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第二章

兄上と俺の子(雅次視点)

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 ある日。いつものように仕事後の琴の子守を終えた頃、兄上から飲みに誘われた。
 ここ最近、「雅次は新婚だから」と色々遠慮されていたから嬉しくて、喜んでお邪魔した。
 琴はやたらと喜んで、ずっと俺の膝上に居座り、最後にははしゃぎ疲れたのかそのまま眠ってしまった。

 今日はやたらとご機嫌だったなあと、頭を撫でていると、

「実はな、乃絵が身籠った」
 不意にそう言われ、俺は目をぱちくりさせた。

「……身籠った?」

「ああ。今日分かった。それで、いの一番にお前に伝えたくてな」
 照れ臭そうに言う。そのはにかんだ笑顔を見て、

「おめでとうございます」
 自然と、その言葉が出ていた。

 なぜだろう。今までは、兄上と俺とのそれよりも深い繋がりを見せられると、胸がじくじくと痛んでしかたなかったのに、今は喜ばしいこととして受け止められる。

 確かに、兄上は義姉や娘を愛しているが、俺のこともちゃんと想ってくれていて、それが何物にも代えられない唯一無二の想いだと思えるから?

 兄上が嬉しいなら何でもいいと思えるほどに、兄上を愛せるようになったから?

 それとも、

 判然としないが、とにかく嬉しい。
「ありがとう」と嬉しそうに応えてくれる兄上を見ると、より一層。だが。

「ちなみに、今何カ月ですか?」
 何の気なしに質問を重ねた途端。

「……え?」
 兄上の頬が引きつった。

「? いえ、だから……腹のややは今、何カ月なのですか」

「なんで、そんなこと訊いてくる」

「?? いや、いつ生まれるのか知りたくて」
 そう返すと、兄上はなぜか安堵するように息を吐いた。

「そうか! 腹の子は今、三カ月だ」

「三カ月……あれ? 三カ月前と言うと」

「おい」
 俺が祝言を挙げ、兄上の城を出た頃……という俺の思考を遮るように、兄上が低い声を出した。

「逆算するな」

「なにゆえ?」

「なにゆえ? それは、つまり」

「私のせいです」
 珍しく言い淀む兄上に代わり、酒の肴を持ってきた義姉が口を挟む。

「私が高雅様曰く、おかしなことを言ったから」

「おかしなこと、と言いますと」

「『』と」

「……!」

「乃絵っ」
 兄上が素っ頓狂な声を上げた。

「あなたは、なにゆえ雅次に限って、そういうことを言うのか」

「雅次様のこととなると、あなた様がとても面倒で困った方になるからです。本来なら、雅次様がいなくなったと落ち込む琴を、父親として励ましてやらなければならないのに、大の男が一緒になって寂しい寂しいとめそめそ落ち込むなんてどういうこと……」

「だから! そういうことは言うなと言って」

 この二人の口喧嘩、初めて見た。
 だが、そんなことよりも……俺の胸は激しく高鳴っていた。

 
 では、その子は……その子は!

「とにかく! 雅次様。どうか可愛いお子が産まれても、高雅様のこと、構ってやってくださいね。それと……よろしければこの子のことも可愛がってやってくださいませ。

 自身の腹を摩りつつ、義姉はそう言って微笑んだ。

 

 何度も何度も頭の中で鳴り響く。
 それだけ、その言葉は俺にとって、特大の雷が脳天に直撃するほどの衝撃だった。

 そしてその瞬間から、義姉の腹の中に宿る命が気になってしかたなくなった。

「兄上が俺を想う心」は今日も元気か?
 すくすくと育っているか? と。

 とはいえ、最初のうちは遠くから見守るだけに留めていた。
 弟が兄の妻の許に日参するのは、いくら何でも外聞が悪い。

 だが、今回はつわりが酷くて義姉が苦しんでいると聞いたら我慢できなくなって、毎日のように義姉を見舞うようになった。

 出産経験のある侍女から話を聞き、妊婦が欲しがるものを手配し、せっせと送った。

 勿論、妻には義姉に贈る物より高価なものを適当に見繕って送った。
 自分の身重の妻はほったらかしで兄の妻ばかりを労わっていると周囲に知れたら色々面倒だ。

 それから程なく、妻とは名ばかりの女が子を産んだ。
 男だった。

 やった。これで、俺が跡目を継ぐ目は完全に消えた。
 兄上と腹の子の脅威にならずに済む。

 我が子を抱いて涙ぐむ女と、元気よく泣き叫ぶ赤子を見て、思ったのはそれだけだった。

 だが、義姉の腹の子は違う。

 日に日に大きくなっていく腹を兄上とともに見守り、毎日感動した。
 

 そして、ある日。
 義姉が産気づいたと聞いた瞬間、俺は仕事を放り、部屋を飛び出した。

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