よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

07:ゆゆ島よぞらは聞けない親友の独り言

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「せーくん、どったの」
「きちゃった」

 待ちきれずに来てしまった、なんて小さく手を振って何処かの彼女みたいに微笑む晴朗。きちゃった、って……と俺は脱力感に肩にかかるエプロンがずれる。彼は気にせず相変わらず爽やかな笑みのままだった。

「よぞらくん電話しても繋がらないから忘れたのかなって」
「……ごめんちゃい」
「元気そうで何より」

 ――そういや電源落としたままだった。
 
 今日は早く上がるから、と晴朗に伝えたら僕も殆ど授業とってないから迎えに行くよと小気味よく返事が返ってきたのが今朝のことで。
 
 店の前で待ち合わせしていたのだが念のため来てくれたようだ。

「上がりの時間も近いし終わっていいぞ」
 
 俺たちのやりとりを聞いていたのか、店長が気を利かせてくれて俺は早めに上がることとなった。

 

 制服がわりのエプロンの紐を解く。タイムカードを押してフロアに戻ると3人で何か話していた。
 俺に気づいた晴朗が名前を呼ぶ。
 
「よぞらくん」
「よっす、お待たせ……何話してたの?」

 そう声をかけると俺以外の3人は互いに顔を見合わせ秘密にされてしまった。なんだコレ。

「…………まあいいですけど」
「拗ねた? でもここで拗ねてもみんなかわいいなあとしか思わないから拗ね損だよ」

 虎賀雨さんは綺麗な笑顔で意地の悪いことを言う。

「知ってますー、いーですべつにー店長お先に失礼しますー」
 
 どうせ聞いても教えてくれそうな人はいない。プイと晴朗を置いて1人で出口に向かう。「よぞらくん待って」と追いかけるような晴朗の声が聞こえる。だが明らかに笑い声だ。俺の耳には入っておりませんとスタスタ歩いていく。

 おう、と店長の了承の声、虎賀雨さんは謝りながら手を振っていた。

「よぞら君またね」

 少し体を傾けて小声でささやく彼の仕草が何だか可愛いし、似合ってるしでこれだから顔の良い男は得なんだと怒りながら口元が緩んでしまった。俺は浅くお辞儀をして外に出た。
 ああ、本当に、俺は面食いで困る。
 
 


 こうして俺たちが出た後――
 
「――よぞら君可愛いね」
「やらんぞ」
「梅野のモノじゃないでしょ」
 
 店長と虎賀雨が正面を向いたまま呟いていた。
 

     ◇  ◇   


 流石に1人乗るわけにはいかず、開くボタンを押して晴朗を待つ。それを知っているのかありがとう、と彼は2人分の傘を持って乗り込んだ。

「ごめん、忘れてたわ」
「僕が覚えていればいいから、問題ないよ」

 そうかなぁなんて思うも、静かに扉が閉まり下へと動き出すと独特の浮遊感がやってきて俺は自然に黙り込んだ。

 そういえば、さっき店長あいつきてるぞって教えてくれたけど、せーくんと面識あったっけな。どうなの? と問うと、彼は目尻に皺を寄せて目を細めた。

「前に何度も店のあたりをウロウロしてたらね、アンタみたいなキラキラしたのがいると客が入りづらいって怒られちゃって」
「理不尽な」

 どうやら彼はかなり目立っていたらしい。
 けれども店長の言うことも一理ある。こんな王子みたいなイケメンがエロいお店の前にいたら俺たち陰キャは目を焼かれてしまうわな。まあ、もう店の中に入ってたら我の城状態で目的を果たすしかないのだけだろうけど。
 それでいうと虎賀雨さんは遠慮なく店でたむろしていたがイケメンにも性格の差があるのか……いやどちらも客としては迷惑だな。俺は結論としてどちらも変わらないと深く頷いた。
 
「どうせ、よぞらくんの知り合いだろう? なら中で待ってろって」
「なる、だからさっきも」

 そういうこと、と晴朗は首を縦に振る。
 見た目的にも近いし、俺の知り合いだろうと店長は察したらしい。
 耐性はあるにしろ、ドギツイ空間で待たせてしまい申し訳ないと謝る。

「これは僕の我儘だし。それによぞらくんのエプロン姿も拝めるしね」
「……せーくんが通常運転で何より」

 相変わらず恥ずかしい男だ。



 
 歩き出してすぐ、どこに行く何食べるのやり取りをしたが結局俺の家に決定した。
 ただでさえ体力が無いのに今日は人と接しすぎて疲れたのが大きな理由だ。

「せんせい、よぞらくんメーターが空っぽです」

 先生と称した晴朗に俺は訴える。
 半引きこもりを舐めるな。人生マックス100フルスロットルなこのメーター、朝起きただけでなんと50減少するのだ。さらに人と喋りお仕事も頑張り……とうにゼロだ。

 生きてるだけで偉いって誰か言ってたのにそれ以上の働きをする自分偉すぎる。よって今日は店じまい。

「よぞらくんえらいえらい」
「せーくん、もっと褒めて……偉すぎエラスミスって言って」
「うーん、それはよく分からないな」
「……そんなせーくんも偉いね」

 脳内でせーくんをセルフヨシヨシする。現実では口で褒めた以外何もしていないのに晴朗は嬉しそうにしていた。
 
 俺は伸びをする。

「う゛ー、ん……」

 それにしても疲れた。

 歩く道のりは土の匂いが強い。殆ど雨は止み、アスファルトにミミズが蠢いている。最初は避けながら進んでいたが、段々とそれすら面倒になってきた。

「面倒だからって踏んづけるのは無しだよ」

 ……バレてら。彼より半歩後ろにいたのに何故分かったのだろう。
 
「まあ俺もあの生き物を踏む感触はゴメンだわ」

 晴朗の場合はミミズが可哀想なのではなく、俺の靴の裏が汚れるのを嫌っているらしいが。
 
 俺も別段、虫が嫌いなわけではないが何で雨が降るとこうもミ……いや、これ以上はやめておこう。段々と気持ち悪くなってきた。
 うっ、と気持ちを切り替えるように一歩ジャンプする。俺は追い越した晴朗の方を振り返った。


「俺明日は布団から出ないから」

 俺の突拍子の無い一言に、ああいつもの。と返事が返ってくる。そう、いつものだ。察しの良い晴朗には、明日は起こしに来ないで欲しいというのが伝わっただろう。
 
 ミミズが追い打ちになった俺は引きこもりを宣言した。
 


     ◇  ◇    
 

 
 いくら自堕落だといっても料理くらいはする、というか電話も人と話すのも極力避けたい俺は必然的にせざるを得なかったというか。出前するにも金はないし。総合的に自炊して家で食べるのが俺は好きだった。

 家に帰り、靴を脱ぐ晴朗の後ろ姿に続いて入る。男の一人暮らしだ。玄関も狭いので成人男性が二人もいればぎゅうぎゅうになる。密着ついでにわざと肘鉄をくらわしたら仕返しにお腹の肉をつままれた。

「よぞらくん」
「……」
「このつまみ加減は不健康の感じがします」
「…………」
「ゲームもいいけどきちんとご飯も食べるように」
「……はい」

 無駄に怒られてしまった。

 

 
 台所に立つ晴朗に是の答えを聞く前に袋麺をはい、と2つ渡す。
 
「ラーメン。作って」

 ついさっき叱られたばかりだがこれだけは譲れない。ズイと友人の胸に押し付けると呆れ顔が返ってきたが、「しょうがないなあよぞらくんは」と苦笑いのオーケーサインに変わるのも早かった。
 
「お湯沸かすね。卵はどうする?」

 俺はその声に冷蔵庫から卵を取り出してススス、とコンロの近くに置く。そして、晴朗の後ろから鍋を覗き込んだ。お湯が沸いたら麺を入れて、最後の仕上げに……考え始めたらよだれが出てきた。
 
「袋ラーメンに卵とか贅沢すぎる……」

 卵が転がらないように見守りながら思わず噛みしめる。ニヤける俺に晴朗もつられたのか、ふふと声を出して笑っていた。横から窺うと目線が重なった。前髪の隙間から覗く彼の黒い瞳の中には反射する照明の光がいくつか揺らいでいた。
 
