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第一章
二十二話 絶望にはまだ早い
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「二年の最初でこうなるか」
黒板の上に立て掛けられた時計の指す時刻は三時半。これからのことを思うと胸が病むが、口約束を破っては後が怖そうだ。
―――……篠崎さん。大丈夫だろうか?
昼休み以後の時間、教室には居なかった。ナガッチや取り巻きが手を出し…… いやアイツらは授業受けてたか。 朝のアレといい、悪いことが続かなければいいが。
帰りのホームルームが過ぎて、トイレに行って帰ってみればクラスに男子が不在。ナガッチとの用事があるのは知っているだろうが、がっかりする俺の気持ちも察してほしい。
「いやいや。それより今は、篠崎さんが優先だ」
朝あれほどのダメージを負って無事で居られるはずがない。ゲームの RPG なら前回のセーブポイントに巻き戻してるところだ。彼女のケアを万全に整えなければ。
俺から言い出した手前、謝ることから始めるのが適切。とりあえず、考えるのは後々で、まずは会うのが大切だ。落ち着け。もしも俺があんな目に合えば数日間は家に引きこもる。
彼女の精神状態がどういったものなのか詳しく知らないが、今日は色んな人に避けられていた。何人かが影でひそひそと何かを話していたのを見るに、早くも悪口とかが進行してるのかも。
―――ナガッチ、余計なことを。お前の存在が無性にムカついて殴りたい、クソ!
ガツン、と机に拳をぶつける。誰もいないこの部屋に音は気味が悪いくらい響き、俺の苛立ちを高めていく。
何故あの場で言う必要があったのか、そもそもあんな嘘っぱちどうして断言できるんだ。
ナガッチは那覇士と篠崎さんのあの会話に混ざっていたわけでも居合わせたわけでもない。ましては俺や荒川さんのように後から目撃したわけでもない。それなのにどうして……
本当に…那覇士、ナガッチに言ったのか。 あんな、人を起用するだけして投げ捨ててしまう人間に。
じゃあ、朝での振る舞いは……
ピロロロン!
「電話…?」
突如として鳴り出す携帯に俺は着信元を確認し、応答を押してスピーカーにする。
「雲斎か。どうかしー」
「大変なの! 紬希が居なくなったんだって!!」
「つむ…、篠崎さんが!…は? どういうことだ⁉︎ どうして篠崎さんが、」
雲斎が篠崎さんのことを名前呼びしてるのはこの際後回し。詳しく事態に迫る。
「アタシには分からない。だけど、五時間目以降は教室から居なくなってたでしょ。それで放課後保健室に寄ってみたの…」
「で、そこには姿がなかった、か。どうして……いや、理由は明確か」
詰まるところ、予期せぬ損害が想定以上だった。耐久性も踏まえるとああいった言葉は既に限界が来てるのかもしれない。迂闊だった。知り合った当初、言っていたじゃないか。
『中学校に入学してラノベを読んでいたら明るめな女子にボソッと言われたの………陰湿って』
「クソが!!」
二度目の拳での台パン。数分前までとは異なる、心に浸透する痛みに俺は唇を噛み締める。
「西岡。悪いけど、憤る暇なんてないわ。事態は最悪な方向にシフトチェンジしつつあるのよ」
震えながら言語を発する彼女に「最悪な方向…?」と聞き返す。数秒の間を経て、雲斎は説明を始めた。
「アタシ、まだ数日しか経ってないけど、紬希のこと聞ける限り聞いたの。朝一緒に来てたの貴方も見てたでしょ。……それでね、会話がひと段落した時中学校時代の話を尋ねたんだけど」
「……」
黙って喋らない俺に、雲斎は続ける。
「彼女、すごく辛そうだった。相当嫌な思いをしてきたんだと思った。一年から、関わりたいと言う気持ちは有ることにアタシを含め何人かの人間は無粋にも察していた。だから朝のナガッチの言葉、とても悲しくなったんじゃないかって思うの。朝っきり黙り込む紬希を見て、今は無理だけど帰ったらきっとアタシを聞き入れて欲しいって思ってたんだけど、……紬希は何処かへ消えてしまった……」
「場所は掴めないのか?」
「無理よ。連絡先も儘ならないアタシが知ってるはずないじゃない」
