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第三章
嘘(高雅視点)
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俺が家督を継いだ、ちょうど二カ月後のことだ。
もう長くはないだろうと思ってはいたが、あまりにも早すぎる事態に少し動揺した。
そして、父の死には何かと思うところがあった。
これまでは、雅次にした仕打ちを思えば、地獄の奥底に落ちればいい。
そのくらいに思っていたが、延々発作で苦しみ続ける父を見ていると、何とも言えぬ心地がしたし、死ぬ間際、
「……兄さま。兄さま。そこに、おられましたのか」
地獄の業火に焼かれたかのごとく苦しみ抜いた末、ふと目を開き、童のようなあどけない顔で俺を見て、そんなことを言ってきた。
その表情があまりにも雅次のそれにそっくりだったものだから、つい、
「ようやく見つけた。ずっと、探していたのだぞ?」
そう言って頭を撫でてやった。
父は、ひどく嬉しそうに微笑い、もう一度「兄さま」と甘えた声で俺を呼び、死んだ。
散々、俺たちを苦しめておいて。不幸の目をばらまきまくっておいて。
そう、思わなくもなかったが――。
「やはり、兄上はお人好しだ」
傍らで見ていた雅次が呆れたように言ってきた。
「あのような外道に情けをかけるなどっ」
「うーん。お前と同じような顔をして、『兄様』などと言われてしまうとなあ」
雅次の愛らしい寝顔そっくりの死に顔を思い返しつつ、素直にそう答えると、
「兄上の弟は、この雅次ただ一人でございます!」
そう言ってむくれるので思わず笑ってしまった。
そんな俺を見て、雅次も釣られるようにして笑い出したが、その笑みには陰りがあった。
「始まって、しまいましたなあ」
雅次がぽつりと呟いた。
その言葉どおり、俺を殺す計略が動き出した。
父の葬儀が終わって程なく、雅次の調略どおり、「後ろ盾である山吹の父親がいなくなったイロナシなど恐るるに足らず!」と、桃井が挙兵。
俺も雅次との申し合わせどおりに挙兵を表明。戦の準備をして――。
何もかも、実に順調に事は進んでいく。けれど。
「叔父上、今度いつ帰ってくるの? いつ遊べるの?」
出陣前日。龍王丸に無邪気にそうせっつかれて立ち尽くす雅次を見た時、胸がざわついた。
「龍王丸。今から一緒に竹とんぼをしようか」
俺がそう割って入ると、龍王丸は目を輝かせた。
「いいのっ? 明日出陣なのに。父上たち、軍議とか色々、忙しいんじゃ」
「うん。本当は良くない。だから、こっそり行こう。作左に怒られたくないからな」
そう言って二人の手を引き、雅次と龍王丸と、最後の竹とんぼに興じた。
思い切り遊んだ。
雅次も……いつもは一歩引いて、俺と龍王丸が遊ぶさまを少し離れたところから見守っているのが常なのだが、今日だけはと思ったのか、積極的に遊んでいた。
そのこともあって、とても楽しかった。
龍王丸もそうだったようで、
「ねえ叔父上。今日が一番楽しいよ! 戦から帰ったら、また今日みたいに父上と三人で遊ぼうね」
そう、笑って言った。
また、雅次が立ち尽くす。
「戦から、帰ったら……」
「うん! いいでしょう? 叔父上……わっ」
俺はすかさず龍王丸を抱き上げた。
「勿論だ。また、こうして皆で遊ぼう」
何も言えない雅次の代わりに、力強く……嘘を吐いた。
「わあ。本当?」
「まことだ。ゆえに、その時までいい子にしておるのだぞ?」
「はい! おれは次の当主さまだから、父上たちが戻ってくるまでこの国を守ります!」
力いっぱい宣言する。
瞬間、色んな感情が噴き出して、その小さな体を抱き締めていた。
こんな可愛い子が、俺の許に来てくれてよかった。
この子にこんなにも慕われて嬉しい。
でも、雅次は――っ。
このどうしようもない感情の濁流は、出陣し、人生最後の戦に臨んだ時にも湧き上がった。
俺が死んだ後、龍王丸が成長するまで雅次が当主代行を務めなければならないのだから、雅次が出来る男であることをある程度家中に示しておく必要がある。
なので、今回の戦では思い切り暴れて活躍したほうがいい。
そう説得していたので、雅次はこれまでの俺の影に徹することを止め、俺とともに前線に飛び出し、大いに槍を奮った。
敵も味方も畏怖するほどの鬼神ぶりに見惚れながら、胸が掻き毟られる。
俺など好きにならなければ。
いっそ、俺という兄などいなければ。
この男は家房を後ろ盾にしつつ、誰にも気兼ねせず武功を重ね、今回山吹に変じたことで伊吹家世継ぎの座を揺るぎないものとして、天下に号令をかけられた。
思わずそう夢想してしまうくらい、今の雅次は光り輝いていた。
どうしようもなく、眩しかった。けれど。
「兄上。もっと追い立ててやりましょう!」
