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第二章
たかが駒(後編)(雅次視点)
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多くの兵を従える家房を上手く使えば、兄上を救えるはずだ。
幸い、家房は幼子が好きなだけあって、その体の扱いをよく心得ており、苦痛を伴うことは基本しなかった。
ひどいことも言わない。乱暴もしない。やたらと優しくされた。
困ることといえば、家房の何もかもが吐くほどに気持ち悪いこと。
最初のうちは、あの男に触られるだけでそうなってしまい、苦労した。
このままでは嫌われてしまう。だから懸命に、「本当は嫌じゃないのに体が勝手にこうなるんです」と、嘘泣きして縋ってみせると、
――おお、そうなのだね! では、お前の体が慣れてくれるまでわしはいつまでだって待つよ!
そう笑って、嬉々として抱き締めてくる変態だったから助かった。
そして……。
――月丸! ついにお前の体はわしを受け入れてくれたんだね。嬉しいよ! さあ、もっとそばに……おや。なんだね、この傷は。
さりげなく、自分で作っておいた内股の引っかき傷を見せてやると、家房の声音が急落した。
俺は体を震わせながら、とある養子候補の名を口にした。
――家房さまがするようなことさせろって言ってきて……おれ、一生懸命嫌だって暴れたけど……ううう。ごめんなさい、ごめんなさい。
今にして思えば実にお粗末な筋書きだが、色ボケした家房はあっさりと信じ、俺が口にした相手がいる軍に加勢する約束を反故にし、別の隊を助けた。
それが、兄上がいた隊で――。
こんな調子で、俺は家房を最大限利用しつつ兄上に徒なす者を消し、兄上の軍が有利になるように根回しした。
実に使い勝手のいい手駒だったと思う。
だが、半年前のあの日。
――月丸。お前、変わってしまったね。
俺の体を確かめるようにまさぐりながら、家房は悲しげに呟いた。
その落胆した声を聞き、俺は……我が身が、家房の好みから外れるほどに成長してしまったことを悟った。
もう、この駒は使えないな。
そう思いつつも一応、「月丸がお嫌いになったのですか?」としおらしい台詞を吐いてやったら、
――ああ月丸。可愛いお前を嫌いになどなるものか。ただ、こんなにも立派に成長したお前に驚いているだけだよ。
そうほざいていたが、それ以降ぱったり来なくなった。
十年か。
案外長く使えたな。
俺はその程度にしか思わなかったが、父はやたらと悔しがり、いまだにこうして「なぜ家房を繋ぎ止めておけなかった」と詰ってくる。
どうやら、俺が奴の寵愛を受けることで、父にも何かと益があったらしい。
とはいえ、なぜ状況が見えない?
成長しきった、このいかつい体でどうあの稚児狂いを満足させろと?
それとも、どこかの酒席で家房が口にした「月丸は特別。いつまでも可愛がっていたい」などという戯言を、阿呆のように鵜呑みにしていたのか?
