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第三章

親ばか(高雅視点)

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「やりましたね、兄上」
 深夜。俺は雅次と二人きりで祝杯を挙げた。

「うん。龍王丸を伊吹家当主に据えるためにはまず、とにもかくにも、

 これで、俺と龍王丸が嫡流で、雅次と虎千代が傍流。
 そして、山吹を差し置いてでもイロナシが家督を継げるという前例もできた。

 この二つさえあれば、俺亡き後、山吹の雅次がいても、イロナシの龍王丸を当主にと十分推せる。
 つまりは。

「喜勢家も動く」

「はい。これだけの条件が揃っていれば、幕府に働きかけて、龍王丸が正当な後継者であるというお墨付きを引き出してくれるはず」

 龍王丸の生母、乃絵の実家にして、伊吹家の援助を当てにしている喜勢家としては、俺が死ねば、是が非でも龍王丸に家督を継がせたいと思うだろう。

 ゆえに、幕臣である立場を最大限利用し、幕府をも動かして龍王丸を推す。

 今の幕府には力はない。だが、権威だけは今もなお絶大な威力を誇る。
 特に、かつて幕府の御三家とまで言われた、我が伊吹家においては。

 この後押しが加われば、さすがに誰も文句は言うまい。

「ただ、そのお墨付きというのはどのくらいで出るものなのでしょうね? 俺は京のことには疎いので見当もつかない」

 首を傾げる雅次の盃に酒を注いでやりながら、俺は鼻で笑う。

「俺の当主就任の報を受けた瞬間から、俺の急死を見越して動くさ。俺が生き残るためには、お前と龍王丸を犠牲にするしかないと看破した貞保殿なら」

「……俺はともかくとして、龍王丸をも犠牲にしろなどと言うてくるような輩、信用できましょうか」

 眉を顰める雅次の膝をぽんと叩く。

「大丈夫だ。俺がいなくなれば、乃絵の生きる縁は龍王丸となる。愛する姉のそれを、無碍にするわけにはいくまい」

「……なるほど」

「それに」

「それに?」


 俺が断言すると、雅次は驚いたように目を瞠り、すぐに苦笑した。

「俺も龍王丸のことは、何を差し出してやっても構わぬほどに可愛くてしかたありませんが……惚れましょうか?」

「必ず惚れる。現に今日、俺は惚れ直した」

 実は今日、「山吹のくせにイロナシに家督を奪われるとは」と、雅次を嗤う者がいた。

 ――当主就任にあたり、まず言うておく。もしも、我が弟、雅次を愚弄する者あらば、今すぐ我が軍門より去れっ。雅次は劣っているがゆえに当主になれなかったのではない。さようなことも分からぬ愚か者はいらんっ。

 ――また、俺は『山吹だから』『イロナシだから』という言葉にはいい加減うんざりしておる。俺の治世となったからには、目の色は見ずその人自身を見る。皆同じ人じゃ。さよう心得よ。

 当主就任の場で、俺は念入りに釘を刺した。
 それでも、俺に隠れてこそこそと嗤い合っていたのだ。

 山吹め、ざまあみろ。
 と、日頃の山吹への鬱憤を雅次にぶつけるその現場に、龍王丸が偶々居合わせた。

 皆、大層慌て、「どうか父君にはご内密に」と必死に言いくるめようとすると、龍王丸は「無礼者っ」と激昂した。

 ――おれは告げ口などせんっ。誰が、叔父上を愚弄した輩を父上に譲るものか!

 そう言ったかと思うと、龍王丸は腰に差していた木刀を引き抜き、「抜けっ」とすごんだ。

 ――たかが目の色だけで、叔父上のこれまでの忠義を無視して嗤う輩は断じて許さん。おれが相手じゃ。かかってこい! 

 この話を聞いた時、俺は目頭が熱くなった。

 雅次のことを大事に想ってくれている気持ちもそうだが、「瞳の色ではなく、その人自身を見る」という俺の言葉の意味をきちんと理解し、言動している。

 この子のためなら、命など惜しくない。
 そう思ったと話すと、雅次も深く頷いた。よく見れば、目元が潤んでいる。

「はい……はい。まことに、何を差し出してやっても、惜しゅうない」

「なあ? 龍王丸は大丈夫だ。きっと、貞保がようしてくれる」

 俺がそう言うと、雅次は小さく頷いた。
 それから軽く目元を拭い、勢いよく顔を上げた。

 その顔には清々しい笑みが浮いている。

「では、次のことをお話したく」

「次?」


 満面の笑みを浮かべて、雅次は言った。
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