28 / 451
⑪豚の角煮-2-
しおりを挟む冷蔵庫に保存していた豚肉を使おうと思ったのだが、それは侯爵家の夕食に使うので駄目だと言われた紗雪は豚バラブロック肉をはじめとする食材をネットショップで購入する事にした。
豚の角煮はサンドイッチの具材にもなるが、紗雪にとってご飯と味噌汁と一緒に食べる料理である。
まずはご飯を炊く為、米を洗う。
『紗雪殿?昨日は米から出てくる白い水を捨てていたが、今回は捨てないのか?』
別の鍋にとぎ汁を注いだ紗雪にレイモンドが問いかける。
『ええ。米のとぎ汁は豚のバラ肉と大根を下茹でする時に使うの』
米のとぎ汁で下茹でしたらアクや臭み、苦みが取り除ける事を母親から教えて貰ったのだと、紗雪がレイモンドに話す。
『私が作る料理は全て母から教えて貰ったわ』
『家庭の味という奴だな』
だから紗雪が作る料理は、どこか温もりを感じたのだと、彼女が作った料理を口にした事があるレイモンドは納得していた。
研いだ米を水に浸けている間、紗雪は皮を剥いた大根を輪切り、その後は面取りした大根を半月切り、豚バラブロック肉を食べ応えのある大きさに切っていく。
『紗雪殿、一つ聞いてもいいだろうか?何故、豚肉を下茹でするのだ?』
子供の頃、ミルク粥しか作れない美奈子が豚肉と野菜を煮込んだ料理を作ってくれたのだが、それは非常に不味いものだった。一言で言えば、どこをどうすればこうなってしまうの?!という疑問が浮かんでしまうエロイムエッサイム的な物体で、今でもランスロットのトラウマとなっている。
母親と紗雪が作る料理の違いはどこなのか?
豚バラ肉を茹でている鍋の表面にアクが出て来たのでお玉で掬い取っている紗雪にランスロットが尋ねる。
『肉は下茹でしていないと、アクと臭みが出て料理が不味くなってしまうからです』
これは私の想像なのですが・・・恐らく大奥様は豚肉を下茹でしていなかったのでは?
下茹でが終わった豚バラ肉と大根を取り出して水にさらす。
『今回は時間短縮で圧力鍋を使った方がいいわね』
豚バラブロック肉と一緒に購入した圧力鍋に水・醤油・砂糖・酒といった調味料、下茹でした豚バラ肉と大根、臭い消しのネギと生姜を入れると蓋をしてコンロに火を点ける。
その間に紗雪は三つのコンロを使ってご飯と味噌汁、ゆで卵作りに取り掛かる。
『紗雪殿?味噌汁を作る時は煮干しというものを使うのではないのか?』
『昨日の味噌汁は美奈子さんが半世紀以上振りに日本食を口にするから煮干しを使ったけど、こっちの方が楽なのよ』
鍋の一つに入れた粉が入っている袋───某メーカーの顆粒出汁を見せる。
『異世界には便利なものがあるのだな』
これだけで出汁が取れるという事実に、レイモンドは感心の声を上げて驚く。
『紗雪殿。昨日のミソシルはトーフだったが、今回の具材は何なのだ?』
『今日の味噌汁の具材は・・・キャベツです』
キャベツとミソシルは合うのか?という疑問を抱いたランスロットとレイモンドであったが、異世界の料理に関しては紗雪の方が知っているので自分達は何も口出ししない方がいいだろうと思った二人は、彼女が作っていくところを黙って見る事にした。
圧力鍋の錘が沸騰した事を知らせたので弱火にしてニ十分煮込んでいる間に、水に浸けて冷ましておいたゆで卵の皮を剥いていく。
ニ十分後
火を止め、圧力鍋の蓋を開けると臭い消しの為に入れていたネギを取り出し、ゆで卵を入れる。
『これでブタノカクニとやらが完成したのか?』
『タレがゆで卵に染み込んだら完成よ』
ゆで卵に味が染み込むのを待っている間に、白菜の浅漬けを切って皿に盛り付ける。
『ショーユというのは、玉子卵焼きだけではなく煮込み料理にも使えるのだな』
『隠し味としてだけではなく、クッキーのように甘い焼き菓子にも使えますよ』
醤油を使った甘い焼き菓子が想像できないランスロットとレイモンドは首を傾げるしかない。
『ところで紗雪殿。ショーユの作り方をロードクロイツに広めてくれないだろうか?』
半分はロードクロイツ家の食卓を豊かにしたいという個人的な思いだが、もう半分は醤油という調味料が新たな産業になると踏んだのだろう。
ランスロットは紗雪に醤油の作り方を教えて欲しいと頼むのだが、紗雪は自分が醤油の作り方を知らない事と、醤油作りにおける問題点を挙げる。
キルシュブリューテ王国は原料となる大豆の栽培をしていないと聞いた
ならば、近隣諸国から輸入になるのだが、大豆を栽培している国があるのか?
