそれで良いとすら、アンドリューたちは考えていたのだが。
 資金不足でろくに社交もできないということも、仕方がないと受け入れて。新しいドレスを仕立てられないから、恥ずかしくて出掛けられないと、母と愚痴っていたのをたまたまマリスが立ち聞きして納得したが。


 それでもリリアラはアンドリューを確かに愛していた。

 毎晩じっと、夫婦の寝室で待つという。いっそ屈辱もあろうに。

 そう――待つ、だけ。

 その日が、その夜が、来ることをうっとりと夢見て。

 そんな健気な自分に――酔いしれて。

 ――隣室で悪夢にうなされ、愛する人を裏切った後悔に苛まれるものがいることを彼女は理解できず……。
 カウンセリングはむしろ、その悪夢に。睡眠不足に。
 彼女自身は、何ら行動をしなかった。カウンセリングに付き合うことも。自らも病院に行ったりも――アンドリューに謝ることも。
 そもそも伯爵領がどうなっているのか、すら。

 それは、彼女がしてもらうのが当たり前だと、思っていたから。

 金の髪が鮮やかで美しいのだから。
 そう、言われてきたのだから。

 彼が復活し、リリアラを許して――また彼も、待たしてごめんと、きっと謝ってくる。
「……ふふ、そうしたら、きちんと許してあげるんだから。愛してもらうんだから」
 

 ――そして三年後。
 短いような長いような、不思議な時間が過ぎた。




「三年子なしは去れと、あります」
 ――それはアンドリューが、三年前に決めたこと。


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