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本編ー総受けエディションー
10:弟(と書いて兄のストーカーと騒ぐと読む)~side out~
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side out (サイド年下)
◇ ◇
「今日の内容はテストに出るかもしれないから覚えておけよ」
――以上。という声の後に終了を告げる鐘が鳴る。
帰りのHRはこの学園には無いため、すぐに各々が席を立つ。静寂から一転、授業の質問をする学生や教室を出る声で賑わい始めていた。
そんな人波を荒々しくかき分ける様に進む影が、1つ。
「――、」
時折かかる声を一切無視する形で、ゆゆ島暁(あきら)は目的地へと向かった。
ああ、思い出した。
――ひと目見た時は分からなかったことが。
――この間の夕暮れ。兄と一瞬に居たあの野郎。
「……」
暁は歯がゆいと言わんばかりに唇を噛みしめる。
帽子にサングラス。口元は見えているものの、顔を殆ど隠している姿は怪しいと言ってくれといわんばかりだ。見た瞬間その怪しげな風貌を不審に感じ足早に近づいたものの、さっさと逃げられ問い詰める機会を失ってしまった。
今度もし会って、よぞ兄の傍に寄ろうもんなら確実にシメる。そう思っていた。
――それと同時に。
あの時、何故か引っかかったのだ。
兄とああして親しく話す輩で、暁が顔の知らない奴など殆どいないはずなのに。
……知らぬ他人にはどうにも思えなかった。
だが、先程それが何であるのかに気づいた暁は真っ直ぐ答えに向かっていた。
◇ ◇
別棟の扉を開け、階段を駆け上がる。フロアを進みも1つ上へ。息を切らす事なく、目的の場所へと足を進めた。
ノックをせず、暁は荒々しく開け放つ。
何せ今は放課後だ。さらにここは常時人がほとんど居ない。そのためか響く開閉音はやけに耳についた。外の賑やかさも無くなった時間帯、静かなこの部屋にいるであろう人物は、一人。
「部屋に入るときは、ノックくらいするものだと習いませんでしたか……――ゆゆ島、風紀副委員長」
暁がその人物を見据えると、彼は雑音に眉を顰めていた。
「お生憎さま……、そういう礼儀は敬う相手にしかしないからな、夕(せき)生徒会長」
暁はそう言い放つと備え付けのソファに座る生徒会長の胸倉を掴む。険悪な雰囲気がとめどなく溢れるが暁は続けて言い放つ。
「あの時は分かんなかったけど、おめぇだろ、よぞ兄の近くにいた野郎は」
「……なんのことかな」
夕は人違いじゃないかと、暁の質問をはぐらかす。それが気に障ったのか暁は怒りに任せて彼を締め上げる。夕は突然の暴力にも冷静なままだ。表情1つ変えず腕を叩き力が弱まる気配が無いのを悟ると、一寸ため息をつき同じように力を込めて無理やり腕を外した。
ガンッ、と勢いをついた腕が備え付けの机に当たり、鈍い音を立てる。どちらも痛いはずだが声ひとつ上げずに互いを牽制するように見ていた。
「……今日は風紀の用事は予定していなかったはずですが、何の用件でしょう」
「しらばっくれても意味ないぜ……あの時そばにいたのはお前だろう、夕」
兄貴に関しては鼻が利くんだ。と暁は目の前を睨みつける。冗談のような軽い言葉も今この場では笑えそうにない。夕は黙り込んだままだ表情を変えず暁の方を向いたままだ。暁は視線を気にする事なく問い詰める。
「あんだけ顔隠されたら逆におかしいだろ」
「……」
「それに嫌でも目に入るその背格好。……ったく、気づかれたく無いんだったらそのクソでかい背を縮ませろ、クソ会長」
「……っ、……――。…………はぁ、本当に君はゆゆさんの弟か?」
口の悪い暁に夕は思わずそう返してしまう。それに対して、さも当たり前のように兄の名が呼ばれた暁は腹を立て苛立ちを隠せないまま吐き捨てた。
「軽々しくよぞ兄のこと呼ぶのやめてくんない? クッソムカつく」
「ゆゆさんは俺の先輩だ。君だけの人でも無いし見当違いも甚だしい」
「…………、は、まあイイケド。つーかさアンタまだコソコソつきまとって写真なんか撮ってんの? やめてくんない?」
「ゆゆ島くんに言われて辞めると思いますか」
「……やっぱあん時殴りゃあ良かった」
互いにああ言えばこう言う。そんな応酬が続く。
「ただでさえうぜえ奴多いのに。ほんっと……」
「…………しょうがなかったんです。俺はあの時、彼の前に出る気は無かったので。……………………だから、」
「だからあんな間抜けな格好してたって?」
「それに関しては言わないでくれ…………」