悲観的に呟く彼女に、俺は強く携帯を握りしめる。
―――自分に怒るな、怒るのは篠崎さんと会ってからでいい。後悔もいい、一旦何処かへ飛ばせ。
「……それで最悪な状況ってのはなんだ。数日間行方不明にでもなるってのか?」
「いいえ、もっと悪いわ。血路の絶たれた人間がする万が一の可能性」
「自殺……、こんな出来事で篠崎さんがそこまでするわけが、」
「彼女の受けた境遇を体感してないからそんな言葉が吐けるのよ! アタシたちにとって些細な事実でも本人にとっては別問題じゃない!」
雲斎の言葉に脳内でフラッシュバックが起こる。
『名前なんてどうでもいい。私、今本読んでるの。邪魔しないで』
教室での態度。何故あんな素行をするのか意味がわからなかった。だが、その後の保健室での言葉。
『私は人との付き合い方…ううん、誰かに嫌われるのが嫌なの』
誰かと関わることで傷つくなら距離を置く。そんなスタンスになったのは中学生の頃が理由となっていたじゃないか。
『うんうん、大丈夫。二人には関係ない、ただ昔を思い出して』
現に小学校の記憶なんて薄れていくものと思っていたが篠崎さんは違った。あの時間こそが自分の居場所だったのだ。
『そんな人いるんだ。新しいクラス人数多いから覚え切れない』
いそいそとメモを取る彼女。その時は人数など昨年と対して変わらないと疑問に思ってたが根本がずれていた。二年生はクラスで楽しく振る舞うために、友達をつくるために、覚えようとしていたんだ。
―――そうだ、そうだった。篠崎さんはやり直そうとしていた。中学の経験をしながらも前向きに検討した。一年生の頃はできなかった理屈も誰かが居れば可能と考えて、実行しようとしていたんだ。……それなのに、
「………自殺って決まったわけじゃない」
「ええ。でも紬希は家に帰るときは必ずご両親にメールを送るらしいの。今日の朝それを聞いて、さっき問い合わせたんだけど……未だ来てないみたい」
俺の震えた声色に雲斎は応答する。それを聞いて俺は時計を見入った。いつの間にか十分ほど時間が過ぎていたようだ。
「っ、これじゃあナガッチに何を言われても聞く耳が持てないな」
「そういえば放課後約束してたわよね。行くの?」
「それどころじゃない。適当に言って断る」
「相手が怒るわよ」
「知らん。第一、現状況の元凶に会いに行くなんて我ながらよくやったと思ってるんだが」
はぁっと呆れながら状態を見つめ直す。時間も時間だ、そろそろ本格的に見つめ直すのが妥当かもしれない。必死に事象を入れ替えながら頭部を巡らせていると、次の寸刻に一つの文が到達した。
「ねえ、それアタシが行ってもいい?」
はてな通り越してアポストロフィに行くような感覚。は?っと問答する俺に雲斎は冷静に喋り解き明かす。
「簡単よ。西岡よりアタシの方が上手く会話が成立すると思うの」
「馬鹿かよ、今はそれより篠崎さんの捜索が先だろ!」
「ナガッチをほったらかしにして、後々クソダル展開になったのを西岡も経験してるわよね」
「だとしても、」
「一人で探してきて」
トンデモ発言。 な⁉︎っと驚嘆する俺を雲斎は鋭い口調で殴り伏せる。
「正直に言ってアタシだと手がかりが何も掴めない。友達も少なくなったし、紬希と友達になったのもすごく最近。けど西岡はそうじゃないでしょ! 彼女のことを知ってるし、友達だって人脈だって少なからずある。一緒に探したってアタシは何にも役に立たない。だったら、厄介ごとは私に任して篠崎さんを探しに行って!」
思わず、声が押し黙る。こちらの様子を紐解くかの如く雲斎は話を継続させた。
「今、学校からすぐそこのコンビニ。西岡くんは?」
「……教室」
「なら決まりね。それじゃ、見つけたら連絡ちょうだい」
プツっと。こっちの返事も聞かず一方的に切られる携帯。暫くして、何を思い立ったか俺は篠崎さんの机を見た。 汚れ一つない席。新学期始まって数日の道具に俺は当たり前の感想を抱いた。
「綺麗だ」
蛹から孵った美しい蝶が、片腕をもがれ自分自身でもう一方を折ろうとしている。
そんなの許せるわけがなかった。
黒板の上に立て掛けられた時計の指す時刻は三時半。これからのことを思うと胸が病むが、口約束を破っては後が怖そうだ。
―――……篠崎さん。大丈夫だろうか?
