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⑦ヒロイン・カサンドラ-4-

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 ロードライト帝国の港町にある市場の一角に太陽の光が降り注ぐ。
 劇場の舞台を思わせる壇の上に一糸纏わぬ姿で立つのは、今の自分が置かれている立場に戸惑いを隠す事が出来ぬ年端も行かない子供達に、恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯きながら両手で性器の部分を隠している成人した男女達。
 中には自分という人間の価値をより高くする為に、己の局部を隠す事なく堂々と晒している者もいる。
 奴隷商人によって紹介されていく彼等を観客席から眺めているのは裕福な商人と思しき中年男性に、どこかの屋敷の執事らしき壮年男性。
 また、暇を持て余している貴族か富豪の夫人らしき女性の姿もちらほらと見受けられる。
 壇上に立つ商品───奴隷に向けている視線に好色は一切含まれていない。
 かといって、美術品を愛でるものでもない。
 どちらかと言えば商品の良し悪しを見極めようと、或いは患者を診る医師のようなものであった。
「私は一番と六番の子供を頂くわ」
「では、私は十三番の少年と二十二番の青年を買うとしよう」
 磨けば珠となり稼ぎ頭となる商品が欲しい娼館の女将が年端もいかない子供を買ったかと思えば、女役を専門とする男娼が欲しい男娼館の主が、客の要望に応えるべく少女にしか見えない可愛らしい少年だけではなく筋骨隆々な青年に知的な雰囲気を纏わせている少年達を次々と仕入れていく。
「あ、貴方方は間違っています!人を売買するという非道で野蛮な行為など今すぐ辞めるべきです!」
 ある少女の声が、盛り上がっているところに水を差してきた。
「富める者が貧しき者を買うなど、正義と審判を司る我等が女神・ティリシアがお許しになりません!」
 奴隷の売買を止めるように訴えているのは商品として壇上に立っている、清楚という言葉が似合う美しい少女だった。
 ティリシアというのは、アイドネウスが妹であるパンドゥーラとの間に儲けた娘であり、弱きを助け強きを挫く正義感が強い女神だと、神話ではそう伝わっている。
 だが、事実は大いに異なる。
 ティリシアの母親はパンドゥーラであるが、父親は兄であるアイドネウスではなく弟のネレウスなのだ。
 そのような事実を知る事なく、ティリシアを信仰する修道女達は彼女を象徴する【裁きの剣】をモチーフにした首飾りを常に身に着けているだけではなく、永遠に処女である事を誓う。
 そして、清楚な少女はティリシアを象徴する首飾りを着けている事から、おそらく彼女は何らかの形で奴隷として売られる前は敬虔な信者だったのだろう。
 正義感が強いが故に、彼女は声を上げたのだ。
(空気を読まない発言をしているあの女、どこかで見た事があるような気がするのだけど・・・)
 隠しキャラであるアイドネウスを出現させるには、まずカルロスの側小姓であるゼフュロスに買われて後宮に入る事が必須条件だ。
 女神になる為、恥ずかしさを押し殺し人前で自慢の裸体を晒していたカサンドラは、正義感気取りの女が誰だったかを思い出そうとするのだが・・・どうしても思い出せないでいる。
(まぁ、どうでもいいわね)
 煌々たる愛のプレイヤーであり、ヒロインにして将来はアイドネウスの妻になる事が確定している自分が思い出せないのは、所詮彼女は十羽一絡げなモブキャラでしかないのだ。
 そう結論づけたカサンドラの目の前で、少女が奴隷商の従業員達によって舞台から引きずり降ろされる。
 おそらく彼女は問答無用で特殊な性癖を持つ変態だけを相手にする娼館か、生体実験を主としている施設に二束三文の値段で売られてしまうのではないだろうか。
 ここでカサンドラが、舞台から引きずり降ろされた少女がゲームではゼフュロスがカルロスの為に買った商品にして、後にアストライアーの取り巻きとして画面に出ていた側室の一人であった事を思い出していれば───彼女はここが現実世界だと認識出来たのかも知れない。
 しかし、ゼフュロスに買われた事で自分は女神になる運命なのだと思い込んでしまったカサンドラは、アイドネウスの攻略ルートに従った行動を取る事となり、メンタルがあの店で売っているプリンよりも柔い攻略対象者共と友達以上恋人未満な関係になってしまう。










 未来の自分が後宮を追い出されて泡専門のお嬢でしか雇って貰えなくなる事など知らないカサンドラを無視して、市場では商品の売買が再開される。










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