バレたくなかったんだと夕は項垂れるように額を抑えて俯く。魅力的な誘いに抗えなかったのだと、顔を上げないままそう静かに告げた。
「だっさ」
「なんとでも」
肯定するように肩をすくめる。これに関しては事実として認めるのか、暁の挑発もスルーだ。
「それにしても……」
こんな風に、バレるつもりの無かった彼を近づけさせる機会を作ったのは。
面倒なライバルを増やすような真似をした野郎は。
「…………ああそうか、あいつの仕業か」
兄貴め……。彼の口から零れたその言葉はどちらの兄を指すのか……少なくともこの場の2人には明白で。暁は、あかる兄のせいかよ……と悪態をつく。
「俺のよぞ兄なのに、あのクソ兄貴ほんと腹立つ」
「……残念だけど、ゆゆさんは君の兄であっても所有物では無いですよ。……それに――確かに長兄であるゆゆ島さんからの提案ですがこれはあくまで利害の一致、というだけで、」
そこでまた夕は言葉を切る。作られた不自然な間に暁と今まで合っていなかった夕の目線が合う。
「特に彼に従った訳ではありません」
全てはよぞらの為だ。そう夕は語る。
「あっそ」
「知ってもらって、いらぬ誤解を解くにはいい機会だったかもしれません」
「あんなかっこで?」
暁の視線が目の前の完璧な生徒会長の姿を上下する。これだけイケメンなら変装なんかしないほうがよぞ兄も警戒しないと思うが。
「…………、それは正体がバレたく無いというか…………、」
「?」
「……は、」
「……」
「…………………………――――恥ずかしい、から」
「…………………………ハァ?」
ええ……、ウソだろ何言ってんだ。予期せぬ言葉に変な声が出る。夕は一瞬暁の方をみるが耐えきれないのか直ぐに逸らした。
「……」
あの生徒会長が年上の男に対して恥ずかしいから顔を見られたく無い……、だって?
当の本人は至って真面目なのか顔を赤らめ隠すように両手で覆いかぶりを振る。
「だ、だって! ゆゆさんがあんなに近くに! ……っ、ハァー……俺もう死ぬかと思いました……いや1回死んだと思う、天使が迎えに……、ああ天使はゆゆさんだった……」
「………………」
「近くに行くとだめだ動悸が早くて、でもいい匂いがして吸い込んでたら言葉が出なかった……緊張しました」
「…………うわあ」
独り言のように早口で語る姿に暁はドン引きだ。
この学校のトップである夕 驟雨(せき しゅうう)は真面目で成績優秀、しかし見た目は堅苦しいどころか今風の美男子だ。若干長めの髪が頬にサラサラと靡き、目元の泣きぼくろがまた色男度をあげている。
――麗しの生徒会長さま。
そう呼ばれる彼は、普段は褒められる事はあっても貶される事はない、完璧に近い男だった。
だが、そんな男がこれほど壊れてしまうとは。
「知ってたけど、………………やっぱよぞ兄に対してキモすぎるわ、セキ」
他の役員が居なくて良かったなと暁は内心胸を撫で下ろす。暁自身、夕がよぞらに好意を抱いている事を知っていたためこの言動を見ても気持ち悪いとは思うがそれ以上動じることは無い。しかし、もし彼ら以外に誰か居ようものなら――今ごろこの場所は阿鼻叫喚だったはずだ。
夕を見ながら暁は当時の事を思い出す。
学園入学当初から風紀委員で活動していた自分と同じく、夕も生徒会補佐として早くも注目を浴びていて。自然と彼の話も暁の耳に入ってきていた。
数少ない1年同士ということで活動を共にすることも多く、互いに打ち解け所属はそれぞれ違うが仲は程々に良かった。
だが元はと言えばその時からおかしかったのだ。
――何故か兄の存在を知っていた事。
まあ正直なところ、それはある程度想像がつく。
兄たち明昼、そしてよぞらもここのOBだ。2人とも生徒会、風紀に所属していたし兄弟皆何かと目立つので風の噂で知る機会もあっただろう。
自慢のよぞ兄を褒められるのは暁としても悪い気はしない。妙に聞かれるなと不審に思うものの、彼とは良く兄弟の話をしていた。
だが、ある日見てしまったのだ。彼の生徒手帳に挟まれた写真を。
明らかに盗撮であろう、よぞ兄の写真を。
「お前ソレッ……何をしたかっ……わかってんのか!?」
すぐさま暁は問い詰めた。それは盗撮ではないか、と。
「……そうですが、何か」
「……――っ!」
ごく自然と返された夕があまりに普通で、暁は思わずカッとなり手が出そうになる。
「……んな、危ねぇ奴、よぞ兄に近づけると思ってんのか」
「俺は絶対に、あの人にそんなことするつもりはありません」
「……そんなハッタリ、俺が信じると思う?」
「ゆゆ島くんの同意はあった方が嬉しいですが、最悪信じて貰えなくても結構」