昼休み以後の時間、教室には居なかった。ナガッチや取り巻きが手を出し…… いやアイツらは授業受けてたか。 朝のアレといい、悪いことが続かなければいいが。
帰りのホームルームが過ぎて、トイレに行って帰ってみればクラスに男子が不在。ナガッチとの用事があるのは知っているだろうが、がっかりする俺の気持ちも察してほしい。
「いやいや。それより今は、篠崎さんが優先だ」
朝あれほどのダメージを負って無事で居られるはずがない。ゲームの RPG なら前回のセーブポイントに巻き戻してるところだ。彼女のケアを万全に整えなければ。
俺から言い出した手前、謝ることから始めるのが適切。とりあえず、考えるのは後々で、まずは会うのが大切だ。落ち着け。もしも俺があんな目に合えば数日間は家に引きこもる。
彼女の精神状態がどういったものなのか詳しく知らないが、今日は色んな人に避けられていた。何人かが影でひそひそと何かを話していたのを見るに、早くも悪口とかが進行してるのかも。
―――ナガッチ、余計なことを。お前の存在が無性にムカついて殴りたい、クソ!
ガツン、と机に拳をぶつける。誰もいないこの部屋に音は気味が悪いくらい響き、俺の苛立ちを高めていく。
何故あの場で言う必要があったのか、そもそもあんな嘘っぱちどうして断言できるんだ。
ナガッチは那覇士と篠崎さんのあの会話に混ざっていたわけでも居合わせたわけでもない。ましては俺や荒川さんのように後から目撃したわけでもない。それなのにどうして……
本当に…那覇士、ナガッチに言ったのか。 あんな、人を起用するだけして投げ捨ててしまう人間に。
じゃあ、朝での振る舞いは……
ピロロロン!
「電話…?」
突如として鳴り出す携帯に俺は着信元を確認し、応答を押してスピーカーにする。
「雲斎か。どうかしー」
「大変なの! 紬希が居なくなったんだって!!」
「つむ…、篠崎さんが!…は? どういうことだ⁉︎ どうして篠崎さんが、」
雲斎が篠崎さんのことを名前呼びしてるのはこの際後回し。詳しく事態に迫る。
「アタシには分からない。だけど、五時間目以降は教室から居なくなってたでしょ。それで放課後保健室に寄ってみたの…」
「で、そこには姿がなかった、か。どうして……いや、理由は明確か」
詰まるところ、予期せぬ損害が想定以上だった。耐久性も踏まえるとああいった言葉は既に限界が来てるのかもしれない。迂闊だった。知り合った当初、言っていたじゃないか。
『中学校に入学してラノベを読んでいたら明るめな女子にボソッと言われたの………陰湿って』
「クソが!!」
二度目の拳での台パン。数分前までとは異なる、心に浸透する痛みに俺は唇を噛み締める。
「西岡。悪いけど、憤る暇なんてないわ。事態は最悪な方向にシフトチェンジしつつあるのよ」
震えながら言語を発する彼女に「最悪な方向…?」と聞き返す。数秒の間を経て、雲斎は説明を始めた。
「アタシ、まだ数日しか経ってないけど、紬希のこと聞ける限り聞いたの。朝一緒に来てたの貴方も見てたでしょ。……それでね、会話がひと段落した時中学校時代の話を尋ねたんだけど」
「……」
黙って喋らない俺に、雲斎は続ける。
「彼女、すごく辛そうだった。相当嫌な思いをしてきたんだと思った。一年から、関わりたいと言う気持ちは有ることにアタシを含め何人かの人間は無粋にも察していた。だから朝のナガッチの言葉、とても悲しくなったんじゃないかって思うの。朝っきり黙り込む紬希を見て、今は無理だけど帰ったらきっとアタシを聞き入れて欲しいって思ってたんだけど、……紬希は何処かへ消えてしまった……」
「場所は掴めないのか?」
「無理よ。連絡先も儘ならないアタシが知ってるはずないじゃない」
悲観的に呟く彼女に、俺は強く携帯を握りしめる。
―――自分に怒るな、怒るのは篠崎さんと会ってからでいい。後悔もいい、一旦何処かへ飛ばせ。
