よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

21:只々無駄話を友人と。1/f

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 ――ぐう。
 
「ほら、よぞらくん起きて」

 ――振動で足先から脳髄まで揺れる。

「…………んぐ」

 ボロいアパートの一室、寝息を立てていた俺は、すわ一大事とばかりに揺り動かされていた。夢うつつの最中、無意識にくぐもった声が出るがそれすら自分の中で理解出来ておらず、うっかり、しかし狙いはしっかりと定まって舌を噛んでしまう。
 
 口内に痛みが走り、その痛覚でやっとこさ意識が繋がると布団から猫っ毛がふわりと顔を出した。
 
「……あのね、せーくん。俺、今日休み。休みなの。ドキワクてぃんてぃんなの」

 昨日は、ないしょのてぃんてぃんだったのだ。ふたなり作品の余韻を噛み締めて眠りについていた俺は、ジロリと晴朗を睨む。揺さぶり起こすとはちょいと無粋じゃあ、ありませんか。
 
「存じてますよ」

 ころころと綺麗な笑い声が降ってくる。
 
「本当にぃ? じゃあ、も少し。――あと3時間くらい寝かせて……」
「もう充分だと思うから却下です」

 俺の願いに無慈悲な判決が下された。
 
「……充分、ってそんな、」

 ――んな訳あるかい。だって俺さっき寝たばっかだし。ぶつくさと異を唱える頭を黙らせつつも、一応確認の為、そおっと、時計を見上げた。

 指し示すの時間は――16時。

「知りたくなかったな、そのじょーほー…………」

 完全な引きこもりみたいな生活だった。顔ごと横に逸らすと布団に埋め、俺はゴニョゴニョと語尾を濁らせた。
 
 1つ気づくと、芋づる式に情報が飛び込んでくる。時間なんか見なくても狭い室内は朱色に覆われているではないか。晴朗はいつもカーテンを開けるから、部屋中真っ赤っか。掛け布団をずらすと夕焼けが全身に染み込むように差し込んでくる。俺は朧気と焦点が合わない視界で溶けない日暮れを眺めていた。

「…………」
 
 そっと、晴朗の手が目蓋に触れる。遮れた視界に目を瞬かせると、まつ毛が掌に当たったのか擽ったそうに笑う声が聞こえた。2往復程だろうか。掌が動いた後、離れていく。
 俺はもう一度、色に染まった晴朗を見上げると、それに合わせて彼の眉尻の下がり柔い目元が動いた。

「今日は夢を見た?」

 まるでいい天気ですね、のニュアンスだ。晴朗の声色はいつも通り。じゃあ俺もいつも通りかな。

「……みた」
 
 俺が呟くと影になっていた彼が動く。そこから眩しさがやって来て目を閉じると眠気までついてきたのか、また意識が遠のきかけるが、――

「てぃんてぃん? だった?」

 彼の口から出た言葉に目が覚めた。
 
「あ゛ー……せーくんが言うと罪悪感パないわ。うん、ごめん、すみませんでした……」
 
 言わせた俺、重罪。もし座っていたら時代劇みたく土下座して切腹してたと思う。俺は、げんなりとした顔で、言葉の意味もわからないまま口にした無垢な晴朗に謝罪した。
 
 その後、にゅきにゅきも芽生えも無かったよ、と報告すると、彼が夢の内容を訊いてきたので、俺はぽつりぽつりと思い出していった。
 
    ◇  ◇ 

 ――それは変な手紙だった。
 
「レターパックみたいなデカいA4サイズくらいの白封筒が届いてさ。手助けになれば、って文字と封筒一面細い線で賞賛の文字がビャーッと、宛名の代わりに書かれてた。中には資料が少々。で、まだカラカラいってるから逆さにして振ってみたら――、」

 朧げな記憶を辿り、コーンフレークをボウルに入れる仕草で中身を手に出してみせた。
 
「折れて半分になった綿棒と薄けた茶色の錠剤。――どうよ、コレ」
「うん、とっても夢っぽいね」
「まあ夢だしねえ。それで場面が進んで、次はインターホンが鳴ったんだけど、俺は眠くて出なかった」

 ふぁ、と欠伸が出る。夢でもめちゃくちゃ眠くて、現実と大差なかったから、もしかしたら実際ピンポンと音が鳴ったのかもしれない。俺は、ふ、と玄関のドアへ意識を向けてみたが特に変わりは無かった。
 
