上 下
59 / 99
第三章

思うつぼ(雅次視点)

しおりを挟む
「あ、あにう……ん、ぅっ」

 不意に口内に侵入してきた熱い舌に、くちゅりという水音とともに自分のそれを舐められて肩が跳ねた。



「! そ、れ……ぁ」
 あの時射精してしまったこと、ばれて……! 

 混乱のあまり固まってしまった体を、難なく押し倒される。
 その上にすかさず乗り上げられて、

「『鹿』」

 耳元で囁かれた信じられないその言葉に、体が木っ端みじんに砕け散るほどの衝撃が走った。

「あ、あ、に……っ! ぁ…ああっ」

 突如、下肢を撫で上げられて目の前が真っ白になった。
 それと同時に襲ってきた、強烈な快感。

「たったこれだけのことで達くのか。あの時も驚いたが……はは。今まで、俺にどれだけ触られても平気だったくせに、意識した途端こんなになるなんて。可愛い奴だよ」

「兄、上。なん、で……あ、あっ」

 股間に添えられていた手が再び動き出す。
 放った精で汚れた布ごと擦られるその感触に腰が震える。

「雅次。俺は、綺麗でも何でもないよ」

「あ、に……ゃ。そ…こ……だ、め……は、ぁっ」

「例えば七年前、お前が蔦殿と祝言を挙げると言い出した時もそう。俺に隠れてまぐわいまくっていた女との祝言が決まったくせに、俺に無視されたくらいでこの世の終わりのように泣きべそを掻くお前が、どんな顔して女を抱いたのかと……」

「……ぃっ!」
 突如、首筋に歯を立てられて身が竦む。



「ゃ……そ、んな……嘘。ああっ」

 信じられなかった。

 確かにあの時、兄上はいまだかつてないほどに怒っていた。俺のことを無視するなんて、ありえないこともした。

 でもそれは、兄上と義姉の結婚の真相も知らず揶揄したことを怒っているのだと思っていた。

 まさか、家房につけられた情事の痕を見られていたことも、それを見た兄上がそんなことを考えていたことも、夢にも思うわけなくて――。

 再び顔を上げ、目を白黒させることしかできない俺を見て、兄上が自嘲気味に笑う。

「ひどい男だ。自分は嫁をもらって、子どもができて、お前も早くいい家族ができたらなんて思っていたくせに、このざま」

「あ、あ……だ、め。兄上、動か、さないで……は、ぁっ」



「ああっ」

 褌ごと衣服を剥ぎ取られ、直に強く擦られて身悶える。

 口もはしたない嬌声しか紡げない。
 頭も快感で蕩けかけていたが、それでも辛うじて残った理性は愕然としていた。

 いつだって、にこにこと朗らかに笑っていた兄上。
 暗い影なんて、どこにも見えなかった。

 愛する家族と家臣たちに囲まれて、幸せに満ち満ちているのだと、信じて疑いもしなかった。

 なのに……これは誰だ?
 こんな男知らない。

 俺の知っている綺麗な兄上は、こんなこと絶対言わない。絶対しない。

 壊れた。兄上が、壊れてしまった。

 誰のせい? 俺か? 俺が、兄上をここまで壊したのか?

 バレなければいい。そう思って、兄上が嫌がることを数え切れないほどした。

 傷つく嘘を吐いて、騙される兄上にほくそ笑んで、兄上の気持ちを散々踏みにじり、無視してきた。
 傷つけて傷つけて、兄上を歪めてしまった。そして最後。



 家房の文を読んで、

 だから、本来なら絶対しないはずのこんなことを?
 ああ、これでは。

 ――犯すのだよ、あの男が。しかも、決して手を出してはならぬ禁忌の相手を……お前だよ、月丸。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

記憶喪失の君と…

R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。 ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。 順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…! ハッピーエンド保証

その日君は笑った

mahiro
BL
大学で知り合った友人たちが恋人のことで泣く姿を嫌でも見ていた。 それを見ながらそんな風に感情を露に出来る程人を好きなるなんて良いなと思っていたが、まさか平凡な俺が彼らと同じようになるなんて。 最初に書いた作品「泣くなといい聞かせて」の登場人物が出てきます。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。 拙い文章でもお付き合いいただけたこと、誠に感謝申し上げます。 今後ともよろしくお願い致します。

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結】魔法薬師の恋の行方

つくも茄子
BL
魔法薬研究所で働くノアは、ある日、恋人の父親である侯爵に呼び出された。何故か若い美人の女性も同席していた。「彼女は息子の子供を妊娠している。息子とは別れてくれ」という寝耳に水の展開に驚く。というより、何故そんな重要な話を親と浮気相手にされるのか?胎ました本人は何処だ?!この事にノアの家族も職場の同僚も大激怒。数日後に現れた恋人のライアンは「あの女とは結婚しない」と言うではないか。どうせ、男の自分には彼と家族になどなれない。ネガティブ思考に陥ったノアが自分の殻に閉じこもっている間に世間を巻き込んだ泥沼のスキャンダルが展開されていく。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...