よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

04:ゆゆ島よぞらと弟と仲直りの呪文

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「暁(あきら)……、って、え、どどどどどっ」
 
 ――ど、どうしちゃったのっ!?

「うあわああ暁あああああ!」
 
 俺は無人のエレベーターの中で叫ぶ。
 もしこの場に誰かいたら、よぞらの形相は悲惨だったと言うだろう。それくらい取り乱して驚きと悲しみの叫び声を上げていた。
 

 
 
 お疲れ様、の声と共に仕事場を出た俺は帰るためにエレベーター前で立ち止まる。
 
 バイト先の店は雑居ビルのテナントの三階に入っていて、基本的に移動手段はエレベーターだ。他にもいくつかテナントが入っているが、この時間はボタンを押せば比較的すぐにやってくる。俺は、いつものように降りるボタンを押し、仕事中震えていた画面を開いた。数秒でポンという音が鳴り、到着を知らせる。そのまま中へと乗り込んだ。
 
 自撮りを無差別に送るという悪ノリからの自暴自棄な行動は、結論から言うと大好評だった。
 晴朗からは感激の言葉と、あまりに可愛いのでしばらく色んな電子機器の壁紙に使用すると簡潔かつ熱い感情のこもった返信をいただいた。まさかこれほど喜ばれるとは……何だか申し訳ない気持ちと共に、この先うさ耳の俺が大衆監視に晒されるのかという恐怖でふるふると震えが止まらない。だがしかし、もう既に事は起こった後だ。俺にできることは潔く諦めることだけしかない。
 
 今度会った時せーくんの持ち物みるのやだなあ。

 俺のもう一人の友人である日野出は晴朗と一緒にいたのか「晴朗に送ってたのを先に見た。バカ」の一言だけ送ってきていた。おいおい一体何に対してのバカなんだ、ひどい。暴言に悲しみつつも日野出のこういう素っ気なさにほっとしてしまう。晴朗は何でも受け止めてくれる分俺のおふざけの歯止めが効かないことがよくあり、大変なことになる場合が多いのだ。ツッコミ不在の怖さよ。そういう瞬間に日野出の冷静さに触れると現実に戻ってこられるありがたさで泣いてしまいそうになる。あれだ、この感覚は無くしていた束の間の日常というやつ。

 その他にも兄やらなんやら、狙っていた反応が返ってきていたり、昔からのストーカーもどきからも何故か画像の要求がきていたり。……これはそっとスルーしておこう。

 そうして、サーッと流し見て返信をしている最中に冒頭の叫び声に至ったのであった。
 
 
     ◇  ◇
 
 
「あーきーらー、こっちきて。そう、そこ。そこにちょっと座りなさい」

 パシパシとソファーのシートを叩き、対面の席に座る様指示をする。
 
 俺はあれからすぐさまお兄ちゃん力(チカラ)を発揮し、暁を近くのファミレスへと呼び出していた。もしかすると会ってくれないかも、という不安は杞憂で意外にも彼は時間通りに待ち合わせ場所へとやってきた。
 
 弟、ゆゆ島暁(ゆゆしま あきら)は、学校帰りだったのか見慣れた制服で俺の前に立つ。
 
「……」
 
 ムスッとした表情でこちらを見つめる。ああ、俺の弟くんが不良様になっておられる……。男子高校生を目の前に俺は顔で怒って心で泣いていた。情緒が不安定すぎて我ながら気持ち悪い。
 
 百面相している俺に弟は怪訝な顔をしながらも言う通りに席につく。今の俺はどう見ても怪しい人になってるもんね。
 そりゃ警戒するわな、なんて思いつつもあれ、そういえば案外すんなり座ったなあ。意外だ。

「……何か用」

 すると、さっきまで怒ってたのに急きょんとした俺が気になったのか暁が様子を窺ってきた。
 
「あ、いや久しぶり。暁くん元気だった?」
「普通。てか別にココじゃなくても家で良かったんじゃねーの」

 暁の言葉に、あーね……と濁しながら俺はポリポリと頬を掻く。
 
「最初はそう思ってたんだけどさ……ほら、兄さんと鉢会うとさ、あれ……話ができないというか、こじれそうというか」
「……たしかによぞ兄帰ってきてたら兄貴は絶対話混ざってくる」

 そうだろうとも。
 自慢じゃないが俺のことを大好きな長兄だ。俺と暁が会っていたら混ざらないわけがない。
 暁もその光景が目に浮かぶのかどことなくゲンナリ気味になる。
 
「それに今日はお兄ちゃん、暁くんとだけ話したかったから」
「え、」
「……うん?」
 
 俺の発言に暁はひどく驚いた顔をする。そんなにびっくりすることだっただろうかと疑問に思うも、彼はすぐ我にかえり気まずそうに視線をそらした。もしかして興味なさげな素振りだったけど俺のこと心配してくれてるのかな……。何だかんだ言っても話に付き合ってくれる彼に思わず頬を緩ませてしまう。おっと、ああ、いけない、俺は怒っているんだった。そうだった、ときゅっと眉間に皺を寄せ、お兄ちゃんはね、と口を開く。

「お兄ちゃんは怒ってるんですよ、あーきーらーくん…………いったいどうしちゃったのよ、それ」

 それ、と弟の頭部を指さす。
 
「……染めた」
 
 ツンと言い返されたのはたった3文字。短い。短すぎる。
 
「…………いつ。何時何分何秒どーして!? ってあああんなに綺麗な黒髪だったのにい……」
 
 あまりにつれない返答に俺は思わず子供みたいな質問攻めになる。だってさあ……だんだんと泣きそうになってきたよ、目の前にちょい明るめの髪色だけがヤンチャしてる爽やかDKがいるんだよ?

 暁はどちらかというと男らしさが滲み出る顔立ちだ。短髪と染まった色が非常に似合っていてカッコいいし、明るい色がくどくなりすぎず爽やかにみえる。だが未成年でその色は不良にしかみえない。
 やっぱり何かの間違いかもしれないと、改めて目を向けるが事実だけが変わらずにあった。

「不良なんてお兄ちゃん許しませんからね」
「不良じゃねーし……」
「いいやこんなヤンチャは不良に決まってる! ヤンチャ! 不良! DK! うわあああん俺の黒髪が……!」
「……よぞ兄のじゃねーし」
「暁くんのものはお兄ちゃんのモノ!」
「よぞ兄のジャイアニズムめんどくセェ……」
 
 ビシリと指さした俺の人差し指をべしりとはじくと、暁はさっさとメニューを注文し始めた。成立しない会話ほど不毛なモノは無いということか。
 
 中断されたため。俺はひとまず休戦し、ちらりと注文画面を覗く。うわあビーフカレー、いいな。ここのはサラサラ系のルーで食べやすく、スパイスも効いていて非常にピリ辛で美味いのだ。後で一口もらおう。なんて考えつつ、俺も頼み終えて暁に向き直る。
 
 そして先程の勢いに戻る。だがしかし弟よ。とお兄ちゃんはさらに憤慨したのだった。
 
「もうやってしまったものはしょうがないとして。何があったの。っていうかどうせ染めるならお兄ちゃんが染めたかったよ……」
「おい染めたら不良じゃなかったのかよ」
 
 暁くん、言ってることが違うじゃねーかというツッコミは受け付けません。
 
「そうです、不良ですが何か! だって誰かがやるならお兄ちゃんがやりたかったの! お兄ちゃんが知らないところで暁くんが大人の階段登って行くのが辛い……」
「なんだこのダメな大人……」
 
 わーんと大げさに顔を両手で覆う。兄というのは弟の成長を見守りたい生き物なのだ。
 こーんなに小さかったのに、と俺は腕を伸ばし弟の顔の前で親指と人差し指がつかないくらいのギリギリひっつかないくらいに折り曲げる。これは恐らく母の胎内サイズの弟。
 
 その指を見て、暁は無言で上から押さえつけて潰した。ああ俺の暁くんが消滅した!
 