「――で、いつの間にかぬいぐるみが置いてあって、しかもまた封筒も届いて、今度は塩が入ってんだぜ。白い封筒に文字が書かれてるのも同じだったんだけど、さっきと違って全然読めないし。移動して明るい場所でもっかい見てみたら、明らかに探してきましたーって言う感じの、よく分からない事務局から送られてきてた。俺宛てなのに、ここと全然違う住所だったりで……ああこれ夢じゃんって気づいたら」

 ――デカい封筒が届く夢はそこで終わった。

 しん、と沈黙が落ちる。
 相変わらずオチも無く、ちんぷんかんぷんな話だが晴朗は考え込んだ顔で口元に手を当てていた。
 
「どったの、せーくん」
「うん……、夢だけど少し怖いと思って」
「はえー」
「ぬいぐるみとか隠しカメラ付いてたりするし、もし、実際にあったら気をつけないと……って」

 勿論、よぞらくんの事を言っているんだよと晴朗は淡々とした口調で付け足した。
 
「はーい……、なんというかまるで実体験したみたいな言い方……――あぁ、せーくんモテモテだったもんねぇ……」
「――悪意かどうかの見極めって難しいよね」
「んはは……」
 
 なんでもない風に笑って喋っているが、この男、流石としか言いようがない。好意か、それとも悪意かなんて。結局の所本人にしか分からない。確かに真実まで辿り着くのは大変だ。

「まあ、夢の中では悪い感じしなかったし、悪い夢ではないと思う」

 にはにはと、口の形を縦横動かし記憶を反芻する。苦しい後味も無いし、何かを投影した、ただ夢らしい夢なだけ。
 
「ふふ、それで起きたら夕日も暮れてたんだ」
「そこぶり返すぅ? 鬼畜せーくんめ……」

 小さく片頬を膨らませると、晴朗の指で膨らみを押された。空気を移動させてもう片方の頬を膨らませていると――。あ、無意識にやってしまった。
 晴朗の周りに『ふ』の文字が2、3個浮き上がり、綺麗な擬音が配置された気がした。

「ふふ。馬鹿だなあ、そんなことしても可愛いだけだよ」
「言うな。馬鹿っぽいなとは思ったよ、俺も」

 指摘されて余計恥ずかしくなる。
 
「ふ……、だいぶポンコツよぞらくんになってるね」
 
 晴朗は寝起きの顔にかかった前髪を梳いてくれた。優しい手つきと夕日の暖かさがロウソクの火みたいにゆらゆらと微睡を与える。穏やかなリズムは1/fの揺らぎに似ていて、俺は寝転がったまま指の先から顔へと見上げた。
 
「…………ポンコツ幼馴染じゃあるまいし」
 
 すると視線の先の彼が一定間隔の動きで「またゲームの話?」と問う。
 
「うん」
 
 俺の一言に晴朗の目の潤みが揺れる。火の揺らぎは1/fだが彼の周波数はfではないのか。そのゆらゆらを見続けると晴朗は同じ言葉を連続させた。
 
「そっか。そっか」

 セリフのテンポは特に変わらない。彼は自分と話し、納得の言葉を口にした。それを、俺は眠たげに聞いていた。知らないことを知れたから口に出たと。晴朗はそう言った。
 
「……俺マスターでも目指すのかい、せーくん」
「ふっ、ふふ……僕は誰にも負ける気はないよ、ぞらくん。知らなかった?」

 笑う晴朗を見て、俺も笑った。あはは。揺らがせたのは、俺か。なんで彼はそうなんだろう。全部透き通ったガラスに入っていて見えそうになるから、俺は明け透けな物言いになってしまうのに、彼は、なんで。
 
 ゆっくりと丸まり、枕元の晴朗の手を握った。

「よぞらくん?」
「――ぎゅってするか?」

 ないものには、触れられない。訊いたのは、彼の判断に任せるため。ややあって、上から布団ごとぎゅ、と抱きしめられた。うん、俺はやはり形ある方が良いなと思う。
 
「お……、おっも……っ!」

 だがそれも段々重くなり、すぐに苦しみの声に変わった。布団を泥臭く死守していたのが仇になったのか身動きが取れず、中から彼の笑い声を振動で伝え聞いた。
 
 仕返しなのかせーくん、それともご乱心か。彼らしからぬ子供っぽい行動に驚くが割と洒落にならない重さに俺は焦る一方だ。せーくんも大きくなったね、なんて浸ってる場合じゃない。漂うジャスミンの香りを吸い込みながら布団の中から腕を伸ばし、ギブアップと床を強く叩いた。
 
