カフェ・ユグドラシル

白雪の雫

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⑪豚の角煮-2-

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 冷蔵庫に保存していた豚肉を使おうと思ったのだが、それは侯爵家の夕食に使うので駄目だと言われた紗雪は豚バラブロック肉をはじめとする食材をネットショップで購入する事にした。

 豚の角煮はサンドイッチの具材にもなるが、紗雪にとってご飯と味噌汁と一緒に食べる料理である。

 まずはご飯を炊く為、米を洗う。

 『紗雪殿?昨日は米から出てくる白い水を捨てていたが、今回は捨てないのか?』

 別の鍋にとぎ汁を注いだ紗雪にレイモンドが問いかける。

 『ええ。米のとぎ汁は豚のバラ肉と大根を下茹でする時に使うの』

 米のとぎ汁で下茹でしたらアクや臭み、苦みが取り除ける事を母親から教えて貰ったのだと、紗雪がレイモンドに話す。

 『私が作る料理は全て母から教えて貰ったわ』

 『家庭の味という奴だな』

 だから紗雪が作る料理は、どこか温もりを感じたのだと、彼女が作った料理を口にした事があるレイモンドは納得していた。

 研いだ米を水に浸けている間、紗雪は皮を剥いた大根を輪切り、その後は面取りした大根を半月切り、豚バラブロック肉を食べ応えのある大きさに切っていく。

 『紗雪殿、一つ聞いてもいいだろうか?何故、豚肉を下茹でするのだ?』

 子供の頃、ミルク粥しか作れない美奈子が豚肉と野菜を煮込んだ料理を作ってくれたのだが、それは非常に不味いものだった。一言で言えば、どこをどうすればこうなってしまうの?!という疑問が浮かんでしまうエロイムエッサイム的な物体で、今でもランスロットのトラウマとなっている。

 母親と紗雪が作る料理の違いはどこなのか?

 豚バラ肉を茹でている鍋の表面にアクが出て来たのでお玉で掬い取っている紗雪にランスロットが尋ねる。

 『肉は下茹でしていないと、アクと臭みが出て料理が不味くなってしまうからです』

 これは私の想像なのですが・・・恐らく大奥様は豚肉を下茹でしていなかったのでは?

 下茹でが終わった豚バラ肉と大根を取り出して水にさらす。

 『今回は時間短縮で圧力鍋を使った方がいいわね』

 豚バラブロック肉と一緒に購入した圧力鍋に水・醤油・砂糖・酒といった調味料、下茹でした豚バラ肉と大根、臭い消しのネギと生姜を入れると蓋をしてコンロに火を点ける。

 その間に紗雪は三つのコンロを使ってご飯と味噌汁、ゆで卵作りに取り掛かる。

 『紗雪殿?味噌汁を作る時は煮干しというものを使うのではないのか?』

 『昨日の味噌汁は美奈子さんが半世紀以上振りに日本食を口にするから煮干しを使ったけど、こっちの方が楽なのよ』

 鍋の一つに入れた粉が入っている袋───某メーカーの顆粒出汁を見せる。

 『異世界には便利なものがあるのだな』

 これだけで出汁が取れるという事実に、レイモンドは感心の声を上げて驚く。

 『紗雪殿。昨日のミソシルはトーフだったが、今回の具材は何なのだ?』

 『今日の味噌汁の具材は・・・キャベツです』

 キャベツとミソシルは合うのか?という疑問を抱いたランスロットとレイモンドであったが、異世界の料理に関しては紗雪の方が知っているので自分達は何も口出ししない方がいいだろうと思った二人は、彼女が作っていくところを黙って見る事にした。

 圧力鍋の錘が沸騰した事を知らせたので弱火にしてニ十分煮込んでいる間に、水に浸けて冷ましておいたゆで卵の皮を剥いていく。

 ニ十分後

 火を止め、圧力鍋の蓋を開けると臭い消しの為に入れていたネギを取り出し、ゆで卵を入れる。

 『これでブタノカクニとやらが完成したのか?』

 『タレがゆで卵に染み込んだら完成よ』

 ゆで卵に味が染み込むのを待っている間に、白菜の浅漬けを切って皿に盛り付ける。

 『ショーユというのは、玉子卵焼きだけではなく煮込み料理にも使えるのだな』

 『隠し味としてだけではなく、クッキーのように甘い焼き菓子にも使えますよ』

 醤油を使った甘い焼き菓子が想像できないランスロットとレイモンドは首を傾げるしかない。

 『ところで紗雪殿。ショーユの作り方をロードクロイツに広めてくれないだろうか?』

 半分はロードクロイツ家の食卓を豊かにしたいという個人的な思いだが、もう半分は醤油という調味料が新たな産業になると踏んだのだろう。

 ランスロットは紗雪に醤油の作り方を教えて欲しいと頼むのだが、紗雪は自分が醤油の作り方を知らない事と、醤油作りにおける問題点を挙げる。





 キルシュブリューテ王国は原料となる大豆の栽培をしていないと聞いた

 ならば、近隣諸国から輸入になるのだが、大豆を栽培している国があるのか?





 『温暖で雨が少なく乾燥している気候というのも、醤油作りの条件の一つらしいですよ』

 キルシュブリューテ王国及び近隣諸国では大豆の栽培をしていないので、仮に紗雪が醤油の作り方を知っていたとしてもロードクロイツでは不可能という訳だ。

 紗雪の言葉にランスロットは静かに落ち込む。

 『紗雪殿。キルシュブリューテ王国には醤油に似た魚醤というものがあるのだが、これを使った料理を広める事は出来ないのか?』

 レイモンドが紗雪に見せたのは、醤油に似た液体が入っている一本の瓶だった。

 元の世界でも名前は耳にした事があっても、どのような味をしているのか知らない紗雪は、瓶に入っている魚醤を少しだけ皿に注いで味見をしてみる。

(に、臭いがきつい!それに辛い?いや、辛いと言うよりしょっぱい?)

 醤油よりも濃い塩分に紗雪は顔を顰める。

 『ゴメンなさい、レイモンドさん。実は私、魚醤を使って料理を作った事がないの』

 市場で魚醤を売っているのを見た事があるが、高かったので買わなかったのだ。

 『レイモンドさん、ロードクロイツ家では魚醤をどのように使っているの?』

 照り焼きチキンのように火を通しているのか、冷奴のようにそのままかけて食べているのか分からない紗雪が尋ねる。

 『そうだな・・・肉や魚や野菜といった食材のソースとして使っているかな?』

 実家にいた頃は何とか口にしていたが、魚醤のクセの強さと塩辛さがレイモンドは苦手なのだ。

 『もしかして・・・侯爵家、というよりキルシュブリューテ王国では火を通さずに魚醤をそのまま使っているの?』

 『ああ。そのままソースとして使ったり、肉を焼く時に魚醤を大量に使う事があるな』

 要は、塩や胡椒といった香辛料をふんだんに使った料理は高価で当然という感覚である。

 『魚醤って隠し味として少しだけ使った方がいいと聞いた事があるわ。それを大量に使った料理は・・・さぞかし塩辛いのでしょうね』

 貴族の息子も大変だと、紗雪は心の中でレイモンドに同情していた。

 『紗雪さん、今は魚醤よりも豚の角煮を優先しないといけないのではないかしら?』

 美奈子の言葉に、そういえば自分は豚の角煮を作っている最中だった事を思い出した紗雪は皿に料理を盛り付けていく。






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