『温暖で雨が少なく乾燥している気候というのも、醤油作りの条件の一つらしいですよ』
キルシュブリューテ王国及び近隣諸国では大豆の栽培をしていないので、仮に紗雪が醤油の作り方を知っていたとしてもロードクロイツでは不可能という訳だ。
紗雪の言葉にランスロットは静かに落ち込む。
『紗雪殿。キルシュブリューテ王国には醤油に似た魚醤というものがあるのだが、これを使った料理を広める事は出来ないのか?』
レイモンドが紗雪に見せたのは、醤油に似た液体が入っている一本の瓶だった。
元の世界でも名前は耳にした事があっても、どのような味をしているのか知らない紗雪は、瓶に入っている魚醤を少しだけ皿に注いで味見をしてみる。
(に、臭いがきつい!それに辛い?いや、辛いと言うよりしょっぱい?)
醤油よりも濃い塩分に紗雪は顔を顰める。
『ゴメンなさい、レイモンドさん。実は私、魚醤を使って料理を作った事がないの』
市場で魚醤を売っているのを見た事があるが、高かったので買わなかったのだ。
『レイモンドさん、ロードクロイツ家では魚醤をどのように使っているの?』
照り焼きチキンのように火を通しているのか、冷奴のようにそのままかけて食べているのか分からない紗雪が尋ねる。
『そうだな・・・肉や魚や野菜といった食材のソースとして使っているかな?』
実家にいた頃は何とか口にしていたが、魚醤のクセの強さと塩辛さがレイモンドは苦手なのだ。
『もしかして・・・侯爵家、というよりキルシュブリューテ王国では火を通さずに魚醤をそのまま使っているの?』
『ああ。そのままソースとして使ったり、肉を焼く時に魚醤を大量に使う事があるな』
要は、塩や胡椒といった香辛料をふんだんに使った料理は高価で当然という感覚である。
『魚醤って隠し味として少しだけ使った方がいいと聞いた事があるわ。それを大量に使った料理は・・・さぞかし塩辛いのでしょうね』
貴族の息子も大変だと、紗雪は心の中でレイモンドに同情していた。
『紗雪さん、今は魚醤よりも豚の角煮を優先しないといけないのではないかしら?』
美奈子の言葉に、そういえば自分は豚の角煮を作っている最中だった事を思い出した紗雪は皿に料理を盛り付けていく。
3
お気に入りに追加
413
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
異世界召喚に巻き込まれたエステティシャンはスキル【手】と【種】でスローライフを満喫します
白雪の雫
ファンタジー
以前に投稿した話をベースにしたもので主人公の名前と年齢が変わっています。
エステティックで働いている霧沢 奈緒美(24)は、擦れ違った数人の女子高生と共に何の前触れもなく異世界に召喚された。
そんな奈緒美に付与されたスキルは【手】と【種】
異世界人と言えば全属性の魔法が使えるとか、どんな傷をも治せるといったスキルが付与されるのが当然なので「使えねぇスキル」と国のトップ達から判断された奈緒美は宮殿から追い出されてしまう。
だが、この【手】と【種】というスキル、使いようによっては非常にチートなものだった。
設定はガバガバ+矛盾がある+ご都合主義+深く考えたら負けである事だけは先に言っておきます。
親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい
咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。
新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。
「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」
イルザは悪びれず私に言い放った。
でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ?
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています
芋くさ聖女は捨てられた先で冷徹公爵に拾われました ~後になって私の力に気付いたってもう遅い! 私は新しい居場所を見つけました~
日之影ソラ
ファンタジー
アルカンティア王国の聖女として務めを果たしてたヘスティアは、突然国王から追放勧告を受けてしまう。ヘスティアの言葉は国王には届かず、王女が新しい聖女となってしまったことで用済みとされてしまった。
田舎生まれで地位や権力に関わらず平等に力を振るう彼女を快く思っておらず、民衆からの支持がこれ以上増える前に追い出してしまいたかったようだ。
成すすべなく追い出されることになったヘスティアは、荷物をまとめて大聖堂を出ようとする。そこへ現れたのは、冷徹で有名な公爵様だった。
「行くところがないならうちにこないか? 君の力が必要なんだ」
彼の一声に頷き、冷徹公爵の領地へ赴くことに。どんなことをされるのかと内心緊張していたが、実際に話してみると優しい人で……
一方王都では、真の聖女であるヘスティアがいなくなったことで、少しずつ歯車がズレ始めていた。
国王や王女は気づいていない。
自分たちが失った者の大きさと、手に入れてしまった力の正体に。
小説家になろうでも短編として投稿してます。
団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる