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第二章
たかが駒(前編)(雅次視点)
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夜分に呼び出され、部屋に入るなり、俺は父に蹴り飛ばされた。
「貴様、高雅にどう取り入った?」
「さようなこと、致しておりません」
起き上がりつつそう答えると、今度は拳が飛んできた。
「嘘を吐くな。『家房』に愛想を尽かされたことに焦っての所業であろう」
「……」
「さように焦るくらいならなにゆえ、もっとしっかり繋ぎ止めておかなかった。貴様の存在価値などそれしかなかったというにっ」
家房とは、隣国下山国を治める国主・高垣家の当主で、伊吹家最大の同盟相手に当たる。
この家房、大層な色好みで、特に童を好む。
俺が目をつけられたのは六つの時、兄上と初めて喧嘩した直後のことだ。
偶然見かけた俺を一目で気に入ったという家房は即座に俺を所望し、父はさっさと俺を差し出した。
家房は伊吹家にとって一番の同盟相手。隣国の国主・桃井と交戦中の今、そっぽを向かれるわけにはいかなかった。
父は「それでも山吹か」と嘲笑されるほどに戦下手ゆえに、なおさら。
だが、息子を差し出してでも媚びを売らねばならぬ己の腑甲斐なさは我慢ならないようで、事が済んだ後、父はしきりに俺を責め立てた。
――貴様があの稚児狂いに色目など使うたばかりに、わしはかような恥辱を受けることになったっ。息子を所望されて差し出すなど、家来がすることではないかっ。
ひどい言いがかりをつけられ、立てなくなるほど殴られたが、後で家房から「こんな傷だらけの体を抱いても萎える」と苦情を言われると、体に痕が残らぬ方法で折檻するようになったのには嗤った。
本当に、どこまでもくだらない、つまらない男。
山吹様が聞いて呆れる。
勿論、あの家房という男もだ。
山吹特有の、長身で頑強な体躯ながら、ひどく柔和な顔立ちと表情、物腰で、貴公子然としてはいるが、父より年上だというのに異様に若々しく、いやにつやつやした肌が、妙な禍々しさを醸す男。
後で、日頃からたくさんの稚児の精気を貪り喰っているから、あのように不自然なほど若々しいのだと噂されているのを聞いた時は、なるほどと思った。
――怖がることはないよ。わしはただ、可愛いお前を優しく可愛がりたいだけなのだ。
先走りの汁が滴る、ぎちぎちに勃起した下肢を露出させ、笑顔でそう言いながら近づいてくる滑稽極まりない姿を思い返すと、今でも嗤ってしまう。
とはいえ、あの時……俺は嬉しかった。
兄上に迷惑をかけることしかできなかった、この無力で無価値な体が役に立つ日がついに来たと。
俺は力が欲しかった。
兄上を脅かす養子候補どもを始末し、兄上を守る力を。
こいつをこの体で手懐ければ、その力が手に入る。
兄上を守ることができる。
そうしたら、兄上はもう痛めつけられることも泣くこともなくなって、前のように俺と楽しく過ごしてくれる!
そう思ったら、怖いことなんてない……そうだ。うん。何も、怖くなかった。
存分に、媚びを売ってやった。ただ――。
稚児遊びは武将の嗜みの一つ。
知識はあった……が、実際そういう目に遭ってみると、おぞましいことこの上ない。
つくづく、兄上がこんな気持ち悪い獣に見初められなくてよかったと安堵し、今、自分がこうされていることで、兄上を守っているのだと思うと誇らしかった。
それなのに、事後。父に散々打ち据えられた末、兄上は俺を捨てて戦場に旅立つと聞かされ、俺は絶句した。
何かの間違いだと思いたかったが、
――そのように汚らしい貴様を好く者などどこにいる。
今なら、家房が好き勝手俺を抱くには、いつも俺と一緒にいる兄上が邪魔だったから、兄上は体よく追い出されたのだと分かる。
兄上に捨てられたと言ったのも、俺にそう思わせたほうが、家房に全力で縋り、媚を売ると思ったゆえのことだろう。
だが、あの時。
鏡まで持ち出して、家房にぐちゃぐちゃにされた体を指し示されながらそう言われたら、自分は兄上に捨てられたのだとしか思えなかった。
その時の俺はそれだけ、見るに堪えぬほどに薄汚れていたから。
兄上は俺なんかいらないんだ。
こんなにも汚いからいらない。
もう、消えてしまいたい。
そう思った。
でも、父が兄上を戦場で見殺しにして殺そうとしていることを知って、居ても立っても居られなくなった。
