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第三章
心中(高雅視点)
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俺が死ぬなら、雅次も己が死を望む。いや、生きていけない。
血肉を失えば、魂は今生を生きられない。道理だ。
だから、ともに死のうと言った。
お前だけでも生きてくれ。俺の分まで幸せになってくれだなんて、悪霊になれ。地獄に堕ちろと言っているのも同義だと、今なら分かるから。
すると、返ってきたのは「俺が兄上を殺します」という言葉。
俺の死を決して無駄にはさせないため。龍王丸の未来に最大限貢献するため。
徹底的に己を捨て尽くして死ぬ。
この壮絶なまでの覚悟の深さ。
我が弟ながら、なんと見事な男であることか。
だが、そう思いながらも、こんな雅次を独り残して逝くのかと思うとたまらなくなる。
雅次はこれまで、本当に……辛い目ばかりに遭ってきた。
本当は誰よりもすごい才気の持ち主だというのに、その功績全てを俺に注ぎ、正当な評価を受けることもなかった。
俺や龍王丸がいるから平気だと今は笑っているが、これから……その俺を殺し、龍王丸に憎まれ殺される。
そんな末路を歩ませるくらいならいっそ、俺と真に心が繋がった幸せで満ち足りているこの瞬間に息の根を止めて、何もかも終わらせてやりたい。
せめて、龍王丸に嫌われる前に。
何度も、その衝動に襲われた。
今だってそう。
だが、今回もすぐさま振り払う。
くだらない感傷、怖気だ。そんなことを考える暇があったら、雅次を見ろ。
他の誰でもない、雅次の心を。
そう、自分に言い聞かせて、
「すごいぞ、雅次」
俺は手を叩いて、雅次の案を称賛した。
「俺の命一つでそこまで事が為せるなんて。死に甲斐があるというものだ」
「本当ですか! でも、まだまだ煮詰める必要があると思います。如何せん、昨日思いついたばかりなので」
大真面目にそう答える雅次に、俺はますます笑う。
「そうか。なら、焦らず好きなだけ考えればいい。さすがに父上も、明日明後日で死ぬことはあるまい」
何の気なしに言うと、雅次の笑顔が不意に翳った。
父の死は、俺の死期と直結しているからだろうか?
つい先ほどまで、俺の殺し方を遊びの予定を話すような明朗さで話していたくせに……いや。
本当は、分かっている。
「……はい。そうですね。まだ、すぐというわけでは」
「よし! では、今度は俺が考えた、お前の殺し方を聞いてくれ」
俺がそう言うと、項垂れるように頷いていた雅次が弾かれたように顔を上げた。
「兄上が、俺の……殺し方を?」
信じられないとばかりに訊き返してくる雅次に大きく頷いてみせる。
「勿論だ。お前がこんなに一生懸命俺の死の使い方を考えてくれているんだ。だったら、俺も心して考えてやらねば! まあ、考えるとは言っても、お前が死ぬことになるのは十年以上先のことだから、いくら考えてもいい加減なものばかりになると思うが……はは」
どんどん顔が歪んでいく雅次の頬に、俺はそっと手を添えた。
「大丈夫だ、雅次。お前は、俺が殺してやる。他の誰にも……龍王丸にも殺させやしない」
「……ぁ」
「お前が俺を殺し、俺がお前を殺す。我らは刺し違えて、ともに死ぬるのだ。お前を独り死なせはせん。ずっと一緒だ……っ」
突然抱きつかれたかと思うと、唇に噛みつかれた。
「は、ぁ……兄上。殺して、ください。ん、ぅ……俺を、兄上の手で……誰にも、龍王丸にも、俺を渡さないで……ぁ、んんぅ」
切なる懇願に胸を掻きむしられる。
……やはり、辛くないわけがない。
それでも、笑顔でひたすらに耐えている。
龍王丸のため。
そして、もはや死ぬしかない俺を自分のできる限り良い形で送ってやれるよう。
長年焦がれた兄と心が繋がった。
それだけで、自分は何があっても幸せだ。後は何もいらない。
と、自分に言い聞かせながら、懸命に……今にも壊れそうな心を守っている。
たまらなかった。
だから、震える痩身をきつく抱き締め返し、深い口づけをやり返す。
「当然だ」
「ふぅ、ぁ……あ、兄上。ぁ…んん」
