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第三章
遭遇(家房視点)
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「はあ……」
帰路を馬で揺られながら、家房は熱っぽい溜息を吐いた。
高雅が下がった後、我慢できずに三回出したが、まだ体の火照りが治まらない。
あのごつい体を抱きたいとは思わないが、あの男の大事なものを陰でいたぶると最高に気持ちいい。
すっかりとうのたった雅次の体でさえ興奮してしまうほど。
(わしが月丸とたった今まで何をしていたか知りもしないで、あんなにも純粋にわしを大事な恩人と崇め奉って……はああ、高雅。なんと憐れで、愛らしいことか)
本当に、たまらない。
それに……と、先ほどの雅次の様子を思い返す。
家房が高雅のことを熱烈に語れば語るほど顔を引きつらせ、「わしが好きなら高雅に抱かれろ」と命じてやると、「生涯、家房様だけの月丸でいろと言うてくれたではありませぬか」と必死に縋ってきた。
そして、突如部屋に乱入してきた挙げ句、「出て行け」と怒鳴りつけてきた高雅を睨みつけた時の顔などは、般若のごとく怒りに満ちていた。
雅次のあんな顔、初めて見た。
実を言うと、家房はこれまでに何度か、雅次に他の恋人のことを話して聞かせたことがある。
自分には家房しかいないというこの童は、どんなヤキモチを焼くのか、純粋に見てみたかったのだ。
だが、どんなに他の愛童の素晴らしさを話して聞かせても、雅次は怒ったり泣いたりしなかった。
いつもの控えめな笑みを浮かべ、黙って聴き続けるばかり。
何を考えているのか分からなくて、どうして笑っているのか尋ねてみると、
――そんなに素敵な方がいるのに、俺なんかのところにまた来てくださって、嬉しいの。
そんなことを言う。そういう子だった。
それなのに、今回は尋常ではないほどに腹を立てていた。
他の男に抱かれろと命じられて怒ったのか。
高雅のためなら平気で雅次を差し出すほど、高雅に魅せられてしまったこの胸の内を見抜いたのか。
勿論、それもあると思うが、一番の理由は純粋に憎たらしかったのだ。
雅次と家房の本当の関係さえ知らぬ分際で、的外れなことばかり言って偉そうに兄貴風を吹かせる高雅が。
そして、おそらく……こういうことがこれまでに何度もあったのではないか。
自分は弟を大事にしていると心から思っていそうな高雅に対し、雅次は「自分は独りだ。家房様しかいない」と連呼し、いつも寂しそうにしていたのが何よりの証拠。
こちらが望まぬ好意を無邪気に押しつけてくる存在ほど疎ましいものはない。
自分の一番大事なものを、無意識のうちに奪っていけばなおさら。
兄は良かれと思ってやってくれているから。
そう思うことで、今まで何とか自分の中で折り合いをつけていたのかもしれない。
だが、今回のことで、その自制にひびを入れることができたに違いない。
このまま高雅への執着を示し続けたら、家房命の雅次はどうなるか。
実に楽しみだと口元を歪めた、その時。
「もう一度言うてみろ!」
家房は馬を止めた。愛らしい童の声が聞こえてきたからだ。
あたりを見回してみると、小さな童が二人対峙しているのが見えた。
一人は見覚えがあった。
あれは、家房の孫である虎千代だ。もう一人は――。
「おれの父上がけちだと? ふざけるなっ」
「何言ってる。大けちじゃないか!」
顔を真っ赤にして怒る童に、虎千代は居丈高に言って、家房が贈った高価なおもちゃをかざしてみせる。
「見ろよ、このかっこいいおもちゃ。お前の父上は買ってくれないんだろう? 伊吹家の嫡男さまで金があるくせに。だからけちだって言ってるんだ」
父上。伊吹家の嫡男。
まさか、あの童が高雅の息子か!
改めて凝視する。そして、大きく胸が高鳴った。
――兄さま。家房兄さま。
……似ている。
顔立ちや風情まで、「あの子」と瓜二つ。そして、
「黙れ。けちではない。家臣たちに分け与えたからないだけじゃ」
「なんだ。じゃあ貧乏か。格好悪い」
「格好悪くない! 父上は言うておった。父上がいつも戦場から無事に帰って来られるのは家臣たちのおかげ。だから、家臣たちにはいっぱいありがとうしなきゃいけないって」
「……っ」
「おれも、大好きな父上を命がけで守ってくれる家臣たちにいっぱいありがとうってしたい。だから、金がなくても構わん。恥とも思わん。それに、父上が一緒に遊んでくれると楽しいから、かっこいいおもちゃなどいらん!」
あの、どこまでも清廉で真っ直ぐな物言いは、高雅そっくり。
一気に下肢が熱くなった。
ああ。高雅の息子だから、きっと逸材に違いないと思ってはいたが、まさか「あの子」と瓜二つで……こんなにも穢し甲斐のある心根の童とは思わなかった。
連れて帰りたい。いや、何ならこの場で押し倒したい。
この身が裂けてしまうのではないかと思うほどの……それこそ、先ほど高雅に感じたそれとは比べ物にならぬ欲望が突き上げてきて――。
「あ……」
また、出てしまった。
下肢に生暖かさと甘美な悦楽が広がり、溜息が出た。
しかし、熱はいっこうに収まる気配がない。
この欲望を、あの子にぶつけたい。
だが、我慢だ。
何の力もない民百姓ならまだしも、伊吹家嫡子を今ここで穢してしまったら、後で相当面倒なことになる。
しっかりと手順を踏まなければ。
