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3 「君を愛することはない」

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「ふふ……」
 初夜。
 いや、本来ならばすでにすましてしまっているが。
 リリアラは夫婦の寝室で待っていた。幸せに笑みを浮かべながら。己がした卑劣な行為を――彼女はそうとは思っていなかった。
「今夜は本当に私が・・愛してもらえるわ……」
 アンドリューもきっと、改めてのことを楽しみにしていただろう。
 この一ヶ月、そして式の最中は。姉の手前、あんな態度を取るしかなかったんだ。

 だってプリシラよりリリアラの方が可愛いんだから。

 アンドリューだって本当は喜んでいるはず。内心では笑顔を噛みしめているのだろう。
 だって伯爵位も手にして、妻だって可愛い方と交換できたんだから。
 リリアラがそうしてあげたんだから、感謝しているはずで。これから大切にしてくれて、愛し続けてくれるだろう。そう、親たちも言っていた。

 ――本来ならば、姉が使うはずの部屋。

 一ヶ月前にはすでに諸々、準備してあったのだ。
 館の改装、いや老朽化の手直しや新たな家具の注文も。
 プリシラが結婚し、アンドリューと新たな伯爵家となるならば、両親は――そしてリリアラは本館の離れに建てられた別館に移るはずだった。
 別館とて広くて立派で、むしろ本館より新しい建物だ。数年前に祖父たちが隠居するために建てたのだから。だが、身体を壊した祖父は、少し住んだだけで療養に行くことになってしまった。
 両親は、その心労の元たちは、新しい家に喜んで移っていた。
 リリアラはそちらで花嫁準備をして、姉夫婦が落ちつく一年後に嫁に行く――はずだったのだ。
 リリアラは今回のことで学園も中退した。

 今、プリシラとリリアラは役目を交換した。
 部屋も。
 この寝室はアンドリューの好みも反映されているというから手をつけられなかったが、続きの女主人の部屋はリリアラの荷物を入れてある。代わりに別館にはプリシラのものが。この一ヶ月は忙しかった。荷物の入れ替えに。
 新しい家具は姉の選んだものだったのがリリアラはまだまだ不満だが、姉のものを奪い取ってやった高揚感は気持ち良いから我慢する。実際、姉のセンスは良いし。

 だから忙しそうな皆に、結婚式は花嫁を入れ替えるだけだから良かったじゃないと言ったら、アンドリューとプリシラだけじゃなく、使用人にもすごい目で見られたけど。
 皆が忙しそうだったから、和ませようと、慰めようとしただけだったのに。

 そう、本当は奪い取ってやるより家具もリリアラ好みに買い換えたかったが、金がないからとあきらめさせられた。

 金。

 それは――慰謝料で。

 ペギュー家に払う慰謝料だ。
 その他にもあちらこちらと迷惑をかけたからホンス家に今、余分な金はないと姉に怒られた。
 姉が意地悪言うと親に泣きついたら、親も怒ってくれた。
 そして両親に叱られる姉をニヤニヤと泣いたふりしながらみていたら――プリシラに帳簿をみせられ、本当に金がないのだと親が青い顔をした。親が帳簿の数字は読めたことに、酷いかもだが内心ホッとしたのはプリシラだった。
 そう、赤い数字を。
「お母様の新しいドレスをキャンセルしたら、リリアラの要望の新しい家具は買えるかもですよ」
 無いものは無い。袖も振れない。
 リリアラの結婚式に古いドレスで出席は出来ないと母がリリアラ以上に泣きわめいた。

 ――ドレス。
 ウェディングドレスはリリアラがまた、プリシラから奪っていた。

 それは小粒の真珠が縫いつけられ、アンドリューの瞳の藍色で僅かにアクセントに刺繍を施されたドレスだった。光に当たるとキラキラして、本当に美しいドレスで――花嫁の幸福を祈られたドレスだった。

 リリアラは一目惚れして、絶対に自分が着たいと先に泣きわめいていた。
「アンドリューさまの花嫁のドレスでしょう!? それなら、もう私のじゃない!? お姉さまがいつまでももっているだなんておかしいわぁ! ずるいわぁ!」
 完成していたからあとは準備のために伯爵家に持ち込まれていたのを、姉のものはいつだって自分のものだったから、リリアラは勝手に衣装部屋に入ったのだ。
 それは互いの引っ越しの最中。
 せめてドレスはと嫌がるプリシラを、親もリリアラも気にしなかった。
 アンドリューが怒ってくれようとしたとき……プリシラはもうあきらめて、首を横にふっていた。

「貴方のお母様が選んでくださったのだから、貴方の花嫁に」

 それはかねてから、何年もかけてフェアスト家の、アンドリューの母がプリシラと共に選んでいたものであった。婿として出て行くが、プリシラもまた義娘の一人だと……。
 式の間、アンドリューの母が息子と同じく冷たい目をしていたのをリリアラは気がつかない。アンドリューの隣で、彼のドレスを着て彼女だけは幸せいっぱいだったから。


 そういえば金ならばアンドリューの持参金があるのではと首を傾げたら、それはアンドリューの金であり、リリアラのために使うことはできないと言われてしまった。

「もし、リリアラが嫁いでいたら、持参金をペギュー家のために使ったかしら?」

 そう諭すように尋ねられた。リリアラの持参金はリリアラのものだ。もちろん「いいえ」と答えたら「そういうこと」と返され、それてその話はお終いになった。
 まあプリシラが選んだがアンドリュー好みの家具であるなら、我慢できる。

 今夜は改めて――きちんとその寝室で、抱かれることができる。

 一ヶ月前は「プリシラ」と呼ばれながらという、酷いことをされたのだから。
 今夜は「リリアラ」ときちんと呼んでもらって、甘やかな夜になるんだわ――と、心が弾む。


 リリアラはしっかりと初めてであった。初めてを捧げたのだ。

 学園で良い関係になったものもいたし、リリアラの美貌に取り巻きになったものたちもいた。
 でも皆、最後の一線は越えなかった。

 今となっては良かったとリリアラは思う。半端な輩に初めてを捧げなくて。清いままでいたからこそ、初恋のアンドリューと自分は結婚できたのだ。

 ――今となっては、守ってやるのではなかったと、アンドリューが思っていたとは、知らないで。

 そうしてやがて。
 準備が出来たとアンドリューも訪れた。
「もう、お待ちしてましたわ! アンドリューさ……ま……」
 さぁ、今宵こそちゃんと名前を呼んで愛してと微笑むリリアラの――顔が凍り付く。
 同じく冷たい顔の――瞳のアンドリューに。

「私が君を愛することはない」

 ――そう、告げられた。


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