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第二章
順調……?(高雅視点)
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当日。評定の席で、俺は改めて雅次を今日から家臣に迎えることを宣言した。
事前に知らされていたことなので、家臣たちはその件については何も言わなかったが、雅次を勘定方で働かせることを明言した途端、場がどよめいた。
「え。か、勘定方でございますか?」
「ああ。ちょうど人手不足なのでな」
この反応。よしよし。
皆が嫌がる部署への配属と聞いて、身内でも特別扱いしないという俺の意向を分かってくれた……。
「勘定方だけはやめたほうがよいのでは? 若様の弟君ということは、その」
「毎日知恵熱でお倒れになってはお可哀想です」
次に飛び出したその言葉に、俺は苦笑した。
「まあ、俺だとそうなると思うが、雅次は俺と違って利口ゆえ大丈夫だ。俺が勉学を教えていた時も、それはもう物覚えがよくて……」
「……え。若様が勉学をお教えに?」
「それはますますもって」
不安に満ち満ちた顔をされる。
俺はぎょっと目を剥いた。
「弟の前でやめてくれ。恥ずかしいではないか」
「……ああ。確かに」
大真面目に言う俺に家臣たちも大真面目に頷く。
それを見て俺が噴き出すと、家臣たちも皆声を上げて笑い出した。
「若様、格好いい兄を演じようなどと無謀な真似はおやめなさいませ」
「さようさよう。また知恵熱が出て倒れますぞ」
「はは。そうだな。それは困る」
軽口を叩き、笑い合った。そして、隣に座っている雅次に一瞥くれると、きょとんとした顔をして、皆を見ている。
先ほどの会話の何がどうおかしかったのか、さっぱり理解できないと言わんばかりだ。
そんな雅次の肩を、俺はぽんっと叩いて、
「まあ、このような連中だ。気負わず仲良うしてやってくれ」
そう言ってやった。
こうして、雅次は皆に受け入れられた。
皆、俺が弟をくれぐれもよろしくと頼んでいたためか、雅次を何かと声をかけ、気遣ってくれた。
ただし、俺に叩くような軽口を、雅次に言うことはなかった。
顔合わせの時に見せた、雅次の戸惑い顔を見て、雅次にはこういうことを言うべきではないと、敏感に感じ取ったのだろう。
雅次はその配慮をどう思うか。内心ハラハラしていたが、数日後。
雅次を任せた上役たちを呼び出し、雅次の様子を尋ねてみると、
「若様。我らの取り越し苦労でございました。雅次様は大変呑み込みが早く、計算も早ければ間違いもない。とても優秀でございます」
「おまけにとても真面目で、職務中はほとんど私語もせず打ち込んでおられます」
「知恵熱も出しません!」
皆、笑顔でそう答えてくれた。
さらには、
「若様のようにお倒れにならぬかと心配する我らに深々と頭を下げられ、礼を言って来られました。『兄のことも、かように労わってくださっているのですね。弟として礼を申します』と」
「若様の弟だからと威張ることもなく、『新参者ゆえ』とこちらが恐縮するくらいの低姿勢で……いやあ、良き弟君でございますなあ」
同僚たちも口々にそう言っていて……周囲の反応は上々のようだ。
雅次本人はどうかといえば、
「兄上にとっては具合が悪くなるほど嫌いな計算や書類整理、俺には性に合うようで楽しゅうございます」
「兄上が念入りな根回しをしてくださっていたおかげで、皆様とても良くしてくれます。ありがとうございます」
という色よい返事が、笑顔とともに返ってきた。
それに、毎夜雅次の許に訪ねていくと――。
「月丸。まだ頑張っているのか……」
「兄上。名前」
「あ……すまん。雅次。今日もよう働いているな。偉いぞ」
そう言ってやると、雅次は身を乗り出すようにして俺の顔を凝視してきて、
「兄上。何度も言いますが、俺はもう六つの童ではありませぬぞ」
