よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

05:弟(と書いてお兄ちゃん大好きと読む)~side暁~

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 sideゆゆ島暁(ゆゆしまあきら)
 
     ◇  ◇

 陽は暮れ、とうに暗くなった自分の部屋で、俺は小突かれた部分をそっとなぞる。兄とじゃれあった際の痛みはもう無いが触れているとその時の事を思い出すようで、俺は中々手を下ろせないでいた。
 
 久々のよぞ兄、かっこよかった。ああ、こんなことなら変な意地を張らずにさっさと会いに行けばよかったなと行いを悔いる。
 俺は子供なんだと痛感する。バカだバカだと散々兄を貶したが、本当にバカなのは俺の方だ。どれだけ体がでかくなろうとも、頭が良くなろうとも、よぞ兄には一生敵わない。

 俺たち兄弟は、ずっと一緒に暮らしてきた。唯一例外なのは、よぞ兄が高校を寮で生活していた間だが、この時は週末や長い休みには帰ってきて顔を合わせていたため待つ楽しみが存在していた。確実な約束があるから寂しさを紛らわせたのだ。
 彼が卒業してやっとまた一緒に暮らせる、そう思っていたのに。

 なのに、なぜ突然彼は家を出たのか。

 あの時のよぞ兄の困った顔が脳裏に浮かぶ。
 俺が何かしたのだろうか。よぞ兄、よぞ兄と後をひっついてまわりすぎたのだろうか。憎まれ口を叩く俺が鬱陶しかったのか。それとも。

 ――一番上の兄が、よぞ兄を唆したのか。

「兄貴だったらやりかねない」
 
 あいつはずるい奴だ。よぞ兄に近い分、俺には分からないことが、わかる。
 ああ心底羨ましい。どう足掻いても学生の俺には無理なことをあいつが出来るのが、憎いほど……。
 
 兄弟で張り合う気は、無い。譲るつもりも無いが勝ち目のない勝負はしない主義だ。
 あいつも俺も、よぞ兄を大切に想っている気持ちは同じだ。秘密の共有は仲間意識が芽生える、なんて言うかどうかは知らないけれど。
 ただ、彼を悲しませることは兄もしないし、させないだろうというのはハッキリとわかる。
 
 俺は、兄への嫉妬を省みた。そして何度考えてもしょうがないという結論にいきつく。
 だって、気づいた時にはよぞ兄が傍にいて微笑んでくれていたんだから。

 兄の隣に居たいと思うのは必然だ。

 
 
 ――暁は血が繋がった、よぞらの弟だ。
 
 しかし、よぞ兄は俺や長兄とは少しだけ異なるものがある。それは髪や目といった容姿の違いで、隔世遺伝だかなんだかでたまたま外国の、おそらく祖母の血を引いて生まれてきたらしい。その色味は存外目立ち、よく世間話のネタにされていた。

 兄は自分の見た目に頓着が無く、何を言われても飄々としていたが俺はそのことに関しては非常に敏感だった。からかう奴らも、兄に惹かれて寄ってくる奴らも、全て気に食わない。そんな奴らにつっかかり、学校からの呼び出しを食らう事も多かった。暴れた俺を長兄が叱り、よぞ兄が慰めるのが俺たち兄弟の日常だった。

「暁くんも毎度おバカだなあ」

 怒られた学校帰り。迎えに来たよぞ兄はそう言って俺の頭を撫でながら笑った。目を伏せて下向き加減に伏せて笑うのは彼の癖で、その仕草が大好きな俺は下から覗き込む様に黙ってみつめていた。

 兄と二人で歩くのは大概夕方だ。
 真っ赤な空の下で見る兄の髪は溶けるように美しかった。プラチナを彷彿とさせる淡い金髪は、暮れた色を反射して動く度にチカチカと光が拡散している。キラキラしていて、目で感じた色彩が喉に張り付く。一瞬息ができなくなって心臓がバクバクと音を上げる。
 その体験があまりに幻想的で、幼いころ兄は天使だと信じて疑わなかった。
 
 よぞ兄といるとどこかに消えてしまうのではないかと怖くなる。だってあんなにも……。
 あれこれいらない事を考え始め、頭がパンクする程不安が溢れてくる。そうすると何度も兄の姿を確認しないといても居られなくなり、俺は隣で歩く彼に向かって「よぞ兄」と呼びかける。必死な弟の姿に「お化けでも見た?」なんて揶揄われるが、俺にとって兄がいなくなるほうがお化けなんかよりも何倍も怖かった。

 そして、それを伝えると彼はいつも手をつないでくれた。


 
 
「……よぞ兄の手、俺より小さくなってた」

 正確には俺の手が大きくなったのだが、自分にとっては小さく感じた事の方が重要だ。十代の成長はすさまじい。数週間という短い期間でも体は大きくなっていく。
 ずっと見上げていた彼の身長をやっと追い越し、手を包み込むように握れるようになった。
 体格差が埋まったからといって何ができるものではないが、俺の漠然とした怖さはだいぶ小さくなり、反比例するように心の余裕がうまれていた。
 
 そう思っていたのに。全く、上手くいかない。

 
 よぞ兄は見た目や顔立ちもそうだが、中身だって自慢の兄だと胸を張って言えるくらい男前だ。普段の彼は緩くて、どうにもだらしなさが目立つ……所謂ダメ男に見られるが懐に誰でも入れてしまうし受け入れる。近しい人間には大層甘い。凪いだ水面に石を投げ入れるのをあっさり許すのだ、彼は。
 本人にとってはきっとどうでも良くて、どうなろうとも構わない。無気力な無意識に俺はわざわさ翻弄されにいってしまう。
 
 一度でも浴びてしまうと、もうよぞ兄の魅力からは戻ってこられないのだ。

 
 俺にはライバルが多すぎる。
 兄貴や、よぞ兄のダチに従兄、加えてストーカーまでいやがる。俺は大きなため息を1つ。

「ハア……もうずっとダメ人間のまま引きこもってたら誰も寄ってこないのに……いや、それだと、おせっかい野郎が嬉々として来やがるからだめだ……」
 
 ただでさえ好かれているのに、これ以上誑し込むのはやめて欲しい。非常に迷惑だ。

「……よぞ兄はかっこいいから、うかうかしていたら人攫いに……っ! ……ん、違うな。天使だから来るとしたら天界からの迎えになるのか……」
 
 俺は一人最悪の事態を想像し、思わず頭を振る。
 
 兄のバイトだってそうだ。俺はズボンのポケットに手を入れる。そしてよぞ兄から送られてきた画像を保存フォルダからスクロールして探し出すと手を止めた。この写真はついこないだ送られてきたうさ耳をつけたバイト先のものだ。

「かわいすぎる……」
 
 通知音と共に表示された時には目を疑った。まさかよぞ兄がこんな格好するとは。こんなにうさ耳が似合う兄がいていいのだろうか。否、いいはずがない。しょうもない自問自答が頭に浮かぶが、視線はよぞ兄から逸らせない。
 だって素朴な黒エプロンと黒いうさ耳がまた金髪にマッチしていてなんだか背徳感がすごいのだ。高校生には刺激が強い。画面をタップする際興奮しすぎて手から滑り落ち、液晶画面を割りそうになったのは内緒だ。

 そんなことを考えていると下の階からドアの開く音がした。兄貴がどうやら帰ってきたらしい。
 
 ……あんな恰好させる店なんて碌なものでは無い、と動揺するのは兄のバイト先のせいだと押し付けつつ画像をバックアップするために部屋のPCを立ち上げた。

 
 
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