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悠行

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八月十日
今日は朝から土砂降りの雨が降っている。こんな天気でも泳ごうとする人はいないだろうと思ったら、いた。若い男女のグループがバカ騒ぎしている。
「すごいなぁ、こんな天気で」
「楽しそうだけど」
 セロと店先でかき氷を食べながら話す。雨が降っていても蒸し暑い。
 おっちゃんが暇だからと作ってくれた「おっちゃんスペシャル」は、贅沢にミルクがたっぷりとかけられ、缶詰のミカンが添えてある。
「どうだ、おいしいか?」
「なんかすごい」
「うん。おいしい」
 またも無言で食べ続ける。シャクシャク、と舌触りもいい。夏はかき氷だ。
「あの人ら、どうしてこんな天気でも泳ごうとするんだろう」
「来ちゃったからじゃない?せっかくだから泳ごうみたいな」
「朝から降ってたんだよ、やめればいいじゃん、来るの」
「予定が合わなかったんじゃないの」
 食べ終わって容器を捨て、することもなく茫然とそんな人たちを眺める。
「何か楽しそう、泳ぎたいなぁ」
「泳げば?」
 空っぽになった容器を捨てずに中をかきまわしながらセロが言った。
「この天気で?」
「とーこおねーちゃん、毎日忙しいでしょ、こんな日じゃないとせっかくずっと海にいるのに遊べないよ」
 確かにそれは当たっている。私も少し思っていたのだ。
「そりゃそうだけど」
「水着ある?」
「一応、持ってきてはいるけど・・」
「もうちょっとで雨やむってテレビが言ってたぞ。泳げばいいじゃないか」
 家からちょうど出てきたおっちゃんが私達の会話を聞いて言った。
「おっちゃんまで」
「ぼく、着替えてくる」
「セロ、本当に泳ぐの?」
 コク、と頷いて、家の中へ走って行ってしまった。
「とーこちゃん、あきらめて行け」
「マジですか」
 私がうなだれて仕方なく家へ入ると、居間ですでに学校指定らしい水着に着替えたセロが待っていた。肌が驚くほど白い。
「早っ。着替え早っ」
「早く!泳ごうよ」
 二階へ行き、鞄から着ないだろうと思っていたキャミソールと短いズボンのような形の水着を引っ張り出し、着た。買ってから一度も来ていなかったので自分が着た姿を見るのは初めてだ。窓に映る自分を見て、ふと髪が邪魔だと気付いてゴムでくくり、一階へ降りる。
 おっちゃんが商品だったものをくれたらしく、浮き輪が二つ用意されていた。
「準備万端だね」
「うん、行こっ」
 外に出るとさっきよりは雨足が弱くなっていた。
「準備体操、するべき?」
 セロが聞いてきたので一応軽くやり、私はセロと海へ入った。グループの人達はちらりとこっちを見、また騒ぎ始めた。
 海へ入るのは久しぶりだった。海水浴なんて、小三以来行っていない。
「とーこおねーちゃん、泳げる?」
「そりゃあね。セロは?」
「泳げない」
 泳げないくせに誘ったのかと思ったが、何も言わず泳ぎ始めた。目に水が入ると痛いので。顔を出して泳ぐ。昔はスイミングを習っていたから、それ相応に泳げるのだ。
 セロは浮き輪でぷかぷか浮いて楽しんでいる。私の方は浮き輪を浜辺に置いて来てしまった。
 しばらく泳いでいると楽しくなってきた。雨が降ってきているのでさえ楽しい。
「と―こおねーちゃん、泳ぐの上手いね」
「まあね。セロも泳げると思うよ?」
「そうかなぁ」
 浅い所に連れて行き、昔教わったようにクロールを教えたら、すぐ泳げるようになった。
「泳げるじゃん」
「うん!でも目が痛い」
「耐えなされ。学校では?教わったでしょ?」
「プールの授業休んじゃってたから・・」
 それでも全部休むということはなかろう。こんなにすぐ上手くなったのに、泳げなかったのは変だ。
「セロの先生、教えるの下手なんじゃないの?」
「さぁ。ねぇ、耐えられないほど目が痛いんだけど」
「一回上がって洗ってきたら?」
「そうする」
 セロは水でも飲んだのか、咳をしながら上がって行った。私はまた泳ぎ続ける。遠泳しよう。そう思い立って私は真剣に泳ぎ始めた。
 頑張って泳いだ成果で、セロが戻って来た時、私は結構遠くまで行っていた。
「とーこおねーちゃーん!」
 焦ったような大声で呼ばれ、
「戻るってー」
 と返し、また私は泳いで戻る。セロもこっちへ泳いできた。驚くほどの上達ぶりだ。
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