夕は淡々と答える。
「力ずくでも辞めさせる事もできるけど?」
「痛いのは嫌ですが俺も男なのでそれなりに相手しますよ。…………それに。あなたの一番上のお兄さん。彼にはバレていますし」
「うっわ、最悪……」
「お互い様、というやつですよ」
やることなす事すべてが強か過ぎて暁は辟易する。対する夕は微笑みを崩さないのがこれまた憎らしい。
「ある種の利害の一致です」
そこに馴れ合いはなく、それぞれの思惑で動くだけだと。
――そう、あの時も夕は言っていた。
なんとなく、なんとなくだが暁にもわかった気がした。過去につきまとってきた奴らと違い、兄が夕を泳がせてきた理由が。
「クッソ……どいつもこいつもやりたいようにやってんな」
「ゆゆ島くんも、与えられたポジションに胡座をかいてると、寝首をかかれますよ」
「ほざけ」
全く、よぞ兄には余計なシンパがザクザク湧いて出て骨が折れる。
◇ ◇
外が薄暗く星あかりに照らされる頃、未だに生徒会室には青白い光がチカチカと揺らめいでいた。
基本的に学園は寮制度であるが、強制されるのは1年のみだ。次年度からは自由なため自宅通学の2人は帰宅せずこの場で長居が出来ていたが、寮生ならばそろそろ晩御飯の時間のはずだ。
喉の渇きも出たでしょうから飲みものを、と夕は暁にホットコーヒーの入った紙コップを手渡す。
「どうしてこうなった」
何でコイツと仲良く茶をしばいているのだろうか。
「……ゆゆさんからは何か年下を虜にするフェロモンでも出ているんでしょうか」
夕は暁の呟きに答えることなく真面目な顔でよぞらの話をし続ける。
「いや、年下どころか、年齢性別関係ないから困ります……」
「……」
「あの人、自分はそんなことないなんて言ってますが何処がそんなっ、なんですかっ……! 可愛い……しかも髪型を変えたら格好良さが半端ないとか……! ……撮りたい」
「いや撮るなよ」
よぞ兄が穢れる。
「まーでもそれは分かるわ……。よぞ兄、兄貴と俺とのことでマヒしてんのか、やけに自尊心が低いっつーか。あれで自分は普通だと思ってるのが意味わからん」
よぞ兄のあの雰囲気にあてられたやつがどれほどいるだろうか。暁は降参とばかりにハングアップしたい気分だ。
なんだかんだで暁も兄の話が出来る体のいい理解者に口が止まらない。冒頭の剣呑さは何処へやら。和気藹々と会話を弾ませ年下たちの話は続く。
「そういやさ、夕は何でよぞ兄のことそんなに追っかけ始めたんだ?」
「何で……といわれても」
「だって俺らとよぞ兄学年離れてるし、直接的な繋がりもねえだろ」
暁と知り合った時には既に彼はよぞらを認知していた。その疑問を夕に投げかけると、
「そう、ですね……」
口元に手を当て、夕は暁の問いにポツリポツリとよぞらへの出会いを語り出した。
「最初は笑えるくらい単純なんです。――助けてもらって。俺も自分の見た目を自覚しているから自惚れていたんでしょうか。いつも騒がれるからこの時も、と思ったらそんなことは無くて。ゆゆさん、あまりにフランクだったから。……そこから気になったんです。雰囲気のある人だなって目で追っていたら気になってしょうがなくなって……」
――結局、ただの一目惚れなんです。
夕は己の過去を振り返り「恥ずかしいですよね」と苦々しく笑った。
当時男子校生のよぞらが用事で夕の通う校舎へ訪れた際、入ったばかりで道が分からず困っていた彼を助けた。――ただ、それだけだ。
だが、その何でもないようなシーンも一貫教育の、しかも男子校という独特の空気感でがらっと印象が変わる。多感な時期にはいささか刺激が強く、初めて目で見たものを親とする雛鳥のような、そんな刷り込みが彼の中で起こっていた。そうなると、後は自然に自分の中で存在が大きくなるばかりで。
「調べたらすぐにそれがゆゆ島よぞらさんって言う先輩だと分かって。……たまにすれ違ったり、見てるだけで本満足だったんです。あとは知っての通り。ゆゆ島くんに近づいたのもそのためです」
それは憧れではないか、と言われてしまえばそうなのかもしれない。
「付き纏ったりすんのはよくわかんねーけどな」
「生まれた時からずっと一緒に暮らしていた能天気なゆゆ島くんには分からないでしょうね」
「テメ喧嘩売ってんのか」
「まさか」
突然乏しめられた言葉にカッとなる暁に、そんなつもりはないと軽く頭を振る。
「たまたま、なんとなく、憧れ、興味本位……それでいいんです」
思った以上に、現実は偶然が重なり合って出来ている。
「今はそれが俺にとって優先順位1番なんです」
弧を描く笑顔は、年相応の子供っぽさと大人らしい強かさが覗いていた。
◇ ◇
実に清々しい笑顔を見せた後、夕は長居した生徒会室の戸締まりをするため、暁に退出するように促した。
帰り支度をしている暁の鞄から何か黒いものが落ちる。部屋から出る直前のため電気は既に消えていて書いてある文字は読めなかったが、カシャと聞こえた軽い音からディスクか何かが入ったパッケージの様だった。
「それなんですか?」
推測は出来るものの、断定は出来ない。拾い上げて落とした持ち主に手渡しながら答えを尋ねる。
「あ、これ?」
受け取った暁は長方形のソレを裏表に裏返し、夕へと視線を移した。
「お前ならわかるんじゃねえ?」
――よぞ兄がさ、これ渡してきたんだわ。
ニィ、と言葉に出そうなくらい悪い顔でそれを夕へと近づける。
「……これは、ゆゆさんの?」
「そ、よぞ兄の」
確かに夕は覚えがある。暁が手にしているのはよぞらが所持しているゲームの1つだ。
「ゆゆ島くんが持っている、と言うことは……、ゆゆさんが」
よぞらの趣味は勿論夕も熟知していた。そして、彼が弟に大してそれを隠していたことも。
それを今知らなかったであろう本人が持っているということは、隠し事はバレてしまったのだろう。
「あん時の必死さ、ほんっとかわいかった。エッチなのはダメー! って、それが俺に悪影響だからって……もう、なんなのあの生き物可愛すぎる」
よぞらの事を思い出したのか引き笑いのようにヒーヒー笑う暁に夕は眉だけを器用に顰めた。
「笑いすぎでは……あの人の優しさだと思いますが」
「だって俺がエロいこと考えるわけが無いって思ってんだぜ……いやいや頭でよぞ兄何回犯したと思ってんの俺のオカズよぞ兄だぜ」
「……そのセリフと顔を全校生徒とゆゆ島さんに見せてやりたいです」
「高校生の妄想力を舐めんな」
「それは確かに」
夕だって男の子だ。暁の主張に首肯する。
「知らない方が幸せ、と言うのはこの事なんでしょうね……」
普段は恐れられ、尊敬されている風紀副委員長が。彼らが目の前の男をみたら泣き叫ぶかも知れない。
痛む頭を押さえる夕をよそに、暁は大して気にしていないのかそれを一蹴する。
「知られようがどうだろうが、もうその必要ねえし」
「……くれぐれもゆゆさんの前では言葉を謹んでください、勿論他の生徒の前でも」
「はいはいよぞ兄さんの前では気をつける」
どこまでも兄贔屓だ。
おざなりにあしらいながら暁は手に持ったものを鞄へとしまった。
「仮にも風紀が、没収対象のものを持ち歩くのも感心しませんよ」
「……それ、お前が言う?」
夕も人のこと言えないだろう、と暁は思わず反論してしまう。
「しかし、よぞ兄がこんな趣味だったとは」
「あれ? ゆゆ島くんはこういうのはあまり……?」
「よくわかんねーッつうか、まあ正直今の今まで興味無かったしな。てかこれやりたくて家出たのかって方がショックだったわ…………俺、真剣に嫌われたのかと悩んだんだぜ」
再度思い出したのか悲しみが舞い戻ってきたかしなしなと項垂れる。別に言ってくれてもいいのにといじけた様に暁は言った。
「……そこにも兄の愛、みたいなものがあったんじゃ無いでしょうか無い方が俺は良いですけど」
「ま、よぞ兄俺大好きだからな」
「喧嘩売ってます……?」
「俺勝てる喧嘩しかしない主義なんで」
「そのドヤ顔殴り倒したいですね」
夕は口では冗談のように殴りたい等と言っているが、気を抜くと本当に実行されそうだ。ハイハイと暁は軽く流して話題を断ち切るように外へ出た。
「まあ、それについてはもうよぞ兄と和解したから」
「そうですか……残念です」
「なんとでも言えよ」
よぞ兄の言うことは絶対だし、俺の言うことも絶対、だから。
弟と兄だけの言葉。暁がよぞらを慕う理由。それを暁は心の内で繰り返す。
「――ったく、あんなにかわいいのに俺たち年下にはカッコよくてマジ困るわ」
「本当に」
帰路につく暗がりの空の下、ため息が2つ溢れる。
「あー……吸いたくなってきました」
「……おい」
突然の夕の呟き。暁が咎めるのも気にせず一本いいですか、と息をする様に懐から取り出した。ジジ……という着火音の後、口元がほのかに暖色で照らされる。
「あーあーこれ見たらよぞ兄なんて言うだろうな」
そう白けた目をしながらも、暁も拝借するように手が夕の方へと動く。火も分けてもらいそれぞれのタイミングで吸い始めた。
「あの人は、そこに興味は持たないんじゃないでしょうか」
「ん?」
「…………タバコ、慣れてるでしょうし」
「…………あー、」
わざわざそうして意識を向ける人物を思い出し、暁は苦虫を噛んだかのように顔を歪めた。
嗅覚というのは、視覚以上に無意識に記憶を蘇らせる。
同じ兄弟ながら、――やな野郎だ。
暁は燻らせた紫煙をそいつに吹きかけるようふっと吐きだした。
◇ ◇
「今日の内容はテストに出るかもしれないから覚えておけよ」
――以上。という声の後に終了を告げる鐘が鳴る。
帰りのHRはこの学園には無いため、すぐに各々が席を立つ。静寂から一転、授業の質問をする学生や教室を出る声で賑わい始めていた。
そんな人波を荒々しくかき分ける様に進む影が、1つ。
「――、」
時折かかる声を一切無視する形で、ゆゆ島暁(あきら)は目的地へと向かった。
ああ、思い出した。
――ひと目見た時は分からなかったことが。
――この間の夕暮れ。兄と一瞬に居たあの野郎。
「……」
暁は歯がゆいと言わんばかりに唇を噛みしめる。
帽子にサングラス。口元は見えているものの、顔を殆ど隠している姿は怪しいと言ってくれといわんばかりだ。見た瞬間その怪しげな風貌を不審に感じ足早に近づいたものの、さっさと逃げられ問い詰める機会を失ってしまった。
今度もし会って、よぞ兄の傍に寄ろうもんなら確実にシメる。そう思っていた。
――それと同時に。
あの時、何故か引っかかったのだ。
兄とああして親しく話す輩で、暁が顔の知らない奴など殆どいないはずなのに。
……知らぬ他人にはどうにも思えなかった。
だが、先程それが何であるのかに気づいた暁は真っ直ぐ答えに向かっていた。
◇ ◇
別棟の扉を開け、階段を駆け上がる。フロアを進みも1つ上へ。息を切らす事なく、目的の場所へと足を進めた。
ノックをせず、暁は荒々しく開け放つ。
何せ今は放課後だ。さらにここは常時人がほとんど居ない。そのためか響く開閉音はやけに耳についた。外の賑やかさも無くなった時間帯、静かなこの部屋にいるであろう人物は、一人。
「部屋に入るときは、ノックくらいするものだと習いませんでしたか……――ゆゆ島、風紀副委員長」
暁がその人物を見据えると、彼は雑音に眉を顰めていた。
「お生憎さま……、そういう礼儀は敬う相手にしかしないからな、夕(せき)生徒会長」
暁はそう言い放つと備え付けのソファに座る生徒会長の胸倉を掴む。険悪な雰囲気がとめどなく溢れるが暁は続けて言い放つ。
「あの時は分かんなかったけど、おめぇだろ、よぞ兄の近くにいた野郎は」
「……なんのことかな」
夕は人違いじゃないかと、暁の質問をはぐらかす。それが気に障ったのか暁は怒りに任せて彼を締め上げる。夕は突然の暴力にも冷静なままだ。表情1つ変えず腕を叩き力が弱まる気配が無いのを悟ると、一寸ため息をつき同じように力を込めて無理やり腕を外した。
ガンッ、と勢いをついた腕が備え付けの机に当たり、鈍い音を立てる。どちらも痛いはずだが声ひとつ上げずに互いを牽制するように見ていた。
「……今日は風紀の用事は予定していなかったはずですが、何の用件でしょう」
「しらばっくれても意味ないぜ……あの時そばにいたのはお前だろう、夕」
兄貴に関しては鼻が利くんだ。と暁は目の前を睨みつける。冗談のような軽い言葉も今この場では笑えそうにない。夕は黙り込んだままだ表情を変えず暁の方を向いたままだ。暁は視線を気にする事なく問い詰める。
「あんだけ顔隠されたら逆におかしいだろ」
「……」
「それに嫌でも目に入るその背格好。……ったく、気づかれたく無いんだったらそのクソでかい背を縮ませろ、クソ会長」
「……っ、……――。…………はぁ、本当に君はゆゆさんの弟か?」
口の悪い暁に夕は思わずそう返してしまう。それに対して、さも当たり前のように兄の名が呼ばれた暁は腹を立て苛立ちを隠せないまま吐き捨てた。
「軽々しくよぞ兄のこと呼ぶのやめてくんない? クッソムカつく」
「ゆゆさんは俺の先輩だ。君だけの人でも無いし見当違いも甚だしい」
「…………、は、まあイイケド。つーかさアンタまだコソコソつきまとって写真なんか撮ってんの? やめてくんない?」
「ゆゆ島くんに言われて辞めると思いますか」
「……やっぱあん時殴りゃあ良かった」
互いにああ言えばこう言う。そんな応酬が続く。
「ただでさえうぜえ奴多いのに。ほんっと……」
「…………しょうがなかったんです。俺はあの時、彼の前に出る気は無かったので。……………………だから、」
「だからあんな間抜けな格好してたって?」
「それに関しては言わないでくれ…………」
バレたくなかったんだと夕は項垂れるように額を抑えて俯く。魅力的な誘いに抗えなかったのだと、顔を上げないままそう静かに告げた。
「だっさ」
「なんとでも」
肯定するように肩をすくめる。これに関しては事実として認めるのか、暁の挑発もスルーだ。
「それにしても……」
こんな風に、バレるつもりの無かった彼を近づけさせる機会を作ったのは。
面倒なライバルを増やすような真似をした野郎は。
「…………ああそうか、あいつの仕業か」
兄貴め……。彼の口から零れたその言葉はどちらの兄を指すのか……少なくともこの場の2人には明白で。暁は、あかる兄のせいかよ……と悪態をつく。
「俺のよぞ兄なのに、あのクソ兄貴ほんと腹立つ」
「……残念だけど、ゆゆさんは君の兄であっても所有物では無いですよ。……それに――確かに長兄であるゆゆ島さんからの提案ですがこれはあくまで利害の一致、というだけで、」
そこでまた夕は言葉を切る。作られた不自然な間に暁と今まで合っていなかった夕の目線が合う。
「特に彼に従った訳ではありません」
全てはよぞらの為だ。そう夕は語る。
「あっそ」
「知ってもらって、いらぬ誤解を解くにはいい機会だったかもしれません」
「あんなかっこで?」
暁の視線が目の前の完璧な生徒会長の姿を上下する。これだけイケメンなら変装なんかしないほうがよぞ兄も警戒しないと思うが。
「…………、それは正体がバレたく無いというか…………、」
「?」
「……は、」
「……」
「…………………………――――恥ずかしい、から」
「…………………………ハァ?」
ええ……、ウソだろ何言ってんだ。予期せぬ言葉に変な声が出る。夕は一瞬暁の方をみるが耐えきれないのか直ぐに逸らした。
「……」
あの生徒会長が年上の男に対して恥ずかしいから顔を見られたく無い……、だって?
当の本人は至って真面目なのか顔を赤らめ隠すように両手で覆いかぶりを振る。
「だ、だって! ゆゆさんがあんなに近くに! ……っ、ハァー……俺もう死ぬかと思いました……いや1回死んだと思う、天使が迎えに……、ああ天使はゆゆさんだった……」
「………………」
「近くに行くとだめだ動悸が早くて、でもいい匂いがして吸い込んでたら言葉が出なかった……緊張しました」
「…………うわあ」
独り言のように早口で語る姿に暁はドン引きだ。
この学校のトップである夕 驟雨(せき しゅうう)は真面目で成績優秀、しかし見た目は堅苦しいどころか今風の美男子だ。若干長めの髪が頬にサラサラと靡き、目元の泣きぼくろがまた色男度をあげている。
――麗しの生徒会長さま。
そう呼ばれる彼は、普段は褒められる事はあっても貶される事はない、完璧に近い男だった。
だが、そんな男がこれほど壊れてしまうとは。
「知ってたけど、………………やっぱよぞ兄に対してキモすぎるわ、セキ」
他の役員が居なくて良かったなと暁は内心胸を撫で下ろす。暁自身、夕がよぞらに好意を抱いている事を知っていたためこの言動を見ても気持ち悪いとは思うがそれ以上動じることは無い。しかし、もし彼ら以外に誰か居ようものなら――今ごろこの場所は阿鼻叫喚だったはずだ。
夕を見ながら暁は当時の事を思い出す。
学園入学当初から風紀委員で活動していた自分と同じく、夕も生徒会補佐として早くも注目を浴びていて。自然と彼の話も暁の耳に入ってきていた。
数少ない1年同士ということで活動を共にすることも多く、互いに打ち解け所属はそれぞれ違うが仲は程々に良かった。
だが元はと言えばその時からおかしかったのだ。
――何故か兄の存在を知っていた事。
まあ正直なところ、それはある程度想像がつく。
兄たち明昼、そしてよぞらもここのOBだ。2人とも生徒会、風紀に所属していたし兄弟皆何かと目立つので風の噂で知る機会もあっただろう。
自慢のよぞ兄を褒められるのは暁としても悪い気はしない。妙に聞かれるなと不審に思うものの、彼とは良く兄弟の話をしていた。
だが、ある日見てしまったのだ。彼の生徒手帳に挟まれた写真を。
明らかに盗撮であろう、よぞ兄の写真を。
「お前ソレッ……何をしたかっ……わかってんのか!?」
すぐさま暁は問い詰めた。それは盗撮ではないか、と。
「……そうですが、何か」
「……――っ!」
ごく自然と返された夕があまりに普通で、暁は思わずカッとなり手が出そうになる。
「……んな、危ねぇ奴、よぞ兄に近づけると思ってんのか」
「俺は絶対に、あの人にそんなことするつもりはありません」
「……そんなハッタリ、俺が信じると思う?」
「ゆゆ島くんの同意はあった方が嬉しいですが、最悪信じて貰えなくても結構」
夕は淡々と答える。
「力ずくでも辞めさせる事もできるけど?」
「痛いのは嫌ですが俺も男なのでそれなりに相手しますよ。…………それに。あなたの一番上のお兄さん。彼にはバレていますし」
「うっわ、最悪……」
「お互い様、というやつですよ」
