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第34話 私こそが、ドラゴン。

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「それに、ロザリーさまより貴方と離れるのが気になっておりましたから」
「……私ですか?」
 エリナさんの視線は私だ。
「ええ、貴方よ。ジュヌヴィエーヴ」
 ……あれ、名前あったんだな。
 そんな囁きが兵士達の方から聞こえる。私で現実逃避してんじゃないですよ。
「貴方はやはりわかっていないのね。自分がどれほど価値のあるものを持っているかを」
 ……ぺ?
 私が持っているのって……。
「そうか、ドラゴンの……!」
 ロザリーさんが先に察して、私も解った。

 兄上さまの鱗!

「ええ、ドラゴンの加護よ!」

 うーん、確かにドラゴンの残りオーラはすごいことありましたもんな。
「魔物が避ける加護、か……」
 ロザリーさんが唸る。
 や、個人的には魔物避けだけじゃなく、鍵開けとかも身に覚えあるけど、この辺りは話してなかった。黙ってよと、エリナさん見て改めて。
「その加護は素晴らしいわ」
「は、はぁ……」
「魔物の子が持つにはもったいないと思うの」
 ……。

「だから、私に譲ってくださる?」

 譲れと言われても。
「貴方が持つより、私が役立ててあげるから」
 エリナさんは私が譲るのが当然という……。
 あげられるようにはなってはいないし、もし外れたとしても兄上さまがくれた大事なものだから、ひとにあげたくはない。

 兵士達も「ドラゴン?」とざわざわしている。
 思い出せば、どうやって手に入れたのかと聞かれていた。
 ……あの頃から実は狙われてたの?
「あの、この鱗は外れないんです」
 そう、不思議とくっついて外れないんだな。落とさなくて安心だけど。
 それはエリナさんも見ててしってるはず。
 エリナさんは大丈夫だと、子供を安心させるような笑顔を私に向ける。
「死した屍から剥ぐから、気にしないで」
 そう、当たり前の提案と。
 私はいらないわけね。

 ああ、エリナさんの思考がわかった。
 このひとは人間。
 人間は魔物を狩る。
 魔物はそうして良い対象なんだ。
 はじめのあの檻、荷馬車の彼ら……あのままなら、私が想像したことになっていたのか。

 そして――王族としての有り様。
 その上位意識。
 雰囲気や言葉の端から滲み出る傲慢。今まで抑えて、我慢していたそれを解放したエリナさんは生き生きとしている。
 推理ドラマでも解決シーンは一番盛り上がるだろう。
 エリナさんは今一番、今までの憂さ晴らしができて楽しかろう。
 何年間も不遇に遭わされても、今、このために我慢していたのなら。

「長々と話すぎたわね。さあ、贄を受け取り、私の願いを叶えて! 始祖の血肉を売り買いする奴らなど――」

 そう――長々と。
 その圧は、何で待っていたのか。

 エリナさんの背後にあった、祭壇の黒々としたそれは、エリナさんのその合図で動いた。


 ――エリナさんへと。


「――え?」
 エリナさんの手足にそれは絡み付く。
 蔦のように。根のように。
「な、何?」
 エリナさんが問いかけたら、圧のそれが応えた。

『――その方は我が身より貴き』

 圧から、何と表現したらよいのか解らない声が。
 玲瓏と心地良いような、ひび割れたガラスを引っ掻くような、聞く相手によって様変わりする、音。
 それがエリナさんに応じたもの。

 彼女らの始祖が出会った――契約を結んだもの。

 だが、その存在もまた、何かしらの自分より上の存在を感じていたんだ。

『その方を捧げるとは、許されざる行い』

 それが、何をさしているか。

 ――私にはわかった。

「変わりに彼女を連れて行け」
 私はすっくと起ち上がる。ロザリーさんから転がり落ちてから、不思議だった。あれっ、と引っかかっていた。

 私には何の圧力もかかっていなかったから。

「……え、何? 何なの?」
 エリナさんが黒いそれにゆっくりと巻き付かれて、わからないと首を横に振る。
「ご自分の望みを叶えたかったら、相応の対価がいるってことでしょう?」
「だから! 贄をこんなに……」
「贄の意味を貴方は勘違いしている。それに欲をかいたのが過ぎたね。ドラゴンに手を出しちゃいけなかったんですよ」
 そう、贄の意味を。
 そんなものに私を巻き込んだから。願いに対しての対価が大き過ぎたから、ね。
「ドラゴン……え? え?」

 私は……たぶん、怒っていた。
 エリナさんが人間として魔物を下げずんでいたように。
 王族として傲慢であったように。

「私が――私こそが、ドラゴン」

 それはこの世界で神と等しくされるもの。
 人間如きが触れてよい存在ではなく。


 たかが、人間如きが。


「エリナさん、貴方が自分で言った。彼らが先に捨てたのだから、自分も捨てると」

 だから、私も見捨てる。

「自分で招いたんだ」

 たかが人間が――ドラゴンを贄にしようとは烏滸がましい。

 不思議と、そんな怒りで心が静かになっていた。
 あとから思い返せば、私の中に天秤のようなものがあり、それが人間であったあれこれから、ドラゴンの側に大きく傾いていた。

 だけど、怒りの中で、私を完全にドラゴンにしないで人間側に引っ張ている別の怒りがあった。
 それは……。

「何より、エリナさん……貴方はロザリーさんを贄にしちゃいけなかった」
 こんな良いひとを。

 恩を仇で返しちゃいけないよ。

 

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