「……よぞ兄(にい)だって俺のいない所でアホみたいな画像撮って送ってきただろうが」
「あ、見てくれたんだ? でへへ」
「……仕事中にふざけてるあんたより俺の方がよっぽど普通だろ」
 
 暁はガキくさ、とそっぽを向く。
 
「そんなことありません。暁くんの行いのほうが重大で問題です」
「今時髪染めてる奴なんかごまんといるだろうが」
「ウッ……よ、よそはよそ! うちはうち!」

 青春禁止~! といわんばかりに何が何でも禁止! と自分の行いは棚に上げて暁を咎める。俺の島には不良の弟はいねぇ。
 
「明昼(あかる)兄さんは? 何も言わなかったの?」
「あいつは何もいわねーよ」
「こら、兄さんのことあいつ、なんて言っちゃいけません。メッ」
 
 兄弟でも敬うべき年上だ。俺は長兄への呼び方を咎める。
 
 まあ確かに以前暁の話をした時も兄は放置しておけと言っていたが……。
 なんというか、俺を挟んでの二人の関係は非常に淡白だ。仲は悪くないんだけど俺の知らない所で何かがありそうというか。
 しかし、あの兄が弟に対して何も言っていないとは……やっぱりいまいち腑に落ちない。
 
「兄さんが何も言わないなんてこと無いと思うんだけどなあ……」
 
 うーん、へんなの。

 考え込む俺が気に障るらしいのか暁はツンとしたままだ。兄さんの事もわからないが、弟の事もよくわからない。兄弟心が読めない俺はドリンクバーで入れてきた飲み物を行儀悪くストローでブクブクさせる。
 
「……なんだよ」
「なあんで、俺の前だとツンモードになっちゃうかね」

 暁くんは俺限定でデレが足りないツンデレだ。彼からしたら兄の突然の呼び出しの上にくだらないことでの説教などたまったもんじゃないだろうけど、お兄ちゃんなのに冷たくされるの悲しいよ……。言い訳がましくストローをガジガジ齧る。

「…………ら……」

 不貞腐れていると、不意に弟からボソリと声が聞こえる。
 
「暁くん?」
「……今更兄貴ぶってんじゃねーよ」
「あきらく、」
「……そんなに心配なんだったんなら……なんでよぞ兄……家出てっちゃったんだよ……っ!」

 感情を押し殺しながら静かに怒りを露わにする。

「なんでだよ……」

 あれだけ不機嫌だったのに今は頼りない弟の顔をしていた。

 そっか、そうだったのか。彼は、俺が家を出たのをずっと引きずっていたのか。
 
 俺はようやく弟の怒りの真相を知ることができた。

 ――のだが。
 
 
「それは……」

 
 それは、どうしても言えないー……。



 俺は冷や汗が止まらなかった。
 
 
     ◇  ◇

 
 ゆゆ島よぞらは一人暮らしだ。
 
 と言っても、今でこそバイトをしているが当時は絶賛ニートだった俺だ。よぞらだけでは到底部屋を借りたり家賃支払い等出来るはずもなく。どうしようと考えた末、長兄に条件付きで頼み込み彼に部屋を借りてもらうことができた。実家とそこまで離れている訳では無いし、仕事の関係でも無い。兄弟が嫌いというわけでも勿論ない。彼が疑問に思うのも無理はないだろう。だがそこまでしても、どうしても一人でいる環境が俺は欲しかったのだ。
 
 

 ――誰にも邪魔されずエロゲ三昧していたかったから。


 
 なんて、弟には、絶対に、言えない。
 
 いやまじで。今まで1つ屋根の下で暮らしていた兄弟だからこそ見られたくないものもある。誰が好き好んでエッチなゲームでシコッている姿を見られたいと思うだろう。答えは否だ。俺はこっそり一人で致したい。
 
 特に弟は未成年だ。プレイするのはきちんと大人になってからと、実家にいた時は見られないようそれはそれは厳重に宝物を保管していた。それに人がオナッている姿も俺は見たくない。
 ちなみに俺自身がキチンと年齢制限を守っていたかという問いは愚問だ。自分には甘いが他人には厳しい、それが信条だ。この言葉で全てを察して欲しい。
 
