よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

12:親友或いは友人の言い分~side out~

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side out (サイド友人)
 
     ◇  ◇

「じゃ、虹緒せんせのとこ行ってくる」

 また時間みて合流しよう。そう告げ友人2人はよぞらの背を見送った。
 
 晴朗は名残惜しそうに逡巡していたが、気配が消えたのを受け入れると諦めた様に日野出の方を見る。よぞらが座っていた学生用の机へ手をつき、問い掛けるように首を傾げた。
 
「話はできたみたいだね?」
「…………おかげさまで」
 
 日野出はムッと口を一文字に結んで答える。――分かっているくせに、わざわざ聞くなんて。知っているが矢張り根性ひんまがってるな、コイツは。
 
「ツンツンしてるのに肝は小さいんだから」
「うるせぇ、気になんだからしょうがないだろ」

 言葉というのは、出してしまうと意味を持つ。日野出はただ単純にそれが怖かった。
 
「お前くらいだよ。何があっても、のほほんとしてられんのは」
「まさか、そんなことないよ」
「……どこが」

 迷い無い口ぶりについ胡乱げな目つきを向けるが、晴朗は食えない微笑みを返すだけだ。

「――本当だよ」

 そう零した一言は意外にも気遣う色を持っていて、日野出の眉がぴくりと動く。

「……そうかよ」

 嘘では無いのが分かると、躊躇いを誤魔化すように気まずげに頬杖をついた。
 日野出は机の上を片付けながら、よぞらが置いて行ったテキストを見やる。
 
「虹緒先生って、学園には居なかったよな」

 よぞらの気の知れた話し方を見ると、彼の言った通りバイト先での交流がそうさせているようだったが……日野出はどうにも過去のことが頭をちらついていた。よぞら自身、年下は勿論言うまでも無かったが、それに加えて年上からの愛されっぷりも凄かった。関わりの深い人物の記憶を呼び起こそうと頭を捻るが……やはり居ないはずだ。
 確認のため晴朗へも訊ねると、
 
「…………残念ながら僕は知らない期間が多いから。どうだろうね」

 手伝いもせず近くの机に腰掛けたまま、晴朗は答える。満面の笑みなのに何処か刺々しい雰囲気に日野出は眉を顰め眉間に皺を寄せた。

 ――まずい、この話題は晴朗にとってタブーなのを忘れていた。

「……僻むなよ」
 
 ぺっぺっと片手で迫力ある笑顔を追い払いながら、めんどくせえと心の内で愚痴をこぼす。
 見た目と違い、臍を曲げると非常に面倒なのだ、この男は。


    ◇  ◇
 
 
 自我が芽生えて感情豊かに、そして目に見えない物まで含めて視野が広がる期間に、一貫した学園の年数の違いは思いの他、明確に表れる。

 3年。それに対し、6年。
 
 この数字は彼らがゆゆ島よぞらと共に過ごした時間であり、――外部の晴朗より内部の日野出の方がよぞらとの付き合いが長いという事実であった。

 だからだろうか。よぞらと仲が良い晴朗はその足りない3年間を、嫌う。彼らがこうして出会ったのは誰の責任も無い、ただの偶然で。でも存在を知ってしまったら、それはもうしようがないことで。
 
 悲しみをぶつける術もない、宙ぶらりになったこの時間を彼は見過ごすことができなくなっていた。
 
 何も気にしない。なんて澄ました顔をして、よぞらと出会う前、あり得たかもしれないその感情に晴朗は1番執着しているのだ。
 
『もし仮に手に入れて、全てを得てしまったら……今度はそれ以上が欲しくなると思うんだ。それは僕もあまり望んでいない』

 ――結果的に持て余すくらいが良いんだと。

 いつだったか晴朗は淡々と、そう日野出に語っていた。

 

「良崎は? 虹緒とゆゆ島のことは知ってたのか?」
「――さっきのよぞらくんの話よりは。まあ簡単に、だけどね」
「あいつ、フラッと大学に遊びに来るとか……行動までプー太郎かよ」

 日野出から出た言葉に否定しないところをみると、晴朗も同じことを思っているのだろう。そして、だがそこが彼のいい所なのだと、満たされた水で泳ぐ魚の様な、流線を描いた笑みがそう語っていた。
 