「よぞらくんの幸せは安いなあ」

 からかう声色は思ったより優しくて照れ臭くなる。不自然にならないよう鍋の方へと視線を移した。
 
 水が沸騰するのをソワソワみていると俺の頭に手の感触がした。髪の毛が晴朗に触れたのだろうか。帰る途中で少し濡れてぐしゃぐしゃになったので、皮膚に当たると冷たく感じたのかもしれない。何も言わず、するすると撫でるように動くのをされるがままにしていた。

「僕はこの瞬間が幸せかな」

 手は止めずに晴朗は言う。なんだがセリフむずがゆいがなんだかしっくりくるのは彼だからか。
 
「せーくんも人のこと言えないじゃん」
「ふふ、それはどうかな」

 簡単かつお手軽。それは俺のことなのか、はたまた、彼のことなのか。

「あーあー、こんなにスーパーイケメンなのに俺なんかに袋麺作っちゃってぇ、まあ……いいのかなあと俺はたまに思います。はい。たまにだけど。こんな出来る男みんなほっとかないよ」
「――よぞらくんも?」
「うん?」
「よぞらくんも、僕のことを放って置けないくらいの良さを感じてくれてる?」
 
 俺は意外な反応にポカンとした後瞬きを1つ。
 晴朗からの問いかけは僅かな不安なのか、それとも揶揄う俺への当てつけなのか。正解はよくわからないが。
 
「俺だって、例外なく」
 
 俺はおちゃらけてウインクしてみる。
 時間は不可逆で止まることは出来ないけれど。どちらかというと、流れ切って早く終わって欲しい気持ちの方が強い俺だけど。
 
 こうした瞬間はいつも止まってくれたらいいのになあ、と思ってる。
 

「やっぱ卵を入れるのと入れないのでは完成度が違う」

 ずるずる啜る音と俺の声が重なる。
 
 栄誉バランス云々と晴朗の小言が入り、他にも簡単な野菜炒めやご飯などがローテーブルに並んでえらく豪勢になった。ラーメンが食べられればいいのに……と嘆いたが作ってもらった料理に文句は言わない主義だ。
 おいしいおいしいと俺は結局ペロリと平らげた。
 
 満足気に俺はお腹を撫でる。ああ血となり肉となるのか、なんて。

 そんな俺によぞらくん、と声がかかる。顔を上げると彼の厚い舌が口の端をれろ、と口元を舐め上げた。

「ついてたよ」
「……口で言え、口で」
 
 オマケとばかりに反対側にも、キスを落とされて離れていった。
 
 
 

 

 
 ――ぼそぼそと話声が聞こえる。
 
「…………ん、ああ」

 普通に寝てた。俺は首だけ動かすと晴朗が誰かと電話をしているようだと、ぼんやりする頭で気づく。
 ああ、これで起きたのか。

「……ちょっと待って、……――よぞらくん、起きたんだね」

 俺が目を覚ましたのに気づいたのか、晴朗がトトト、と軽い足音でこちらに寄ってきた。
 
「ゴメンいつの間にか寝てた……話し中なら気にしないで続けて」
「大丈夫、相手は日野出(ひので)だから」

 日野出ならいいのか? と思いつつ眠い頭では上手く考えられずふーんと返す。
 
「……日野出っち元気?」
「変わりないよ」
「そっかあ、じゃあ……いや、特に言うこと無いや。死んだとでも伝えといて」
「ふは、わかった」
 
 面白かったのか珍しく噴き出した晴朗は電話の相手へ向かって話し出した。
 頭に温かいものが触れる。トーンを抑えた声量がラジオみたいで心地よい。俺は眠いままに、ああ、これが眠たげな意識なのかなんて感慨に浸っていた。夢と現実の狭間はこういうものなのかな。