やることなす事すべてが強か過ぎて暁は辟易する。対する夕は微笑みを崩さないのがこれまた憎らしい。
「ある種の利害の一致です」
そこに馴れ合いはなく、それぞれの思惑で動くだけだと。
――そう、あの時も夕は言っていた。
なんとなく、なんとなくだが暁にもわかった気がした。過去につきまとってきた奴らと違い、兄が夕を泳がせてきた理由が。
「クッソ……どいつもこいつもやりたいようにやってんな」
「ゆゆ島くんも、与えられたポジションに胡座をかいてると、寝首をかかれますよ」
「ほざけ」
全く、よぞ兄には余計なシンパがザクザク湧いて出て骨が折れる。
◇ ◇
外が薄暗く星あかりに照らされる頃、未だに生徒会室には青白い光がチカチカと揺らめいでいた。
基本的に学園は寮制度であるが、強制されるのは1年のみだ。次年度からは自由なため自宅通学の2人は帰宅せずこの場で長居が出来ていたが、寮生ならばそろそろ晩御飯の時間のはずだ。
喉の渇きも出たでしょうから飲みものを、と夕は暁にホットコーヒーの入った紙コップを手渡す。
「どうしてこうなった」
何でコイツと仲良く茶をしばいているのだろうか。
「……ゆゆさんからは何か年下を虜にするフェロモンでも出ているんでしょうか」
夕は暁の呟きに答えることなく真面目な顔でよぞらの話をし続ける。
「いや、年下どころか、年齢性別関係ないから困ります……」
「……」
「あの人、自分はそんなことないなんて言ってますが何処がそんなっ、なんですかっ……! 可愛い……しかも髪型を変えたら格好良さが半端ないとか……! ……撮りたい」
「いや撮るなよ」
よぞ兄が穢れる。
「まーでもそれは分かるわ……。よぞ兄、兄貴と俺とのことでマヒしてんのか、やけに自尊心が低いっつーか。あれで自分は普通だと思ってるのが意味わからん」
よぞ兄のあの雰囲気にあてられたやつがどれほどいるだろうか。暁は降参とばかりにハングアップしたい気分だ。
なんだかんだで暁も兄の話が出来る体のいい理解者に口が止まらない。冒頭の剣呑さは何処へやら。和気藹々と会話を弾ませ年下たちの話は続く。
「そういやさ、夕は何でよぞ兄のことそんなに追っかけ始めたんだ?」
「何で……といわれても」
「だって俺らとよぞ兄学年離れてるし、直接的な繋がりもねえだろ」
暁と知り合った時には既に彼はよぞらを認知していた。その疑問を夕に投げかけると、
「そう、ですね……」
口元に手を当て、夕は暁の問いにポツリポツリとよぞらへの出会いを語り出した。
「最初は笑えるくらい単純なんです。――助けてもらって。俺も自分の見た目を自覚しているから自惚れていたんでしょうか。いつも騒がれるからこの時も、と思ったらそんなことは無くて。ゆゆさん、あまりにフランクだったから。……そこから気になったんです。雰囲気のある人だなって目で追っていたら気になってしょうがなくなって……」
――結局、ただの一目惚れなんです。
夕は己の過去を振り返り「恥ずかしいですよね」と苦々しく笑った。
当時男子校生のよぞらが用事で夕の通う校舎へ訪れた際、入ったばかりで道が分からず困っていた彼を助けた。――ただ、それだけだ。
だが、その何でもないようなシーンも一貫教育の、しかも男子校という独特の空気感でがらっと印象が変わる。多感な時期にはいささか刺激が強く、初めて目で見たものを親とする雛鳥のような、そんな刷り込みが彼の中で起こっていた。そうなると、後は自然に自分の中で存在が大きくなるばかりで。
「調べたらすぐにそれがゆゆ島よぞらさんって言う先輩だと分かって。……たまにすれ違ったり、見てるだけで本満足だったんです。あとは知っての通り。ゆゆ島くんに近づいたのもそのためです」
それは憧れではないか、と言われてしまえばそうなのかもしれない。
「付き纏ったりすんのはよくわかんねーけどな」
「生まれた時からずっと一緒に暮らしていた能天気なゆゆ島くんには分からないでしょうね」
「テメ喧嘩売ってんのか」
「まさか」
突然乏しめられた言葉にカッとなる暁に、そんなつもりはないと軽く頭を振る。
「たまたま、なんとなく、憧れ、興味本位……それでいいんです」
思った以上に、現実は偶然が重なり合って出来ている。
「今はそれが俺にとって優先順位1番なんです」
弧を描く笑顔は、年相応の子供っぽさと大人らしい強かさが覗いていた。
◇ ◇
実に清々しい笑顔を見せた後、夕は長居した生徒会室の戸締まりをするため、暁に退出するように促した。
帰り支度をしている暁の鞄から何か黒いものが落ちる。部屋から出る直前のため電気は既に消えていて書いてある文字は読めなかったが、カシャと聞こえた軽い音からディスクか何かが入ったパッケージの様だった。
