カフェ・ユグドラシル

白雪の雫

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57.オークキングの肉とカボチャ-5-

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 「混じり者のお前!今すぐ妾の為にトーフとワラビモチとやらを作るのじゃ!!」

 本日は定休日であるはずのカフェ・ユグドラシルにやって来たのは、オリヴィアと二人の兵士だった。

 菜食主義者で他種族を見下しているエルフが目の前に立っているという事実に紗雪は内心顔を顰めるが、そこは巫女として長年鍛えた、また伯爵令嬢として手に入れたアルカイックスマイルというスキルがある。

 「わらび餅は夏限定のデザートですし、何より当店は本日休みとなっております。一度故郷に戻ってから改めて出直して下さい」

 (このエルフ、心底最低な奴だわ)

 レイモンドが作る料理を楽しみにしている客達を排斥しようとしている二人の兵士と、グリーンリーフ王国の第二王女である女エルフに対する苛立ちと殺意を表に出す事なく紗雪は断りの───要するに二度と来るなというニュアンスを含ませた言葉を遠回しに返す。

 「お前の事情など妾には関係ない!グリーンリーフ王国の王女として命ずる!トーフとワラビモチを用意するのじゃ!!」

 確かに紗雪からは人間だけではなくエルフよりも上位種の気配を感じるが、オリヴィアから見れば所詮はどちらにも属さない中途半端な生き物でしかない。

 「第二王女の命令なのじゃぞ!?平民であれば王族の命令に従うのは当然の義務じゃ!!」

 「王女・・・ですか。それでしたら、貴女がグリーンリーフ王国の第二王女である事を示す証拠を見せて下さい」

 時たまお忍びでカフェ・ユグドラシルに来ているディートヘルムはキルシュブリューテ王家の紋が入った首飾りを、養父母のアルバートとロスワイゼがシュルツベルク家の紋が入った腕輪を、クリストフはアウスフェルト王家の紋が入っているサークレットを常に身に着けているのだ。

 こんな風に王族や高位貴族であれば家紋が入っているアクセサリーを着けているのが常識なのだが、招かれざる客人である女エルフは王女である事を示すものを何一つ身に着けていない。

 他人の心が読める紗雪は女エルフの言葉が事実なのだと分かっているのだが、カフェ・ユグドラシルを潰そうとしている者にレイモンドが作る料理を用意したくないので、王女を騙る偽物としてロードクロイツ侯爵に訴える旨をオリヴィアに伝える。

 「混じり者の分際で生意気ではないか!!」

 自分の命令を拒否した紗雪に苛立ちを隠せないオリヴィアは、目の前にいる無礼な長身の女に平手打ちを食らわした。

 「紗雪!?」

 「まんま!まんま!」

 妻が戻ってこない事を心配し玄関までやって来たレイモンドがエルフ達に対する怒りと殺意を心の内に秘めつつレオルナードを抱っこしたまま慌てて紗雪の元へ駆けつける。

 「紗雪、大丈夫か?」

 「ええ。これくらい何でもないわ」

 「まんま!まんま!」

 「レオルナード、ママを心配してくれてありがとう」

 癒すかのように触れてくるレイモンドの掌、泣きじゃくりながらも叩かれて赤くなった頬に触れてくるレオルナードの小さくて温かな掌を心地よく感じながら夫に身体を預けている紗雪にクリストフが何のトラブルがあったのかを尋ねる。

 豆腐とわらび餅を用意しろと言われたのだが、今日は定休日だから用意出来ないと答えたらグリーンリーフ王国の第二王女を騙る女エルフに叩かれたのだとクリストフに伝える。

 「グリーンリーフ王国の第二王女よ!貴殿は我が友に狼藉を働いた。貴殿がエルフの王族であれば、それが何を意味するのかを理解しておるはずじゃ!!」

 白鳥処女でありながら戦いに身を置いていた紗雪であれば平手打ちくらい簡単に避けれそうな気がするのだが、何か意図があったのだろうと思ったクリストフはグリーンリーフ王国の第二王女を名乗る女エルフを一喝した。

 「「「ひぃっ!」」」

 今の一言でプルメリア島を治めるアウスフェルト王家を敵に回したのだと悟ったオリヴィア達は、クリストフが纏う大魔王なオーラに負けてしまいカフェ・ユグドラシルから立ち去ろうとしたその時、セバスティアンとジゼルがやって来た。

 「混じり者を庇う血腥いダークエルフだけではなく吸血鬼と出くわすなんて最悪だわ!!」

 三下のような捨て台詞を吐きながらオリヴィア達はそそくさと走り去って行くのだった。

 「店長、女将。・・・今日は店が休み、なのか?」

 「セバスティアンさん、ジゼルさん。ムーンの日はカフェ・ユグドラシルの定休日です」

 「そう、でしたのね・・・」

 レイモンドが作る料理を楽しみにロードクロイツまでやって来たセバスティアンとジゼルは紗雪の言葉にあからさまなショックを受ける。

 (そこまで露骨に落ち込まなくても・・・。でも、レイモンドの料理をそれだけ楽しみにしていたって事なのよね)

 「セバスティアンさん、ジゼルさん。お詫びと言えばよろしいのでしょうか?実はカボチャのシフォンケーキとカボチャプリンを秋の限定メニューに加えようと思っているのですが、明日の朝食とティータイムの時にお出しするので試食して頂けませんか?」

 人間とダークエルフだけではなく吸血鬼の意見も欲しい紗雪は常連である二人に試食の依頼をした。

 「「喜んで♡」」

 シフォンケーキが何なのか分からないが、レイモンドが作る料理が美味しい事を知っているセバスティアンとジゼルは紗雪の依頼を引き受けると答えた後、自分達が宿泊している宿屋へと戻るのだった。












※紗雪は篁家の家紋にして陰陽道の象徴とでも言うべき五芒星をイメージした桔梗が入っている巫女装束をアレンジした衣装を着て戦いに赴いていました。






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