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④ハーネット王国の状況-2-
しおりを挟む「神よ。あなたを祀るハーネット王国は滅びの道を歩もうとしています」
四十代半ばから後半の美しい中年女性がハーネット王国の主神に祈りを捧げている。
彼女はバルバガイツの后・・・いや、バルバガイツとは離縁しているので嘗ては王后陛下と呼ばれていた女性にして三人の王子の母でもあるエンジェラ。
子供達を王宮に残して離縁した後、実家の公爵領に戻ったエンジェラであったが、我が子の身の安全と国の安寧を思う気持ちに変わりはない。
教会で祈りを捧げながらクリュライムネストラと過ごした日々を思い返す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
政治的な思惑で幼い頃から婚約していたバルバガイツの異母妹であるクリュライムネストラは、欠損した四肢だけではなく、吸血鬼によって魔物と化した者を元に戻せるが故に【聖女】や【神子姫】と讃えられているが、彼女自身は聖女と呼ばれるに程遠い性格をしている。
何と言えばいいのであろうか──・・・。
エンジェラは考える。
歴史に名を残している多くの聖人や聖女の出自が平民というのが事実であり史実だ。
しかし、平民であるが故に彼等は生まれながらにして特別な力を有してはいない。
だが、そんな彼等でもたった一つのものを持っていた。
それは唯一の神に対する、狂気とも言える強固なまでの信仰心
神に対する信仰が強い故に彼等は無垢で純粋。
しかし、同時に物事を広く見る事が出来ない人間でもあった。
純粋で無垢であるからこそ、彼等は偉大な聖人や聖女として名を残せたのかも知れない。
対してクリュライムネストラは王族として育ったからなのか、聖人や聖女と呼ばれる者特有の浮世離れした雰囲気を纏っていないような、聖女でありながら強い信仰を持っていないようだと、どちらかと言えば現実的な性格をしているような・・・エンジェラにはそう感じていたのだ。
以前、その事について問い質した時、クリュライムネストラはこう答えた。
『私は古の聖人や聖女のように神というものを目にした事がないから、果たして神と呼ばれる存在がいるのかと聞かれたら答えられません。敢えて言うとすれば私にとって神とは・・・己の中にある善の心、信念や信条といったものでしょうか』
人間は強くもあり弱くもある
その人間が弱っている時に縋り、祈るのが己の心の内にある信念なのではないだろうか?
『あくまでもこれは、私の一個人としての考えです。その者が信じる神を否定すれば、それは即ち自分が自分である事を否定する事に繋がる──・・・。それと、これだけは言っておきます』
周囲の者達が浄化と治癒に秀でている自分を【聖女】や【神子姫】として担ぎ上げているだけであって、自分自身はそのように思った事など一度としてない。
しかし、クリュライムネストラという人間が【聖女】や【神子姫】として存在している事で彼等の心が平穏であるというのであれば、自分はただそれを演じているだけに過ぎないのだ。
『思いは・・・信念は・・・人や国を動かす力になると同時に、自身を滅ぼす凶器にも成り得る』
全ては人々の心掛け次第──・・・
クリュライムネストラの答えは古の聖女や神子姫に対する冒涜とも受け取れるものとも感じたが、先を見据えない善意の施しや出来ない偽善を口にするだけの者達よりも、自分なりの信念を行動で示している彼女を遥かに好ましく思っている。
夫に愛されていないと分かっていても自分は王后だ。
自分には国の為に働き民の暮らしを守る義務と責任があり王后としての役目を背負っていたように、クリュライムネストラもまた聖女や神子姫という役目を背負って民の心に寄り添うとしたのであろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(クリュライムネストラ様・・・。あの時の貴女はこう言いたかったのでしょうか?)
事を成し遂げる為に祈るのは、外なる神ではなく己の心の内にある信念であり心掛けなのだと
エンジェラの問いに答える者はいない──・・・。
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