だったら、救いようのない馬鹿だ。
「何じゃ、その顔は。言いたいことがあるなら申せ」
「兄上に擦り寄ってなどおりませぬ」
「まだ申すかっ。この」
「山吹の世継ぎが生まれた瞬間、消されることが決まっていることにも気づかず浮かれている馬鹿な兄上に、誰が好き好んで擦り寄りなどいたしましょう」
最高に蔑んだ口調でそう返してやった瞬間、父はようやく黙った。
「とはいえ、それがしは兄上の許に参ります。家房様に飽きて捨てられたそれがしの居場所など、物好きな兄上の許しかございませぬゆえ」
己の身の程、そして兄の身の程はきちんと弁えている。
そして、馬鹿な兄に情などない。使えるから利用するだけだ。
暗にそう伝えてやると、父は歪に両の目を細めた。
「高雅に、余計なことは申すでないぞ」
「さようなことを申して、潔癖な兄上に汚らわしいと捨てられてしまったら、それがしの居場所がなくなります」
「よし。では、もう行け。貴様の顔を見ていると、気分が悪うなる」
「失礼いたします」
頭を下げて立ち上がり、踵を返す。
やはり、この男は俺たち兄弟を不仲にしておきたいようだ。
なぜか。
おそらく、兄上が邪魔になった時、俺に兄上を始末させるためだ。
子殺しは体裁が悪い。だから、兄上と同じくいらない子で、評判がすこぶる悪い俺に逢い上に始末させて、それを理由に俺も葬れば一石二鳥、と。
つくづく屑な発想。だが、そうそう好きにさせてたまるか。
いつか、殺してやる。
そう思いつつ、一歩踏み出した時だ。
「色小姓しか取り柄のない爛れた貴様を、あの清廉な高雅がいつまで相手にするか」
ぶつけられたその言葉。
振り返りそうになった。それでも何とか堪えて歩き出す。
色小姓しか取り柄がない? 嗤わせる。
あの気持ち悪い稚児狂いがいなくなったからって何だ。
あんなの、ただの駒だ。
たかが駒一つなくした程度、どうってことない。
大丈夫。俺は今までどおりやっていける。
だから、兄上に……この身が穢れ切っていることを隠すことくらい造作もない。
そして、このことを兄上に密告しようとする者がいれば、誰であろうと殺す。
家房であろうと、父とて容赦はしない。
――月丸、大丈夫だ。俺はお前のことを嫌いになったりしない。ずっとずっと、大好きだ。だから、二度と俺から離れないでくれ。
俺のことが大好きな兄上を、変えさせてなるものか。
誰にも邪魔させない。
これから俺は、兄上のそばにいるんだ。俺のことが大好きな兄上と、いつまでも。
そのためにはまず、兄上に余計なことを吹き込み、焚き付けたあの三人を始末せねばならない。
俺の内情を知り過ぎているのは勿論のこと、
――分かっていただけましたか? 高雅様はあなた様のことが今でも大事で、可愛くてしかたないのです。だから、とても使い勝手がいい。
――これからもあなた様のいい駒として十分動いてくれます。なのでどうぞ、出て行くなどと思わず、引き続き使い倒していただければ……。
己の保身のためならば、悪魔だと思っている男にでも平気で兄上を売り渡す汚物など、兄上のそばに置いておけない。
兄上が、穢れてしまう。
俺は歩調を速めた。
幸い、家房は幼子が好きなだけあって、その体の扱いをよく心得ており、苦痛を伴うことは基本しなかった。
ひどいことも言わない。乱暴もしない。やたらと優しくされた。
困ることといえば、家房の何もかもが吐くほどに気持ち悪いこと。
最初のうちは、あの男に触られるだけでそうなってしまい、苦労した。
このままでは嫌われてしまう。だから懸命に、「本当は嫌じゃないのに体が勝手にこうなるんです」と、嘘泣きして縋ってみせると、
――おお、そうなのだね! では、お前の体が慣れてくれるまでわしはいつまでだって待つよ!
そう笑って、嬉々として抱き締めてくる変態だったから助かった。
そして……。
――月丸! ついにお前の体はわしを受け入れてくれたんだね。嬉しいよ! さあ、もっとそばに……おや。なんだね、この傷は。
さりげなく、自分で作っておいた内股の引っかき傷を見せてやると、家房の声音が急落した。
俺は体を震わせながら、とある養子候補の名を口にした。
――家房さまがするようなことさせろって言ってきて……おれ、一生懸命嫌だって暴れたけど……ううう。ごめんなさい、ごめんなさい。
今にして思えば実にお粗末な筋書きだが、色ボケした家房はあっさりと信じ、俺が口にした相手がいる軍に加勢する約束を反故にし、別の隊を助けた。
それが、兄上がいた隊で――。
こんな調子で、俺は家房を最大限利用しつつ兄上に徒なす者を消し、兄上の軍が有利になるように根回しした。
実に使い勝手のいい手駒だったと思う。
だが、半年前のあの日。
――月丸。お前、変わってしまったね。
俺の体を確かめるようにまさぐりながら、家房は悲しげに呟いた。
その落胆した声を聞き、俺は……我が身が、家房の好みから外れるほどに成長してしまったことを悟った。
もう、この駒は使えないな。
そう思いつつも一応、「月丸がお嫌いになったのですか?」としおらしい台詞を吐いてやったら、
――ああ月丸。可愛いお前を嫌いになどなるものか。ただ、こんなにも立派に成長したお前に驚いているだけだよ。
そうほざいていたが、それ以降ぱったり来なくなった。
十年か。
案外長く使えたな。
俺はその程度にしか思わなかったが、父はやたらと悔しがり、いまだにこうして「なぜ家房を繋ぎ止めておけなかった」と詰ってくる。
どうやら、俺が奴の寵愛を受けることで、父にも何かと益があったらしい。
とはいえ、なぜ状況が見えない?