「よぞらくん?」

 通話が終わったのか、彼が俺を呼ぶが面倒なのでそれには答えなかった。
 
「日野出にね、よぞらくんは言うこと無いけど死んだって伝えたよ」

 おい、本当にそのまま伝えたのか。

「そしたら今度よぞらくんの顔みたら殴るってさ」

 面白そうに言うが俺は全く笑えない。なんてことしてくれたんだ。晴朗は俺が死ぬ気……というより、そんな気力などないというのを分かっているが、もう一人の友人には伝わらないだろう。冗談を判別できないなんてモテないぞ、全く。
 あーあ。生きてることは秘密にしとかないと痛い目にあうなコレ。
 
「頭でっかちめ……」
「菊(きく)だったら喜ぶだろうね」
「……ああ……菊ちゃん、菊ちゃん……俺のこと嫌いだもんね」
「笑えるくらいにね」
「…………」
「ふふ、それでね、日野出が電話で話したそうだったよ。……おかしいの、なんだかんだで心配性なんだから。――でも代わってあげなかったよ」
「…………せーくんは割といじわるだよな」
「よぞらくんの声聞かせるなんてもったいないからね」

 不憫な日野出を笑う晴朗に俺はアーメンと雑に十字を切る。
 晴朗と話して日野出をからかって、菊に嫌味を言われて。こういうやりとりを話していると、懐かしさがこみあげてくる。

「……高校時代、思い出す」

 既視感ってやつかな。と晴朗は眠たげな俺の言葉に付け加える。
 
「ソーネ……きしかん……高校の時はまだしも、今でもこうするとは思わなかったな……」

 仮に大学に進むにしても進路も違うだろう。何より俺はこういう性格だ。絶対疎遠になると思っていたが、晴朗はこうして昔と変わらずここにいた。
 
 俺がゆっくり話している最中も彼は髪を撫で続ける。そのまま一房耳に落ちる。それがくすぐったくて身をよじるとぴたりと指の動きが止まったが重い意識の中気づくことなく目を閉じたまましゃべり続けた。
 
「せーくんは、すごいな」
「…………どうして?」

 一拍おいて返事が返ってくる。
 
「ん、……変わらないことってすごいから、俺だったら、無理だ」
 
 同じであることを努力するのはきっと俺にはできないだろう。

「だから、すごい」

 かくん、と首が揺れる。うん、すごい。
 
「………………そっか」

 おやすみ、よぞらくん。と撫でる心地よさに抗えず俺はまた意識が重くなっていった。


 
 小さな寝息だけが晴朗の耳に聞こえる。

「僕もね、よぞらくんと過ごしたあの学校生活が本当に好きなんだ。――でも、それと同じくらい今これからのよぞらくんとの時間が欲しいって、そう思ってる。思っちゃったんだ」

 数年前と変わらない面影を見つめる晴朗。少し癖のあるブロンドに指を絡ませては優しくほどく。

「自分のいない過去はね、振り返ることはできるけど手に入らないんだ。よぞらくんに出会ってそれがとれだけ悔しいか、よぞらくんは知ってる? 僕は知ってさ、なんて自分は単純なガキなんだなって笑ったよ……ほんと、よぞらくんが言うほど出来る男じゃないんだよ、…………だって、」

 出会えた奇跡より出会えていなかった当たり前の事実を悔いている。

「兄弟だったら、従兄弟だったら、……幼馴染だったら。そうだったら良かったのになってずっと羨ましがってる。……おかしい話だ」
 
 たらればの話を永遠と繰り返している。
 
 大きな独り言をやめ、意識なく投げ出された手のひらをそっと開き指を絡ませる。眠っているが反射で一瞬ピクリと動くそれはすぐにくたりと力を無くす。
 晴朗と比較すると肌の白さがわかる。高めの体温が伝わってきて、それを逃さないようきゅっと指の間を握り込んだ。

「そう言う意味では変わらないよ。」

 これからは自分次第で手にすることができるから。

 愛だの、恋だの。そんな言葉では語れないくらいにこじれて解りにくくなってしまったが、至極簡単。つまりはそういうことだ。
 
 晴朗は絡めていた指を離すと、顔を近づけ少し隙間のあいた唇に柔らかく重ねるように口づけた。
 
 
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