「………、………」
 
 そんな訳で、俺は弟の切なる思いに答えられずにいた。暁本当にごめん! 恥ずかしくて家を出た理由が言えない兄でごめん。沈黙したタイミングで来たカレーのスパイス並みにピリピリさせてごめん。

「俺が嫌だったの?」
「……ちがう。暁くんのことは大好きだよ。断じてそれが理由じゃないのは信じて、っあー……うん、都合が良すぎるのはわかってる。だから俺の事怒ってていいよ。うん。ほんとそれしか言えなくてごめん……」
「……よぞ兄ずりぃよ……」

 その通りでございます。塩をかけられたナメクジのように小さくなる俺。原因はお兄ちゃんだったもんな。暁は家出た俺に不満大爆発でグレちゃったもんな。
 
「……2週間」
「に?」
「よぞ兄が俺に連絡しなかった期間」

 2週間、確かにそうだけどまさかちゃんと数えていたとは。意外な事実に驚くとそんな俺の顔が癪に触ったのかギッと睨まれてしまいまた縮こまる。

「いやごめんて、……確かにそうだね。でも、それが」
「……まだわかんねえの」

 あ、今お兄ちゃんバカだって思っただしょ。
 
「暁くん……」
「……ズリい」
「ごめん」
 
 ずるい、ごめんと繰り返す。

「…………」
「…………あきらくん、」
 
 あ、ダメだ。弟のツンがデレに変わってきたのを感じる。俺の頬が緩みそうになってきた。

「…………」
「あきら」
 
 スペシャルヒントが分かりやすすぎて、お兄ちゃんもう、くらくらです。

 だって、かまって欲しいオーラがダダ漏れだもん。目を細めて赤らんだ顔を見る。彼に伝わるとまた拗ねかねないので、俺は鎮める為にぎゅっと頬の内側を一噛み。よし。
 
「こっちにおいで」
 
 俺は来た時みたいにソファーのシートを軽く叩いて座る様に誘う。甘えてくれる弟に勝るものなど無いのだ。
 
「…………よぞ兄」

 困ったなあと可愛い弟に苦笑する。残念な兄のどこを気に入ったのかはわからないが暁くんは俺が大好きなようだ。
 
 俺のしょうがないなあという仕草が悔しいのだろう。恨めしそうに見る彼に笑いながら、再度おいでと呼びかける。彼は不機嫌そうに立ち上がったと思ったら狭いから詰めて、なんて引っ付く様に俺の隣へと座った。常にシャイな少年だ。顔は相変わらずブー垂れているが素直な動きに兄心がくすぐられる。可愛さ余ってもうワクワクだ。愛い奴め。

「お兄ちゃんの言うことはー?」
「……絶対」
「弟の言うこともー?」
「……絶対」

 俺の問いかけに答える弟。

 
 
 ――これは俺たち兄弟の仲直りの合言葉、そして三人にしか使えない最強の魔法だ。



 唱えた魔法に、暁も観念したのか怒った様な態度をやめる。そして互いにごめんなさいをした。


      ◇  ◇
 

「俺、嫌だった。よぞ兄が出てったの」

 寂しかったんだ。と暁は言う。

「俺が寂しがってるのに都合のいい時だけ兄貴ヅラして、連絡だって――2週間」

 俺はその間何事もなく無事だとプラスに捉えていたが、弟は逆に心細かったという。二人の時間のズレは悲しみを怒りに変えるには十分だったようだ。笑えるほどに考え方の違いが極端ですごい。

「だったら言ってくれればよかったのに。暁から連絡くれれば俺だってすぐ返事したよ?」
「言える訳無いだろバカ兄貴俺の性格を考えろ」

 そうだった、暁は究極の口べただ。
 
「しかもあんなアホみたいな写真送ってきやがってクソ腹立つ」
「だから暁も髪染めたの?」
「……いや違う。やったのは、ちょい前だったから関係ねえ。それに、別に染めたとか元々言うつもりなかったし」
「なんだと」
「でも俺ばっかり苛ついてるって思ったらなんか悔しくなって、……」