「それなんですか?」
推測は出来るものの、断定は出来ない。拾い上げて落とした持ち主に手渡しながら答えを尋ねる。
「あ、これ?」
受け取った暁は長方形のソレを裏表に裏返し、夕へと視線を移した。
「お前ならわかるんじゃねえ?」
――よぞ兄がさ、これ渡してきたんだわ。
ニィ、と言葉に出そうなくらい悪い顔でそれを夕へと近づける。
「……これは、ゆゆさんの?」
「そ、よぞ兄の」
確かに夕は覚えがある。暁が手にしているのはよぞらが所持しているゲームの1つだ。
「ゆゆ島くんが持っている、と言うことは……、ゆゆさんが」
よぞらの趣味は勿論夕も熟知していた。そして、彼が弟に大してそれを隠していたことも。
それを今知らなかったであろう本人が持っているということは、隠し事はバレてしまったのだろう。
「あん時の必死さ、ほんっとかわいかった。エッチなのはダメー! って、それが俺に悪影響だからって……もう、なんなのあの生き物可愛すぎる」
よぞらの事を思い出したのか引き笑いのようにヒーヒー笑う暁に夕は眉だけを器用に顰めた。
「笑いすぎでは……あの人の優しさだと思いますが」
「だって俺がエロいこと考えるわけが無いって思ってんだぜ……いやいや頭でよぞ兄何回犯したと思ってんの俺のオカズよぞ兄だぜ」
「……そのセリフと顔を全校生徒とゆゆ島さんに見せてやりたいです」
「高校生の妄想力を舐めんな」
「それは確かに」
夕だって男の子だ。暁の主張に首肯する。
「知らない方が幸せ、と言うのはこの事なんでしょうね……」
普段は恐れられ、尊敬されている風紀副委員長が。彼らが目の前の男をみたら泣き叫ぶかも知れない。
痛む頭を押さえる夕をよそに、暁は大して気にしていないのかそれを一蹴する。
「知られようがどうだろうが、もうその必要ねえし」
「……くれぐれもゆゆさんの前では言葉を謹んでください、勿論他の生徒の前でも」
「はいはいよぞ兄さんの前では気をつける」
どこまでも兄贔屓だ。
おざなりにあしらいながら暁は手に持ったものを鞄へとしまった。
「仮にも風紀が、没収対象のものを持ち歩くのも感心しませんよ」
「……それ、お前が言う?」
夕も人のこと言えないだろう、と暁は思わず反論してしまう。
「しかし、よぞ兄がこんな趣味だったとは」
「あれ? ゆゆ島くんはこういうのはあまり……?」
「よくわかんねーッつうか、まあ正直今の今まで興味無かったしな。てかこれやりたくて家出たのかって方がショックだったわ…………俺、真剣に嫌われたのかと悩んだんだぜ」
再度思い出したのか悲しみが舞い戻ってきたかしなしなと項垂れる。別に言ってくれてもいいのにといじけた様に暁は言った。
「……そこにも兄の愛、みたいなものがあったんじゃ無いでしょうか無い方が俺は良いですけど」
「ま、よぞ兄俺大好きだからな」
「喧嘩売ってます……?」
「俺勝てる喧嘩しかしない主義なんで」
「そのドヤ顔殴り倒したいですね」
夕は口では冗談のように殴りたい等と言っているが、気を抜くと本当に実行されそうだ。ハイハイと暁は軽く流して話題を断ち切るように外へ出た。
「まあ、それについてはもうよぞ兄と和解したから」
「そうですか……残念です」
「なんとでも言えよ」
よぞ兄の言うことは絶対だし、俺の言うことも絶対、だから。
弟と兄だけの言葉。暁がよぞらを慕う理由。それを暁は心の内で繰り返す。
「――ったく、あんなにかわいいのに俺たち年下にはカッコよくてマジ困るわ」
「本当に」
帰路につく暗がりの空の下、ため息が2つ溢れる。
「あー……吸いたくなってきました」
「……おい」
突然の夕の呟き。暁が咎めるのも気にせず一本いいですか、と息をする様に懐から取り出した。ジジ……という着火音の後、口元がほのかに暖色で照らされる。
「あーあーこれ見たらよぞ兄なんて言うだろうな」
そう白けた目をしながらも、暁も拝借するように手が夕の方へと動く。火も分けてもらいそれぞれのタイミングで吸い始めた。
「あの人は、そこに興味は持たないんじゃないでしょうか」
「ん?」
「…………タバコ、慣れてるでしょうし」
「…………あー、」
わざわざそうして意識を向ける人物を思い出し、暁は苦虫を噛んだかのように顔を歪めた。
嗅覚というのは、視覚以上に無意識に記憶を蘇らせる。
同じ兄弟ながら、――やな野郎だ。
暁は燻らせた紫煙をそいつに吹きかけるようふっと吐きだした。
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