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第一章
馬鹿な兄上(前編)(雅次視点)
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――精進すれば、イロナシでも皆に認められるはずだ!
兄上のその言葉を初めて聞いた時、俺は……この人はなんと馬鹿なことを言っているのだろうと、心底呆れた。
イロナシ一人の力で世の道理を変えることなどできるわけがないし、そもそも……この期に及んでまだ、周囲に認められたいと思うだなんてどうかしている。
兄上は、この家の連中が俺たち兄弟にしてきた仕打ちを忘れたのか?
イロナシだから。当主が見放している子だから。たったそれだけの理由で、幼子の俺たちをいくら虐めようが罪悪感一つ抱かない。
そんな連中になぜ認められたいなどと思う? 俺には全く理解できない。
尋ねてみると、「お前が連中に馬鹿にされるのが我慢ならないから」などと答えるからますます意味が分からなかった。
俺はあんなごみにどう思われ、何を言われようがどうでもいい。
兄上さえそばにいてくれて、「大好きだ」と抱き締めてくれれば、他には何もいらない。
何度もそう言った。だが、兄上は「こんなにいい子のお前が馬鹿にされるのが嫌なんだ」と泣いて首を振る。
俺たちを産んだ人さえ、俺たちをいらないと吐き捨てた事実を突きつけて、噓泣きしてみせても駄目だった。
だから、俺は悪い子になって、ここを出て行かない限り、兄上のことは嫌いだと、声を振り絞った。
どうしても、やめさせたかった。
この努力の末に、兄上の心が傷つくのが嫌だったから? それもある。
だが、一番怖かったのは……兄上が周囲のことを意識すればするほど、俺といることが辛くなっていくことだ。
周囲から悪く言われ、虐められる弟を守ってやれない自分は駄目な兄。
普通の子たちと同じような暮らしをさせてやりたいのにできなくて、弟に申し訳ない。
そんなことばかり考えて、どんどん塞ぎ込んでいく。
このままじゃ、俺といても辛いだけだと、俺のことが嫌いになるんじゃ……!
怖くてしかたなかった。兄上に嫌われたら、生きていけない。
だから、「全部捨てて二人きりになろう。言うことを聞いてくれないなら嫌いになる」と言った。
俺のことが一番大事だと思ってくれている今の兄上なら聞いてくれるはず。そして、二人きりになれば、俺だけを見てくれるようになれば、また前のように笑顔が絶えない兄上に戻ってくれるはず。
子どもながらにそう思ったのだ。
しかし、兄上は走り去った俺を追いかけて来てはくれなかった。
そして、あんなことになった翌日、兄上が……持論が正しいことを証明するために初陣を飾りたいと志願したと聞かされた。
――見よ。貴様といるよりずっと楽しそうではないか。
宛がわれた兵たちと和気あいあいと語らう兄上を指差し、父はそう皮肉った。
確かに、俺じゃない誰かといる兄上はとても楽しそうだ。
最近は、兄上の持論に賛同しない俺に憤り、弟の俺を守ることができないと泣いてばかりいたから。
――これでもう、足手まといの貴様はいらぬわけだ。
俺に置手紙さえ残さず笑顔で出陣していった兄上を指差し、父はまたそう嗤った。
馬鹿みたいに取り乱し、声を上げて泣いた。
確かに、俺は心ならずも兄にひどいことを言って拒んだ。
でも、だからって……たった一回の拒絶で、逃げ去った俺を探そうともせず、さっさと友だちを作って、出陣までするなんて。
そんなに、「イロナシでも皆に認められたい」という願望が大事か。
兄上は……そばにいてくれるなら誰でもいいのか。それとも元々、俺の相手をすることにもううんざりしていたのか。
分からない。
だが、兄上にとっては俺なんて、大した存在じゃなかったということだけはよく分かった。