「ふふふ」
 
 ようやく解放され、ぜーぜーとボロボロになった俺に、晴朗はお風呂にも入った方がいいねと追い打ちをかけた。強かな男の常套句にうんざりしながら起き上がる。

「も少し労ってくんない? ……なんか今日はやけに絡むね」
「そうかな……、――よぞらくんがそう言うならそうなのかも」

 俺の問いかけに晴朗は一瞬言い淀むが、すぐに緩い笑みを付け足し、くるりと回した視線が俺まで返ってきた。緩慢だからこそ、うまい具合につなぎ合わさってしまった。
 
「…………」
 
 なんとなく彼の心情を察したがそれは野暮だ。側にいる分だけ静かになる。それが、俺が晴朗にとるスタンスで、語りかける無言の言葉だ。
 それが分かる晴朗も、あまり言葉を足そうとはしない。只、上手く微笑みを口元に漂わせるだけだった。

「何も言わない、口なしよぞらくんめ」
「は? あるでしょ、ほらここに、」

 そういう俺の口に、
 
「――ん、あったね」

 晴朗の唇が重なって――離れた。

「…………うっわ」
 
 よくもまあ……、そんな唐突に出来るもんだ。俺は急に出たエセ王子具合に引きながら、口に残った微かな涎を拭い、確かめるように自分の親指で下唇をやわやわと揉んだ。眠気も吹っ飛んだ。
 
「よぞらくんのその顔、エッチでつい」

 てへへ、と擬音を模した笑い声が聞こえてくる。
 
「……せーくんてさ、案外? いや絶対か。性欲強いよね。それに無縁そうな顔してエッチとか言っちゃうしさぁあ?」
「ふふ、よぞらくんそれ、『おまいう』って言うんじゃなかったっけ? ――そりゃあ僕もついてるものは勃つし、据え膳食わぬは男の恥だと……うん、よぞらくんは淡泊で量はいつも少ないよね」
 
 頷きながら、まるで射精管理してるみたいな晴朗の発言にじっとりと目が細くなる。しかも少ないとは失礼な。こちとらまだ現役じゃい。

「一期一会、1回の大切さを尊重してるんです」
「じゃあ僕も頑張らないとね」
「……せーくんは8割セーブくらいがいいと思うよ」

 晴朗が本気を出すだって? いやいや勘弁して欲しい。だって前もヤバかったのだ。何せ、せーくんの、なっがいから。シャワー流しながらアレで中を本気でグリグリとかたまんない……じゃなかったヤバいヤバいの連続で。お陰で俺はしばらく動けなくて云々……。
 キラキラと輝く王子様は顔に似合わず絶倫とか。えぐい。さあ頑張ろうと意気込む彼を、俺は渋い顔をして引き留めた。
 
    ◇  ◇ 

「さてさてさて、ところでよぞらくん」
「はあ」
「お風呂には入ったかい?」
「あーうん、はい…………いや。すんません。……とりあえず、天気のせいにでもしといていい?」

 バレるのに何故人は嘘をつくのだろう。苦し紛れにウインクしながらおちゃらけてみせたら、「ふふ」しか返ってこなかった。せーくんのその「ふふ」こっわ。

「…………もしかして臭かった?」
「ん? ううん、全身舐めたいくらいには良い匂いだったよ」
「…………せーくん」

 前言撤回。ちょっとビビった俺が馬鹿だった。半分嘘、半分本気みたいな言い方に語尾を強めて呼ぶとチラリと見えた揶揄いの目とぶつかり、今度は晴朗がウインクする。
 
「ここのお風呂が狭過ぎて一緒に入れないのが残念だったから、つい」
「狭い部屋に狭い風呂ですまんな」

 至極残念そうな、それでいて遠慮がちに安堵した顔。まあ気持ちは分かるがと俺はベランダのほうを見た。何故ベランダかって? ――それは、そこに風呂が付いているからに他ならない。
 元々、この古いアパートには風呂が付いていなかった。俺はそれでも良かったんだけど、大家のじーちゃんは若いのに不便だとか何とか言いだして、そっから火が付いたのか息巻いて魔改造を施し、結果一応『風呂がある』と言えるようになった。
 