ちょっと怒った顔をしてそう言ってくる。
「頭を撫でたり、頬を突いてきたり、それにその言い草、童に対するものではないですか。俺はもうすぐ十七です。それなのに、かようなことをしていては周囲に示しが」
「確かにそうだが、人前ではしていないだろう?」
「それは……今はそうかもしれませんが、いつぽろっと人前で出るか」
「お前と違って」
すかさずそう切り返すと、雅次は「は?」と間の抜けた声を漏らした。
「何をおっしゃいます。俺は何も」
「覚えていないのか? ここに居を移せと言ったら廊下で飛びついてきたじゃないか。皆びっくりしていたぞ」
本当はあの場に人なんていなかったが、素知らぬ顔でそう返してやると、雅次の顔が物の見事に真っ赤になった。
なんだ、本当に確認せずに飛びついてきたのか。可愛い。
「あ、あれは……でも、たったの一回です! 兄上みたいに何回もやってない……」
「嫌なのか?」
「……え」
「お前が嫌だと言うのなら、やめるよう努力するよ」
何の気なしにそう返した。
途端、雅次の怒り顔が一変、困り顔になった。
「そんな……俺のことなどよいのです。俺は今、兄上の体裁についてのお話を……っ」
「お前の気持ちが聞きたい」
ぐいっと顔を近づけて再度尋ねる。
雅次は目を泳がせ、逃げるように顔を俯けた。
よくよく見ると、耳まで赤くなってきた。
「大丈夫だ。人前ではこんなことしない」
そう言ってやると、雅次は俯いたまましばらく「いや」だの「その」だの要領の得ないことを言っていたが、「うん?」と促してやると、おずおずと頷いてきた。
俺が笑みを深め、頭をぽんぽん叩いてやると、雅次はこれみよがしにそっぽを向いた。
だが、こっそりと嬉しそうに微笑うものだから、
「俺にこうされるのが好きなくせに、大人ぶってやめろだなんて言って」
意地っ張り。
からかうように言って頬をつついてやると、雅次は「あ、兄上は意地悪ですっ」と、また顔を真っ赤にして掴みかかってきて――。
このような、他愛のないじゃれ合いだってする。
何もかも、上手く行っている。
と、言いたいところだが――。
事前に知らされていたことなので、家臣たちはその件については何も言わなかったが、雅次を勘定方で働かせることを明言した途端、場がどよめいた。
「え。か、勘定方でございますか?」
「ああ。ちょうど人手不足なのでな」
この反応。よしよし。
皆が嫌がる部署への配属と聞いて、身内でも特別扱いしないという俺の意向を分かってくれた……。
「勘定方だけはやめたほうがよいのでは? 若様の弟君ということは、その」
「毎日知恵熱でお倒れになってはお可哀想です」
次に飛び出したその言葉に、俺は苦笑した。
「まあ、俺だとそうなると思うが、雅次は俺と違って利口ゆえ大丈夫だ。俺が勉学を教えていた時も、それはもう物覚えがよくて……」
「……え。若様が勉学をお教えに?」
「それはますますもって」
不安に満ち満ちた顔をされる。
俺はぎょっと目を剥いた。
「弟の前でやめてくれ。恥ずかしいではないか」
「……ああ。確かに」
大真面目に言う俺に家臣たちも大真面目に頷く。
それを見て俺が噴き出すと、家臣たちも皆声を上げて笑い出した。
「若様、格好いい兄を演じようなどと無謀な真似はおやめなさいませ」
「さようさよう。また知恵熱が出て倒れますぞ」
「はは。そうだな。それは困る」
軽口を叩き、笑い合った。そして、隣に座っている雅次に一瞥くれると、きょとんとした顔をして、皆を見ている。
先ほどの会話の何がどうおかしかったのか、さっぱり理解できないと言わんばかりだ。
そんな雅次の肩を、俺はぽんっと叩いて、
「まあ、このような連中だ。気負わず仲良うしてやってくれ」
そう言ってやった。
こうして、雅次は皆に受け入れられた。
皆、俺が弟をくれぐれもよろしくと頼んでいたためか、雅次を何かと声をかけ、気遣ってくれた。
ただし、俺に叩くような軽口を、雅次に言うことはなかった。
