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第三章

高雅殺害計画(高雅視点)

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「おお。考えてきたのか?」

「はい。家房や家臣たちとも色々話しているのですが……やはり、兄上をただ不慮の事故で死なせるのはもったいないなと」

「? もったいない……っ」

「はい!」
 突然ぐいっと顔を近づけられて、酒を零しそうになった。

「兄上が死ぬことにより、家中を二分する内乱を防ぎ、兄上派の面々を『龍王丸が成長するまでは』と、龍王丸の後見人となる俺に大人しく隷属させることもできる。これもとても重要なことですが、

 目を爛々と輝かせて力説する雅次に、俺が「うんうん」と笑顔で相槌を打っていると、

「それでね。俺なりに考えてみたのです」
 そう言って居住まいを正すので、俺もつられて居住まいを正す。

「まず、兄上を殺す舞台ですが、戦場がよろしいかと存じます」
 顔を近づけてきて、声を潜めて言うので、俺も顔を近づけて、真面目に「うん」と頷いてみせる。

「普通に殺してしまうと、俺は兄殺し、主君殺しの罪に問われ、家督を継ぎにくくなるし、下手すれば内乱になる。だが、戦場で討ち死したとなれば誰にも怪しまない。そう言えば、皆信じる」

「うん。理に適っている。それで?」

「家房にこう頼みます。父上が死んだら、すぐ桃井に兵を挙げさせてほしいと。そしたら、俺は兄上を煽って出陣させる。そうですね。『父上が死んで即攻めてくるなど、イロナシの兄上を舐めている証拠。目にもの見せてやりましょう』とでも」

「はは。なかなか俺好みの煽り文句だ」
 おどけて合の手を入れると、雅次は得意げに頷く。

「でしょう? で、戦のどさくさに紛れて俺が兄上を殺す。これで皆の邪魔者は消えます。おまけに、後ろ盾の父上が死んだ途端の討ち死となれば、やはりイロナシでは駄目だ。山吹を当主にするべきだったという流れになって、俺が容易に家督を継ぐことができると」

「……うん。まあ、筋は通っている。だが」

 俺は腕を組み、唇を尖らせた。

「敵陣の目の前で大将を殺すのは危険すぎる。それに、家房が狙っているのは伊吹家の内部崩壊だ。お前が円満に家督を継げる策と言っても食いついてくるとは」

「そこが狙い目です」

「うん?」

「こんな計画、兄上のおっしゃるとおり危険極まりない。少し考えれば分かること。だが、俺はそんなことさえ気づいていない。とにかく、兄上を悲惨な方法で亡き者にし、家督を奪い取ることに頭がいっぱい……と、家房に思わせます。すると、あの男はこう考える。と」

「……っ」

「俺たち兄弟を同時に始末すれば、軍も御家もたちまち大混乱に陥り、難なく静谷国を獲れるし……愛する家房に裏切られたと半狂乱になるだろう弟ともども討ち取られたほうが、

「ははあ」
 思わず感嘆の声を漏らすと、雅次は口角をつり上げ、さらにこう続ける。

「そして、家房と桃井がこの話に乗ってきたら、

「ほう」
 俺が楽しげに声を上げると、雅次の目がいよいよ生き生きと輝く。

「驚いた桃井は簡単に総崩れとなりましょう。そこを徹底的に叩きます。そして、家房が飛び出してくるぎりぎりまで痛めつけたら、兄上には次の戦場に向かう途中、。さすれば、家房が来る前に我らは速やかに兵を引けますし、痛めつけられた桃井も追いかけては来られない」

 そこまでまくし立てて、雅次はほっと息を吐いた。

「こうすれば、桃井の力を殺げるだけでなく、『話が違う』と怒った桃井と高垣を決裂させ、いがみ合わせることができる。その間に、俺は悠々と龍王丸を当主に据える準備ができて……どうです? これなら、兄上をより有意義に殺せる」

 ぞくぞくした。

 俺たち一人一人では、家房のいい食い物にされ、何も守ることができず嬲り殺されるだけ。
 だが、二人で全てを擲ち、力を合わせれば、ここまでのことが成せる。

 改めて、自分たちの絆を誇りに思うとともに、己の死が龍王丸の今後のためにより役に立てると嬉しくなった。

 けれど、それと同時に……ひどく楽しげに話す雅次を見ていると、無性にこうも思う。

 

 なぜ、こんなことを想うのか。
 それは、俺を殺した後の雅次を思うがゆえだ。

 雅次は、俺を殺した後のことについてはこう言っている。

 龍王丸の後見となって龍王丸を守りつつ、龍王丸が家督を継ぐまでに、当家に巣食う家房の毒素全てを取り払うと。

 それ以外は、何も言わない。
 だが、俺には分かる。

 雅次は時が来たら、兄を謀殺した大悪人として、龍王丸に妻子ともども自分を粛清させるつもりだ。

 龍王丸の世に一片の穢れも残さぬように。

 実の叔父を粛清する行為に正当な理由を与えるだけでなく、父親の仇を討ち、当主の座を勝ち取ったという美談の花を、龍王丸の当主就任に添えられるように。

 それが、

 確かに、戦略としては正しい。
 だが、それは雅次にとって、最も過酷で悲惨な末路だ。

 優しい雅次のことだ。龍王丸に……いや、この世の人間全てから死ぬことを喜ばれるまで、徹底的に嫌われようと躍起になる。
 自分を討ち取らせる時、父親を叔父に殺された龍王丸がこれ以上傷つかず、泣かぬようにと。
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