 全く、ゆゆ島は年齢を重ねても一向に落ち着かないというか。ずっと記憶のままのような。
 昔から変わらないのは、あいつだけ。

 これを晴朗に話すとまた面倒な事になるので日野出は心の中だけで、そう呟き留めた。

「しっかし、あの堅物の虹緒先生がなあ……趣味嗜好の話はともかく、学生自体にこれっぽっちも興味無いって顔してっけど」

 大体、共通の趣味があるだけでもぐりのよぞらを研究室に誘うだろうか。些か軽薄な行動に日野出は疑問を浮かべるが、

「あれ? 日野出は知らない? あの先生、結構モテるんだよ」
「……ウソだろ……趣味ワッッル」
「ふふ、女の子は少し冷たくてワイルドな感じがいいらしいから」
「あんな素知らぬ、みたいな顔で女喰ってんのかよ……」
「まあまあ」
「っておい、……まさかゆゆ島まで……いやでも」
「その手の噂は聞いたことないけど……」
「………………おい、」
「……――よぞらくんだからね」

 長い沈黙の後に友人から良く聞くセリフ。
 
「………………マジかよ」

 決して否定できないのは流石、同じ穴のムジナといったところか。さぞ当たり前みたいな顔をする晴朗に日野出もつられるように納得してしまった。
 
「見た目(ガワ)だけでの判断は危険ってことかな」
「ん?」

 その晴朗の言葉に一瞬不意をつかれる。人畜無害そうな顔をして裏では……ってことか? 日野出はかみ砕くようにゆっくりと首をひねるとポキ、と首の骨が鳴った。

「………………いいのか、お前それブーメランだぞ」
「……あ、」

 そう言われ、自身の行いを振り返ったのか晴朗は綺麗な眉を僅か上げた後、あちゃあと思い出すように笑った。やはりこれも同じ穴のナントヤラだ。晴朗だって何もしていないことは無い。

「ふふ」
 
 肩を揺らす仕草さえ上品で優美だ。こんな王子然としている奴の中身があんなものだと誰が思うだろうか。
 
 ――口を開けば一言目にはよぞらくん。二言目には……あいも変わらず、――よぞらくん。

 日野出はギャップに耐え切れず、こめかみを押さえ眉間に皺を寄せるように目を閉じた。
 

 
 ――ゆゆ島は悪い奴じゃない。そう、日野出は思う。
 
 あいつはだらしないように見えてギブアンドテイク的な所があるのか義理堅いし、それでいて可愛いとこもあるというか、絶妙にくすぐる甘さがなんていうか……ブロンドと同じ色彩の瞳は正直なところ吸い込まれそうになるからあまり直視できない。そう、本人は無頓着だが、見目が良いのはまた厄介な問題だ。
 髪を下ろした普段のゆゆ島は、そこそこ身長がある割に年下と間違われることが多い。伏せ目がちに笑うのがクセなのか、あどけなさが危うさになる瞬間が本当に……――。

「――虹緒先生でもあの雰囲気で懐に入って甘えられたら、悪い気しないのかもね」

 日野出の思考がそこまで飛びそうになった時、晴朗の声がして彼は我に返った。笑いの名残で口元に手を当てたまま晴朗が言う。
 
「僕ならあんなにかわいい人、放っておけないな」
「……それは知らねぇけど。まあさっきの見たら、ありえなくは無い。っていうのがこええ」

 あの先生、一見冷たく見下すような態度をとっているようで視線が実に……――ああ。
 
 目で実際見た現実に、そしてそれが分かってしまう己に、日野出は深いため息をついた。
 晴朗は何か思うところありそうな顔で、

「ため息ついてるところ悪いけど」
「あ?」
「お前だって似たようなものだと思うよ。よぞらくんに、あ・ま・あ・ま。だって」
「あ、あま……? ……っなんだよソレ」
「つっけんどん……な癖に人一倍世話焼きな日野出くんのことだよ」
「…………」
「無言は肯定かな?」

 ――そうだけど、そうじゃない。
 そう言い返そうとして、ぐう、と日野出は黙り込んでしまった。
 
 実際、今日は講義に必要な教科書を用意して甲斐甲斐しく世話を焼いたり、居眠りの妨げにならないようにしたり――虹緒に睨まれても知らん顔でゆゆ島に肩を貸したり。
 1つ、また1つ浮かび上がる証拠に、釈然としないが晴朗の言う通りだと無言の肯定を示した。

「菊のほうがツンデレだと思っていたけど、日野出が上だったかな?」
「さっきから、かなかなかなかなっ……うっせーな」
「素直じゃ無いなあ。まあ、正直な日野出は気持ちが悪いけど」
「…………うるせ」

 返す声にハリがない。

「俺としては普通に接してるつもりだったけど、ゆゆ島の周りでマヒって普通以上に接してるっつーことだろ……わかっとるわ、んなこと」

 結局日野出も、あてられてしまった1人なのだ。

「……まあ僕にはかなわないけどね?」
「だから一々マウントをとるな!」

 鼻高々に笑う晴朗は心底楽しそうだ。吠える日野出をよそに、「それでもいいじゃない」とカラカラと軽い音を奏でる。

「無関心で無ければ何でもありだったりしない? 僕は、そう思うけど」

 晴朗は自然と不可解なことを言う。

「はぁ? じゃあ、なんだよ嫌いでもいいってことか?」
「いいよ。まあ……僕には厄介だけどね」

 晴朗はやはり回りくどい答えを口にした。
 
 日野出の不満げな顔をよそに、晴朗は流れるように時間を確認するとわずかに首を傾けた。彼の黒髪も同じように靡き、言葉の意図を隠すみたいに表情を覆う。日野出は友人の読み取れない感情と行動に目を細くするが、瞬きを置いていく程の速さで場面は切り替わった。

 にこり。いつもと同じ人当たりの良い笑みだけが佇んでいて、どう問おうが話の意味を教える気のない晴朗に、日野出は嫌そうな顔で髪をかきあげた。

「…………俺はお前が厄介だよ……あーもう良崎の考えなんか俺には一生わからねえ。ゆゆ島はあんなだし」

 ――あんな。

 波みたいかと思えば実は砂浜のような、消波させる役割とでも言うだろうか。交友関係だって狭い癖に、心を開いたら誰でも受け入れてしまうし。だからあんな、面倒くさい奴らと……俺なんかみたいな……――。
 
 ゆゆ島に関する答えなんて、日野出がたどり着く前から終着点など存在せず消え去りなにも分かりやしない。
 
「……巻き込むのだけはやめろよ」

 辟易して眉間に皺を作る日野出を見て、晴朗は珍しく「わかってる」と相槌を打った。

「さて、そろそろ行こうかな」
「は? お前次もあんだろが」
「――少しね、用事」

 ふふ、と短くあしらった後、晴朗はじゃあねと手を振り別れを告げる。
 返事の代わりに日野出は、しっしっと犬を追い払う様に雑に手を振れば、晴朗は教室を出て行った。

「無関心……ねぇ」

 誰も居ない教室に、行きつく先の分からない日野出の呟きは、消え。
 
「……ゆゆ島と、俺自身にも同情するわ」

 もう既に渦中だと知るのはいつになるだろうか。


    ◇  ◇
 

 親友である僕の独白、聞いてくれるかな。

 眠りから覚めて朝起きた時、時間は残酷だね。と常々思う。何故? と言われても何故だろうとなるのは、自分自身もう深く考えられなくなったからかもしれない。

 ――止められないから、嫌いだ。
 好きじゃないとは言わない。そこだけがハッキリしている。

 日野出と別れ1人歩く。たまに騒ぐ学生がいるような、普段から人通りの多い校舎だ。当然、自分の歩く姿は誰が見ても不自然には見えない。
 黄色い声が時折響く。けれども、それは僕を見ているようで、人は僕を見ていない。僕の存在を通して光を屈折させてイロをつけ、自分を投影しているだけなんだろう。なんでそう思うかって? だって僕もそう考えてしまうから。

 楽しく無いから笑えない、というが。僕としては無愛想より微笑んでいる方がいいと思う。笑顔は元々攻撃的なものからきていると言われているし、猫のあくびは眠いから出る訳じゃないみたいに、その行動が経験からの思い込みと必ずしも一致するわけではない。
 それに、笑顔だから楽しいと脳が錯覚するんだとか。確か何処かでそういった記事を読んだ気がした。……ん、違う、よぞらくんだったかな。
 

 ――いいのかなあ。
 そりゃ勿論! せーくんはすごいよ。
 ――面倒なだけだったとしてもよぞらくんはすごいっていってくれる?
 すごいすごい! せーくんといると生活の潤いが増すよ。
 ――ふふ、よぞらくんは変わってるね。
 ふ…………微笑みの貴公子……いいね。

