よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

06:ゆゆ島よぞらは虎賀雨さんにめっぽう弱い

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 [あまりの兄さんからの連絡に俺(お兄ちゃん)がゲシュタルト崩壊します]
 
 に、い、さん、へ……俺は覚束ない手つきでポチポチ、と仕事中にメッセージを入力する。
 
 弟に会った事をどう知ったのか、あれから長兄の連絡ラッシュが止まらなかった。お陰でロッカーがうるさいと店長に叱られデコピン一発お見舞いされたのが痛い。
 俺自身、人とのコミュニケーションを積極的にとらないし、電源が落ちようが全く困らないのでいっかーと放って置いたのがいけなかったのか。額をさする俺に適当に返事を返せとの店長命令が下った。
 兄さんは猪突猛進というか、人の話を聞かないというか。……良い人なんだけどな。
 意味はあまりなさないけど上司の命令には従わなければならないのでひとまず返信することにした。

 怒涛のメッセージと着信で充電が無くなるのでそろそろ勘弁……あーッ、と。
 手元でアクシデントを装う。

「よし」
 
 ああ、近いうちに……来るだろうな。

 俺はすぐやってくるであろう未来に目を逸らしながら、役目を終えた画面をポケットに入れたのであった。

 
 
     ◇  ◇  



 平日の昼下がり。今日も水滴が窓を濡らしているが店内は雨宿りする様な輩も居らず相変わらずガランとしている。一応傘が無い客の為、入口に置き傘を何本か用意しているが、場所は三階だ。それはまあ、わざわざ利用する人も少ないだろう。

 パタパタとピンクの埃取りを片手に棚整理へと勤しむ。この曜日は名護月と他にいるスタッフも入っていないし俺も早上がりだ。基本的にエロゲの新作は金曜の発売に集中しているので忙しいのは発売当日と土日が多い。つまりそれ以外はまったりしているという訳で。今も例に漏れずのんびり1人店番をしていた。

「ここのお店は売上という概念があるのだろうか」

 はた、と思考が口に出る。
 
 雇ってもらっていてあれだがたまに心配する。ていうか、もしクビになったりしてしまったら再就職なんて気力絶対出ないぞ、俺。
 あ゛ー……なんて、魂が抜けるような声と共に俯く。
 
「……そーいや、店の事も知らないけど、店長の名前も知らねえなぁ」

 何て名前だっけ。店長呼びが定着しすぎて記憶の彼方に飛んで行ってしまい思い出せない。あーだ、こーだと考え始めるものの、今度はそれが止まらなくなってしまった。
 バカな考えが捗る時は暇な証拠だなんて誰に言われたっけな。俺は止めていた手を再開させて掃除に勤しんだ。


 
 
 棚の隙間から覗いても目が合うのは可愛いヒロインたちだけ。うん、可愛い。俺もにっこりする。
 掃除を続けながらつい微笑んだのは私的にお気に入りである、お菓子のブランドメーカーだった。
 その作品はほんわかした日常の暖かさが描かれた癒し系の恋愛ADVで、個別シナリオのボリュームが少ない為、全体的な評判も後一歩及ばずほんわかなのが惜しいが俺個人としてはかなり推していた。
 
 ネタバレで大変申し訳ないのだが主人公の親友である彼、いや――彼女がこれまた惚れるほどにかっこいいのだ。マジネタバレで申し訳ないが男装の麗人とはまさに君だといわんばかりにかっこいい。大体ヒロインは全員愛でる派、そしてストーリーも重視する俺だが、見た目で惚れ込んでしまった。
 そう、他に無いくらいにこのキャラ1人にメロメロだったのだ。だってしょうがない、作中男として接する時の主人公の会話とか……ボーイッシュな女の子とはまた違う魅力が堪らなかったんだから。あ、これ俺の性癖歪んだ音がしたわ、って察したもん。ちなみにファンディスクもきっちりプレイして感謝の五体投地をしました。ありがとう、なんてどこかにある会社にお礼をして現実に戻る。
 
「……?」
 
 パッケージの上を埃取りでスススと横に移動していたら、何故だか下半身に違和感を感じた。

 ……おかしい、だってさっきフロアを見た時は俺1人だったじゃん。なのに、隣に誰か、いる。てか触ってる。
 思わず手に持っていた細い棒を両手でぎゅっと握りしめる。どうする俺……。
 
 左側から伸ばされた手の動きに耐えること、1分……と、少し。
 側から見るとなんとも無い様に見えるが、不自然に与えられるこの刺激。抵抗しないのを良いことにだんだん遠慮がなくなってきた。

 ――何で、店で痴漢にあっているのだろう。
 
 撫でまわされる感触と、それに対する恐怖が脳内の大半を占めて目がぐるぐる回る。
 
「そ、そこのおにーさーーん、……っ」
 
 息を詰め意を決してその人物を見る。若干震え声なのは聞かなかったことにして欲しい。せえいっ!びっくりするほどユートピア!