顔合わせの時に見せた、雅次の戸惑い顔を見て、雅次にはこういうことを言うべきではないと、敏感に感じ取ったのだろう。
雅次はその配慮をどう思うか。内心ハラハラしていたが、数日後。
雅次を任せた上役たちを呼び出し、雅次の様子を尋ねてみると、
「若様。我らの取り越し苦労でございました。雅次様は大変呑み込みが早く、計算も早ければ間違いもない。とても優秀でございます」
「おまけにとても真面目で、職務中はほとんど私語もせず打ち込んでおられます」
「知恵熱も出しません!」
皆、笑顔でそう答えてくれた。
さらには、
「若様のようにお倒れにならぬかと心配する我らに深々と頭を下げられ、礼を言って来られました。『兄のことも、かように労わってくださっているのですね。弟として礼を申します』と」
「若様の弟だからと威張ることもなく、『新参者ゆえ』とこちらが恐縮するくらいの低姿勢で……いやあ、良き弟君でございますなあ」
同僚たちも口々にそう言っていて……周囲の反応は上々のようだ。
雅次本人はどうかといえば、
「兄上にとっては具合が悪くなるほど嫌いな計算や書類整理、俺には性に合うようで楽しゅうございます」
「兄上が念入りな根回しをしてくださっていたおかげで、皆様とても良くしてくれます。ありがとうございます」
という色よい返事が、笑顔とともに返ってきた。
それに、毎夜雅次の許に訪ねていくと――。
「月丸。まだ頑張っているのか……」
「兄上。名前」
「あ……すまん。雅次。今日もよう働いているな。偉いぞ」
そう言ってやると、雅次は身を乗り出すようにして俺の顔を凝視してきて、
「兄上。何度も言いますが、俺はもう六つの童ではありませぬぞ」
ちょっと怒った顔をしてそう言ってくる。
「頭を撫でたり、頬を突いてきたり、それにその言い草、童に対するものではないですか。俺はもうすぐ十七です。それなのに、かようなことをしていては周囲に示しが」
「確かにそうだが、人前ではしていないだろう?」
「それは……今はそうかもしれませんが、いつぽろっと人前で出るか」
「お前と違って」
すかさずそう切り返すと、雅次は「は?」と間の抜けた声を漏らした。
「何をおっしゃいます。俺は何も」
「覚えていないのか? ここに居を移せと言ったら廊下で飛びついてきたじゃないか。皆びっくりしていたぞ」
本当はあの場に人なんていなかったが、素知らぬ顔でそう返してやると、雅次の顔が物の見事に真っ赤になった。
なんだ、本当に確認せずに飛びついてきたのか。可愛い。
「あ、あれは……でも、たったの一回です! 兄上みたいに何回もやってない……」
「嫌なのか?」
「……え」
「お前が嫌だと言うのなら、やめるよう努力するよ」
何の気なしにそう返した。
途端、雅次の怒り顔が一変、困り顔になった。
「そんな……俺のことなどよいのです。俺は今、兄上の体裁についてのお話を……っ」
「お前の気持ちが聞きたい」
ぐいっと顔を近づけて再度尋ねる。
雅次は目を泳がせ、逃げるように顔を俯けた。
よくよく見ると、耳まで赤くなってきた。
「大丈夫だ。人前ではこんなことしない」
そう言ってやると、雅次は俯いたまましばらく「いや」だの「その」だの要領の得ないことを言っていたが、「うん?」と促してやると、おずおずと頷いてきた。
俺が笑みを深め、頭をぽんぽん叩いてやると、雅次はこれみよがしにそっぽを向いた。
だが、こっそりと嬉しそうに微笑うものだから、
「俺にこうされるのが好きなくせに、大人ぶってやめろだなんて言って」
意地っ張り。
からかうように言って頬をつついてやると、雅次は「あ、兄上は意地悪ですっ」と、また顔を真っ赤にして掴みかかってきて――。
このような、他愛のないじゃれ合いだってする。
何もかも、上手く行っている。
と、言いたいところだが――。
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