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第三章

お節介(高雅視点)

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「俺がいなきゃ息もできないのに、十年以上生きようと思うのは龍王丸が可愛いから。俺と一線を越えたくなかったのも、龍王丸から仲睦まじい両親を奪いたくなかったから。それくらい、お前は龍王丸が好きだ。そうだろう?」

 自分にも言い聞かせるように言うと、雅次はますます俯く。

「兄上、俺は……」

「そして、龍王丸もお前が好きだ」

「……っ」

「確かに、龍王丸は十中八九俺を殺すお前のことが嫌いになる。いずれお前を排する宿命を思えば、嫌いだと思っているほうが楽でもある。だがな」

 俺は一歩にじり寄った。

「万に一つ、それら全てを乗り越えて、変わらずお前が好きだと言うてきたら、その時は『ここまでようやった』と褒めて、今までの分甘えさせてやってくれ。俺の分まで。それが俺の願いだ。決して、龍王丸の気持ちに応えることが、俺への裏切り。許されぬことだと思うな」

 雅次と龍王丸が再び分かり合える未来。
 そのようなものは夢のまた夢。皆無に近い。

 分かっている。だが、言わずにはいられなかった。

 ――我ら伊吹を舐めるなっ。
 ――叔父上を愚弄する輩は、このおれが許さんっ。

 龍王丸の才気と、雅次への真っ直ぐな思慕の念を見るにつけ、龍王丸ならばやってくれるのでは……と、夢想せずにはいられないのだ。

 そして、その未来こそが、雅次を最も苦しめる未来でもある。

 口にはしないが、雅次は……俺が死ぬのは自分のせい。だから、最も辛く悲惨な末路を辿るべきで、それが俺や龍王丸にできる唯一の贖罪。そう、思い込んでいる。

 そんな雅次にとって、龍王丸が雅次への変わらぬ思慕を抱き続けられるのは一番の地獄だ。

 そしてもしも、龍王丸からもう一度仲良くしようと言われたら、俺と龍王丸への罪悪感で引き裂かれてしまう。
 龍王丸も不幸になる。

 そんなことだけにはなってほしくない。 

「俺もな。お前も好きだが、龍王丸も好きだ。だから……」

「兄上」

 また、言葉を遮られた。
 それきり、何も言わない。

 だが、苦悶に満ちた頑な横顔が「もう聞きたくない」と雄弁に伝えてきた。

 なので、俺はこれ以上言うのはやめた。

 これでいい。

 今、俺の言うことが理解できず、受け入れられなくても、実際そういうことになった時、俺の言葉を思い出してくれれば、それで。

「……」

 人の幸せは、一人の人間だけで成せるほど軽いものではない。
 また、人は一人だけを愛して事足りるほど薄情でもない。

 そういう生き物だ。

 それに、やはり……雅次が本当はどんな男で、愛おしい存在か、この世で俺一人だけしか知らないなんて悲し過ぎる。

 だから……龍王丸。
 雅次が命がけで愛しているお前だけはせめて、本当の雅次を知り、好きでいてやってくれ。

 と、願わずにはいられずにいると、

「ところで、それは何ですか」
 不意に、雅次がそう口を開いた。

「それ?」と、俺が訊き返すと、雅次は俺が脇に置いていた、少し大きめの文箱を指し示すので、俺は「ああ」と声を漏らした。

「これは……いや」

「もしかして、俺にですか?」

「! それは……しかし、これもいらぬ老婆心というか、何というか」

「見せてください」

 たった今、老婆心で雅次に嫌な思いをさせた直後なだけに渋る俺に、雅次は身まで乗り出して強請ってきた。

 目もきらきらと輝いている。
 俺はこの目に弱い。

「……うん。そう、大したものじゃないんだが」
 俺は渋々と、背後に置いていた、少々大きめの文箱を取り、押しやった。

「お前が死んだ後のことをな、思いつく限り全部書き溜めてみた」

「! 兄上が、死んだ後の……?」

 雅次は驚いた声を上げ、すぐさま文箱を開けた。
 そして、文箱いっぱいに入った書きつけを見て、ますます目を見開いた。

「俺ともあのように話し合われましたのに。こんなに、たくさん……」
 呆れたような言い草に、俺は苦笑しつつ頭を掻いた。 

「少しでも、何かの助けになればと思うてな。だがこの乱世、いつ何が起こるか分からん。おまけに、俺のような凡夫が考えたことだ。何の役には立たぬかもしれん……」

「いえっ」
 雅次は文箱を抱きかかえる勢いで手繰り寄せた。

「兄上のお心遣い、まことに……まことにかたじけなく。……ただっ」

 呻くように言って俯いてしまった。
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