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第三章

見つけた(高雅視点)

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「これで分かったか、高雅」
 込み上げてくる吐き気を噛み殺すことしかできない俺に、父はしたり顔で声をかけてくる。

「貴様の弟は生まれついての色狂いじゃ。当主にしようものなら、兄様に言われるがまま何もかも差し出してしまう。それは嫌であろう? ゆえに、あやつは父殺しを目論んだ大罪人として殺すしかないのだ。そうでなければ、我らの未来はない……」

「黙れっ」
 あまりの言葉に、俺は声を荒げた。
 実の父に対してあるまじき言い草だが知ったことか。

「雅次が生まれついての色狂いだと? さようなことがあるものかっ。勝手に欲情したのは家房。そして、さような男に言われるがままに息子を差し出し続け、間男を引き連れて嫁いでくるようなあばずれを当家に引き入れたのも父上ではないか!」

「……」

「六つの童に何ができたというのだ。黙って貴様らの言いなりになるしかない。それなのに、雅次が全部悪いだと? 雅次のせいにするな! 悪いのは貴様らだ。恥を知れっ。人の皮を被った畜生め……っ」

 怒りのままに怒鳴りつけていた俺は、はっと息を呑んだ。
 父が、心底軽蔑するように俺を嗤ったのだ。

「畜生だ? わしが畜生なら、

「……っ!」

「貴様こそ、年端のいかぬ弟を長らく放置し、使い物になると思うたら家来にして散々こき使ってきたではないか。あやつの為人など、気にも留めず……はは。かように冷徹な兄がおろうか」

 そんなことは断じてない。そう言いかけて、言葉にできなかった。
 言い方は悪意に満ちてはいるが、否定できない。

 確かに、俺は……理由はどうであれ、幼い雅次を独りぼっちにしてしまった。
 家来にしてそばに置いてからも苦労をかけどおしで、雅次が己の天恵全てを俺に注ぎ込んでいたことさえ、長らく気づけなかった。

 実の弟に下卑た劣情を抱いてしまった己の不徳から、目を逸らすために。

「そうじゃ。そもそも、

「……っ」

「貴様があやつを片時も離さずしっかりと面倒を見ていれば、兄様は『独り寂しそうなあの子を放っておけぬ』と見初めたりしなかった。貴様が真に頼れる兄であったなら、即座にこのことを打ち明けられ、この境遇から弟を救い出せた。違うかっ?」

 言い返せない。
 以前ぶつけられた雅次の罵声の数々が、俺の中で綺麗に重なったから。

「能無しの偽善者め。貴様にわしを詰る資格などないわ。これまでの己の所業も、もうすぐしたら、

「……? 同じ、穴」
 意味が分からず顔を上げると、目の前の男はぬめりと嗤った。

「先ほども言うたように、貴様は伊吹家当主になるのだ。

 完全に息が止まった。

「龍王丸を犯させてやれば、どうとでもなる。あの男は、童の体にとり憑かれておるのだ。龍王丸の体を見れば、きっと全てどうでもよくなる。貴様のことも伊吹家のことも、雅次のことも……ははは。ざまあみろ。兄様は貴様のものにはならん。誰のものにもならん。あはは……ぐっ」

 嗤い転げていた父が、突如胸を抑えて苦しみだした。
 口から泡を噴いて悶絶するさまを、俺は呆然と見つめることしかできない。

 狂っている。
 

 ――兄上。おれ、兄上と遠くへ行きたい。おれ、もうここ嫌だよ。兄上と二人きりがいい。
 雅次は……月丸は、それがよく分かっていた。

 だから、あれほど俺に「遠くへ行こう」と言った。怯えていた。

 それなのに、俺は月丸の訴えを突っぱねた。
 イロナシでも努力すれば何事か成せると夢を見て、この家に留まり続けた。

 そのせいで、月丸は底なしの地獄に堕ちてしまった。
 俺が、月丸を不幸にした。

 苦しんでいる月丸を見殺しにする連中と、馬鹿みたいに笑い合っていた。

 そして、俺はこれから……そんな連中から、月丸との殺し合いを強いられる。

 結果、真っ二つに割れた家中は荒れに荒れ、疲弊しきったところを高垣と桃井の餌食にされて、一族郎党皆殺し。

 嫌なら、月丸の俺への思慕を利用して月丸を捨て駒にし、龍王丸をあの豚に差し出す。
 それより他にこの窮地を乗り切るより道はないが、そこまでして生き残った先に何が残る?
 あの豚の奴隷になる未来だけではないか。
 
 豚の奴隷に、誰がついて来る? 
 俺が「綺麗なもの」だと思ってついてきた家臣は皆見向きもしなくなり、結局伊吹は崩壊。
 俺には、何も残らない。
 
 そんな未来に、月丸と龍王丸を犠牲にする価値などなくて――。
 
 いくら考えても絶望でしかない現実を認識すればするほどに……弟を守ることができる、強くて立派な兄になりたいとひた走り続けてきた、俺のこれまでの人生、築き上げてきたもの、信じてきたもの全てが、音を立てて崩れ落ちて行く。

 俺のこれまでは、一体何だったのか。
 何のために生まれ、これまで生きてきたのか。

 すまぬ、月丸。

 月丸への罪悪感で今にも圧し潰されそうだ。そして。

 ――おれは間違うたことはしておらん。恥とも思わん。敵を気遣うて家来を死なせる。そっちのほうが、主としてよっぽど恥じゃっ。

 俺が教えてきた主としての心構えを力説していた龍王丸。
 その瞳はどこまでも真っ直ぐで、どこまでも気高く、俺の教えを固く信じていた。

 俺が褒めると、俺が教えた理想の主に一歩近づけたとばかりに喜んで……っ。

 すまない……すまない、龍王丸。
 この父にはもう、何もない。

「龍王丸が次の次の当主様」という言葉を実現させる力も、お前を守ってやれる力さえない。
 真っ暗で、何も見えない……。

『……っぐ。えっぐ……ううう』

 ……いや。

 
 

 この声は……と、瞬きした時。

『ううう。あにうえぇ……あにうえぇ』

「あ」と、思わず声が漏れた。

 

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