 よぞ兄が何を嫌っているか知ってるのは俺だけだから。嫌がらせしてやったんだ。
 言っている内容はかわいくないのに、なんて可愛いんだ。隣にいる弟を見ながら俺は悶えた。
 


 非血縁のうまみより、血縁の深みの方が好きな俺はどうしようもない。おい、またエロゲの話を始めたとか引かないで。弟とのやり取りで近親相姦モノの良さを思い出したところだから。ちょっとだけ語らせて。
 
 繋がっているか、いないか。どちらかをとるなら、俺は迷わず血縁をとる。あ、ちなみに今話しているのはゲームの話ね。ゲームの。
 義理の良さも分かるが、あの終盤で兄だと思っていたのに実は血が繋がっていなかったから他人なんだやったぜ結婚しようエンドね。あれが大層納得いかない。
 いやもう兄妹のままでいいでしょうがあ! とお決まりのパターンに出会う度にちゃぶ台をひっくり返す。義理家族としての設定が、がっちり固められたシナリオならまだしも、余計などんでん返しは俺的に不要なのだ。逆に繋がっていないと思っていたら血縁だったというのもしかり。

 ハイパー妹にグレート姉、スペシャルママで一丁上がり。食後のデザートは従妹でイチャコラできれば皆ハッピーなんだよ。エロシーンがあればなおよし。
 


 ……あー感情移入しすぎてしまった。
 
 俺の少しおかしな行動に慣れているのか暁は、よぞ兄の妄想終わった? なんてベストタイミング聞いてきた。毎度放置ありがとうございます。

「そういやよぞ兄ドリンクバーだけだけど、はご飯食べなくていいの」
「あー……」
「ついでに晩飯食べたらいいのに」

 確かに暁の言う通りだ。
 
「あはは~実は……お兄ちゃん金欠で」
「…………」

 そんな残念な目で見ないで欲しい。だって欲しいエロゲがいっぱいあるんだしょうがないじゃないか。

「兄貴に言ったらいいのに」
「むむ、我は無駄な施しはうけぬ」
「……バッカじゃねえの」
「暁くん。言葉はねえ、刃なんだよ。正論の刃はお兄ちゃんの心が傷ついちゃうの。……まあ、兄さんには沢山借りがあるしね、今日はいいや」

 長兄の優しさはなかなかに厄介で変なベクトルで面倒なことになりやすい。いやはや年の差というのは怖いもので絶対に越えられない壁がある。つまり俺は兄には敵わないのだ。
 それに、甘やかされすぎると人間の形が保てなくなる可能性があるのがまた困ったもので。なのでそういうのはできるだけ無し、と心に決めている。タダより怖いものはない。
 
「ふーん……だからか」
「ん?」

 いや。なんでもないと暁は頭を振る。そして何故か移動して遠くなっていた皿を自分の方に引き寄せた。
 
「ほら」

 暁はスプーンをこちらへ向け、

「俺のあげる。あーん」

 ほら、口開けて。そう言いながらツンツンと唇をつついてきた。「えっ」等と抵抗する間もなく俺の口にカレーがつっこまれてしまう。

「……、ん」
 
 抗えない。うまい。
 
「は~んまいー……」

 俺は思わず崩れ落ちる。暁はしてやったりといわんばかりにほくそ笑む。
 
「やっぱ食べたかったんじゃん」
「ごめんなさい食べたいですせんせい」
 
 即降伏。プライド?そんなものはありません。一口食べたら余計お腹が空いてきた俺は運ばれてくるスプーンに抵抗することは無かった。何が楽しいのか暁は満足気に世話を焼いていた。……喜んでくれて兄ちゃん嬉しいよ。
 
