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2章 本を出る
2章 本を出るー10
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「私、その大学の文芸部に行った時に、部誌をもらってきたんだ、そこに別所さんの小説が載っていれば、なにか手がかりがあるのかもしれない」
「持ってきてるんですか?」
「多分。寮に引っ越すときに、なんとなく持ってきたような気がする。あれを見ると、なんというか、意欲がわくから」
別所さんの件はトラウマだったが、大学の文芸部を訪れたのは良い経験だった。当時私も高校の文芸部に入っていたが、周りは私ほど小説に意欲があるとはいえなかった。ただ楽だから入っていたのだ。
「どれが別所さんの小説かはペンネームだし分からないけど、探してみる価値はあるんじゃない」
「うーんまぁそうですね。渉さんを探し回るわけにも行かないですしね。見当がつかない」
「じゃあやってみるか」
戸成さんがめずらしくため息をつく。どうしたの、と尋ねると、
「また寮まで戻らないといけないんですね」
と疲れたように言った。
果たして文芸部の部誌はわが部屋にあった。覚えていないが、コーヒーか何かのシミが表紙についていた。管理の悪いことだ。
分厚い部誌だったので、気になるものしか読んでいなかった。たくさんの作品が載っているが、どれもあまり内容は覚えていない。
掲載されている作品の一つに、ペンネームが「こうしくん」というふざけたものがあった。他の人はもっとましな名前を付けているのに、ネットのハンドルネームみたいだ。
内容もオタク趣味の男子大学生が、そのオタク趣味を馬鹿にするクラスメイトをそのオタク趣味で撃退するというものらしく、面白いがなんだかふざけている。
「どれですかねぇ」。
「でもなんかこれではなさそうだよね」
私が「こうしくん」の作品を見せると、「まぁ面白いですけど、イメージとは違いますね」と笑っている。
こうしくんの作品は飛ばし、一つ一つ読んで行くと、これではないか、と言うものがあった。旅先で出会った女の子を口説こうとしている内に、ひょんな事件に巻き込まれる。ペンネームも「今 渉」である。
「これな感じがしますね」
「名前がそうだしね」
私たちはその作品に入ってみることにした。いつもの通り、私は戸成さんの手をつかみ、「入りたい」と呟いた。
中は多分、日本の、知らない街だった。作者が訪れたことがあるのだろう。妙にリアルである。立て看板から出ているお店で売っている団子まで、現実らしくあった。
「あれですかね」
戸成さんが指をさす。一人の男性がふらふらと歩いていた。
男性の顔は、全く別所さんには似ていなかった。まぁ渉さんも別所さんには似ていないし、今まで読んだ小説でも主人公が著者と必ずしも似ていたわけではないから、それは別にこれが別所さんの作品であるということにはつながらない。
男性は唐突に美少女に出会う。その女の子に、頼まれごとをされている。さっき読んだ通りのストーリーである。
「これ、別所さんの作品ですかね」
「いや、わかんないなぁ」
ふと、近くの店からふわりとよい匂いがした。お茶と、みたらし団子の匂いだ。男性と美少女はとりあえず詳しく話を聞く、とその店に入って行く。私達も後をついて店に入った。
「せっかくだしこの店で何か食べよう」
「そうですね」
注文し、団子が運ばれて来た。私の頼んだのはみたらし団子、味は普通だ。戸成さんはおはぎを頼んでいた。
「めちゃくちゃに美味しいですよこのおはぎ」
戸成さんはびっくりたように言う。
「えっほんと」
「食べますか?」
「食べたい」
戸成さんは一口大におはぎを切ってくれた。口に運んでみると、確かに何やらおいしい。あんこが上品な甘さで、なんだか米もふっくらしていて甘い。
「確かにめっちゃおいしい」
「作品の中だからですかね?」
「いや、みたらしはそうでもない」
「えっなんででしょう……」
証拠に櫛から一個外してあげると、戸成さんは眉をひそめて「普通……スーパーに売ってるやつみたいな味……」と呟いた。
「持ってきてるんですか?」
「多分。寮に引っ越すときに、なんとなく持ってきたような気がする。あれを見ると、なんというか、意欲がわくから」
別所さんの件はトラウマだったが、大学の文芸部を訪れたのは良い経験だった。当時私も高校の文芸部に入っていたが、周りは私ほど小説に意欲があるとはいえなかった。ただ楽だから入っていたのだ。
「どれが別所さんの小説かはペンネームだし分からないけど、探してみる価値はあるんじゃない」
「うーんまぁそうですね。渉さんを探し回るわけにも行かないですしね。見当がつかない」
「じゃあやってみるか」
戸成さんがめずらしくため息をつく。どうしたの、と尋ねると、
「また寮まで戻らないといけないんですね」
と疲れたように言った。
果たして文芸部の部誌はわが部屋にあった。覚えていないが、コーヒーか何かのシミが表紙についていた。管理の悪いことだ。
分厚い部誌だったので、気になるものしか読んでいなかった。たくさんの作品が載っているが、どれもあまり内容は覚えていない。
掲載されている作品の一つに、ペンネームが「こうしくん」というふざけたものがあった。他の人はもっとましな名前を付けているのに、ネットのハンドルネームみたいだ。
内容もオタク趣味の男子大学生が、そのオタク趣味を馬鹿にするクラスメイトをそのオタク趣味で撃退するというものらしく、面白いがなんだかふざけている。
「どれですかねぇ」。
「でもなんかこれではなさそうだよね」
私が「こうしくん」の作品を見せると、「まぁ面白いですけど、イメージとは違いますね」と笑っている。
こうしくんの作品は飛ばし、一つ一つ読んで行くと、これではないか、と言うものがあった。旅先で出会った女の子を口説こうとしている内に、ひょんな事件に巻き込まれる。ペンネームも「今 渉」である。
「これな感じがしますね」
「名前がそうだしね」
私たちはその作品に入ってみることにした。いつもの通り、私は戸成さんの手をつかみ、「入りたい」と呟いた。
中は多分、日本の、知らない街だった。作者が訪れたことがあるのだろう。妙にリアルである。立て看板から出ているお店で売っている団子まで、現実らしくあった。
「あれですかね」
戸成さんが指をさす。一人の男性がふらふらと歩いていた。
男性の顔は、全く別所さんには似ていなかった。まぁ渉さんも別所さんには似ていないし、今まで読んだ小説でも主人公が著者と必ずしも似ていたわけではないから、それは別にこれが別所さんの作品であるということにはつながらない。
男性は唐突に美少女に出会う。その女の子に、頼まれごとをされている。さっき読んだ通りのストーリーである。
「これ、別所さんの作品ですかね」
「いや、わかんないなぁ」
ふと、近くの店からふわりとよい匂いがした。お茶と、みたらし団子の匂いだ。男性と美少女はとりあえず詳しく話を聞く、とその店に入って行く。私達も後をついて店に入った。
「せっかくだしこの店で何か食べよう」
「そうですね」
注文し、団子が運ばれて来た。私の頼んだのはみたらし団子、味は普通だ。戸成さんはおはぎを頼んでいた。
「めちゃくちゃに美味しいですよこのおはぎ」
戸成さんはびっくりたように言う。
「えっほんと」
「食べますか?」
「食べたい」
戸成さんは一口大におはぎを切ってくれた。口に運んでみると、確かに何やらおいしい。あんこが上品な甘さで、なんだか米もふっくらしていて甘い。
「確かにめっちゃおいしい」
「作品の中だからですかね?」
「いや、みたらしはそうでもない」
「えっなんででしょう……」
証拠に櫛から一個外してあげると、戸成さんは眉をひそめて「普通……スーパーに売ってるやつみたいな味……」と呟いた。
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