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第26話 そりゃ監視くらいついてたよねー…。
しおりを挟む……元、婚約者?
甲冑の集団の中、そのひとの装備は他のひとよりやや派手な意匠だった。
「それって、エリナさんから義妹さんに乗りかえたっていう――」
「これジュネ! 言い方っ!」
「あ、ごめんなさいっ!」
ロザリーさんに窘められてあわてて謝った。うん、言い方悪かった。ごめんなさい。
そんな私が小さくなっていると、エリナさんはくすりと笑った。苦笑混じりに。
「まあ、事実ですし、かつては親愛を抱いていたけれど……顔を見ても、さすがに今は不思議と何にもだわ」
だから良いのよと、今度は本当に苦笑した。
でも何か含みはある言い方だよ。さすがにねぇ……。
うう、本当にごめんなさい……。
「どうされる?」
私が口を……くちばしを押さえているうちにロザリーさんがエリナさんに問う。
「このままでは早々に見つかりましょう……」
でも逃げるならば護衛として全力を尽くす、と。
エリナさんは少し悩んだけど、静かに首を横に。
「いえ、私は別に、悪い事をしておりません」
過去に冤罪は受けているけれど、と繋げつつ。
「王都にも立ち入っておりませんもの。今の私はまだ、何も咎められる理由はないわ」
まぁ、難癖とかつけられなければね。
「……行きます」
エリナさんは小さく息を吸い込むと、応じる声を挙げた。
「キュロス、何のご用かしら?」
声をかけて、抵抗しないから攻撃をするなという含みをさせて、エリナさんは挨拶もなしに問いかけた。
王族の風格かしら。何だか威厳がある。ロザリーさんや私に見せた柔らかい表情はそこにはなかった。
丈のある草と燈籠のなれの果てを盾に隠れていた私たちだけど、はじめにロザリーさんが、そしてロザリーさんがかばうようにしてエリナさんが立ち上がる。
あ、私は引き続きロザリーさんの背中の荷物に。
元婚約者はキュロスという名だとか。
「これはエリナ王女……」
元婚約者は大仰に胸に手を当て頭を下げた。芝居かかったその仕草にムカッとしたのはエリナさんだけじゃなく、私とロザリーさんも。
これがエリナさんから……言い方悪いが義妹さんに乗り換えたやつか……。
「こんな寂れた場所でご機嫌うるわしゅう」
うん、助走つけて全力のドロップキックぶちかましてやりたいや。
こんな寂れた場所って、ここはエリナさんのお祖母さんの故郷なのに。
それは元女王の故郷てことじゃないのか、不敬じゃないのかと思っていたけど――エリナさんが先に言っていた。
時代遅れ、と。
そう思うのが国のトップにいたら、他の人もよりそう思うことになるのだな。
叔父にとっては長年、兄である長子ばかりを優遇されての不満があるのだろうとエリナさんが野営時にも、この状況をそう言っていた。
長子相続がこの国の有り様で、兄の次は自分ではなく姪であるエリナさんにまたすべて引き継がれるのが許せなかったのか。
それ故に、兄の死の後に転がってきた玉座を手放せなくなったのだろう。
自分を蔑ろにしてきた伝統を自分が無きにすることで、自分のつくる新たな国を正統にしたいのだろう。
エリナさんはそこまで理解していた。
私の感覚では兄弟格差に同情はあるが、罰当たりだなとも思える……。でも、そうやって国の興亡があるのもまた、歴史の繰り返しってやつだな……。
元婚約者がペラペラとこの場所を嘆く。いや、こんな場所にくることになった気の毒な自分、と。
私の中でこの男性の価値はどんどん下がる。
「……はぁ。それで何故、私がここにいると?」
エリナさんが話を進めるため、まずため息ついたの、悪くない。
「……貴方が追放地から出たと、連絡がありましてね」
エリナさんはど田舎に追放されていたわけだが、それでも監視はついていた。
まぁ、そうだよね。一国のお姫様だもの。
その監視はいざという時の護衛や、状況によりけり最低限の手助けや救助も担っていたけど、エリナさんが案外スローライフに馴染むのが早かったため、今までお役目の出番がなくて。エリナさんも存在に気が付いてなかったとびっくりなさった。
いや、気が付いていたらロザリーさん雇う前に相談できたかもだよね。
だからそんな監視役さんの初めてのお仕事が、エリナさんが追放地を出て行ったという連絡に。
「しかし、どちらに向かわれたのかと思ったら、この森とは……いやはや」
連絡を受けてお国では「すわ、国外脱出か?」「他の有力貴族に謀反の提案か?」などと、小さな極秘会議も開かれ。
「ですがクワドの森に向かうと聞いて、笑ってしまいました」
そういえばそんな行事もあったと。
お国は――国王となった叔父はほっとすると同時に、「まぁ、そんなにも思い出深いのだろう。墓参りかわりに、好きなようにさせてやれ」と、許可をだした。
確かに王都に入るわけでなし。違反にはならないからと、哀れな姪に慈悲めいて。
多少の罪悪感は残っていたのか。
「まったく、人騒がせですね。おかげで私が確認に来ることになってしまいましたよ」
エリナ王女の顔をよく知るものだから、と。
他の側近などではなく、キュロスが選ばれたのはそのためか……。
確かに長いこと許嫁としていたならば、エリナさんの顔を間違えないだろう。
エリナさんが村から出たら人目が気にならなくなったように、王族の顔を良く知る存在は少ないのかも。
かつてとある国の王族が逃亡中に正体がばれたのは、お金にその顔が描かれていたから、なんての読んだことあるなぁ。そうでもなければ、庶民が知るはずがないものだったのに、て……。
「監視に気が付かなかったのは痛かったな……」
ロザリーさんが低く唸る。
でも、監視はエリナさんが冒険者ギルドに入るまでで、ロザリーさんのミスではなかったと思う。
冒険者ギルドも守秘義務はあるらしいんだけど、国などから正式に問いただされると答えなければならないこともあるそうで、エリナさんがロザリーさんを雇った依頼を開示されたのだろう、と。
どのギルドに依頼をするときにも、開示に応えることにも了承しなければ依頼は出せないとか。ちゃんとしてるね。
ギルドも犯罪とかを隠されてとかの依頼があった時のための開示要求と聞いたら、それは応じないといけないため、仕方ないとか……。
そうしたやり取りで、エリナさんがこの森に、神事に向かったのだと知られた。
エリナさんは悪いことをするわけじゃないけど、神事を止められたらと危惧していた。だから、元婚約者たちが止めに来て、追放地に送り返されるのではと心配していた。
「でも、大事な神事なのよ。お祖父さまもお祖母さまも、そのお祖父さまの昔から、引き継いできたのだから……」
エリナさんの想いも解る。
元婚約者も多少はその気持ちが理解できたのだろう。そこまで人でなしでないようだ。
「わかっております」
何と目を伏せて頷いた。エリナさんの顔を見えなかったのだろう。さすがにさ……。
「……ええ、ですので、心置きなく儀式をなさってください」
国王も許可を出している。
どうせ今回で終わりでしょうから、と。
エリナさんが中止させられる事は無いと聞いて、ほっと胸を撫で下ろしている。
何で今回で終わり? と思ったけど……そうだね、ひとりでそう何度も辺境からここまで、来れないね。
ロザリーさんを、冒険者を雇うのも大変だったようだし。
「……感謝します」
エリナさんもそれははじめから、解っていた。
――それでも、エリナさんはどうしても来たかったんだ。
哀しくも。
これが最後の機会だと。
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