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第三章

弟の危機(高雅視点)

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 急き立てられるように退出を促され家路についた俺は、馬に揺られながら思案を巡らせた。
 父も家房も、何を思って俺を呼び出したのだろう。

 ただちに登城しろと言うからどんな大事を言い渡されるのだろうと身構えていたのに、初対面の挨拶をそこそこ交わした程度で、さっさと下がるように言われて。

 色々と腑に落ちない。
 得体が知れない。

 後日、父から何らかの沙汰があるのだろうか。

 まあ、最後俺を煙たがるように退出させた態度から考えるに、それは望み薄な気もするが。
 と、そこまで考えて、俺は唇を噛んだ。

 ……嘘だ。本当は、分かっている。

 

 

 信じられないことだった。

 武将が男色を嗜むのは珍しいことではない。
 だが、仮にそうだとして、家房が俺のことを気に入ったのだとしても、

 ありえない。
 とんでもない思い違いだ。

 そう、思おうとした。
 しかし、いくらそう思おうとしても、家房の股間部分はどんどん盛り上がっていった。

 さらには、家房が俺に向けてきた言動の数々。

 ――これはすまない。あまりにも清々しき男ぶりに惚けてしもうた。

 何とも甘ったるい猫撫で声。
 まるで、年端のいかぬ童を相手にしているようだ。

 それから、俺の一挙手一投足の一々に、これでもかと見開いた山吹の瞳で全身を舐め回すように見つめてくる視線。

 俺が声を発するごとに頬を紅潮させ、興奮気味に震える語尾。
 忙しなく揺れる腰。

 異様に口角をつり上げる、ねっとりとした笑顔。

 そして、父よりも年上だというのに、不自然なほど肌がつやつやで若々しい、いっそ物の怪めいた風情。

 

 これまでただの一度も、男にそういう態度を取られたことなどなかったから、知らなかった。
 男に性的な目で見られることが、こんなにも不快だったなんて。

 あまりの不快感に、ひどく狼狽した。

 もしも、あの場で今宵夜伽に侍れと命じられていたらと思うとぞっとする。
 父が察して下がらせてくれて本当に助かった……が、いつ翻意するか分かったものではない。父は高垣家の力に怯え、ほとんど頭が上がらないから。

 ……どうする? 呼ばれたら。

 あの男にいいようにさせるのか?
 ……冗談じゃない!

 絶対に嫌だ。

 できれば、さっきのは気の迷いで、さっさと……と、思った時だ。

 ――驚いてはおる。あのように小さくて可愛かった童が、いつの間にあのような美男になってしもうたのかと。

 家房が口にしたその言葉を思い返した瞬間、俺は進ませていた馬を止めた。

 振り返ると、今しがたまでいた本城が見える。

 あそこにはまだ、家房がいる。
 あの気持ちの悪い男が。

 ざわざわと、胸が騒ぎだした。

 
 父は、雅次のことも庇ってくれるか?

 ……しない。

 父が俺を庇ったのは、俺が一応の嫡子で、軍事のほとんどを任された大将だからだ。

 しかし、雅次にはそのような肩書は一切ない。
 おまけに、雅次は家房の婚前の娘を孕ませたという負い目だってある。だったら……!

 ――兄上ぇ……。怖い。助けて。
 この時、俺の脳裏に……遠い昔、怖い夢を見て泣きながらしがみついてきた月丸の姿が過った。

 瞬間、俺は慌てて引き返した。
 すると、家房は今、雅次と二人きりで会っていると言われたものだから全身の血の気が引いた。

 

 許さない。

 今すぐにでも助けに行きたい。
 だが、家房は当家最大の同盟相手。下手なことはできない。

 なので、ない頭を必死に捻って策を練ってから、二人がいる部屋に駆けつけた。

 何とか部屋に入ると、雅次は……服は着ていたが、可哀想なほど全身を強張らせて縮こまっていた。
 そして、相変わらず股間を盛り上げ、いやに濡れた口許でニタニタと嗤っている家房。

 雅次がこれまで何をされていたのか容易に想像できて――。

 

 手も、太刀の柄に伸びそうになる。

 それでも、何とか理性を総動員させ、耐えに耐えて、雅次から家房を引きがし、連れ出したのだ。
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