兄上を救う方法を必死に考えて、考えて、俺は……引き続き、家房に媚びを売ることにしたのだ。
「貴様、高雅にどう取り入った?」
「さようなこと、致しておりません」
起き上がりつつそう答えると、今度は拳が飛んできた。
「嘘を吐くな。『家房』に愛想を尽かされたことに焦っての所業であろう」
「……」
「さように焦るくらいならなにゆえ、もっとしっかり繋ぎ止めておかなかった。貴様の存在価値などそれしかなかったというにっ」
家房とは、隣国下山国を治める国主・高垣家の当主で、伊吹家最大の同盟相手に当たる。
この家房、大層な色好みで、特に童を好む。
俺が目をつけられたのは六つの時、兄上と初めて喧嘩した直後のことだ。
偶然見かけた俺を一目で気に入ったという家房は即座に俺を所望し、父はさっさと俺を差し出した。
家房は伊吹家にとって一番の同盟相手。隣国の国主・桃井と交戦中の今、そっぽを向かれるわけにはいかなかった。
父は「それでも山吹か」と嘲笑されるほどに戦下手ゆえに、なおさら。
だが、息子を差し出してでも媚びを売らねばならぬ己の腑甲斐なさは我慢ならないようで、事が済んだ後、父はしきりに俺を責め立てた。
――貴様があの稚児狂いに色目など使うたばかりに、わしはかような恥辱を受けることになったっ。息子を所望されて差し出すなど、家来がすることではないかっ。
ひどい言いがかりをつけられ、立てなくなるほど殴られたが、後で家房から「こんな傷だらけの体を抱いても萎える」と苦情を言われると、体に痕が残らぬ方法で折檻するようになったのには嗤った。
本当に、どこまでもくだらない、つまらない男。
山吹様が聞いて呆れる。
勿論、あの家房という男もだ。
山吹特有の、長身で頑強な体躯ながら、ひどく柔和な顔立ちと表情、物腰で、貴公子然としてはいるが、父より年上だというのに異様に若々しく、いやにつやつやした肌が、妙な禍々しさを醸す男。
後で、日頃からたくさんの稚児の精気を貪り喰っているから、あのように不自然なほど若々しいのだと噂されているのを聞いた時は、なるほどと思った。
――怖がることはないよ。わしはただ、可愛いお前を優しく可愛がりたいだけなのだ。
先走りの汁が滴る、ぎちぎちに勃起した下肢を露出させ、笑顔でそう言いながら近づいてくる滑稽極まりない姿を思い返すと、今でも嗤ってしまう。
とはいえ、あの時……俺は嬉しかった。
兄上に迷惑をかけることしかできなかった、この無力で無価値な体が役に立つ日がついに来たと。
俺は力が欲しかった。
兄上を脅かす養子候補どもを始末し、兄上を守る力を。
こいつをこの体で手懐ければ、その力が手に入る。
兄上を守ることができる。
そうしたら、兄上はもう痛めつけられることも泣くこともなくなって、前のように俺と楽しく過ごしてくれる!
そう思ったら、怖いことなんてない……そうだ。うん。何も、怖くなかった。
存分に、媚びを売ってやった。ただ――。
稚児遊びは武将の嗜みの一つ。
知識はあった……が、実際そういう目に遭ってみると、おぞましいことこの上ない。
つくづく、兄上がこんな気持ち悪い獣に見初められなくてよかったと安堵し、今、自分がこうされていることで、兄上を守っているのだと思うと誇らしかった。
それなのに、事後。父に散々打ち据えられた末、兄上は俺を捨てて戦場に旅立つと聞かされ、俺は絶句した。
何かの間違いだと思いたかったが、
――そのように汚らしい貴様を好く者などどこにいる。
今なら、家房が好き勝手俺を抱くには、いつも俺と一緒にいる兄上が邪魔だったから、兄上は体よく追い出されたのだと分かる。
兄上に捨てられたと言ったのも、俺にそう思わせたほうが、家房に全力で縋り、媚を売ると思ったゆえのことだろう。
だが、あの時。
鏡まで持ち出して、家房にぐちゃぐちゃにされた体を指し示されながらそう言われたら、自分は兄上に捨てられたのだとしか思えなかった。
その時の俺はそれだけ、見るに堪えぬほどに薄汚れていたから。
兄上は俺なんかいらないんだ。
こんなにも汚いからいらない。
もう、消えてしまいたい。
そう思った。
でも、父が兄上を戦場で見殺しにして殺そうとしていることを知って、居ても立っても居られなくなった。
兄上を救う方法を必死に考えて、考えて、俺は……引き続き、家房に媚びを売ることにしたのだ。
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