兄上が俺といてくれたのは、俺しかいなかったから。他に一緒にいてくれる人間ができたら、俺なんかもういらない。どうでもいい。
あの時は、そんなふうにしか考えられなかった。
もう、跡形もなく消えてしまいたい。本気で、そう思った。
でも、父が戦にかこつけて兄上を亡き者にしようと目論んでいると知ってしまったら、そんな感情は吹き飛んだ。
兄上はもう、俺のことなんかどうでもいい。けれど、俺には兄上しかいないのだ。
兄上が傷つけられ、殺されるだなんて、絶対に嫌だ。
無我夢中で駆けずり回った。
何でもやった。人だって殺した。
そして、俺の手段を選ばない根回しが功を奏し、兄上は何とか死なずに済んだ。
これで、兄上は戦場から帰ってくる。
無事な姿を見ることができる。
それだけでいい。戻ってきてくれたら、俺を捨てたことも何もかも許してあげる。
そう思ったのに、兄上は帰って来なかった。
――わしが「イロナシの身でありながら見事であった」と褒めてやるとあの者、馬鹿みたいに歓んでな。次の戦場はどこだと催促してきおった。このまま武功を重ねていけば、イロナシもやればできると証明できると張り切っておったわ。
父から聞かされたその言葉に眩暈がした。
俺に助けられたことさえ気づかず、調子に乗って……なんて馬鹿なんだ。
心底そう思った。だが、それでもやっぱり、どうしても兄上には死んでほしくないという想いを捨てることができず、その後も俺は兄上が死なぬよう、死に物狂いで裏工作に明け暮れた。
兄上を追い落とそうとする世継ぎ候補たちも始末した。
このことがばれたら父に妨害されるので、誰にも知られぬよう、細心の注意を払って。
結果、俺がどんどん薄汚れて、ごみクズになっていけばいくほど、兄上は眩いばかりに光り輝き、名声を高めていった。
大勢の人間が、灯に群がる蛾のように、兄上に群がっていった。
その中に、乃絵姫がいた。
京の幕府で代々執事職を務める名門、喜勢家の御令嬢。
偶然、遠征先で知り合ったその姫と、兄上は激しい恋に落ちたのだと言う。そして、護衛と称して京にまでついて行った。
乃絵姫の父親である喜勢に、姫を嫁に欲しいと頼み込むために。
喜勢は世継ぎでもない男に娘はやれぬと縁談は突っぱねたらしいが、兄上個人のことは大層気に入り、兄上を喜勢家にくれと言い出したのだとか。
それを聞いた父は兄上を正式な世継ぎに任命し、乃絵姫を嫁に取らせるよう手配した。
――大事な息子を取られてはたまらぬし、あやつはこれまでよう働いてくれた。そろそろそれに報いてやらねばなあ。
父がそう言ったため、兄上は大いに感激して、ますますの忠勤に励むと宣言したそうだが……馬鹿馬鹿しい。
大事な息子のため? 京との繋がりを盤石なものにしたいがための策ではないか。
決して、兄上のためなんかじゃない。
喜勢にしたって、イロナシの娘を使って、伊吹の財力を引き出そうとしただけだ。幕府は威光において抜群だが、金がなく貧乏だから。
乃絵姫とやらも、イロナシは冷遇される名家に嫁ぐよりも、同じイロナシでちやほやしてくれる兄上に嫁ぐほうがいいという打算に違いない。
兄上は体のいい駒で鴨なのだ。誰にとっても。
そのことに、まるで気がついていない……ついでに、これまでの武功も全て、俺の助けによるものだとさえいまだ気づかない。
そんな兄上は今、幸福の絶頂にいることだろう。
精進すれば、イロナシであろうと認められるという持論を自分たちの力で証明できたと、取り巻き連中や家族と喜びを分かち合って。
これほどまでに滑稽な道化が他にいるだろうか……いや。
――月丸様ったら、放って置かれるからって遊び惚けて。こんな駄目な弟を持って、高雅様がお可哀想。
周囲からはそんな陰口を叩かれ、
――高雅はイロナシでも精進して、山吹の嫡子ができるまでの「繋ぎ」を務める程度にはものになった。それだというのに、弟の貴様は何の役にも立たん。生きていて恥ずかしいと思わぬのかっ?
