Erased Knight/Princess

藍沢 紗智子

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VIII

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「私は、もう、要らないかな」

 唇から溢れたのはそんな言葉だった。
 20年近く積み重ねてきた私はもう皆んなから必要とされない存在だ。かといって今更お花畑には戻れない。

 頬を一本の水滴がつたう。

 消してしまった私に戻ることはもう出来ない。かといって、今の生き方が決してスマートでないことも知っている。猿山の言う通り無理をしてきた。姫乃に負い目を感じさせている。三隅に心配を掛けている。騎士の鎧はもうズタボロだ。

 いつの間にか三隅は私を抱き締めていた。

「ごめんなさい、泣かせたかったわけじゃなくて。俺は愛乃さんが一生懸命やってきたのを知ってるのに言い方を間違えました」

 スーツ越しの温もりは私が知らない背徳の温度だ。誰かを守ることは考えても、守られることは決してなかったから。

「俺は愛乃さんのことが好きです。冗談なんかじゃなくて。俺は愛乃さんにドレスを着せたいし、恋して欲しいし、結婚だってしたい。そのためには俺はなんだってします。いや、してきた」

(ん? してきた......?)

 少し引っかかる部分があったけれど、真面目な三隅の言葉を信じようと思う。

「騎士のように姫乃さんを守る愛乃さんに最初に惹かれたんです。だから、騎士の愛乃さんも好きです。でも、騎士の愛乃さんの一番はいつだって姫乃さんで、姫乃さんがお姫様だってそればっかり言ってて。俺にとってのお姫様は愛乃さんしか居ないのにってずっと妬いています」

 頭をガツンと撃たれたような痛みがした。

“わたしをあなたは消せないよ”

 またあの声だ。

“わたしを消した本当の理由を思い出して”

 初めは確かに姫乃を守るために私は弱くて可愛いものが好きな私を消した。

 でも、いつだって取り戻すことができたのに、そうしなかった。段々可愛い姫乃を見て怖くなっていたからだ。

“もし、姫乃が居なくても、悲劇が起きなくても、わたしはお姫様になれなかったんじゃないか”

 姫乃のためと言いながら自分の人生を犠牲にしていることで、お姫様になれない私を正当化しているんじゃないか? 本当はどう足掻いても誰からも愛されないのに姫乃のせいにしていないか?

 身震いがして押し込めていた考えだ。

 私があの子を消した本当の理由は、誰かの影に隠れて、自分の人生を生きることを捨てることで、安心を得るためだったんだ。

“でも、この人なら全部のわたしを愛してくれる”

 消せないあの子が、今度こそ私の中に溶けていく気がした。

「今からでも新しい生き方ができると思う?」

「はい、俺となら」

 
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