「お前は、俺だけのものだ。お前が俺の弟として生まれた時からずっと、俺だけのものだ。誰にも、渡さない。死んでも、離さない」
掻き抱きながら耳元で囁く。
人は死んだら終わり。何もできない。
そんな理屈知るか。
この身が朽ち果てても、雅次を独りにしない。
雅次の兄で居続ける。
その気概で、雅次を想う。
そう宣言すると、雅次はそれだけで感じたように甘い吐息を漏らし、いよいよ強くしがみついてきた。
「兄上。嬉しい……嬉しゅうございます。俺の全部、兄上の……ぁ」
悶えるその体を押し倒す。
性急に白い肌を暴き、掻き抱きながら、ふと思う。
俺は後、どのくらい生きていられるだろう。
父上次第だが、俺に家督を継がせた時の、あの家房に意趣返しをしてやった。もう思い残すことはないと言わんばかりの満足しきったさまを見るに、きっと……半年も持たないだろう。
だから、一瞬一瞬できる限りのことをしよう。
「ぁ…はぁ……兄、上。ごめん、なさい。ご、めん…な……んんっ」
「うん? なんで謝る」
「気持ち、良過ぎて……ぁ。体、動かな…い。俺ばっかり、気持ち良く…してもらって…兄上に、悪い……ぁ、ああっ」
「ははは。馬鹿」
雅次を、俺で満たしてやる。
俺を殺し、龍王丸が立派に成長した姿を見届け、朽ち果てるその瞬間まで……一瞬だって、寂しさを感じないほどに。そして。
「それ、俺を余計に歓ばせたくて、わざと言ってるのか?」
「え? それ、どういう……っ! あ、ああっ。兄上、それ、だめ……ゃっ」
「いいよ? お前の中も、俺でこんなに悦んでくれるお前も、目が眩むほどにいい。だから、恥ずかしがらず、もっと可愛く善がってくれ」
「あ、ああ……兄、上。そ、んなこと……言われたら、俺……ふ、ぁっ」
俺は、雅次で満たされよう。
俺は最愛の兄を最高に幸せにした。やれるだけのことはやった。恥じることも、罪悪に思うこともないと、雅次が胸を張れるように。
それがきっと、俺ができる最善で、雅次にしてやれる全て。
そう思って一日一日、一瞬一瞬を雅次の心を見つめ、噛み締め、大切に生きた。
そうしたら……案外、毎日がすごく楽しかった。
それこそ、これまでの人生で一番楽しいと思えるほど。
傍らにいる雅次が、いまだかつてないほど綺麗で嬉しそうな笑みを浮かべていたからかもしれない。
実に単純だ。
そんな矢先、父が死んだ。
血肉を失えば、魂は今生を生きられない。道理だ。
だから、ともに死のうと言った。
お前だけでも生きてくれ。俺の分まで幸せになってくれだなんて、悪霊になれ。地獄に堕ちろと言っているのも同義だと、今なら分かるから。
すると、返ってきたのは「俺が兄上を殺します」という言葉。
俺の死を決して無駄にはさせないため。龍王丸の未来に最大限貢献するため。
徹底的に己を捨て尽くして死ぬ。
この壮絶なまでの覚悟の深さ。
我が弟ながら、なんと見事な男であることか。
だが、そう思いながらも、こんな雅次を独り残して逝くのかと思うとたまらなくなる。
雅次はこれまで、本当に……辛い目ばかりに遭ってきた。
本当は誰よりもすごい才気の持ち主だというのに、その功績全てを俺に注ぎ、正当な評価を受けることもなかった。
俺や龍王丸がいるから平気だと今は笑っているが、これから……その俺を殺し、龍王丸に憎まれ殺される。
そんな末路を歩ませるくらいならいっそ、俺と真に心が繋がった幸せで満ち足りているこの瞬間に息の根を止めて、何もかも終わらせてやりたい。
せめて、龍王丸に嫌われる前に。
何度も、その衝動に襲われた。
今だってそう。
だが、今回もすぐさま振り払う。
くだらない感傷、怖気だ。そんなことを考える暇があったら、雅次を見ろ。
他の誰でもない、雅次の心を。
そう、自分に言い聞かせて、
「すごいぞ、雅次」
俺は手を叩いて、雅次の案を称賛した。
「俺の命一つでそこまで事が為せるなんて。死に甲斐があるというものだ」
「本当ですか! でも、まだまだ煮詰める必要があると思います。如何せん、昨日思いついたばかりなので」
大真面目にそう答える雅次に、俺はますます笑う。
「そうか。なら、焦らず好きなだけ考えればいい。さすがに父上も、明日明後日で死ぬことはあるまい」
何の気なしに言うと、雅次の笑顔が不意に翳った。
父の死は、俺の死期と直結しているからだろうか?