父にはそんな罵声とともに日々足蹴にされる俺のほうが、よっぽど滑稽だ。
全く、なんと歪で、くだらない茶番だろう。
こうなったことを、誰のせいにするつもりもない。
兄上は俺のことなんかもうどうでもいい。分かっていながら、俺が勝手にやったこと。
兄上は何も悪くない。俺の自業自得。
分かっている。だが、どうしようもなく虚しい。
俺には何もない、誰もいないこの状況が? 違う。
地位を手に入れ、大勢の人間に褒めそやされれば人は変わる。変わらずにはいられない。そういう生き物だ。だから。
――月丸、月丸。ほら、おいで。
二人きりで生きていたあの頃の兄上は、きっともうどこにもいない。
分かっている。それなのに、俺は……どんなにこの身を汚し、報われなくても、尽くさずにはいられない。
捨てられないのだ。
あの頃の兄上が、もしかしたら一欠片でも残っているのでは? という儚い願望を。
兄上をどれほど悪しざまに思い、こんな道化さっさと見限れと自分に言い聞かせても駄目だった。
あの二人きりの日々が、あまりにも幸せだったから。
そして今日、俺という存在をなかったものとして父と語らい、楽しそうに笑い合う兄上の朗らかな声を聞き、いまだかつてないほどの激痛が胸のあたりに走った。
そのくせ、声変わりしても変わらない優しい口調に、心を震わせて……ああ。
なんと惨めで、どうしようもないのだろう。
俺は、どこで間違えた? これから、どうすればいい?
……嫌いになれればいいのに。
俺の大好きな兄上じゃなくなったあんな男、もうどうでもいいと、思えればいいのに。
そうすれば、この地獄も何もかも終わりに出来て、楽になれるのに。
あの頃よく二人で遊んだ楠を見上げてそう思ったら、涙がとめどなく溢れ出てきた。
涙なんか、ごみクズになった俺にはもう出ないと思っていたのに。
それがまたやるせなくて、唇を噛みしめた。そこへ、
「月丸!」
兄上が来た。
兄上のその言葉を初めて聞いた時、俺は……この人はなんと馬鹿なことを言っているのだろうと、心底呆れた。
イロナシ一人の力で世の道理を変えることなどできるわけがないし、そもそも……この期に及んでまだ、周囲に認められたいと思うだなんてどうかしている。
兄上は、この家の連中が俺たち兄弟にしてきた仕打ちを忘れたのか?
イロナシだから。当主が見放している子だから。たったそれだけの理由で、幼子の俺たちをいくら虐めようが罪悪感一つ抱かない。
そんな連中になぜ認められたいなどと思う? 俺には全く理解できない。
尋ねてみると、「お前が連中に馬鹿にされるのが我慢ならないから」などと答えるからますます意味が分からなかった。
俺はあんなごみにどう思われ、何を言われようがどうでもいい。
兄上さえそばにいてくれて、「大好きだ」と抱き締めてくれれば、他には何もいらない。
何度もそう言った。だが、兄上は「こんなにいい子のお前が馬鹿にされるのが嫌なんだ」と泣いて首を振る。
俺たちを産んだ人さえ、俺たちをいらないと吐き捨てた事実を突きつけて、噓泣きしてみせても駄目だった。
だから、俺は悪い子になって、ここを出て行かない限り、兄上のことは嫌いだと、声を振り絞った。
どうしても、やめさせたかった。
この努力の末に、兄上の心が傷つくのが嫌だったから? それもある。
だが、一番怖かったのは……兄上が周囲のことを意識すればするほど、俺といることが辛くなっていくことだ。
周囲から悪く言われ、虐められる弟を守ってやれない自分は駄目な兄。
普通の子たちと同じような暮らしをさせてやりたいのにできなくて、弟に申し訳ない。
そんなことばかり考えて、どんどん塞ぎ込んでいく。
このままじゃ、俺といても辛いだけだと、俺のことが嫌いになるんじゃ……!