 
 僕はひょんなことから話をしたのを思い出した。
 最後は微妙にズレた会話になったんだよなぁ、と記憶がそこまでたどり着くと、いつもより溜め気味に思い出し笑いをしてしまった。
 こういう話は誰にも話さない1人で楽しむのが好きなんだけどどうだろう? ――まあ、人それぞれだよね、ううん僕はそんな事思っていないよ。

 僕の目に映るよぞらくんは僕なんて気にしていない。ずっと、ずっとフラットで凪いでいる。
 棒や柱に話しかけているのでなく、僕と話しているのに。彼から重さを感じない。水を含んだ空気みたいに僅かに、気配はあるのに。
 それってジメッてるってこと? と、よぞらくんの拗ねた声が聞こえてきそうだけどそうじゃない。そうじゃなくて。

 はあ……こうやって焦らされて、僕だけ踊らされる。まあいいや、よぞらくんがいれば、いい。
 
 通りすがりの茶髪の女性と目が合う。僕は手を振り、隣の彼女にも人当たりのいい笑みを返す。当たり障りのない対応は受け手の想像が捗るのか、とても喜ばれる。嫌われて執念や憎悪を向けられるよりも楽だし、やっぱり物事が上手くいくから、笑うのは好きだな。
 
 話は変わるけど、僕の周りには見目秀麗な人が多いらしくそれも羨まれる。やっかむ輩の言葉を借りると勝ち組、というやつらしい。確かに日野出はさっぱりした兄貴分的な性格だし、菊やその他にも――。

 色々思い浮かべていると、あのベビーフェイスが恋しくなった。
 顔が好きなだけでここまでの関係を築いているわけではないけれど、僕も笑えるくらいに単純だったようで、外見にときめいたりもする。中身が全てだなんて綺麗事はいえないただの男だ。まったく……よぞらくんの顔や仕草や表情全てがかわいい。
 
 かわいい、とは便利な言葉だ。女性的な意味合いでは無く、感情として溢れ出るものを僕の場合は指している。砂糖を舐めたら甘いと感じるような。
 チョコレートみたいに加工された女の子や、アラザンや着色料たっぷりのデコレーションケーキを腹に抱えた男子。いろんなかわいいがあるでしょう?
 
 よぞらくんを舐めるとたまに甘い。もしかしたら彼は髪色と同じでハチミツでできているのかもと、乙女がちな思考に囚われることもあった。想像すると甘い唾液がたまる。ああ飲み込むのが惜しいな。

 空調が効いています。そう知らせるようにゴーゴー鳴き叫ぶ声に思考が遮られ、喉がこくりと鳴った。ああ飲み込んでしまった。

 歩きながら、黒い手帳を開く。開き、閉じる。

 最低限消費される時間というのは、残念ながら現実に存在する。どれだけ早く成し遂げようとも0にすることができず、省くことは出来ないんだ。
 出来れば見たいものだけを目に入れていたいし、キスだってセックスだって疲れるまでしたい。でもその面倒を省くとより面倒で、求めるものが少しずつ無くなっていってしまう。それに、サボッているようでみっともない。だから最善をいつも探っているんだ。
 それがみっともない? うん? みっとないみっともない……そうだ、みっともなかったかもね。

 手帳を閉じて蓋をする。

 大学附属の図書館は中々に充実している。
 こうして脳内で話している意識とは逆に、馴染みの場所に体が反応し、無意識に受付へ会釈し、フロアに足を進めていた。

 足音が響かないように敷かれた防音マットのお陰か、ページをめくる静かな紙の囁きだけが聞こえ、本の劣化を防ぐため照明は最小限でほの暗い。でも天井が高いから閉塞感は薄くて、この図書館を気に入っているとよぞらくんが言っていた。

 設置されたPCに座り、徐に思いつく幾つかのキーワードを検索にかける。分類が異なるが確率は二分の一だなと頭に叩き込んで一旦離れ、書架を眺めに行く。そうして幾許か時間が過ぎ。
 僕は本を読むことなく静かに背表紙を指でなぞる。

 93……1、レ。

 望んだものは見つかるだろうか。そうやって僕はいつも探している。
 
 

 
    ◇  ◇

 
 

 一応友人のつもりだけど。俺の愚痴っていい?