つい先ほどまで、俺の殺し方を遊びの予定を話すような明朗さで話していたくせに……いや。
本当は、分かっている。
「……はい。そうですね。まだ、すぐというわけでは」
「よし! では、今度は俺が考えた、お前の殺し方を聞いてくれ」
俺がそう言うと、項垂れるように頷いていた雅次が弾かれたように顔を上げた。
「兄上が、俺の……殺し方を?」
信じられないとばかりに訊き返してくる雅次に大きく頷いてみせる。
「勿論だ。お前がこんなに一生懸命俺の死の使い方を考えてくれているんだ。だったら、俺も心して考えてやらねば! まあ、考えるとは言っても、お前が死ぬことになるのは十年以上先のことだから、いくら考えてもいい加減なものばかりになると思うが……はは」
どんどん顔が歪んでいく雅次の頬に、俺はそっと手を添えた。
「大丈夫だ、雅次。お前は、俺が殺してやる。他の誰にも……龍王丸にも殺させやしない」
「……ぁ」
「お前が俺を殺し、俺がお前を殺す。我らは刺し違えて、ともに死ぬるのだ。お前を独り死なせはせん。ずっと一緒だ……っ」
突然抱きつかれたかと思うと、唇に噛みつかれた。
「は、ぁ……兄上。殺して、ください。ん、ぅ……俺を、兄上の手で……誰にも、龍王丸にも、俺を渡さないで……ぁ、んんぅ」
切なる懇願に胸を掻きむしられる。
……やはり、辛くないわけがない。
それでも、笑顔でひたすらに耐えている。
龍王丸のため。
そして、もはや死ぬしかない俺を自分のできる限り良い形で送ってやれるよう。
長年焦がれた兄と心が繋がった。
それだけで、自分は何があっても幸せだ。後は何もいらない。
と、自分に言い聞かせながら、懸命に……今にも壊れそうな心を守っている。
たまらなかった。
だから、震える痩身をきつく抱き締め返し、深い口づけをやり返す。
「当然だ」
「ふぅ、ぁ……あ、兄上。ぁ…んん」
「お前は、俺だけのものだ。お前が俺の弟として生まれた時からずっと、俺だけのものだ。誰にも、渡さない。死んでも、離さない」
掻き抱きながら耳元で囁く。
人は死んだら終わり。何もできない。
そんな理屈知るか。
この身が朽ち果てても、雅次を独りにしない。
雅次の兄で居続ける。
その気概で、雅次を想う。
そう宣言すると、雅次はそれだけで感じたように甘い吐息を漏らし、いよいよ強くしがみついてきた。
「兄上。嬉しい……嬉しゅうございます。俺の全部、兄上の……ぁ」
悶えるその体を押し倒す。
性急に白い肌を暴き、掻き抱きながら、ふと思う。
俺は後、どのくらい生きていられるだろう。
父上次第だが、俺に家督を継がせた時の、あの家房に意趣返しをしてやった。もう思い残すことはないと言わんばかりの満足しきったさまを見るに、きっと……半年も持たないだろう。
だから、一瞬一瞬できる限りのことをしよう。
「ぁ…はぁ……兄、上。ごめん、なさい。ご、めん…な……んんっ」
「うん? なんで謝る」
「気持ち、良過ぎて……ぁ。体、動かな…い。俺ばっかり、気持ち良く…してもらって…兄上に、悪い……ぁ、ああっ」
「ははは。馬鹿」
雅次を、俺で満たしてやる。
俺を殺し、龍王丸が立派に成長した姿を見届け、朽ち果てるその瞬間まで……一瞬だって、寂しさを感じないほどに。そして。
「それ、俺を余計に歓ばせたくて、わざと言ってるのか?」
「え? それ、どういう……っ! あ、ああっ。兄上、それ、だめ……ゃっ」
「いいよ? お前の中も、俺でこんなに悦んでくれるお前も、目が眩むほどにいい。だから、恥ずかしがらず、もっと可愛く善がってくれ」
「あ、ああ……兄、上。そ、んなこと……言われたら、俺……ふ、ぁっ」
俺は、雅次で満たされよう。
俺は最愛の兄を最高に幸せにした。やれるだけのことはやった。恥じることも、罪悪に思うこともないと、雅次が胸を張れるように。
それがきっと、俺ができる最善で、雅次にしてやれる全て。
そう思って一日一日、一瞬一瞬を雅次の心を見つめ、噛み締め、大切に生きた。
そうしたら……案外、毎日がすごく楽しかった。
それこそ、これまでの人生で一番楽しいと思えるほど。
傍らにいる雅次が、いまだかつてないほど綺麗で嬉しそうな笑みを浮かべていたからかもしれない。
実に単純だ。
そんな矢先、父が死んだ。
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