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第一章
十四話 つけ込まれる
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カチーンと立ったまま固まってしまう篠崎さん。屋上の段階では悟られないのを踏まえて、ここまで踏み込んでくる雲斎、観察力が尋常じゃない。
その様子を見て確信がついたのか彼女は笑みを讃えながら、ある条件をこちらに突きつけた。
「アタシならこのクラスの女子の情報はいくらでも知ってる、一年で話してた人は多いもの。その代わり、西岡と篠崎さん。貴方たちの協力体制にアタシも入れてもらえない?」
溶け切らない、甘く後味の悪い蜂蜜の蓋が割って開かれた。
意味がわからない。どうして雲斎が干渉してくるのか、情報を開示するなど絶対何かしらの度胸が必要なはず。そもそも屋上の時点で彼女は俺にどんなことを聞きたかったのか、篠崎のラインで中断されなかったたらあの後どうなっていたのだろうか。
「西岡、何かまずいことでもあった?」
「え…?」
「そんな怖い顔されたら気になるじゃない」
言われて気分を落ち着かせる。もしかしたら酷く怪訝な目線を向けているかもしれない。 顔面の筋肉を押し沈めて、不意に篠崎さんの方に視線をずらした。
彼女の表情は、何かを欲していた。
例え話、狼は群れを形成するという前提に一匹狼を乗せるとして彼らは食事を求めるのと同一段階で諦めきれない事柄、即ち「群れを作りたい」という欲求が浮かび上がるという。
今の篠崎さんはまさに、それ其の物だった。
「雲斎さん、私からもいい?」
「………何かしら」
「私と西岡くんの間に雲斎さんが入った場合、私たちとはどういう関係になるの?」
不思議と好奇心に溢れた問いに、雲斎は値踏みする志を開く。そして、漸進的に唇を歪にさせて、軽薄そうに舌を動かした。
「ただの協力体制の仲……なんて解答じゃ、納得しないわよね?」
「(コク)」
「今の状況、どっちみち貴方のことをよく知らないと、いざって時の対処法に困るだろうし。あくまで西岡がだけど」
「対処法…?」
「なんだ、俺の話か?」
雲斎の一人語りに籠る二つの単語に、俺たちは聞き耳を立てる。彼女の「なんでもないわ、忘れて」という言葉で手元から放り出すも、一応のために記憶しておく。
「それで、協力体制についてはどうなったのかしら?」
「私はいいよ」
「⁉︎ 篠崎さん…!」
篠崎さんと雲斎は昨年クラスもが違うため、完璧に初対面な女子同士だ。それに、突如辛辣な空気にズカズカ入って何かしらの文句を面と向かって口にした人間、篠崎さんにとってはいつになくやり難いと予想できるのに。 なぜ承認する?
「篠崎さんがいいならそれで良い。でも俺には理解できない…。だから雲斎、お前に質問させてほしい」
「……」
「お前は篠崎さんをどう思ってる?」
正直なところ、聞きたいことは山ほどあった。先程の疑問、干渉する理由もそうだし屋上に呼び出したわけも。けれど、それよりも先に出てきたのは、篠崎さんについて。今まで交流のない雲斎が篠崎さんをどう思ってるか、それだけで全てが解決する気がした。
俺は、ただひたすらに雲斎を待つ。
「そうね、率直に言って気になるのよ。学年が上がったり学校が変わると、自分を変えたりする人は居るけど、篠崎さんがその系統とは思ってなかったから」
「私に近づいたのは…」
「屋上で西岡と話しててね、彼が突然走り出したから、付いていっただけよ。その時のアタシもまさかこういう事とは思いもしなかったでしょうけど」
彼女は乾いた笑をしながら話を進めた。
「で、西岡。貴方の満足いく答えを答えられたかしら」
「……ああ」
「なによ、嫌そうに。自分で受けた頼みを誰かに半分渡すのがそんなに嫌なの」
「いいや、複雑だと思っただけだよ」
そう、複雑に。
俺は色々と疲れた肩を揺らしながら再度篠崎さんに問う。
「いいのか?」
「うん。ある確認できたら、十分」
「確認…か」
たぶん、それが篠崎さんの大切な証だと思う。彼女はハッキリとした口調で申し上げた。