成長しきった、このいかつい体でどうあの稚児狂いを満足させろと?
それとも、どこかの酒席で家房が口にした「月丸は特別。いつまでも可愛がっていたい」などという戯言を、阿呆のように鵜呑みにしていたのか?
だったら、救いようのない馬鹿だ。
「何じゃ、その顔は。言いたいことがあるなら申せ」
「兄上に擦り寄ってなどおりませぬ」
「まだ申すかっ。この」
「山吹の世継ぎが生まれた瞬間、消されることが決まっていることにも気づかず浮かれている馬鹿な兄上に、誰が好き好んで擦り寄りなどいたしましょう」
最高に蔑んだ口調でそう返してやった瞬間、父はようやく黙った。
「とはいえ、それがしは兄上の許に参ります。家房様に飽きて捨てられたそれがしの居場所など、物好きな兄上の許しかございませぬゆえ」
己の身の程、そして兄の身の程はきちんと弁えている。
そして、馬鹿な兄に情などない。使えるから利用するだけだ。
暗にそう伝えてやると、父は歪に両の目を細めた。
「高雅に、余計なことは申すでないぞ」
「さようなことを申して、潔癖な兄上に汚らわしいと捨てられてしまったら、それがしの居場所がなくなります」
「よし。では、もう行け。貴様の顔を見ていると、気分が悪うなる」
「失礼いたします」
頭を下げて立ち上がり、踵を返す。
やはり、この男は俺たち兄弟を不仲にしておきたいようだ。
なぜか。
おそらく、兄上が邪魔になった時、俺に兄上を始末させるためだ。
子殺しは体裁が悪い。だから、兄上と同じくいらない子で、評判がすこぶる悪い俺に逢い上に始末させて、それを理由に俺も葬れば一石二鳥、と。
つくづく屑な発想。だが、そうそう好きにさせてたまるか。
いつか、殺してやる。
そう思いつつ、一歩踏み出した時だ。
「色小姓しか取り柄のない爛れた貴様を、あの清廉な高雅がいつまで相手にするか」
ぶつけられたその言葉。
振り返りそうになった。それでも何とか堪えて歩き出す。
色小姓しか取り柄がない? 嗤わせる。
あの気持ち悪い稚児狂いがいなくなったからって何だ。
あんなの、ただの駒だ。
たかが駒一つなくした程度、どうってことない。
大丈夫。俺は今までどおりやっていける。
だから、兄上に……この身が穢れ切っていることを隠すことくらい造作もない。
そして、このことを兄上に密告しようとする者がいれば、誰であろうと殺す。
家房であろうと、父とて容赦はしない。
――月丸、大丈夫だ。俺はお前のことを嫌いになったりしない。ずっとずっと、大好きだ。だから、二度と俺から離れないでくれ。
俺のことが大好きな兄上を、変えさせてなるものか。
誰にも邪魔させない。
これから俺は、兄上のそばにいるんだ。俺のことが大好きな兄上と、いつまでも。
そのためにはまず、兄上に余計なことを吹き込み、焚き付けたあの三人を始末せねばならない。
俺の内情を知り過ぎているのは勿論のこと、
――分かっていただけましたか? 高雅様はあなた様のことが今でも大事で、可愛くてしかたないのです。だから、とても使い勝手がいい。
――これからもあなた様のいい駒として十分動いてくれます。なのでどうぞ、出て行くなどと思わず、引き続き使い倒していただければ……。
己の保身のためならば、悪魔だと思っている男にでも平気で兄上を売り渡す汚物など、兄上のそばに置いておけない。
兄上が、穢れてしまう。
俺は歩調を速めた。
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