青と春の少年タロット〜どうやら世界には異能の力があるらしい〜

柄山勇

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第一章

一話 始まり

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「ん~、さて。今何時………げ、もう六時四十分かよ!!」 

 寝ている最中に変なスイッチを押したんだろう。きっちりベルは六時にセットしたはずだが、秒針は動いたまま上部の突起の部分だけ凹んでいる。
 次からは追加でもう一つ目覚ましをかけておくべきだ、と自身に戒め俺はベッドから飛び出した。 

   どうして携帯の目覚ましをつけないかについては、枕元に置いたはずのスマホが翌日になってヒビを入れて壁に突き刺さっていた経験が生きていた。寝相の悪さは家族随一なので怒られるも自分一人なのは、理不尽極まりない事案である。 

 ベッド同様慌てて自分の部屋から脱走してきた俺はまずやるべきことを済ます。戸建ての家の広さだけが自慢と口ずさむ母も今日は朝から仕事だと言っていたので既に発っているはず。
 つまり、下手したら朝食は冷凍庫にしまってある氷みたくカチンコチンなロールパンを自分で解凍して食べなければいけないということ。 
 
 そんな時間はない。本日は高校2年生、進級初の登校日。そんな日に寝坊して遅刻なんて起きれば馬鹿というレッテルを貼られたら間抜けにもそのキャラで貫かなければならない。      

 阻止するためにも何としても家を五十五分に出なければ。
 
 そう、俺こと西岡にしおかいつきは過去一に焦っている。現時刻は六時四十二分。電車が七時にくるのを含めて五十二分には家を出る。 

 「ったく、何でこんなギリギリに…」 

    悪態をつきながら、リビングに向かう。「やっほーい、クラスの連中個性的な奴ばかりだって」という友人からのメールには既読スルー。そうしてリビングのドアを開けた瞬間、俺は歓喜の祝福に包まれた。

 なんと、家族四人で座るダイニングテーブルの上におにぎりらしき物体が放置されていた。
  
 唯一の兄弟である妹、れいは現在進行形で修学旅行。つまりこれは俺への朝飯ということになる。要は、コッペパンをオーブントースターにぶっこむ必要は無くなったわけだ。 
 
 「よっしゃー!!!」 
 
 大声で雄叫びをあげ心の中で祝福の舞を踊ること数十秒、余韻に浸るのは学校に着いたからと決め、すぐに握り飯を口内に押し込めて水を上から流し込んだ。
 時計は五十分を表していることから、俺は音速で準備した学校指定のリュックサックを背負い鍵をポケットに入れて、家を出た。 

 ギリギリ予定通りに出立できたので、過去最高速度に及ぶ足の踏み込みを三分間保ち続けると、ベルの鳴るホームが見えてきた。「乗ってる人に睨まれても致し方がない」と考えて駆け込み誰も文句を言ってこなかったものの、地獄はこれからだった。 

「く、そがー!!!!!!!!」 

    電車に間に合っても、走るという運命に永遠に引っ付かれてるかもしれない。とりあえずあの目覚まし時計、帰ったらメル○リで売り払ってやる! 
 最後の信号機の前で肩を震えさせながらぜいぜい言ってる俺なのだが、ここに体重を乗せてくる馬鹿が存在した。 

「よう、樹。部活以来だな」 
「てめえ中谷。重いから体を退けろ」 

    おっとすまない、小さく返事をしながら中腰になる樹から体を外す男子高校生の名前は、中谷なかや蓮斗れんと
 俺の中学からの幼馴染にしてバドミントン部に所属する友達でもある。俺と違い、日々の運動を怠らない中谷の体は肉付きがよく引き締まっており、密かな人気があるのが癪だった。喧嘩も強く、コイツとの腕っぷし記録は俺の敗戦が続いている。 

「それにしても意外だな。樹がこんなギリギリの時間とは。明日はもしかすると晴れかもしれないな。いや~、新クラスが楽しみだ」 
「何事もなく過ぎてほしい」  

 呑気に口ずさむ中谷に適当に返事をし、俺は息を整えながら信号を見据える。点滅が始まり、やがて車側が赤になると足を引き絞り青に変化すると同時に足を踏み出した。 
 俺は隣で並走する中谷と共に、学校へ踏み切った。 
 


***** 



〈謎の二人組〉 
 
「どうじゃ、見つかったか?」 
 
 樹達が通う公立西山高等学校 こうりつにしやまこうとうがっこう。広く見渡せる東通りの高台に二人の人間が座り込む。とんがり帽子を被る二人組のうち、年老いた方が少女に注意を促す。 

「うん。……来た、ミィの探知に反応がある。この生気からして多分当たり」 
「いまから強硬手段で保護するのは不自然かのぉ」 

 苦い顔で判断を躊躇う老人に少女が案を提示する。 

「行動を看取してるけど、目標には自覚がない。今日はまだ手を出さなくていいと思う」
「騒ぎは起こさないのが好ましい、か。やれやれ、動向調査より揉め事が好きなんじゃがなぁ」 
「少しは自制する」 
「分かったわい、どうせ此処は今日限りで終わらんしのぉ」 

 そう言って老人は床下にある縦長のカバンから用務員服を取り出した。
 
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