「……って、あれ」
「こんにちはよぞら君」

 にこにこ、さわさわ。
 バレたからと言って手を止めないのは彼らしいというか、何というか。

 今日も引き締まったいいお尻、と虎賀雨(とらがめ)さんは顔に似合わずセクハラ紛いのように手を蠢かせ、俺の尻を撫でまわしていた。



 
 
「びびび、びび、ったぁ……」
 
 虎賀雨(とらがめ)さんはここに通う常連さんの1人だ。俺が働く前からの馴染みらしく店長とも顔見知りでこうして気さくに話しかけてくれる。
 ただ、フレンドリーすぎるというかナチュラルに距離を詰めてくるというか……。それに毎度慣れない。忍者のごとし早業……。
 
「こちらこそごめんね。今日はよぞら君バイトの日だって思ったら、ビックリさせたくなっちゃったから」
「もう既にサプライズパーティーで俺の心臓破裂しそうデス……」

 彼はパッと手を離す。戸惑いの無い動きに本当にびっくりさせる以外、意図はなかったのだろう。
 
「俺の勘は当たったみたいだね」
「あー、よくわかりましたね、まあ店長と一緒ですけど」

 彼の顔を見てしまったら強く言い出せず、あははと濁すにとどめる。

 ――俺は虎賀雨さんにめっぽう弱い。いや、正しくは彼の外見に、弱いのだ。
 
 なんでかって? そんなの決まっている。それはもう……顔が、良い。それに尽きる。スラッとした程良い背丈にシンプルながらも似合う服装。何故この店にいるのか分からないくらい逆に浮いているくらいだ。
 ただ、イケメンというだけなら俺の周りにごまんといるし、普通はここまで反応しない。じゃあ何故かと言うと……俺はさっきまで掃除していた棚を見る。
 
 ――そう、虎賀雨さんは俺が先程熱く語った男装の麗人がそのまま現実に出てきたかの様な風貌だったからだ。

 視線だけ彼に向ける。……うーん、いつ見てもパーフェクトであまり直視していると地に足がつかない感覚に陥りそうだ。夢じゃ無いよなと確認のため自分の頬をきゅっとつねるが痛い。え、じゃあお尻撫でられたのも現実か……。
 
 初対面の時なんか、あまりにゲームのキャラに似すぎて「もしかして」と尋ねてしまったくらいだ。それに対して「中性的とは言われるけど、女性に間違われたことはあまりないな」と、不快な顔せず返してくれたが――ほんと当時の俺は大分失礼だったと思う。
 
 そんな趣味は無かったのに、何だか拗らせて興奮した童貞みたいになったのだ。恥ずかしすぎる……。


 で、恥ずかしいといえば……悶々と考えごとをしている最中も、現実では中々エゲツない会話が俺と虎賀雨さんの間で繰り広げられていた。
 彼は綺麗な顔して激しいのがお好きだ。陵辱寄りのダーク系や狂気な作風を好んでやっているらしく、この間なんか俺は知らずにノコノコついて行き見せられ語られた陵辱映像で痛い目にあったのは消せない記憶として新しい。俺の教訓に知ってる人にもついていっちゃいけませんも加えられた。
 
 お布団が友達な能天気ボンクラには刺激が強すぎた……物理的精神的にも痛いとか現実の辛さを思い出しちゃう。ああ。痛い。

「……痛いと言えば」

 お姉ちゃんとしちゃうゲームに張られた罠が痛かった。
 
「あ、あれね」
「……チンコに釘は予測不能でしょう……」
「ハーレムだと思っていたら痛い目にあったパターンだったか、よぞら君」

 楽しい姉ゲーだと思ったら痛くて泣くハメになるとは。……甘くみていた。痛みをオブラートに包めないとメソメソいじける。そんな俺を見ておにーさんが飴をあげようなんて言ってきたが、ブランド名に掛けた慰めは素直に貰うと負けたような気がして口をまっすぐ一文字にした。

 子供っぽい仕草が琴線に触れたのか、またちょっかいをかけられそうになり俺はそれを避ける。前々から思っていたけど、この人いじめっ子オーラが出てるよね。狭い店内にはひしめく棚だらけだ。俺は逃げられず早々に音を上げた。
 
「虎賀雨さんっ! イエスショタコン、ノータッチ!」
「よぞら君、ショタっていう歳じゃ無いでしょ」
「ぎゃあ」
 
 際どい所を触られてお尻に力が入る。

 確かにショタでは無いが、店長と仲が良いくらいだから虎賀雨さんは俺とは大分離れているはずだ。試しに居今より10歳くらい年齢を下げて考えてみて欲しい。
 虎賀雨さんが大学生で、俺が小学生。だとしたら軽く犯罪だ。

「ここ、揉むときゅってエクボみたいになるの、いいね」

 だがそんな話は関係ないとばかりに俺を揉みくちゃにする。
 
「っ……、あひひ……と、らがめさん、ひ、」
「やあ、楽しくてつい」
「ひいぃ顔が良すぎるっ」

 そろそろやめていただけないでしょうか……ああごめんね、なんて言いながら顔を近づけて来るとはこの人は自分を分かってる。俺は悲鳴を上げるしかなかった。

「ほんと好きだね」

 何が、なんて言わなくてもわかっている。逃げ腰の俺を捕まえるように手が移動し、腰をなぞる。脇腹を掠めたのにぴく、と反応してしまい恥ずかしくて顔まで血が駆け上った。ナチュラルなセクハラに耐える惨めな俺と楽しそうな虎賀雨さん。
 
「~~っ、虎賀雨さんっ」
「いやぁ若い子との戯れが楽しくて、ついつい」

 やりとりも二巡目に入ってる気がする。

「顔面が良く無いと許さない行為ですよ」
「じゃあ許してくれるの?」
「……許すわけないでしょうがあ!」

 人との距離が近いせいか触れていないのに肌がじわじわと変な感じがする。このおにーさん力も強いぞ。無気力ダメ人間の弱さは半端ないのか片手を退けるのがやっとだった。


     ◇  ◇  

 
「これが、例の?」
「そう、実はこのキャラ虎賀雨さんと似てて。で、俺めちゃくちゃ好きなんですよね……」

 そう言ってキャラ名を呼びつつ棚に面だしされたゲームに視線を向ける。

 俺の虎賀雨さんに対するあまりのゆるゆる加減に、何でそんなになっちゃうんだろうねと不思議がられた為こうして理由を説明していたのだ。
 
 確かめるため、彼もどれどれと覗き込む。
 
「言われたことないけど確かに似てるかも」
「そりゃエロゲのキャラを例えに言う人なんていませんよ」
「よぞら君以外はね」

 何も言えねえ。

「男装の女性か……この手のゲームでは少ないよね、こういうキャラ。むしろ女装の方が多いかも。ほら、主人公がする場合もあるし」

 ふむ、と虎賀雨さんは顎に手を当てる。俺もそれに賛同した。女装主人公のポテンシャルが高いのは事実だ。
 
「百合モノだとボイタチ寄りのポジションだし……カッコいいと可愛いの両立は男性向けだと難しいのかもですね。割と昔から女装とか男の娘の需要はありましたしそっちの方が売れやすいのあると言うか」
「チンコは強いね」

 男根! まごうことなき男根! というはしゃぐ虎賀雨さんは目隠れ鬼畜青年みたいなことをいう。
 
「……その顔で言われると泣きたくなる」

 俺の妖精がチンコではしゃいでいる。その現実にさめざめと泣いた。
 
「はは、よぞら君はそんなに好きなんだこの子」
「む、男装女子なら誰でも良い訳じゃないですよ、俺の場合はこ、の、キャラだから好きなんです」

 誤解しないでいただきたい。語尾を強めに主張する。
 
「そんなにかい? うーん、やってみたいけど、俺はどちらかと言うと日常系は苦手なんだよね」

 興味を惹かれたのかチラリとゲーム内容をみるも彼は残念そうな顔をする。苦手なものはしょうがない、と、俺は静かに頷く。

「虎賀雨さんは陵辱系ですもんね」
「そんなことないよ、面白いのも好きだよ」
「虎賀雨さんのはカテゴリ違い」

 サラッと言ってのける彼だが、面白いことの定義が一般大衆的なものと若干ずれているのを、俺は身をもってわかっていた。
 
 
 例えば、とある時彼は『今日は雨ですね』の様なノリで客船という密室の中繰り広げられる猟奇作品の話をし始める。
 
「主人公にフェラさせる男性キャラも中々いないよね」

 なんせ女はメス豚扱いだ。男相手に萎えないどころかビンビンなあのイベントを見るとある意味主人公が1番好きまであるなんて思考になる。
 
「あー……、俺男性向けのエロゲやってたよね? って一旦画面閉じちゃいましたよあれ。……でも、ゲイでも無くあそこまでさせて楽しそうな彼を見てると段々馴染んでくるというかすげえというか、いや、もう突っ切った欲望マジ凄まじい……」
「ほんと、彼は愛される人物になったなあ」
「……埋もれた怪作扱いなのが惜しい」

 陵辱、ダーク寄りの系統だがどこか狂う方向が違うのか別の意味で称賛されている感じだ。おかげで俺も苦手な割にどっぷりやりこめたが、本当にどこか惜しかった。
 人はというのは、バグみたいな致命的欠陥はさておき、なにかしら抜けてる部分があるから気になったり好きになるのかもしれない。完璧だと一度きりで満足してハイ終わりになりそうだ。
 
「よぞら君も愛されキャラだよね」
「……え、俺? あー……あはは、そっすね、バカな子ほど可愛いってやつなのかなとは思います」

 否定しかけたが、若干名当てはまる人物がいた、そういや。もしかすると、彼らも完璧故に俺みたいなのが丁度いいのだろう。そんな間延びした返事に虎賀雨さんはそっかと一言だけこぼすように返した。
 彼は目を閉じて何か思いついたかのように唇に弧を描く。
 
「俺もよぞら君気に入ってるし」
「へ、」
「よぞら君は俺のこと好きだよね?」

 ゆっくり瞬いた目と目が合う。
 
「……俺は2次元と3次元は混同しません」

 一瞬頷きかけたが、なんとか正気に戻る。言葉巧みな虎賀雨さんといると、そのうち壺とか売りつけられて流されるまま買っちゃうかもしれない。あわあわとした気持ちがバレないよう、そっと目を伏せる。

「俺は安くは無いんですー」
「残念」

 俺の言動に笑ったのだろうか。柔らかな声がまた一言、隣から聞こえた。
 残念と言ったもののさほど悲しんでいない虎賀雨さんとの会話にコトン、とドングリが落ちる音のように感情が湧いてくる。ああ、こういう時間好きだな。俺はやっぱりこの場にこうして2人で並んでいるのを無意識に選別しているのだと感じる。

 虎賀雨さんは横目で窓を見て、そして入口の自動ドアを見た。俺もつられてそちらに意識を向ける。

 窓はもう線を引いておらず、ビルの濡れた姿が目に入る。目的が中々果たされず手持ち無沙汰な入り口はポスターが貼られ、隙間からエレベーターの光が薄く点滅していた。それがなんだかいつもと違うように思えてしまった。
 
 もし、あのガラスがマジックミラーで、俺たちの姿が見えずに別のものが見えていたとしたら。
 俺はぼんやりと考える。
 
 外から見るのと、中からどう見られているかは案外違うものかもしれない。
 
 可能性を考えると何も映っていなかった、なんて事もあるかもしれない。
 
 謎かけのような自問自答の答えはどちらも自分で、ただ好きに終着点が無いだけだ。ほんの少しだけ日常とは違う外の時間の大切さを俺は好いていた。そうか。と心の中で頷く。

 ねぇ、虎賀雨さん。と俺は彼の方へ頭を傾けた。

「俺の好き、は安く無いけど……顔とか抜きで虎賀雨さんと話すのはスゲー好き、ですよ」

 シンプルにそう思う。

「…………」

 彼は虚をつかれたような顔でこちらを見つめる。驚いていても崩れない顔面は羨ましい。

「とりあえずは、お友達から」

 俺のちんけな返しに、虎賀雨さんは満足気に笑った。
 
「今日はいつもより早めに雨が上がりそうだ」

 帰りは傘を忘れないようにしないと、と彼は自分自身に言い聞かせ、そして俺にも気を付けるよう言った。
 
「はーい」
 
 俺は元気に返事をしていると。

「サボりとは良い度胸だなゆゆ島」

 気を抜いたところに硬いものが降ってきた。あだっ、と悲鳴を上げ振り返るとそこには奥から出てきたのか、バインダーを持った店長が佇んでいた。
 
「てぇんちょお……」

 突然の暴力に俺は涙目だ。
 
「サボりじゃないよ、ねぇよぞら君」
「ええもっと言ってやってください」
「よぞら君にたらし込まれてただけだから」
「いやしてませんがあっ!?」
 
 あははは。じゃあないが。

「年上を転がすのが上手いなあ……ねぇ、ちょっとおにーさんの方へおいで、お昼奢ってあげる」
「え」
「お前はお兄さんって歳じゃないだろうが、コラ。あと人のバイトを口説くなバイトはエサに釣られるな」

 お、奢り……! と、でかい釣り針に釣られそうな俺の後ろに店長がのそりと回り込む。何だろうと動けずにいたら、背後に手を回そうとした虎賀雨さんをばしっと殴っていた。
 
「いたたた」
「……虎賀雨」
「心外だなあ仲良くしたいだけだよ」
 
 他人の作るご飯が好きで、それがタダなら尚のこと良い俺はそちらに気を取られて腰に手が回されているのに気づかなかった。虎賀雨さんは何でも無い様にニコッと笑っているだけだった。ひえ。

「同じだろうが」

 変わらない虎賀雨のトーンに店長も呆れたのか慣れっこなのか。ったく、とため息をついたかと思うと俺の顔を軽く引き寄せ、そのままグイグイ頬を引っ張った。

「お前もされるがままになってんなよ」
「……ひゃい」
 
 肉を摘まれたままで口がうまく動かせずに答えると、気の抜けた返事をするな、もっと働けと理不尽な言葉がかかり、俺が何かを言う前に手が離れて頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。

 


 
 ボサボサにされた髪を直すの大変なんだからな。恨めしそうにジトリと俺は店長を睨みつける。といってもバレない程度に遠くからだが。
 
 しっかし、店長と虎賀雨さんの2人並ぶとなんだか空間違う店に思えてくるというかこんな顔面偏差値高い2人に並ばれたらエッチなゲーム買いづらくてたまらないな。俺が客ならビビッて帰るわ。
 
 店長もダンディーなイケメンだし虎賀雨さんも綺麗だし2人ともカルト的な信者がいそうなくらいだ。むしろなんで俺なんかに話しかけてくれるのだろう。あれ俺死亡フラグかな。

「よぞら君どうしたの死にそうな顔して」
「え……あ、あは~~……、」
 
 唸ってたら見てたのがバレてしまった。

「2人は昔からの知り合いなのかなぁって?」
「俺と、梅野?」
「そう虎賀雨さんと、梅野……さん?」

 知らない名前が出て俺は思わずおうむ返しする。すると店長からでかいため息が聞こえた。
 
「呆れた……、お前雇い主の名前も覚えてられないのか」
「え? ……ええ、えええ、ああああ!」
「……よぞら君……ふふ」
「いや、マジすんません店長の名前今思い出しました……」
 
 虎賀雨さんがツボに入ったのかフハフハ笑っている。それが癪に触ったのか店長が、「虎賀雨うるさい」と咎めていた。
 ……すみません今からはちゃんと忘れないようにします。

「でね、梅野とはね、――」
「虎賀雨とは単なる長い付き合いだ」
「もう俺が言う前に言わないでよ。まあそうなんだよ、よぞら君。所謂悪友って奴」
 
 付け加えるように虎賀雨さんが言う。
 ちなみに好みも似ててね、困ったもんだよ~。と、今度はケラケラ笑いだした。笑い方のレパートリーが地味に多い。それとは対照的に店長は半目になって面白がる友人を注意するように低い声を出す。

「いらんこと言うなよ虎賀雨」
「はいはい」

 短い了承の言葉を繰り返す声色は綿飴よりも軽い。この人確信犯だ。絶対やめる気ないのが俺でもわかった。
 


 2、3、虎賀雨の言う面白い話を聞いたり店長のツッコミを見ていたり。平日の昼間からエロゲ屋に入り浸るとか彼は何の仕事をしているのだろうと、俺は疑問に思ったがそんな深淵を覗くなんて行為はすべきでは無いなと即判断し、真面目に仕事をしようと2人の傍で接客や予約の処理をこなしていた。

 一息つくと、俺のことをみていたのか虎賀雨さんから声がかかる。
 
「……で、よぞら君」
「で?」

 俺? と自分を指さす。
 
「そう、君。俺はよぞら君とご飯に行きたいんだけど?」

 どうかな? と誘う虎賀雨さんに先ほどのセリフは冗談ではなかったのかと内心驚く。
 
 あー……と天井を見て俺は唸る。そしてさりげない誘いに感謝をのべながら、今日はダメなんで、すみませんまた今度なんてお決まりのパターンを返してしまった。人との会話不足で選択肢ミス、申し訳ない。
 
「そっか、残念」

 それに対して気に触ったでもなく彼は、またここに遊びにくるね、なんて友達の家に来るみたいに言う虎賀雨さん。店長は来るならなんか買えと文句を言っていた。なんだかんだ2人本当仲良いな。
 
 そんなやり取りを見ていたら「あれ、」と店長がぼそりと声を上げる。何か気になることがあったのだろうか。彼は俺に向かって顎をしゃくった。

「おい、あいつ来てるぞ」

 よくわからないままにに顔を向けると、そこには見知った姿が立っていた。
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