 古い団地で偶にある、所謂バスオールみたいな簡易風呂。それが部屋のベランダに取りつけられていたのであった。
 
 それにしても、初めて小さい風呂場を見た晴朗の顔と言ったら。いつも肯定してばかりなのに、珍しく困惑の表情を浮かべ引っ越しを勧めてきたのが脳裏に浮かんだ。
 
「あん時も、せーくん苦手そうにしてたな」
「いやあ、やっぱり僕には中々厳しいよ……よぞらくんはすごいね」
 
 晴朗は耐えられないのか、苦々しい笑みを俺に向けた。俺としては目隠し用の囲いはつけてあるし、冬に入るのが寒いくらいで不自由さも許容範囲だ。というより俺は風呂に興味がない。世界一どうでもよかった。そりゃあ入ったらいい気持ちになるけども。

「……ん? てか、なんでせーくんと一緒に入る話に」
「え?」
「は?」

 きょとんとしたせーくんに俺は真顔で短く訊き返す。いや、なんで俺がおかしな事言ったみたいな顔してんの。
 
「勿論、頭から足先まで洗うよ?」
「毎度思うけど、せーくんお節介を焼く相手、間違えてねえ?」
「やだなあ、僕がよぞらくんを間違えるわけないよ」

 間違える様な僕がいたらそれこそ、偽物だ。ぶれない晴朗は本物の顔をしていた。

「でもよぞらくんくらいだよ、学生時代より住む場所が劣悪になってるの」
「……住めば都なのー、てか大家のじーちゃん泣くからやめれ……特に寮の風呂と比べるのは」

 恋しくはないけど懐かしいあのデカい風呂と比較するのはいくら何でも分が悪すぎる。
 
 俺は細い息を吐いた。風呂に入るというのは本当に面倒くさい。入るまでも面倒くさいのに、出た後もしばらく怠さが続くのも厄介だ。

「でも風呂セックスは嫌いじゃないんだよな、これが」
 
 風呂場のむせ返る感じとか、後処理も楽で悪くないところとか。反響する音とか。
 
 清潔になるのは正しいし、不潔なのは俺も遠慮したいと思ってる。けど綺麗な気持ちになると、サッパリしたものに包まれると、何処か違和感がやってくる。汚いのは良くないのに、気になる。ああ白くなった。白くなっちゃったのよ、って。
 俺の底が透明で白だけを通して、通さないものは排水溝に吸い込まれていく。

 汚れは流れ切ると体から離れて何処へ行くんだろうか。――ああ、面倒くさい。気になるのさえ面倒くさくて。そして――。
 
 そう、晴朗に言うと「多分よぞらくんは考えすぎなんだと思うよ」と言われてしまった。
 
 その通りだ。これでは入りたくない言い訳を並べているだけにしか見えない。ん、正に立派なダメ男。どれだけ離れてもまた汚れる。だからせっせと剥がすために洗うのか。

 ――――あ。

「う……やっぱり止まらない……」

 ガクリと項垂れる。思考の離脱はこうも難しいのか。俺の心は惰性で揺らぐ。
 
「それはもう、よぞらくんだからしょうがないね――ほらほら、入りたくないと逃避する策を練るより、考えず入った方が早く済むんだから。入っておいで」

 俺のポンコツ具合を見て晴朗は俺の手を取った。それこそ時間が解決してくれるから、と。

「うーん、わるくないちょいす」
 
 それは、確かにそうだ。ぐにゃりと歪む喉元も過ぎれば何とやら。これに対する答えを幾つか考えて迷子になった俺とは違い、晴朗は既に正解へと導いていた。
 
 自分の中の俺がまたひどく、ぼんやりとしてきた。

「……くしゅっ」
「大丈夫?」
「う゛~……誰かが噂してんのかねえ」

 手の甲で鼻をさする。残念ながら俺は超健康だ。多分、おそらく、ほぼ確実に噂話をされているに違いない。晴朗も心配はしているが、その意味合いは俺と似たようなものだった。お互いに空気の抜けた笑いが零れる。
 
「今度は僕の部屋においでね」
 
 どちらにとっても安全牌で広がらない、足さずに引いた言葉。
 その言葉に俺は返事をせず手を握り返した。

 とりあえず、手を引かれている内に早く入ろう。
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