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7 それがどういうことになるのか、気がつかない彼ら。

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「今ならまだ、プリシラにも嫁ぎ先があるだろう」

 一応は、プリシラを心配した体で始められた家族会議。
 アンドリューの背後に控えた執事は、彼が拳を握り締めて、また爪で手のひらを傷つけないかを心配していた。手当てをしたのは彼――マリスだった。
 彼は本来であれば親の後を継ぎ、フェアスト公爵家にて執事として、後に当主となるアンドリューの兄に仕える予定であった。
 アンドリューは兄の他に姉が二人。次男となればスペアとされ婿入りは難しいが、姉がまだ二人いたからこそ、ホンス家に婿入りを許されていた。
 そう、末っ子のアンドリューを皆が大事にしていた。
 マリスもだ。
 彼もまた、アンドリューより三つ年上。
 プリシラとの出会いから、淡い恋から、婚約を結ぶまですべてを、兄貴分として見守っていた。

 フェアスト公爵家では使用人たちも敷地内に住まいを持っている。子どもたちもまた将来的には親の仕事を引き継いだりする子も多かった。そして遊び相手や守り役として、幼い頃から友情と忠誠を育んでいた。
 マリスの家族もまた、父が執事、母が侍女でありマリスと同い年の次女の乳母とあり、代々フェアスト公爵家に仕えていたものたちだった。
 次女にあたるアンドリューのすぐ上の姉が産まれた時、奥さまのお乳の出が悪かったため、同じ頃に出産して育児休暇をとっていたマリスの母が急遽乳母を頼まれたりするほどに、信頼されていた。もちろん子守りメイドは用意していたが、上の子二人は安産でお乳の出もきちんとしていたからと、油断なされていたのもある。だからアンドリューの時には乳母候補をきちんと選んでいたが、幸い無事な出産で、再びお乳の出も無事であった話は、また別に。
 奥さまは御自分でもできるだけ子育てに関わりたい、貴族には珍しい方であった。その分愛情も深く――その分、今回のことに怒りも強かった。

 今回のことは。乳兄妹のアンドリューの姉からも頼まれたが、それがなくてもマリスはアンドリューにもっと早くから付いていれば良かったと後悔していた。
 フェアスト公爵家の執事は、人材はまだ代わりがいる。マリスの年の離れた弟も、これからまだ育成できる。

 だが、アンドリューの身体は……傷つけられた心は。

 ――もう、戻らない。
 
 フェアスト公爵家の人事異動など、それほど大ごとになっているとは思いも寄らないホンス伯爵は、またここで、さらなる人事異動を提案してくる。

 プリシラの嫁入りを。

「プリシラを……彼女を、他所にやっても良いのですか……?」
 アンドリューの低い声での問いかけに、ホンス伯爵は大仰にうなずいた。彼もまた、考えたのだ、と。
「そうだ。領地経営が厳しいと君が言っていたから……」
 そう、アンドリューとプリシラたちが今必死に執務室につめているのは、まさに金勘定や取引のためだ。
 原因は自分でもあるため、アンドリューもそこは頑張っていた。

「支度金をたくさんくださるところがあると良いわね」

 伯爵夫人の言葉。
 それが彼らの至った結論か。
 帳簿を見せられてから、彼らも考えていたのだと、むしろ良い案だろうという顔をしていた。褒めろとすら漂わせている。

 家の役にたつなら、プリシラも喜ぶだろう、と。

「プリシラは婚約破棄されたという立場にあるが、それでも良いという家を探していたんだ」

 そうした本人たちが何を言うのか。
 しかも既にいくつか見繕いしてあるのは、さては婚約を入れ替えた頃からその腹つもりであったのか。
 ドレスを我慢せよとした時から。帳簿を見せた頃から。
 金と引き換えならば条件満たす後妻か平民の裕福な商人だろう。そうアンドリューたちが危惧したとおり、伯爵たちが見つけた相手は、一癖も二癖もいわくがある家であった。
 しかし、支度金の額は侮れない。

 アンドリューは姉が嫁に出されることに、しかもそれにより自分たちの生活が楽になるということを理解して微笑んでいるリリアラに、ふと問いかけた。
「君も、賛成なのか?」
「え?」
 問いかけに、リリアラはきょとんと首をかしげる。
「だって……お姉さまがいつまでもうちに居るのは、おかしいわ」
「おかしい?」
「だって私とアンドリューさまが結婚したのよ?」

 そしてホンス伯爵はアンドリューと結婚したリリアラを跡継ぎと決めていた。

 前当主――祖父がアンドリューを婿入りと決めた。それが彼らの主張の決め手となったのだ。

 つまり、フェアスト公爵家の血を引く婿である、アンドリューと結婚した方が、跡継ぎなのだ、と。
 そしてそれはリリアラに。

 可愛がっている娘の方を跡継ぎにしたかった。
 嫁に出さず、手元に置きたかった。

 それが彼らの動機。あの夜、薬を使った理由。

 リリアラの我が儘と、彼らの望みを叶えるために。
 取り扱いに注意するようにとされていたものを逆に、王室から下賜されたとても貴重で素晴らしい薬であると、あの夜に。確かにそれは間違いではなかったのだけれども。使い方は正しくもあったのだけれど。

 そういう悪知恵は回るのだなと、アンドリューたちは一瞬は呆れが怒りを上回った。


 ――それがどういうことになるのか、気がつかない彼らに。


「ならば、いつまでもうちに置いておくのも外聞も悪いし……」
「あなたもリリアラたち妹夫婦の世話になって生きて行くのは嫌でしょう?」
 リリアラの世話に――伯爵位はあくまでもリリアラにつけたい。むしろ世話をするのがプリシラだとしても、家の外には見えない関係だ。
 それになによりプリシラがアンドリューと一緒にいるだけで、リリアラの機嫌の悪い理由になると言外に匂わせる両親の言葉に、プリシラもとうとう――決めた。


「解りました。ですが、せめて自分で行く先を決めさせていただきます。釣書を見せてくださいませ。ええ、持参金を免除してくださり、支度金をなるたけたくさんくださる方を選びます」



 アンドリューは最後にもう一度、確認した。妻である、リリアラに。
 最後に。
 もう一度。
私と君が・・・・、家を出るという選択もあるが?」
「え? 家を?」
 それはホンス家を出るということ?
「……嫌です」
 それはつまり、伯爵位を捨ててフェアスト公爵家に厄介になるということか?
 リリアラは結婚式の自分に対して冷たい視線を向けてきた人々を思い出して、ぶるりと震えた。

 絶対に、無理。

「私が次のホンス伯爵ですわ」
 そしてそれは自分と結婚したアンドリューに。
 リリアラはアンドリューが伯爵位を継げることを喜んでいると、今でもそう、思っていた。

 リリアラの様子に、アンドリューはため息をつく。
「そうか、君がホンス伯爵か」
 彼もまた――決めた。
「結婚した以上、私は君を養う気持ちはあった・・・
 あった。
 今既に過去系であることに、リリアラが、気がつけば……。


 アンドリューはマリスにひとつ、指示を出した。

 
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