怖くてしかたなかった。兄上に嫌われたら、生きていけない。
だから、「全部捨てて二人きりになろう。言うことを聞いてくれないなら嫌いになる」と言った。
俺のことが一番大事だと思ってくれている今の兄上なら聞いてくれるはず。そして、二人きりになれば、俺だけを見てくれるようになれば、また前のように笑顔が絶えない兄上に戻ってくれるはず。
子どもながらにそう思ったのだ。
しかし、兄上は走り去った俺を追いかけて来てはくれなかった。
そして、あんなことになった翌日、兄上が……持論が正しいことを証明するために初陣を飾りたいと志願したと聞かされた。
――見よ。貴様といるよりずっと楽しそうではないか。
宛がわれた兵たちと和気あいあいと語らう兄上を指差し、父はそう皮肉った。
確かに、俺じゃない誰かといる兄上はとても楽しそうだ。
最近は、兄上の持論に賛同しない俺に憤り、弟の俺を守ることができないと泣いてばかりいたから。
――これでもう、足手まといの貴様はいらぬわけだ。
俺に置手紙さえ残さず笑顔で出陣していった兄上を指差し、父はまたそう嗤った。
馬鹿みたいに取り乱し、声を上げて泣いた。
確かに、俺は心ならずも兄にひどいことを言って拒んだ。
でも、だからって……たった一回の拒絶で、逃げ去った俺を探そうともせず、さっさと友だちを作って、出陣までするなんて。
そんなに、「イロナシでも皆に認められたい」という願望が大事か。
兄上は……そばにいてくれるなら誰でもいいのか。それとも元々、俺の相手をすることにもううんざりしていたのか。
分からない。
だが、兄上にとっては俺なんて、大した存在じゃなかったということだけはよく分かった。
兄上が俺といてくれたのは、俺しかいなかったから。他に一緒にいてくれる人間ができたら、俺なんかもういらない。どうでもいい。
あの時は、そんなふうにしか考えられなかった。
もう、跡形もなく消えてしまいたい。本気で、そう思った。
でも、父が戦にかこつけて兄上を亡き者にしようと目論んでいると知ってしまったら、そんな感情は吹き飛んだ。
兄上はもう、俺のことなんかどうでもいい。けれど、俺には兄上しかいないのだ。
兄上が傷つけられ、殺されるだなんて、絶対に嫌だ。
無我夢中で駆けずり回った。
何でもやった。人だって殺した。
そして、俺の手段を選ばない根回しが功を奏し、兄上は何とか死なずに済んだ。
これで、兄上は戦場から帰ってくる。
無事な姿を見ることができる。
それだけでいい。戻ってきてくれたら、俺を捨てたことも何もかも許してあげる。
そう思ったのに、兄上は帰って来なかった。
――わしが「イロナシの身でありながら見事であった」と褒めてやるとあの者、馬鹿みたいに歓んでな。次の戦場はどこだと催促してきおった。このまま武功を重ねていけば、イロナシもやればできると証明できると張り切っておったわ。
父から聞かされたその言葉に眩暈がした。
俺に助けられたことさえ気づかず、調子に乗って……なんて馬鹿なんだ。
心底そう思った。だが、それでもやっぱり、どうしても兄上には死んでほしくないという想いを捨てることができず、その後も俺は兄上が死なぬよう、死に物狂いで裏工作に明け暮れた。
兄上を追い落とそうとする世継ぎ候補たちも始末した。
このことがばれたら父に妨害されるので、誰にも知られぬよう、細心の注意を払って。
結果、俺がどんどん薄汚れて、ごみクズになっていけばいくほど、兄上は眩いばかりに光り輝き、名声を高めていった。
大勢の人間が、灯に群がる蛾のように、兄上に群がっていった。
その中に、乃絵姫がいた。
京の幕府で代々執事職を務める名門、喜勢家の御令嬢。
偶然、遠征先で知り合ったその姫と、兄上は激しい恋に落ちたのだと言う。そして、護衛と称して京にまでついて行った。
乃絵姫の父親である喜勢に、姫を嫁に欲しいと頼み込むために。