「私と友達になってくれますか」
空白はほんの数秒だった。
「ええ。よろしく」
雲斎は笑顔でそう、向き合った。こうして、予定とは遥かにかけ離れたものの、友達が一人誕生した。
*****
〈那覇士〉
「はあはあ」
重い荷物をぶら下げ、走る。聞くに耐えなかった。家に居るといびられるから学校に逃げていたのに、別ベクトルで責められるとは思っても見なかった。
「みんなして、ずるい!」
彼女の目元、薄く張った膜には透明な水滴がこびり付く。それらは肌をジンワリとなぞりながら、彼女から離れ、床に落ちていく。
彼女は後悔していた。ー新しく友達になれそうだった人間を突き放してしまったことに。
彼女は嫉妬していた。ー自分の家庭と他人を見比べた時の差の深さに。
彼女は嫌気がさしていた。ー何も変わらないのにただ逃げ出してしまった自分に。
三つの情意がせめぎ合い、悲しみに暮れながら走る、しかしその歩みを止めた輩がいた。
「え…?」
学校の正門付近。そこに幾人かのクラスメイトが立ち往生する。クラスメイトと言ってもあまり交流のない人達で、決まってその人間関係には一人の女子高校生がいた。
「那覇士香織さん……やな」
中央に立って評判とは反したタチの悪い顔を見せつけるのは、女王蜂の如く君臨する長山陽葵。
学校での長山さんの評価はまるで情報操作されてるみたいに好印象が目立ち驚くほどのもの。その反面、周りの取り巻きに高圧的な人が多いという。
なるべく関わらないようにしていたため、彼女がこの場に居る謂れが想定出来なかった。
「聞きたいことがあるんやけど」
「…私に?」
「おー。ある人物について」
長山は髪をたなびかせ、穏やかに冷たい声色で伝えた。
「篠崎紬希と何話してたん?」
その様子を見て確信がついたのか彼女は笑みを讃えながら、ある条件をこちらに突きつけた。
「アタシならこのクラスの女子の情報はいくらでも知ってる、一年で話してた人は多いもの。その代わり、西岡と篠崎さん。貴方たちの協力体制にアタシも入れてもらえない?」
溶け切らない、甘く後味の悪い蜂蜜の蓋が割って開かれた。
意味がわからない。どうして雲斎が干渉してくるのか、情報を開示するなど絶対何かしらの度胸が必要なはず。そもそも屋上の時点で彼女は俺にどんなことを聞きたかったのか、篠崎のラインで中断されなかったたらあの後どうなっていたのだろうか。
「西岡、何かまずいことでもあった?」
「え…?」
「そんな怖い顔されたら気になるじゃない」
言われて気分を落ち着かせる。もしかしたら酷く怪訝な目線を向けているかもしれない。 顔面の筋肉を押し沈めて、不意に篠崎さんの方に視線をずらした。
彼女の表情は、何かを欲していた。
例え話、狼は群れを形成するという前提に一匹狼を乗せるとして彼らは食事を求めるのと同一段階で諦めきれない事柄、即ち「群れを作りたい」という欲求が浮かび上がるという。
今の篠崎さんはまさに、それ其の物だった。
「雲斎さん、私からもいい?」
「………何かしら」
「私と西岡くんの間に雲斎さんが入った場合、私たちとはどういう関係になるの?」
不思議と好奇心に溢れた問いに、雲斎は値踏みする志を開く。そして、漸進的に唇を歪にさせて、軽薄そうに舌を動かした。
「ただの協力体制の仲……なんて解答じゃ、納得しないわよね?」
「(コク)」
「今の状況、どっちみち貴方のことをよく知らないと、いざって時の対処法に困るだろうし。あくまで西岡がだけど」
「対処法…?」
「なんだ、俺の話か?」
雲斎の一人語りに籠る二つの単語に、俺たちは聞き耳を立てる。彼女の「なんでもないわ、忘れて」という言葉で手元から放り出すも、一応のために記憶しておく。
「それで、協力体制についてはどうなったのかしら?」
「私はいいよ」
「⁉︎ 篠崎さん…!」
篠崎さんと雲斎は昨年クラスもが違うため、完璧に初対面な女子同士だ。それに、突如辛辣な空気にズカズカ入って何かしらの文句を面と向かって口にした人間、篠崎さんにとってはいつになくやり難いと予想できるのに。 なぜ承認する?
