「だから結婚は君としただろう?」

イチイ アキラ

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6 そも二人きりになることは。

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 彼らは執務室に二人きりになることはなかった。
 アンドリューとプリシラは、義理の姉弟となった形ではあるが、男女としての節度を守っていた。

 彼らのそれは、婚約時も、であった。

 常に侍女や従僕を二人以上、部屋や近くに。時には執事も。決して二人きりにならないよう。

 それほどアンドリューとプリシラは、しっかりとした、誰にも恥じない交際をしていた――のに。


 しかし仕事によっては会話もある。
 書類を渡し合うときに指先は触れる。

 ――瞳は重なる。

 たとえそれだけでも。

 リリアラには許せなかった――思えば、ずっとそんなふたりの間を……プリシラの位置が欲しかった。

 ――そして手に入れたのに。

 アンドリューは、自分はもう誰も抱けない・・・・、無理だと言っていた。
 その通りなのか、いっさいプリシラにも触れていない。

 けれども目は口ほどにというように。
 プリシラを見る目は。
 切なげに細められ、時には焼き付けるように瞬きもなく見つめて。

 プリシラも、また。


 二人は、身体の繋がりはなくても――心は。



「う、裏切りよ!」
 三日間がリリアラの限界だった。
 たった三日が。

 裏切り?
 何が?

 あなたが? 自己紹介?

 と、アンドリューとプリシラだけでなく、部屋にて仕事をしていた皆が首を傾げていた。
 部屋には帳簿を確認していたアンドリューとその領地からの税収から家政から様々なことを、ホンス伯爵代理として確認していたプリシラと。その他をかねてより手伝っていたホンス家で契約している書士と、控えている使用人たち。式のあとのお礼状や詫び状もまだたんまりとある状態。どれから手を付けるか悩むところを、リリアラの分を取りに来たのかと思って部屋に通したら。
 そんな彼らにリリアラはよくわからないことを言いに来たのだった。

 いわく、アンドリューとプリシラは浮気をしている――と。

 浮気も何も二人きりにもなっていない。

 今は本当に忙しいから勘弁して欲しいな、と……式前からろくに帰宅していない書士が恨みがましい目で部屋に押しかけてきたリリアラを見ていることに気がつかないのは、相変わらずさすがなリリアラだ。
 忙しい理由である張本人であるのに。

「あ、アンドリューさまとお姉さまは浮気しているわぁ! 二人っきりでお仕事して……いちゃいちゃして!」

 我らは見えていませんか?
 総ツッコミは心の中で。
 しかも仕事していることをいちゃいちゃとは。
 リリアラにとって使用人たちは、そういう存在なのかと、かねてから仕えていてくれていた皆が改めて失望した日にもなった。

「二人きりにですか……?」
「そうよ! 私が妻よ? 妻以外の女と二人きりは、裏切りよ!」
「二人きり、ですか?」
 そう尋ねて、会話していたのはアンドリューの執事だ。
 二人きり、とは?
 アンドリューの横に控えていたこの、今会話している執事もプリシラには見えていないのか。
「これほどですとは……」
 爵位ある貴族は、平民を空気の用に扱うこともある。
 が、いまのリリアラはアンドリューとプリシラが「二人で何か同じ部屋にいる」ことに頭がいっぱいのようだ。

 自分とは、寝室すら一緒にしていないのに……と。

 リリアラはたった三日で、限界だった。

 愛されることはないと面と向かって告げられたショックもある。
 その愛される相手が今まさに、この部屋にいるのだから。

 執事はそれとなくリリアラとプリシラの間に移動していた。アンドリューはそれに小さく頷く。
 執事が彼の意をくんで動いてくれたことに。
 今アンドリューがプリシラの身をかばうような姿勢を見せたら、リリアラはまた何をするか。いや、こんな二人きりにもなっていない執務室に言いがかりをつけにくるのは予想外だったが。
 まだまだ油断ならない。

 そう、アンドリューはプリシラを守るために……。

 ――リリアラのそれは、言いがかりは、ある意味は正しかった。
 決して二人きりにもなってはいないが。

 だが――心の中は。


 アンドリューの執事は、今回急遽配置換えでフェアスト公爵家からホンス家に、アンドリューのために付いてきてくれたものだった。

 アンドリューはホンス家にて饗されるものいっさいに、まず毒味を付けるようにもなった。

 いっさいに、だ。

 こうして執務室にてお茶を飲むにしても。執事の彼が、それら手配をしていた。
 その執事は使用人とはいえ、フェアスト公爵家で共に育ったアンドリューの幼い頃からの友人だ。本来であればフェアスト公爵家に仕えるために長年勉強してきた彼は、アンドリューの為ならばと格下の伯爵位のホンス家に移ってきた。
 当然、アンドリューを害したホンス家を許せなかったからもある。

 許せなかった第一号がまた何か言い始めた。


 あの事件・・・・、それまでは婿入りするアンドリューを大事にしてくれていると信頼していたから毒味はなかった。
 確かにそれまで、プリシラもホンス家も愛するアンドリューを大事にしていた。前伯爵は公爵とも友人であり、アンドリューも孫の婿というだけでなく、大事な友人の孫としてかわいがっていた。

 まさか格上である公爵家の者に薬を盛るだなんて。

 それらをアンドリューは、フェアスト公爵家は明らかにした。
 ホンス家の現当主は娘かわいさに婚約者の入れ替えを、事もあろうにかの秘薬を使ってしでかした、と。

 リリアラは姉の婚約者に不貞を行う娘であると、実はひっそりと広まっている。

 それはプリシラは被害者であり、何ら罪はなく、瑕疵もないと……明らかにしたかったからだ。アンドリューが。
 己が襲われ、身を汚された故に――あの薬を盛られたと、公開してさえも。
 だから身体の関係ができた事が明らかになり、責任をとって結婚することになってしまった、としても……。

 それほど憎しみがあったが――プリシラのために、だ。

 プリシラ自身はまさか己の身内が。こんな卑劣な行為をするとは。家族をそこまで愚かではあるまいと、信じたことを悔いていた。
 さすがに就寝時はひとりという、隙を突かれた。
 いや、アンドリューがひとりになる時はその時間しかなかったからこそ、こんな愚かしくも汚い手段を使われたのか。

 プリシラも、己が家名が、それまで誇り持ち受け継いできた伯爵位が家族たちにより汚された罰を受けている。
 アンドリューを守れなかった、罰を。


 それ故にホンス家の評判は地に落ち――今、本当に、プリシラたちは忙しかった。
 
 領地領民には何にも罪はないのだから。彼らの生活は守りたかったから。

 アンドリューの行動は矛盾しているかもしれない。
 領民たちを守りたければ、彼が黙って――己が不調も恥であろうに――いれば、婚約者の入れ替えという小さな騒ぎだけで済んだだろう。

 それでも、彼はどうして婚約者の入れ替えになったのか、明らかにした。

 それは己が恥より、憎しみより――プリシラを守りたかったからだ。

 ただひとり。プリシラの尊厳を。


 ――そして復讐を。




「……やはりプリシラを嫁に出そうと思う」
 リリアラの乱入から、急遽家族会議が行われることになった。
 そしてプリシラたちの親は、やはりリリアラかわいさに――プリシラを、ホンス家から出すと言い始めた。


 ――アンドリューが拳を握り締め、耐えたことを。


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