23 / 32
⑧ハーネット王国の滅亡-1-
しおりを挟む(私がサクリフィス大陸に来て十年以上の月日が経っているのね・・・)
リオン達はインキュバスや猫人になるだの、一緒に乗船していた他の冒険者達はワイバーンやケルベロスの餌や妖魔になるだの、自身も真祖の后になってしまうだの、不死者になってしまうだの、実に色々な事があったと、昼間だというのに夜のように暗い外の景色を眺めながらクリュライムネストラが過去に思いを馳せる。
(お母様・・・)
「かあさま、いまかえりました」
メディクス王国にいるであろう母の身を案じているクリュライムネストラに、茶色の髪とヘーゼル色の瞳を持つ幼い子供が駆け寄り抱き着いてきた。
子供の名前は、ヴェルナード=レグルス=ロワール=アウスファーレン。
レーヴェナードとクリュライムネストラとの間に産まれた、二人にとって初めての子供にして父の後を継ぐ者。魔力と霊力をバランス良く持ち合わせているダンピールだ。
「お帰りなさい、ヴェルナード」
クリュライムネストラは機嫌よく王宮に戻って来た我が子を受け止め抱き締める。
慈愛と優しさに溢れているその顔は、正に子を想う母そのものだ。
「ぼくね、きょうはとうさまと──・・・」
『座学も大事だが、身を以ての体験と経験は己の糧となる』というのがレーヴェナードの中にある教育方針なのか、時折お忍びという形で視察を兼ねて息子と共に貴族エリアや下町エリア、時には地方に赴いてヴェルナードの見聞を広げているのだ。
しかし、今回は違う。
数日前から元気がなさそうな息子の身を案じたレーヴェナードが、息抜きの意味で共に城下町に遊びに行っただけである。
それが功を奏したのかどうか分からないが、王宮に戻って来た時のヴェルナードは元気になっていた。
そんなレーヴェナードの話に真剣に耳を傾けているクリュライムネストラは我が子の成長を褒め、自分が見聞きして感じた事に共感している。
「お帰りなさい、レーヴェ」
「ただいま」
ヴェルナードを膝の上に座らせながら優しい笑みを浮かべて出迎えてくれる妻を、レーヴェナードは自分の元に抱き寄せる。
(この男の腕の中は温かくて力強くて、何より居心地がいい・・・)
幸福感に包まれているクリュライムネストラがレーヴェナードの背中に腕を回す。
家族水入らずで過ごしている彼等がいる部屋に扉をノックする音が響く。
レーヴェナードの許しを得て入って来たのは、レオパルドとイビルゲイザーだった。
「お寛ぎのところ、失礼いたします。実は──・・・」
レオパルドが来た目的は、クリュライムネストラの故郷であるハーネット王国の事を告げる為だった。
このような話を幼子に聞かせる訳にはいかないと思っているレオパルドは、クリュライムネストラにヴェルナードを子供部屋に連れて行って欲しいと懇願するのだが、次期君主がそれを拒否している。
「ぼく、かあさまがだいすきだよ。でも、かあさまはレオパルドのはなしをきいたら・・・かあさまはここからでていくのでしょ?」
だから、ぼくはとうさまといっしょにおはなしをきく!!
「「「ヴェルナード(様)!?」」」
レオパルドの話が、クリュライムネストラがここを出ていく事に繋がるのか
それだけを答えると急に泣き出してしまったヴェルナードを三人が必死に宥める。
「だって・・・かあさまが、そこくだったくにと、おばあさまのおはなしをするとき・・・すごくかなしそう、だったから・・・」
そんなクリュライムネストラにハーネット王国の話を聞かせたら、自分達を捨てるのではないか?という不安を感じたのだと、嗚咽を漏らしながらヴェルナードがそう答える。
「ヴェルナードに悲しい思いをさせてしまうなんて、私は本当に駄目な母様ね」
自分はそういうつもりではなかったのだが、メディクス王国に残してきた母の身を案じる気持ちが出ており、それをヴェルナードが望郷の念であるだけではなく全てを捨てる気でいるのだと感じ取ってしまったのかも知れない。
クリュライムネストラは、泣きじゃくる我が子の頭に触れる。
「?」
「ハーネット王国は、母様が生まれ育った故郷なのは確かよ。でもね、私は故郷を捨てたの。そんな母様にとって父様とヴェルナードがいるここが・・・サクリフィス大陸が大切な場所であり、故郷なの」
だから母様がハーネット王国に戻る理由なんてないのよ
ヴェルナードにそう言い聞かせているクリュライムネストラの顔は、ここで生きていくという決意をしている母にして妻、そして女のものだった。
「母様は二度と故郷には戻れない。だけど、ヴェルナードが大人になったら・・・母様の代わりにお祖母様に会って・・・伝えて欲しいの」
──・・・
「約束してくれるかしら?」
「はいっ!ぼくがかあさまとのやくそくをはたします」
そう答えたヴェルナードの瞳には涙が浮かんでいたが、顔は晴れ晴れとしたものだった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
聖女なんて御免です
章槻雅希
ファンタジー
「聖女様」
「聖女ではありません! 回復術師ですわ!!」
辺境の地ではそんな会話が繰り返されている。治癒・回復術師のアルセリナは聖女と呼ばれるたびに否定し訂正する。そう、何度も何十度も何百度も何千度も。
聖女断罪ものを読んでて思いついた小ネタ。
軽度のざまぁというか、自業自得の没落があります。
『小説家になろう』様・『Pixiv』様に重複投稿。
聖女は支配する!あら?どうして他の聖女の皆さんは気付かないのでしょうか?早く目を覚ましなさい!我々こそが支配者だと言う事に。
naturalsoft
恋愛
この短編は3部構成となっております。1話完結型です。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
オラクル聖王国の筆頭聖女であるシオンは疑問に思っていた。
癒やしを求めている民を後回しにして、たいした怪我や病気でもない貴族のみ癒やす仕事に。
そして、身体に負担が掛かる王国全体を覆う結界の維持に、当然だと言われて御礼すら言われない日々に。
「フフフッ、ある時気付いただけですわ♪」
ある時、白い紙にインクが滲むかの様に、黒く染まっていく聖女がそこにはいた。
婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる