よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

03:ゆゆ島よぞらと店長の話は長い

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 大学前で別れを告げた後、俺は一人バイト先へと向かっていた。

 いつも通ったあの道……そう、変わらないあの道に喧嘩した言葉も勲章だった最高幼馴染超最高……ツンデレ最高……。次にアレ、やりたいなあ。ゲームの歌を口ずさみながら思いをはせる。

「……オーロラを見るイベントシーンで曲が流れる演出が…………たまらんな……」

 はぁ、と思い出す度に出る鳥肌を見ては、一人でニヤニヤしてしまう。傍から見るととても気持ち悪いが俺は止まらない。ニヤついている本人は最高に楽しいのだ。
 このツンデレが売りの恋愛ゲームはコンセプトありきながらストーリーも非常に面白い。パロディとギャグで勢いをつけたOP前の共通ルートと個別エンディングでの感動フィナーレ。緩急の素晴らしさに元ネタ絡みの本気のキャスト陣、そして音楽が合わされば無敵と言わざるを得ない。
 
「何より主人公の親友が最高すぎるんだよなあ……」

 男性キャラが光るエロゲにハズレ無し。

 成人向けだからって女性キャラだけ魅力があれば良い訳ではない。特にシナリオ重視の作品は男性キャラも活躍することによって厚みと面白さが倍に増すのだ。ついつい攻略そっちのけで彼らとの友情を何度深めてきたことか……。やって分かるこの感じ。こういう所も俺は多いに好きだった。


 
 エイプリルフールの親友ルートを俺はいつまでも待っている――。


 
 俺は意味も無く願った。

 
    ◇  ◇
 

「ふんふーん……へいへいへいへいっ」

 ついでと言わんばかりにオープニング曲も口ずさんで歩く。

「あ~あ~あ~」
「いざしゅつじ~んっ!」
「っ!?」
 
 一人だと思って完全に油断していた俺は急に割り込んできた声に驚いて飛び上がる。口から魂でかけた……。歌詞のタイミングもぴったりなのが更に怖い。
 誰だと混乱で固まっている俺の首にすかさずヌッと腕が回される。急に重みの増した肩が痛い。誰だとそちらに視線を向ければ、雨で濡れているのかその腕は湿っていた。二人の触れた部分がじわじわとシミになっていくのがわかりげんなりした。驚かせた上に服まで濡らすとは何て奴だ、ていうか誰だ。

「よっ! ナイスブルマ!」
「ナイスブルマ! ……って、も~名護くんかよお……びっくりしたあ……」
 
 ゲーム中の名言セリフを挨拶のかわりにしてきた腕の主は、バイト先の同僚の名護(なご)くんこと名護月(なごつき)という男だった。
 
「名護くん……なんで濡れてんだよ」
 
 そんな俺の言葉も気づかないフリ。名護くんは気にせず覆いかぶさってくる。俺を道連れにする気か、ゴメンていうまで許さないぞと思わずさっきまでのゲームのノリで毒づく。冷たい冷たい! なんて腕を離そうと俺は藻掻くが相手の力が強いのかなかなか離れてくれない。おい離れろ、いやだなんて攻防を繰り広げていたらあることに気づく。

 ……名護くん傘持ってないじゃん。
 
「ゆゆ島~、傘入~れ~て~」
 
 と言いながらも、もう既に俺の了承を聞かずに傘に入っている。
 
「え、……いやっ、……もう入ってるじゃん! んああびちょびちょじゃんかあ……」
「いやあ助かったわ。マジ店までずぶ濡れ覚悟してたから~! あっは!」

 笑い事じゃないのだが。

 全く話を聞いてくれない名護月にがっくり頭を落とす。この人本当話聞かない……。言い返す気力もない俺はしょうがないなあと彼の高さに合わせて傘を持ちあげた。
 
 名護くん、と呼んでいるが、彼は俺の1つ年上だ。出会った当初は、さん付けで呼んでいたのだがそれを聞いた名護月は堅苦しいのが嫌だから呼び捨てでいいよ~、と俺に言ってくれた。だけど俺としては、いきなり呼び捨て、しかも年上にというのは慣れていなさ過ぎて出来そうにない。結局押し問答の末、彼と俺との妥協点で「名護くん」と呼ばせてもらう事になった。だが実は未だに恐れ多いなとも思っている。だって陽キャのノリだし。あのノリは本当に恐ろしい。正直一緒に働いて無かったら絶対に話しかけたくない人種だ。

 ……ただ、名護くんも結構エロゲ詳しいんだよなあ。

 なんと彼、あんなゲームと無縁な恰好(なり)をしていて俺と同じでこの手のジャンルが好きなのだ。パーソナルスペースを知らないのかぐいぐい近寄ってくるのは恐怖だが、日々脳内を駆け巡る煩悩を共有できるのは嬉しく、俺もだんだん名護月に慣れていった、……否慣らされていった。

 強引で話をあまり聞かない人だけど、おおらかで気にかけてくれる。

 そんな名護くん。
 
 この人なんでエロゲ好きなんだろうな……。七不思議すぎる。

 

「ねえ名護くん、傘どったの」
「ん? あ~酔っぱらってどっかやってさー。朝も買う時間も無えし。まあ走りゃあ大丈夫かなーって…………思ったけど、やっぱ無理だったわ」

 そりゃそうでしょうよ。
 俺は腕の重みくらい重くて深いため息をついた。

「サンキューなゆゆ島~」

 代わりに持つよ、そう言って彼は俺の持っていた傘の持ち手を持とうする。

「いや、いいよこれくらい。俺が持つよ」
 
 今入ったところで意味があるのかというくらい濡れているが、そこまでさせるわけにもいかない。
 
「でも俺の方が背高いし」
「あー……ん、名護くん濡れてるしこっちもっと入りなよ」
「なんかときめいた」
「ときめきメーター低いな名護くん」
 
 感動したという名護くんのちょろさに引いてしまう。
 彼は軽くあしらわれたのが不満だったのか、塞がった片手と反対の手をぐい、と引っ張ってきた。
 
 不意打ちのためされるがままの俺に名護月は顔を近づけ、
 
「……っん゛~っ!」
「俺の愛受け取れー!」

 ぎゃーと俺は思わず悲鳴を上げたかったが手加減なく頬が押しつぶされて声が出ない。容赦ない頬ずり。恐怖である。陽キャの行動突然すぎて怖いし何より痛い。

「いだいっ」
「へっへっへ~~」

 止めるすべも無く好きなようにされる。
 
「んも……もうっ~~~! ……ぬうあごく、んっ~~!」
 
 あぐあぐと言葉にならない音しか出ない俺はどうにもできず、結局名護くんが満足するまで頬の重力をなくしていた。
 
 
     ◇  ◇
 
 
 バイト先は雑居ビルの三階にあるゲーム店だ。俺と名護月はスタッフルームに入る。
 
「はよーございまーす」
「……おはようございます……」

 名護月の容赦ない頬ずりで、刺激が頬に残っている気がする。果たして俺の頬は存在しているか。
 肩も重いし顔はいじられるわ……親切で傘を貸しただけなんだが体のダメージえぐすぎないかな。おかしいなあと違和感が拭えない俺は頬をさすりながら、力なくロッカーを開けた。
 
「よ、……ってなんか顔やつれてんな」
「っす……」

 草臥れた姿の俺に店長が怪訝な顔をする。店長に泣きついてもウザ絡みだと呆れられるのは目に見えていたので俺は短い言葉で返すだけにした。そのままのそのそと着替え始める。
 
 うーん、ゲームの感想を伝えるにも脳内の盛り上がりと現実のテンションの低さのギャップで風邪をひきそうだな。折角店長が朝からいるけど、まあいいか。
 俺は隣でキャッキャと騒いでいる名護月みたいに朝から喋り続けられる元気がない。店長はこちらを見ていたが俺は話すことを諦め掃除道具入れからモップを取り出した。
 
 とりあえず掃除だな。

 



 一通り開店準備を始めた後は緩い時間が流れる。所謂暇というやつだ。
 扱っているものがものだけに平日の明るい内にエロを求めてくる輩は少ない。

「名護くーん」

 奥の方で商品チェックをしている名護月を呼び出す。俺の声に気づいたのかひょこり、と顔を出した彼はすぐにやってきた。
 
「手空いてたらこれ梱包してくれる?」
「全部ー?」
「うん、全部……いける?」
「いけるいける」
「名護くんあざっす」

 結構な量だが快く引き受けてくれた。俺がやってもよかったけどレジの確認や細かい作業があったのでほっとした。こういう時声がかけやすい人と一緒だと助かる。
 
「お前雑だからなー箱つぶすなよ」
「店長ひどっ!」

 俺たちのやりとりを見たのか店長の茶々が入る。だったら店長がやればいいでしょーと名護月は不満げだ。大丈夫かな。

「ぽぽぽーんだあああ」
 
 名護月は自分で大雑把だと言っているくらいだが、人に改めて指摘されるのは嫌なようで「わかってますよー、オラァ! ぽぽぽぽぽーん!」と作業スペースで注意書きのシールを貼っていく。

「おいそれぽぽぽんの力加減じゃねえよ名護くん」

 口に出している音と実際の音が大分違う。商品が壊れないか俺はハラハラする。

「店長止めなくていいんすか」

 どうしましょう、と店長を窺うが、彼はハッと形の良い眉を上げて笑うだけだった。名護月を止めるつもりは無いらしい。ニヒルな感じでバカにしているが彼はエロゲ屋の店長だと思うと今の状況的に絶妙に締まらない。上司がいいならそれでいいけども……いやよくない。

「あいつお前より年上の癖にガキだなあ」
「名護くんは陽キャのコミュ力半端ないしイケメンだから子供っぽくても許されるんですよ」

 俺がやったら笑いものだよなあと名護月を見ながら返事をする。

「そういうお前は中々難儀な性格だな」
「む……、むむ」

 図星をつかれた。思わずむっとぶすくれるが、こういう所が難儀なのだとすぐ我に返る。ちらりと店長をみると、彼は開店前と同じくずっとこちらを見ていたのか目が合った。
 
 掘りが少し深いのか、彼の眉下に陰影ができて見つめ返す表情を曖昧にさせる。なんだか落ち着かない。
 
「なんすか」

 じっと見られるものだから俺は何かあるのかと問う。
 
「いや、別に?」

 レジのカウンターに片肘をつけ俺より数センチ下から見上げてくる店長。むむ、別にと言いながら俺のこと笑ってるの分かってるんですよ。次は子供っぽくならないように対応する。
 
「そういや店長」
 
 名護くんも居なくなり、そうだと俺は店長にすーっと近づいた。お隣失礼します、と耳の近くで内緒話をするように声のトーンを下げて話しかける。

「店長が言ってたオススメの奴。プレイしました」
「お、」
 
 店長が食いつく。

「どうだった?」

 そう聞かれた俺は、一呼吸おいて
 
「…………――めーーーーーーっっっ…………ちゃくちゃ良かったっす……」

 ぐっと手を握りしめ小さくガッツポーズをした。

 ――えがった。最高だった。

 俺の返答に店長もグッと親指を立てる。いい笑顔だなあ。俺は照れ隠しのように頭を掻きながら続ける。

「もっとこう、気の利いたレビューサイトみたいな感想を言おうと思ってたんですが……これしか出なかったのが悔しいです」
 
 ……ためにためて……でたのがこの一言。よぞらくんは語彙力が無さ過ぎてしょうがない。
 
 上手く言えない恥ずかしさに悶える俺。店長はそんな俺のくそでかい感情を受け止めてくれたのか、無言で頷いてくれた。分かり合うもの同士、返事はいらないというやつか。さすが師匠。

「お前なら好きなテイストだろうなと思った」
「さすが店長……なんなら俺はプレイ後の後味の良さを今も感じてすぐに二周目が開始できません。ぐっじょぶ……幼馴染は負けヒロインでは無かった」
「王道が親しまれ、今なおモチーフとされているのは設定が広く認知され誰でも感情移入しやすいからだ。分かりやすさは愛されやすさでもある。……わかるか青年、つまりは」
「幼馴染は負けヒロインではない、と――」
「――その通りだ」

 エロゲは本当に奥が深い。
 
 ハーレムエンドや丼系の特殊エンド以外、基本的に迎えるエンディングは一人だ。フラグ管理ができる作品は誰とエンディングを迎えるか、贅沢な問題を抱える。
 お気に入りの子にするのか公式オススメの攻略順でいくのか、ルート制限があるからそこを解除していくのか……。そしてゲームを進めるにつれ惹かれていく子が変わることも多々ある。発売前の体験版等で情報を得ていようが、容赦なく襲い掛かる。

 いくら主人公と仲が良い幼馴染でも結局他のヒロインたちとは横並びでよーいドンなのだ。

「……その中で幼馴染のヒロインを光らせたこの作品はすごかった……」
「エロシーンもまた良かっただろ」
「ええ勿論ようございましたとも! 俺的には中盤の黒タイツ破り差分で、チンコがこうなって――こう、」
 
 猥談よろしく俺は、こうなって――と下にした人差し指を持ち上げ、そして逆の手で輪っかを作り反りあがった人差し指を抜き差し。

「あれはエロかった。俺もそこで2発は抜いたな」

 俺の下品な手の会話が伝わったのか店長も自身の体験を顎をさすりながら語る。
 
「あと挿入の水音も好みだったんですよね」
「ああ、ここのブランドは打ち付ける音もリアルにこだわっているからな」
「だからかあ」

 フェラやキス、射精の体液等……エロシーンにかかせない効果音はひとたび間違えばチンコが萎えかねないナーバスな代物だ。エロいと思わせる音があれば後は脳が勝手に補完してくれるので完全リアルにする必要はないが、没入感というのはそういう小道具は非常に大事なものになってくる。

「キャラ萌えと見せかけてエロにも手抜きが無いからこそファンディスク発売まで漕ぎつけたんだ」

 基本売れなきゃ次が無い。キャラが可愛ければ、エロければなんでもいいわけでは無いのだ。
 
「そしてそこまでして出してくれた作品を、心込めてプレイするのが俺たちだ」

 エロゲは若いうちにやれ、出来る年齢になったらすぐにやれ。長いとプレイ時間数十時間の体力勝負。しかも年を取るにつれゲームの見方が変わってくるというなんとも味わい深いものだ。
 20代で抜いたシーンと30代で抜いたシーンの気持ちよさはまた違うのだと……。
 
 そう力強く語る店長に俺も鼻息を荒くしながら同意した。
 
「後で初回版予約します」
「給料から天引きしとくわ」
 
 
      ◇  ◇

 
「なー店長ー!」
 
 この声は名護くんだ。頼んだ仕事が終わったのだろうか。
 だらだらとシモの濃いエロゲ談義を繰り広げていた俺と店長はその声の方を見る。その名護くんは両手に段ボールを抱えているようだった。

「どうした」
「店長これさーこの金曜に出る新作の販促じゃね」
「おおもう届いてたのか」
「こんなに沢山……さすがブランドの顔なだけある人気作」

 ふうむと唸る俺の横で名護くんは抱えていたものを床にどさりと置いた。そしてヤンキー座りで中身をガサガサと派手に漁りはじめた。壊れそうでハラハラする。俺は優しく扱えと注意しつつ、後ろから手元を覗き込んだ。

「お」
 
 名護くんの探る手がぴたりと止まる。
 
「これー!」
 
 どうやらポスターやPOPなどよく見るグッズとは違う何かを見つけたようだ。

 店長が「散らかしてんじゃねーよコラ」と怒っているが名護くんは気にしていない。彼は、じゃじゃーん! と俺たちに見えるように振り向き掲げた。

 え……それって。

「う、うさみみ……?」
 
 それは、よく見るタイプのうさ耳カチューシャであった。

「何故に……」
「なんでだろうね?」

 名護くんと二人で見つめあう。見つけた彼も困惑気味だ。俺も予想外の代物に頭上にクエスチョンマークを浮かべる。そんな中店長は分かっていたようで、名護くんの手にあったうさ耳をひょいと取り上げた。

「あ、店長」
「あれじゃねえか? ほら、よくレジでクリスマスとか帽子被ってレジしてるとことかあるだろ」
「あー……」
「だってほれ。このPOPの絵みてみろ」

 店長はそう言ってメインビジュアルが印刷されたPOPを示す。

「バニー……」
「まごうこと無きウサギぴょんぴょん……」

 確かに色とりどりのバニーガールがそこにいた。
 
「多分これをスタッフがつけて売ってねってことだろ」
「えええこの店女性居ないが!」

 思わず俺は店長に突っ込む。残念ながら店長を含めこの店のスタッフは全員男だ。しかもみんなそこそこガタイが良い。その意図は分からんでもないが、何が空しくて大の大人の男がうさ耳をつけにゃあならんのだ。ゲームのヒロインがつけてるなら3次元も可愛い女の子で拝みたい。

「こんなちっちぇー店にコスプレスタッフも居ないしねー」
「殴られたいか名護」
「何でもないです」

 ひん、とすぐさま撤退する名護くんに、ならわざわざ口に出すなと店長も呆れ顔だ。
 
「まあそう不満そうにするな」

 店長は手をヒラヒラと揺らしながら俺の傍へと寄った。そうして、すぽりと手に持っていたうさ耳を俺の頭につけた。その一連の流れに何が起こったのかわからなかった俺はきょとん、としたままだったが、すぐに事実確認するため両手でうさ耳を触る。あれ。どうしてこうなった。

「なんでつけたんですか……」
 
 取ろうとしても外すなと言わんばかりに店長が頭を押し付ける。髪もぐちゃぐちゃになりそうだったので俺はしぶしぶ取るのを諦めた。

「そりゃあこの中でつけるならゆゆ島しかいないだろ」
「俺もそう思いまーす」
「ええ……名護くんまでそういう?」

 おいおい、汗がでるぜ……。別に絶対につけなければいけない訳ではないのだが何故か二人が気に入ったようで俺の意見は通らない。ここに味方は存在しなかった。うんうんと頷く二人にうさ耳の俺。

「こんなん店のかわいい女の子がつけて宣伝するものなんじゃないですかーねえ」

 まあ居ないから俺がつけてるんだけど。ため息をつきながら頭を揺らすとうさ耳も合わせて揺れ動く。まさかこの歳でうさ耳をつけるとは……。試しに自分で耳の部分を触ってみると、ゆらゆらと揺れるが耳の部分はワイヤーで変形して固定できるようだ。俺はパッケージの女の子みたく耳の先を前に折り曲げてみた。
 
「え、かわいい、写真とっていい?」
「良いけど撮ったら名護くんにうさ耳つけてやる」
 
 むしろ撮らなくても絶対名護くんにつけてやる。
 そのやり取りを見ていた店長は小さく笑いながら何故か俺の頭を2、3度撫でた。
 
「俺がみたかったからな、しばらくつけとけ」

 俺は少し体を前に曲げて無言で店長にうさ耳を突き刺した。
 
       ◇  ◇
 
 
 動く度に揺れるうさ耳。

 あ、またお客さんと目が合った。その度に俺は苦笑しながら会釈する。せめて今日がハロウィンなら良かったな。
 
 あれから店長は思った以上にうさ耳が気に入ったのか、しばらくつけておくようにとの命令が下った。俺も既に諦めの境地に達していたので名護くんの言葉に乗っかって、あらゆるところに「うさみみだよ!」とギャルピースした自撮り写真を送りつけてやった。こうなりゃヤケだ。そして折角ならゲームの宣伝もガッツリしてやるかとエプロンに見た目が好みのキャラ缶バッチを付け、レジの空きスペースにPOPを飾り新作の宣伝活動を勤しんでいた。

 それにしても、バニーガールとは欲に直球だなあ。素晴らしい。
 
「名護くんはどのバニーが好き?」
 
 もう一個バッチを増やそうかな。自分の好みの子でも良かったが、どうせ一緒にいるんだ。彼の推しをつけるのもいいかなあと思い、俺は名護くんに意見を求めた。

「そうだなー……」

 んー、と真剣にパッケージを見つめるイケメン。センター分けの髪が頬に流れて横顔が隠れる。いつもの軟派な雰囲気と違ってなんだか違う人のようだ。黙っていれば好青年だよなあと目が合わないをいいことにジロジロと彼の様子を観察していたが、そういえば真剣に悩んでいる内容はとてもくだらないものだったな。遠くに行きかけた存在が帰ってきた。うん、いつもの名護くんだ。

「この子かな、この背の低いピンクの」
「おお、名護くんはこの子か。ちなみに理由を聞いても?」
「見た目、っていうより、ほら――」

 そういって、小さく書かれたキャラクター紹介の文章を指さした。

「妹キャラだから!」

 向けられた笑顔が眩しい。
 そうだった。名護くんは妹なら何でも抜けるタイプの男だった。

「oh、毎度抜かりない属性推し」
「やっぱり妹しか勝たんというやつです。姉派に悪いが俺は戦争になっても負ける気がしない!」

 そう言い放ち、ぺぺぺとまた雑にポスターを貼りはじめた。斜めに貼られていくポスターを横目に、俺は店内を見渡した。良かった今は誰も居ない。ふうとため息をつく。
 こういう派閥の争いはとても敏感な問題なのだ。いくら暇でも営業中はいつ客がくるか分からないし、誰が聞いて喧嘩になるか分からない。名護くんは気にしないだろうが俺はめんどうくさいので出来るなら穏便に暮らしたい平和主義者である。全く、無駄に喧嘩を売らないで欲しいものだ。ちなみに俺は姉派だ。
 
 無意識に売られた喧嘩を流しながら俺はピンクがトレードカラーのキャラ缶バッチをポケットに付け足した。
 
「しかし名護くんが年下好きとは」
「ノンノン、違うぞゆゆ島くん。俺は年齢ではなく、妹。という存在が好きなのだ」
「言ってることが難しいです名護月せんせい」

 ノリノリな名護月に俺も乗っかって返事をする。
 
「ふむ。いいかねゆゆ島くん。妹とは言うなれば1つ屋根の下で暮らす可愛い存在だ。そして若さ、というより幼さによる庇護欲を感じさせる存在なのだよ彼女は」
 
 そう言って貼り終えたポスターを満足気にみる名護月。
 
 なるほど。ポスターは曲がっているが彼の解説は正しく感じた。確かに一理ある。
 やはり頼ってくれる純度100%の甘えは、子供らしさが強いほど心惹かれるというものなのだろう。姉からの甘やかしは受動、所謂母性を感じ、妹の甘えには能動的なもの、例えると男心をくすぐるといったところか。好景気だと年下、不景気だと年上系が流行るという話もあるので、世代によってジャンルの優劣が違うこともあるが、年齢差の魅力は甲乙つけがたい。できれば両方好きな俺としては派閥で喧嘩せず仲良くしてもらいたいなあ、なんて。

 ただ名護くんは妹ゲー派なので今はそちらに話を合わせよう。
 
「妹特化の作品はイチャラブ好き、泣きゲー好きも納得なものが多いし選ぶのに困らないね」
「わかってきたじゃないかゆゆ島」

 俺は良作の妹ゲーを指折り数えていく。複数から一人、血縁から非血縁まで。丼含めておかわりできるほどある。
 
「まあ近親相姦自体嫌いな人もいるから全体的にみるとニッチ寄りなんだけどなーなんかなー不満」
 
 そりゃあ好き嫌いはあるけどさ、と名護月は言葉に燻りを感じさせる。
 
「近親相姦って禁忌、なんて言われてるけどさ、それは俺的にはどうでも良いわけよ。語弊があるかもだけど俺はスパイスみたいにうまみを加えるものって思ってるわけ」
「あーたしかに名護くんがいうとかっるい」
「だろー? でもバカにしてるわけじゃなくてさ、血が繋がってるからダメだとか兄妹だからーとかそういうのでバッドエンドになるのは嫌なのよ」

 血族でのしきたりだとか、村での差別とか。くそくらえ。広い視野でみるとそのシミはとても小さく単純なものだが、人間というのは思い込みと自意識過剰が激しい生き物で。勝手に枷にして取れないとシミを広げていく。事実は小説よりも奇なり。短い人生好きにすればいいが、ゲームでくらい楽しくさせて欲しい。

「ただでさえ現実から逃避したいのにゲームにまでそういうのを持ってこられると俺もダメかも」
「な。可哀想なのが抜けるのとはわけが違うからマジやめて欲しい」

 欲しいの「い」が「い゛ー」の音に聞こえるくらい力をこめ、名護月は両手でバッテンを作る。少なくとも我らはアホエロを求めているのだという意思表示らしい。
 平和なアホエロ欲しいねえと俺もバッテンで答えた。
 
「名護くんはさ、バニーに好きなんじゃない?」

 ほれほれ、と暇なのか名護月が俺の頭のうさ耳をつつくのでやっぱり好きなんじゃないかと問いかける。
 
「んー、嫌いじゃあないけどさ、俺はどちらかというと腰は布で包まれてる方が好き」

 バニーみたいな鼠径部丸出しの衣装よりも布面積の多いものをご所望のようだ。名護月のヒントに俺はしばし考える。うーん。

「深く考えなくてもゆゆ島ならわかるさ、そう俺と言えば――」
「名護くんといえば?」
「ナイス?」
「ブルマ……、……はっ。ナイスブルマ」
「そうさナイスブルマ!」
 
 まさに漢たちの魂の叫び。ジークブルマ。
 いやしかしブルマかーそうかー。俺もブルマは好きだが、コスチューム全般どれも大興奮できるので名護月のようにそこまで意識したことは無かった。いやはや、この陽キャやること成すこと雑なくせに癖のこだわりが強い。まったく、こいつは萌えろいアドベンチャーだ。

「あの歌好きだわー……紺もいいけどカラフルブルマも好き全部好き」

 妹とブルマが合わさった最強の曲を思い出すよねと呟いた言葉に反応するイケメン。名護くんがどの色も好きなのはなんとなく分かった。
 
「俺は赤いのが好きかも。小豆色っぽいの」
「ゆゆ島っぽいー。ありそうでない地味感たまらんね」
「そうそ、んで勿論着衣で布ずらし挿入ね……」
 
 こういう感じで是非お願いしたい、と俺は親指と人さし指でクパァと開閉させた。その動きを見ていた名護月は急に真面目な顔になる。
 
「…………いかん考えてたらちょっとムラッときた」
「…………」
「いやだってそのクパァはいかんでしょ」
 
 どうやら指での会話が効いたらしい。ここで黙らず正直に言うのがなんとも名護くんだなあ。陽キャ残念属性が濃すぎてすすす、とさりげなく名護月と距離を取ろうと棚の陰に隠れるが、すぐに「いかないでー」と腕を取られてしまう。咄嗟に引き寄せられたせいで前につんのめり、頭のうさ耳が名護くんの顎辺りに当たってしまった。

「わ、名護くんごめん。あ、ごめん顔上げたら余計当たった」

 離れるつもりがつい、ちらりと様子を窺うだけになってしまい、うさ耳がさらに擦れるように当たる。目でごめん、と訴えると彼はどこか困ったような顔をして視線をさまよわせた。
 
「……あ――……」
 
 唸り声をあげながら何故か彼は両腕を俺の体に回し抱き着いた。なんだ? 急にどうしたのだろうか。知らないうちに何かまずいことしちゃったかな。

「名護くん……?」
「……こういうのは、なんか、クる」

 グゥと唸る名護月に俺は脱力した。ムラッときてたところに追い打ちできゅんときたらしい。
 
「……名護くんおつかれちゃん?」
「適度に抜いてるんだけどねえ……」
「おーよしよし」
 
 店長が来たらサボリは名護月のせいにしよう。賢者タイムが訪れるまでしばしお待ちくださいと笑わせてくる彼に俺は「しょうがないにゃあ」と背中を撫でたのであった。

 
 

「ゆゆ島ならいけちゃう感じ。なあんか、そういう雰囲気でてるんだよね」
 
 あれからどうにか彼の息子は鎮まり落ち着いたころ、名護月は俺にこう言った。
 なにやらおいしそうな感じがするらしい。
 
「うーん? 名護くんの言う可愛いってやつ?」

 何かの暗喩だろうか? 俺はその言葉の意味が分からず首をかしげる。

 名護くんの性癖のこだわりは2次元オンリーで、3次元では可愛いなら基本的に誰でも愛でるらしい。年の差も関係なく、milfのような年上の女性でもOKだとか。相変わらず現実も非常に大雑把だがそれが逆に業が深く感じてくるのだから恐ろしい。
 
「つまりゆゆ島が思ってる以上に魅力的ってこと」
 
 クスクスと可笑しそうに笑う名護月。
 
「……名護くんもはずかしー男だなあ」
「妹よりかわいいもんよー、ゆゆ島は」

 妹より、なんて言っちゃっていいのだろうか。彼の好きなものよりかわいいなんてえらく持ち上げられているなあと俺は照れ臭くさくなり目を伏せて笑った。
 
 
        ◇  ◇
 

 妹といえば。
 
 そういや、暁(あきら)元気にしてるかな。
 
 暁というのは離れて暮らす俺の弟で、男ばかりの三兄弟で彼は三男にあたる。
 弟は上の兄とは違い、俺が独り暮らしをするようになってからあまり会うことが無かった。メッセージを送っても俗にいう既読無視というやつでお兄ちゃんはとても悲しい。連絡が無いのは元気な印、なんだろうけども。昔は、よぞ兄(にい)と後ろを付いてくれていたのに暁くんはツンデレ属性になってしまったようだ。

 いやもしかして思春期でグレて不良になっているのでは……。

 俺はぞわぞわと震える体に思わず悪い方向に考えてしまう。兄に相談しても「暁は放っておけ」というし。どうすれば。よぞらくんは大変困っております……。

 血の繋がりというのはやっかいなのに、時にひどく頼りたくなる。遺伝子以上の何かがそうさせているのかもしれないくらい、たまに引っ張って繋がる糸を確認してしまう。
 ゲームのヒロインみたいに甘えてくれるわけでは無いけれど、俺にとってはかわいい弟だ。関係性はかわろうとも存在は変わらない。ウザがられてもお兄ちゃんなのだ。

 
 ――うん、暁には追加で違うポーズのうさ耳自撮りを送っておこう。
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【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

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