高垣家当主として、それだけの分別はある。しかし。
「急がねば」
童の時は、儚いほどに短い。
帰路を馬で揺られながら、家房は熱っぽい溜息を吐いた。
高雅が下がった後、我慢できずに三回出したが、まだ体の火照りが治まらない。
あのごつい体を抱きたいとは思わないが、あの男の大事なものを陰でいたぶると最高に気持ちいい。
すっかりとうのたった雅次の体でさえ興奮してしまうほど。
(わしが月丸とたった今まで何をしていたか知りもしないで、あんなにも純粋にわしを大事な恩人と崇め奉って……はああ、高雅。なんと憐れで、愛らしいことか)
本当に、たまらない。
それに……と、先ほどの雅次の様子を思い返す。
家房が高雅のことを熱烈に語れば語るほど顔を引きつらせ、「わしが好きなら高雅に抱かれろ」と命じてやると、「生涯、家房様だけの月丸でいろと言うてくれたではありませぬか」と必死に縋ってきた。
そして、突如部屋に乱入してきた挙げ句、「出て行け」と怒鳴りつけてきた高雅を睨みつけた時の顔などは、般若のごとく怒りに満ちていた。
雅次のあんな顔、初めて見た。
実を言うと、家房はこれまでに何度か、雅次に他の恋人のことを話して聞かせたことがある。
自分には家房しかいないというこの童は、どんなヤキモチを焼くのか、純粋に見てみたかったのだ。
だが、どんなに他の愛童の素晴らしさを話して聞かせても、雅次は怒ったり泣いたりしなかった。
いつもの控えめな笑みを浮かべ、黙って聴き続けるばかり。
何を考えているのか分からなくて、どうして笑っているのか尋ねてみると、
――そんなに素敵な方がいるのに、俺なんかのところにまた来てくださって、嬉しいの。
そんなことを言う。そういう子だった。
それなのに、今回は尋常ではないほどに腹を立てていた。
他の男に抱かれろと命じられて怒ったのか。
高雅のためなら平気で雅次を差し出すほど、高雅に魅せられてしまったこの胸の内を見抜いたのか。
勿論、それもあると思うが、一番の理由は純粋に憎たらしかったのだ。
雅次と家房の本当の関係さえ知らぬ分際で、的外れなことばかり言って偉そうに兄貴風を吹かせる高雅が。
そして、おそらく……こういうことがこれまでに何度もあったのではないか。
自分は弟を大事にしていると心から思っていそうな高雅に対し、雅次は「自分は独りだ。家房様しかいない」と連呼し、いつも寂しそうにしていたのが何よりの証拠。
こちらが望まぬ好意を無邪気に押しつけてくる存在ほど疎ましいものはない。
自分の一番大事なものを、無意識のうちに奪っていけばなおさら。
兄は良かれと思ってやってくれているから。
そう思うことで、今まで何とか自分の中で折り合いをつけていたのかもしれない。
だが、今回のことで、その自制にひびを入れることができたに違いない。
このまま高雅への執着を示し続けたら、家房命の雅次はどうなるか。
実に楽しみだと口元を歪めた、その時。
「もう一度言うてみろ!」
家房は馬を止めた。愛らしい童の声が聞こえてきたからだ。
あたりを見回してみると、小さな童が二人対峙しているのが見えた。
一人は見覚えがあった。
あれは、家房の孫である虎千代だ。もう一人は――。
「おれの父上がけちだと? ふざけるなっ」
「何言ってる。大けちじゃないか!」
顔を真っ赤にして怒る童に、虎千代は居丈高に言って、家房が贈った高価なおもちゃをかざしてみせる。
「見ろよ、このかっこいいおもちゃ。お前の父上は買ってくれないんだろう? 伊吹家の嫡男さまで金があるくせに。だからけちだって言ってるんだ」
父上。伊吹家の嫡男。
まさか、あの童が高雅の息子か!
改めて凝視する。そして、大きく胸が高鳴った。
――兄さま。家房兄さま。
……似ている。
顔立ちや風情まで、「あの子」と瓜二つ。そして、
「黙れ。けちではない。家臣たちに分け与えたからないだけじゃ」
「なんだ。じゃあ貧乏か。格好悪い」
「格好悪くない! 父上は言うておった。父上がいつも戦場から無事に帰って来られるのは家臣たちのおかげ。だから、家臣たちにはいっぱいありがとうしなきゃいけないって」
「……っ」
「おれも、大好きな父上を命がけで守ってくれる家臣たちにいっぱいありがとうってしたい。だから、金がなくても構わん。恥とも思わん。それに、父上が一緒に遊んでくれると楽しいから、かっこいいおもちゃなどいらん!」
あの、どこまでも清廉で真っ直ぐな物言いは、高雅そっくり。
一気に下肢が熱くなった。
ああ。高雅の息子だから、きっと逸材に違いないと思ってはいたが、まさか「あの子」と瓜二つで……こんなにも穢し甲斐のある心根の童とは思わなかった。
連れて帰りたい。いや、何ならこの場で押し倒したい。
この身が裂けてしまうのではないかと思うほどの……それこそ、先ほど高雅に感じたそれとは比べ物にならぬ欲望が突き上げてきて――。
「あ……」
また、出てしまった。
下肢に生暖かさと甘美な悦楽が広がり、溜息が出た。
しかし、熱はいっこうに収まる気配がない。
この欲望を、あの子にぶつけたい。
だが、我慢だ。
何の力もない民百姓ならまだしも、伊吹家嫡子を今ここで穢してしまったら、後で相当面倒なことになる。
しっかりと手順を踏まなければ。
高垣家当主として、それだけの分別はある。しかし。
「急がねば」
童の時は、儚いほどに短い。
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