 言うこと言ったらさっさと居なくなる良崎(ややさき)を撫然と見送った後、俺は真面目に別の教室で講義を受けた。

 気づいたら誰もいないとか。

 終わっても席を立たず俺はドン、と頬杖をつく。
 大体、学びにきてるんなら勉強しろ良崎。んで、ゆゆ島はもぐりらしく講義を受けろ。
 自由といえば耳ざわり良く聞こえるが、アイツらは本当に自分勝手だ。どう思うよ? ……ったく。

 俺は良崎の事は別段心配していない。一緒に行動しているようで関係性としては非常に淡白だしな。
 なんせ、ゆゆ島を通じての知り合いだから。
 
 順番としてはあいつが先で――良崎が後。互いの優先順位も確認した訳じゃないが、どうせ同じだろ。

 まあ、良崎の事はどうでもいいんだ。それよりあいつ、ゆゆ島だ。
 普段から連絡を取らないのは俺も悪いと思ってるが、面倒くさがりなあの野郎は必要な時にこっちが訊いても一向に返事がない。サイズが小さいっつーのは持ち運びやすいからっていうの分かってんのか。ゆゆ島が電話を出た回数なんて片手で足りる。

 ――もう電話なんかしてやんねえ。

 そう決断し、手で弄るのを止めてそれを仕舞った。
 
 存在感はバリバリな癖に本人はふらふらしていて捕まえられないなんて夢でもみてるのかと偶に思う。知ってる。実際は現実なんだろ。

 気になるなら自分が捕まえればいいだろうって?
 
 でもダチでも普通触ることとか、あまりないだろう? ……少なくとも俺には無い。俺は良崎みたいにべたべた触りはしない。
 違わないだろうって? 違う、あの時は必然だったんだ。口でいうより俺が動く方が早いんだからいいだろ別に。

 今日だって。
 
 ゆゆ島の腕は俺の指が少し余るくらいで、俺よりも熱くて、――まるで死ぬ間際の発熱した事実上の死体みたいだと思ってしまった。

 あー……、死体っていうのはそんな、おどろおどろしいもんじゃない。親戚の、顔だって数回見たかそれくらいの知らない誰かの死に目に連れられて病院に行った時の話。最後の別れに挨拶を――とか医者に言われて触っただけだ。話半分で良く覚えてないが、脳がやられて完全に意識なし、無理やり生かしてるから熱は40度、装置を外せば心臓は止まる、そんな状態だったっけな。
 触って足が動いてもびっくりしないでくださいと言ったのは付き添いの看護師だった。人間の反射? とかそんな感じの事を説明していた。
 
 生かされている方は意識がないからってやりたい放題かよ。ってか俺は何でここに居るんだ? 生きてるのに何で来たくもない所にいるんだと悩んでる間に触ったんだ。生きてない大きな塊をな。
 ひどく熱くて浮腫んで硬くて、でもそれはまごう事なき人間だったから、驚いた。……それだけ。
 
 だから死んだなんて、今後は絶対に言うなよ。

 ゆゆ島が可愛くないのかって?
 可愛くない訳がないだろ。俺の方が先だったんだから。あいつの隣には俺がいたんだから。
 隣で笑ってバカやって、ケンカして。それで切れない関係が大事な訳ない。男だからこそ女には生まれない大切にしたい感情がある。
 
 近くにいると分かる吐息、近づく鼻筋。
 バーカ……と仕方がないと笑う自分の顔まで全部覚えてしまった。

 ……あーあーめんどくさい。俺を巻き込むな。

 ひどく目を惹くゆゆ島は男子校でも大層モテた。思春期で閉塞感のある箱の中。そんな奴らの頭の中はセックスセックスセックス。誰が可愛い、ヤれそうだ、付き合いたいだのそんなんばっかだ。
 妙な雰囲気にどいつもこいつもヤられてしまった。ほんと、狂ってる。
 
 狂ってる方が楽なんだって知ってる。

 狂ってる
 狂ってない!
 狂ってるってば
 狂ってないって言ってるだろ!
 おかしいなあ――
 
 先に見つけたとも、盗られたとも思っていない。ゆゆ島とは友人で、良崎とも友人だ。俺は、ずっとつかず離れず居ただけだ。要らぬところに突っ込んで暴発したらどうする?
 
 目の端で影が蠢く。
 頬に手を当て、顎を突き出しそのまま窓に目をやると、木がしなっていた。さっきからうるさかったのは吹き荒ぶ風だったか。
 雨に風に天気までせっかちだな。少しは落ち着けよ。

 ――惚れた腫れただ。関係ない。そう言ってるだろ。
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