 弟のカレーを強請る兄。中々に卑しい絵面である。俺があげられるものはこのガジガジストローくらいだが、交渉の材料どころか齧るなと叱られてしまうものだった。ぐぬぬ。

 
      ◇  ◇


「ほらほらーどいたどいた」

 そろそろ帰らないと暗くなってしまう。俺は隣に座っていた暁くんを立たせるためにバシリと背中を叩く。
 
「いって……元々はよぞ兄が呼んだんだろうが、ったく」
 
 渋々ながらも先程よりもご機嫌な暁は黙って叩かれたかと思うと立ち上がり際に振り返る。
 
「ほら、よぞ兄」

 俺にすっと手を差し出す。突然のことに目を白黒させていると彼の方から手を握り引き寄せた。
 
「あ、ありがと」

 いつの間にこんなスマートなことするようになったのだろう。一連の動作にあっけにとられ握られた手を凝視してしまった。
 何処かの半引きこもりのひょろい手と違い、暁くんの手は厚みが薄いながらも血管の筋が少し浮き出た、れっきとした男の手をしていた。

「俺より手ぇ、でかくなったねえ」

 なんだかしみじみしてしまう。じっくり眺めていると、どこのジーさんだよと暁にツッコミを入れられた。確かに孫の成長に驚く爺さん状態になってら。

「よぞ兄、そこばっかみてないで他も見てみ」

 バンザイといわんばかりに暁が掴んだ手を持ち上げた。同じように俺もつられるままに顔を上げる。あれれ。

「暁くんがデカくなってる……」

 座っていた時には気づかなかったが、彼は急成長していた。少し前までは俺の方が高かったはずなのに今では少し見上げる形になってしまう。ひええ、DKの成長半端ない。

「おいおいおい、背まで抜かれたらお兄ちゃん勝てる要素1つも無くない?」

 事実に震える俺に暁は苦笑する。
 
「これじゃあどっちが兄だかわかんねぇな」

 ウケる、なんて口元を抑えて笑い始める。兄の威厳があああ。
 
「笑い事じゃないよ暁くん……ただでさえ周りがデカい奴らばっかなのに……」

 よよよと泣き崩れる。俺もそこまで低くないはずなんだけどな。他の奴らがハイスペックなあまり何だか自分全部が劣っているように感じて病んでしまいそうだ。バカにする弟にせめてもの抵抗だと繋いでいた手をぺっ、と振りほどく。

「暁のお兄ちゃんは譲らないからな」

 そう言って、弟の柔らかな金髪をくしゃりとかきまぜこつんと小突いた。




 ――桜の樹の下には死体が埋まっている。
 
 有名な一節から奏でられる血縁の因果がテーマのあの作品をプレイしたことがある。桜が咲き、紅葉が彩り可憐に舞い踊る。そんな情景がピアノ中心で奏でられ、優しくも時に苦悩するシナリオが俺は好きだった。
 三人のヒロイン、その中でも幼いころから幼馴染である従妹との関係性をふと思いだす。離れて住む主人公に世話を焼く彼女がとても愛らしくこのルートを好むユーザーも当時多かった。俺も、もれなく大好きで初めにクリアしたくらいだ。
 色んなイベントがある中で特に印象深かったのは主人公の散髪を彼女自らがこなすワンシーン。
 ハサミがシャキシャキと髪を切る音。繰り返す「ずっと」という言葉。こちらこそよろしくね、と切り取られた日常の中、その一言は家族として空気のようにプレイヤーに触れる。彼女の無償の愛。

 
 
 ――それは俺が実の弟に思う気持ちにも似ていた。

 
 彼が染めた髪色は俺と同じ色だった。
 暁の綺麗な黒髪は見られなくなってしまったが、弟の意図を考えると残念よりも嬉しさが勝ってしまう。
 本当にこいつは仕方がなく、どうにもしようがないものだ。

 傍で照れる弟に、もう寂しくさせないよと指切りをするように心に誓うのであった。

 
 



 

「ところでよぞ兄はなんでうさみみつけてたんだ?」
「それはね、暁くん。かくかくしかじか」

 のっぴきならない事情があったのだと、身振り手振り説明したら。
 
「……なあよぞ兄、そのバイト怪しくねえ? いやぜったいやばい。別の仕事探して」
「大丈夫大丈夫! とっても健全! ――健全だからっ!」
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