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㉚鰻の蒲焼き-1-
しおりを挟む「まさか・・・再び王都に行く事になるなんて夢にも思っていなかったわ」
しかも、その理由がアフォガートとカステラを食べさせて欲しいというものなのだから、エレオノーラからの話を聞いた後の紗雪は呆れるしかなかった。
「だが、俺は陛下の気持ちが分かるな。紗雪が作った料理やデザートを食べたら店で売っているものを買ってまで食べたいと思わなくなったし、自炊した方がマシだと思うようになった」
それだけならまだしも、キルシュブリューテ王国の食文化の低さに絶望したからな
幼い頃に王宮で催されるサロンやお茶会に参加した事があるレイモンドは、そこで出されたデザートが暴力というレベルで大量の砂糖を使っている事を知っている。
しかも、その甘さは喉が焼け付くという表現が相応しいものだった。
その時に出されたケーキやクッキーを嚥下するのに苦労した事を思い出してしまったのか、レイモンドは顔を顰めてしまう。
「あの話を拒否する事は「無理だな」
「いっその事、出奔でも「卸売りの商人スノーのままであれば可能だが、シュルツベルク伯の養女となった今では難しいというか不可能だ」
「で~す~よ~ね~」
レイモンドの言葉に紗雪は溜め息を漏らす。
「紗雪、相手は人間だ。天女にとって人間は取るに足らない存在じゃないのか?」
「私は天女の血を引いているだけであって、生粋の天女じゃないわ。仮にあの話を引き受けたとしても王宮の料理人達が私の事をどう思うか・・・」
私は生きている人間が一番怖いという考えを持っているのよ、レイモンド
国王夫妻や王太子夫妻・・・国王一家が口にする料理とデザートを作っている彼等は王族の為に働いているという誇りを持っている。
そんな彼等の前で紗雪は国王の舌を満足させるかも知れないデザートを作ろうとしているのだ。
その行為は彼等の中にある王宮料理人としてのプライドを傷つけるだけではなく、恨みを買う事に繋がるのではないか?
「当日は連中の前で俺がカステラとシャーベットを作るし、紗雪は俺の料理の師匠だって宣言してやるさ!」
「レイモンド・・・」
伯爵家の養女になったとはいえ、元を正せば何の身寄りもない異世界人の小娘が作り手であれば王宮の料理人達は紗雪を快く思わず舐めた態度を取るだろう。
平民として生きる事が決まっているとはいえ、侯爵家の三男という出自に加えて高ランクの冒険者であるレイモンドが作り手であればプライドの塊である王宮の料理人達も納得するのかも知れない。
「レイモンドが作って私がそれをサポートする。その方が角を立てずに済むような気がするわ」
これで王宮料理人達の恨みを買わずに済みそうだと思った紗雪がレイモンドの背中に腕を回す。
「紗雪を護るのは俺の、俺だけの役目だから当然の事だ」
紗雪との婚約期間は一年。
その間に手を出そうものなら互いの名誉を傷つける事になるのだが、好きな相手に触れられないのは男として辛いものがある。
レイモンドが紗雪の背中に腕を回そうとしたその時
「レイモンド!紗雪さん!鰻の蒲焼きが食べられるって聞いたのだけど、本当の事なの!?」
甘辛いタレを付けて焼いた身は柔らかくてふっくらとしていて脂が乗ってジューシー!
皮はパリッと香ばしく!
炊き立てのご飯と一緒に食べるうな丼は正義!!
うな丼isジャスティス!!!
・・・・・・あっ
二人が居る部屋にやって来たのは、離れに住んでいる美奈子だった。
「「・・・・・・・・・・・・」」
「レイモンド?ここが日本だったらティンカーベルの紗雪さんに手を出してもいいけど、キルシュブリューテ王国では結婚するまで手を出してはいけないと決まっているのよ?」
二人共、その辺りはちゃんと弁えて行動しなさい
気まずそうにそう言った美奈子は部屋から離れて行った。
「・・・・・・結婚するまでは手を繋ぐか、腕を組むまでにしておいた方がいいだろうな」
「え、ええ。これからはレイモンドに抱き着かないように気を付けるわ」
「俺としては抱き着いてくれた方が嬉しいのだが、こればかりは仕方ないな」
何せいつもいいところで邪魔が入るし・・・
「そ、そうね・・・」
本当の意味で他人に甘える事を覚えたばかりの紗雪は恋愛経験がゼロ。
だが、美奈子の言葉で自分は貴族令嬢としての行動を取らないといけない事を思い出した紗雪は自重しようと決意する。
「ところで、一つ聞いてもいいか?お祖母様が仰っていたティンカーベルって何だ?」
え~っと・・・
「いい年をしているのに男性経験のない女性の事・・・を言うの」
学生時代の女友達は十代で捨てたのに・・・
結婚適齢期が十六歳からであるキルシュブリューテ王国において二十歳の自分は未だに生娘だ。
その事実が恥ずかしいからなのか、本当に意味が理解できていないレイモンドの問いにそう答えた時の紗雪の顔は今にも泣き出してしまいそうなくらいに赤く染まっていた。
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