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⑤侍女の祈り
しおりを挟む王宮の一角にあるパリスの寝室では、男の興奮の色が含まれている息遣いと女の喘ぎ声が響いている。
国王と三人の兄王子は二人が原因で起こった戦いに身を投じているのにその当事者はというと、まだ陽も高い時間に睦み合っているという事実に壁の花に徹している侍女達は表情に出していないが心の中では呆れ果てていた。
(クリュライムネストラ様が出奔した時に乗じて私も国を捨てるべきだった!)
パリスに仕える侍女の一人が今の自分が置かれている状況に対して愚痴を零す。
確かに当時の自分はバルバガイツの寵愛を笠に着て権勢を誇っていたサフィーアの息子の侍女という事に誇りを持っていたし、甘い汁を啜っていた。
『あの女は生意気だ!』
『王子である私を立てるという事を知らぬ無礼者!』
『あの大女に勃つという者好きがいるのなら見てみたいものだな!』
『人狼になった者を殺すあの女にはやはり慈悲というか、人の心がないのだな!この人殺し!!』
しかも、主人であるパリスが叔母にして婚約者であるクリュライムネストラを悪し様に罵っていたからなのか、彼女に対して悪い印象しか抱いていなかったのだ。
悪人に正義の鉄槌が下されるように、聖女でありながらパリスを蔑ろにするクリュライムネストラに何をしてもいいと思っていた自分は彼女に対して色々な事をしていた。
クリュライムネストラが飲むお茶には下剤を入れたり、彼女が口にするお菓子はわざと不味くしたり、時には足を引っかけて転ばせようとしたり──・・・。
まぁ、クリュライムネストラは侍女が仕掛けた罠に引っかからなかったが。
周囲を警戒していたのか、或いはパリスという人間と彼に仕える者全てを信用していなかったのか、それは本人に聞かないと分からない。
しかし、クリュライムネストラは己に向けられている悪意の全てが自分からである事に気が付いていた節があるような気がする。
だが、彼女は自分を断罪しなかった。
王族であるという事実を除いても、大勢を救う為に母親の目の前で知性なき人狼と化してしまった青年を躊躇わずに殺してしまうという冷徹な判断を下せる彼女の事だ。
証拠を集めて、いや、王族という特権を駆使して自分だけではなく実家の取り潰しも出来たはず──・・・。
(私は・・・クリュライムネストラ様に対して何という無礼を!!)
それをしなかったという事は、彼女は自分を許してくれているのだろうか?
或いは責める価値がない人間と見ているのかも知れないが、それでも自分の行為は王族に対して行ってはいけないものであった。
その事を深く理解してしまっている侍女は、クリュライムネストラに謝罪をしていないだけではなく今もなおパリスに仕えている事実に後悔の念を抱く。
パリスに対して王族としての在り方を説いていただけの彼女が、バルバガイツの命令であるとはいえパリスから 『ヘレーネを妃に迎えるから婚約は破棄するが、代わりに愛妾として自分達に仕えろ』と言われたら、聖女や神子姫と言われているクリュライムネストラが婚約者と祖国を捨てるのも当然であろう。
(神よ、どうかあなたのお力でハーネット王国をお救い下さい!)
侍女は我が身の安全の為だけに神に祈る。
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