俺を「兄上」と呼び、心底楽しそうに笑う雅次の顔を見ると、やっぱり――。
もう長くはないだろうと思ってはいたが、あまりにも早すぎる事態に少し動揺した。
そして、父の死には何かと思うところがあった。
これまでは、雅次にした仕打ちを思えば、地獄の奥底に落ちればいい。
そのくらいに思っていたが、延々発作で苦しみ続ける父を見ていると、何とも言えぬ心地がしたし、死ぬ間際、
「……兄さま。兄さま。そこに、おられましたのか」
地獄の業火に焼かれたかのごとく苦しみ抜いた末、ふと目を開き、童のようなあどけない顔で俺を見て、そんなことを言ってきた。
その表情があまりにも雅次のそれにそっくりだったものだから、つい、
「ようやく見つけた。ずっと、探していたのだぞ?」
そう言って頭を撫でてやった。
父は、ひどく嬉しそうに微笑い、もう一度「兄さま」と甘えた声で俺を呼び、死んだ。
散々、俺たちを苦しめておいて。不幸の目をばらまきまくっておいて。
そう、思わなくもなかったが――。
「やはり、兄上はお人好しだ」
傍らで見ていた雅次が呆れたように言ってきた。
「あのような外道に情けをかけるなどっ」
「うーん。お前と同じような顔をして、『兄様』などと言われてしまうとなあ」
雅次の愛らしい寝顔そっくりの死に顔を思い返しつつ、素直にそう答えると、
「兄上の弟は、この雅次ただ一人でございます!」
そう言ってむくれるので思わず笑ってしまった。
そんな俺を見て、雅次も釣られるようにして笑い出したが、その笑みには陰りがあった。
「始まって、しまいましたなあ」
雅次がぽつりと呟いた。
その言葉どおり、俺を殺す計略が動き出した。
父の葬儀が終わって程なく、雅次の調略どおり、「後ろ盾である山吹の父親がいなくなったイロナシなど恐るるに足らず!」と、桃井が挙兵。
俺も雅次との申し合わせどおりに挙兵を表明。戦の準備をして――。
何もかも、実に順調に事は進んでいく。けれど。
「叔父上、今度いつ帰ってくるの? いつ遊べるの?」
出陣前日。龍王丸に無邪気にそうせっつかれて立ち尽くす雅次を見た時、胸がざわついた。
「龍王丸。今から一緒に竹とんぼをしようか」
俺がそう割って入ると、龍王丸は目を輝かせた。
「いいのっ? 明日出陣なのに。父上たち、軍議とか色々、忙しいんじゃ」
「うん。本当は良くない。だから、こっそり行こう。作左に怒られたくないからな」
そう言って二人の手を引き、雅次と龍王丸と、最後の竹とんぼに興じた。
思い切り遊んだ。
雅次も……いつもは一歩引いて、俺と龍王丸が遊ぶさまを少し離れたところから見守っているのが常なのだが、今日だけはと思ったのか、積極的に遊んでいた。
そのこともあって、とても楽しかった。
龍王丸もそうだったようで、
「ねえ叔父上。今日が一番楽しいよ! 戦から帰ったら、また今日みたいに父上と三人で遊ぼうね」
そう、笑って言った。
また、雅次が立ち尽くす。
「戦から、帰ったら……」
「うん! いいでしょう? 叔父上……わっ」
俺はすかさず龍王丸を抱き上げた。
「勿論だ。また、こうして皆で遊ぼう」
何も言えない雅次の代わりに、力強く……嘘を吐いた。
「わあ。本当?」
「まことだ。ゆえに、その時までいい子にしておるのだぞ?」
「はい! おれは次の当主さまだから、父上たちが戻ってくるまでこの国を守ります!」
力いっぱい宣言する。
瞬間、色んな感情が噴き出して、その小さな体を抱き締めていた。
こんな可愛い子が、俺の許に来てくれてよかった。
この子にこんなにも慕われて嬉しい。
でも、雅次は――っ。
このどうしようもない感情の濁流は、出陣し、人生最後の戦に臨んだ時にも湧き上がった。
俺が死んだ後、龍王丸が成長するまで雅次が当主代行を務めなければならないのだから、雅次が出来る男であることをある程度家中に示しておく必要がある。
なので、今回の戦では思い切り暴れて活躍したほうがいい。
そう説得していたので、雅次はこれまでの俺の影に徹することを止め、俺とともに前線に飛び出し、大いに槍を奮った。
敵も味方も畏怖するほどの鬼神ぶりに見惚れながら、胸が掻き毟られる。
俺など好きにならなければ。
いっそ、俺という兄などいなければ。
この男は家房を後ろ盾にしつつ、誰にも気兼ねせず武功を重ね、今回山吹に変じたことで伊吹家世継ぎの座を揺るぎないものとして、天下に号令をかけられた。
思わずそう夢想してしまうくらい、今の雅次は光り輝いていた。
どうしようもなく、眩しかった。けれど。
「兄上。もっと追い立ててやりましょう!」
俺を「兄上」と呼び、心底楽しそうに笑う雅次の顔を見ると、やっぱり――。
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