「篠崎さんがいいならそれで良い。でも俺には理解できない…。だから雲斎、お前に質問させてほしい」
「……」
「お前は篠崎さんをどう思ってる?」
正直なところ、聞きたいことは山ほどあった。先程の疑問、干渉する理由もそうだし屋上に呼び出したわけも。けれど、それよりも先に出てきたのは、篠崎さんについて。今まで交流のない雲斎が篠崎さんをどう思ってるか、それだけで全てが解決する気がした。
俺は、ただひたすらに雲斎を待つ。
「そうね、率直に言って気になるのよ。学年が上がったり学校が変わると、自分を変えたりする人は居るけど、篠崎さんがその系統とは思ってなかったから」
「私に近づいたのは…」
「屋上で西岡と話しててね、彼が突然走り出したから、付いていっただけよ。その時のアタシもまさかこういう事とは思いもしなかったでしょうけど」
彼女は乾いた笑をしながら話を進めた。
「で、西岡。貴方の満足いく答えを答えられたかしら」
「……ああ」
「なによ、嫌そうに。自分で受けた頼みを誰かに半分渡すのがそんなに嫌なの」
「いいや、複雑だと思っただけだよ」
そう、複雑に。
俺は色々と疲れた肩を揺らしながら再度篠崎さんに問う。
「いいのか?」
「うん。ある確認できたら、十分」
「確認…か」
たぶん、それが篠崎さんの大切な証だと思う。彼女はハッキリとした口調で申し上げた。
「私と友達になってくれますか」
空白はほんの数秒だった。
「ええ。よろしく」
雲斎は笑顔でそう、向き合った。こうして、予定とは遥かにかけ離れたものの、友達が一人誕生した。
*****
〈那覇士〉
「はあはあ」
重い荷物をぶら下げ、走る。聞くに耐えなかった。家に居るといびられるから学校に逃げていたのに、別ベクトルで責められるとは思っても見なかった。
「みんなして、ずるい!」
彼女の目元、薄く張った膜には透明な水滴がこびり付く。それらは肌をジンワリとなぞりながら、彼女から離れ、床に落ちていく。
彼女は後悔していた。ー新しく友達になれそうだった人間を突き放してしまったことに。
彼女は嫉妬していた。ー自分の家庭と他人を見比べた時の差の深さに。
彼女は嫌気がさしていた。ー何も変わらないのにただ逃げ出してしまった自分に。
三つの情意がせめぎ合い、悲しみに暮れながら走る、しかしその歩みを止めた輩がいた。
「え…?」
学校の正門付近。そこに幾人かのクラスメイトが立ち往生する。クラスメイトと言ってもあまり交流のない人達で、決まってその人間関係には一人の女子高校生がいた。
「那覇士香織さん……やな」
中央に立って評判とは反したタチの悪い顔を見せつけるのは、女王蜂の如く君臨する長山陽葵。
学校での長山さんの評価はまるで情報操作されてるみたいに好印象が目立ち驚くほどのもの。その反面、周りの取り巻きに高圧的な人が多いという。
なるべく関わらないようにしていたため、彼女がこの場に居る謂れが想定出来なかった。
「聞きたいことがあるんやけど」
「…私に?」
「おー。ある人物について」
長山は髪をたなびかせ、穏やかに冷たい声色で伝えた。
「篠崎紬希と何話してたん?」
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