「……それで最悪な状況ってのはなんだ。数日間行方不明にでもなるってのか?」
「いいえ、もっと悪いわ。血路の絶たれた人間がする万が一の可能性」
「自殺……、こんな出来事で篠崎さんがそこまでするわけが、」
「彼女の受けた境遇を体感してないからそんな言葉が吐けるのよ! アタシたちにとって些細な事実でも本人にとっては別問題じゃない!」
雲斎の言葉に脳内でフラッシュバックが起こる。
『名前なんてどうでもいい。私、今本読んでるの。邪魔しないで』
教室での態度。何故あんな素行をするのか意味がわからなかった。だが、その後の保健室での言葉。
『私は人との付き合い方…ううん、誰かに嫌われるのが嫌なの』
誰かと関わることで傷つくなら距離を置く。そんなスタンスになったのは中学生の頃が理由となっていたじゃないか。
『うんうん、大丈夫。二人には関係ない、ただ昔を思い出して』
現に小学校の記憶なんて薄れていくものと思っていたが篠崎さんは違った。あの時間こそが自分の居場所だったのだ。
『そんな人いるんだ。新しいクラス人数多いから覚え切れない』
いそいそとメモを取る彼女。その時は人数など昨年と対して変わらないと疑問に思ってたが根本がずれていた。二年生はクラスで楽しく振る舞うために、友達をつくるために、覚えようとしていたんだ。
―――そうだ、そうだった。篠崎さんはやり直そうとしていた。中学の経験をしながらも前向きに検討した。一年生の頃はできなかった理屈も誰かが居れば可能と考えて、実行しようとしていたんだ。……それなのに、
「………自殺って決まったわけじゃない」
「ええ。でも紬希は家に帰るときは必ずご両親にメールを送るらしいの。今日の朝それを聞いて、さっき問い合わせたんだけど……未だ来てないみたい」
俺の震えた声色に雲斎は応答する。それを聞いて俺は時計を見入った。いつの間にか十分ほど時間が過ぎていたようだ。
「っ、これじゃあナガッチに何を言われても聞く耳が持てないな」
「そういえば放課後約束してたわよね。行くの?」
「それどころじゃない。適当に言って断る」
「相手が怒るわよ」
「知らん。第一、現状況の元凶に会いに行くなんて我ながらよくやったと思ってるんだが」
はぁっと呆れながら状態を見つめ直す。時間も時間だ、そろそろ本格的に見つめ直すのが妥当かもしれない。必死に事象を入れ替えながら頭部を巡らせていると、次の寸刻に一つの文が到達した。
「ねえ、それアタシが行ってもいい?」
はてな通り越してアポストロフィに行くような感覚。は?っと問答する俺に雲斎は冷静に喋り解き明かす。
「簡単よ。西岡よりアタシの方が上手く会話が成立すると思うの」
「馬鹿かよ、今はそれより篠崎さんの捜索が先だろ!」
「ナガッチをほったらかしにして、後々クソダル展開になったのを西岡も経験してるわよね」
「だとしても、」
「一人で探してきて」
トンデモ発言。 な⁉︎っと驚嘆する俺を雲斎は鋭い口調で殴り伏せる。
「正直に言ってアタシだと手がかりが何も掴めない。友達も少なくなったし、紬希と友達になったのもすごく最近。けど西岡はそうじゃないでしょ! 彼女のことを知ってるし、友達だって人脈だって少なからずある。一緒に探したってアタシは何にも役に立たない。だったら、厄介ごとは私に任して篠崎さんを探しに行って!」
思わず、声が押し黙る。こちらの様子を紐解くかの如く雲斎は話を継続させた。
「今、学校からすぐそこのコンビニ。西岡くんは?」
「……教室」
「なら決まりね。それじゃ、見つけたら連絡ちょうだい」
プツっと。こっちの返事も聞かず一方的に切られる携帯。暫くして、何を思い立ったか俺は篠崎さんの机を見た。 汚れ一つない席。新学期始まって数日の道具に俺は当たり前の感想を抱いた。
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