喜勢は世継ぎでもない男に娘はやれぬと縁談は突っぱねたらしいが、兄上個人のことは大層気に入り、兄上を喜勢家にくれと言い出したのだとか。
それを聞いた父は兄上を正式な世継ぎに任命し、乃絵姫を嫁に取らせるよう手配した。
――大事な息子を取られてはたまらぬし、あやつはこれまでよう働いてくれた。そろそろそれに報いてやらねばなあ。
父がそう言ったため、兄上は大いに感激して、ますますの忠勤に励むと宣言したそうだが……馬鹿馬鹿しい。
大事な息子のため? 京との繋がりを盤石なものにしたいがための策ではないか。
決して、兄上のためなんかじゃない。
喜勢にしたって、イロナシの娘を使って、伊吹の財力を引き出そうとしただけだ。幕府は威光において抜群だが、金がなく貧乏だから。
乃絵姫とやらも、イロナシは冷遇される名家に嫁ぐよりも、同じイロナシでちやほやしてくれる兄上に嫁ぐほうがいいという打算に違いない。
兄上は体のいい駒で鴨なのだ。誰にとっても。
そのことに、まるで気がついていない……ついでに、これまでの武功も全て、俺の助けによるものだとさえいまだ気づかない。
そんな兄上は今、幸福の絶頂にいることだろう。
精進すれば、イロナシであろうと認められるという持論を自分たちの力で証明できたと、取り巻き連中や家族と喜びを分かち合って。
これほどまでに滑稽な道化が他にいるだろうか……いや。
――月丸様ったら、放って置かれるからって遊び惚けて。こんな駄目な弟を持って、高雅様がお可哀想。
周囲からはそんな陰口を叩かれ、
――高雅はイロナシでも精進して、山吹の嫡子ができるまでの「繋ぎ」を務める程度にはものになった。それだというのに、弟の貴様は何の役にも立たん。生きていて恥ずかしいと思わぬのかっ?
父にはそんな罵声とともに日々足蹴にされる俺のほうが、よっぽど滑稽だ。
全く、なんと歪で、くだらない茶番だろう。
こうなったことを、誰のせいにするつもりもない。
兄上は俺のことなんかもうどうでもいい。分かっていながら、俺が勝手にやったこと。
兄上は何も悪くない。俺の自業自得。
分かっている。だが、どうしようもなく虚しい。
俺には何もない、誰もいないこの状況が? 違う。
地位を手に入れ、大勢の人間に褒めそやされれば人は変わる。変わらずにはいられない。そういう生き物だ。だから。
――月丸、月丸。ほら、おいで。
二人きりで生きていたあの頃の兄上は、きっともうどこにもいない。
分かっている。それなのに、俺は……どんなにこの身を汚し、報われなくても、尽くさずにはいられない。
捨てられないのだ。
あの頃の兄上が、もしかしたら一欠片でも残っているのでは? という儚い願望を。
兄上をどれほど悪しざまに思い、こんな道化さっさと見限れと自分に言い聞かせても駄目だった。
あの二人きりの日々が、あまりにも幸せだったから。
そして今日、俺という存在をなかったものとして父と語らい、楽しそうに笑い合う兄上の朗らかな声を聞き、いまだかつてないほどの激痛が胸のあたりに走った。
そのくせ、声変わりしても変わらない優しい口調に、心を震わせて……ああ。
なんと惨めで、どうしようもないのだろう。
俺は、どこで間違えた? これから、どうすればいい?
……嫌いになれればいいのに。
俺の大好きな兄上じゃなくなったあんな男、もうどうでもいいと、思えればいいのに。
そうすれば、この地獄も何もかも終わりに出来て、楽になれるのに。
あの頃よく二人で遊んだ楠を見上げてそう思ったら、涙がとめどなく溢れ出てきた。
涙なんか、ごみクズになった俺にはもう出ないと思っていたのに。
それがまたやるせなくて、唇を噛みしめた。そこへ、
「月丸!」
兄上が来た。
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