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七月二十一日
「宿題、ちゃんと入れてきたか―」
「あ、はいー」
「学生の本分は勉強だからなー。つってもわしは全然勉強せずに遊んで暮らしてたけどな!」
私は夏休み初日、電車を二時間、青い車体のバスを二十分乗り継いでこの浜にやって来た。割と近かった。電車を降りた駅には
「ようこそ!美しい海と愛の町」
というなんとも微妙な垂れ幕がかかっていた。つまり海だけだ。
駅から電話するとおじさんは嬉しそうに何番線のバスで、何個目の、なんというバス停で降りるかを事細かに説明してくれて、最後に
「はよう、来い!」と笑った。
着くと海辺にはいくつも旗がはためき、パラソルも何個か立っていたが人は数人しかいなかった。今日は少し小雨が朝から降っていたので、人が少しでもいるのは驚きであった。
おじさんは私のお母さんの遠い親戚で、昔から魚の加工工場と海の家を経営しているそうだ。夏は専ら海の家で働くという。「つまり暇なのよ」とお母さんは洗濯物を畳みながら言っていた。
町には観光名所などもなく、プラスチックの工場がある以外そこの労働者と老人しかおらず、高校も隣町にしかないという。だが最近、この海が「きれいな浜の穴場」として番組で紹介されてからよく人が来るらしく、若い人材を探している、と親戚から聞いて、私はやって来た。元々お母さんはこの町で生まれ育ったと言うが、おばあちゃんとおじいちゃんが近郊に引っ越ししてからはほとんど訪ねていないらしい。引っ越したのは確か私が生まれてすぐだから、もう十六年ほどだ。
「おおー明子ちゃんの娘さんがこんなに大きくなったとはなあ。ト子が生きておったら喜んだのに・・」
ト子、とはおじさんの奥さんのことだと、お母さんが話してくれていた。私は覚えていないが、お葬式にも行ったという。もう十数年前のことだと言っていた。私が幼稚園の頃だったそうで、それっきり、疎遠になっていたのだとか。
「ま、今日はゆっくり休み。ま、ゲームしようが宿題しようが構わんが。どうせ雨で人も来ないだろうし。」
「はい。お世話になります」
「頭に叩き込まれたな。そのセリフ。かしこまらんでいい。はいとかですとか言わなくていいぞ。言ってもいいけどな。おじさんのことはおっちゃんと呼んでくれた方が嬉しいぞ」
「じゃあそう呼びます」
「ははははは」
おじさん改めおっちゃんは大きく口をあけて笑った。
「結構寂れてないんですねー」
浜を見渡して聞く。
「ああ。たくさん建ってるだろ、海の家も。人が来るようになってから、閉めてたのを開いたところがほとんどさ。わしはずっと開いてたから、一人勝ちだったんだがなぁ。ま、かわいい子が来てくれて、こっちも助かるってもんだ」
「そんなことないですよ」
「かわいいぞー」
おっちゃんは頭を撫でながら言ってくれた。なんだかほっとするところのある人だなぁと思った。
「夏休みはほとんどいっぱいここにいてくれるということだから、バリバリ働いてもらうぞー。こんな風な雨の日や、波の高い日は休み。透子ちゃんは海の家の二階部分を使ってくれ。昔は民宿も兼ねてたんで、結構広いぞー。暑いけどな。一階の台所と俺が寝る部分はクーラー付いてるから暑かったらそこにいろな」
「はーい」
海の家のお店部分はかき氷機や焼きそばを焼く鉄板のある作る所、いくつかの机と寄せ集めの椅子と、貸し出しする浮き輪などの置いてある場所に分かれ、作る所の横にあるドアから居住部に入れるのだったが、おっちゃんは縁側から入り、私を招き入れた。
店には「SEASIDE とこ屋」という看板がかかり、その看板は
「明子ちゃんが書いてくれたんだ、何回か塗り直したがな」
ということで、美大出身の母さんらしく、鮮やかな色彩で・・
「鮮やか過ぎません?いつ塗り直したんですか?」
「ううむ、二三年に一回、おっちゃんが塗りなおしてるんだが、どうも下手でな・・これを塗り直したのは去年だ」
「とこ屋っていうのはト子さんから?」
「ああ。前は海の家、つばき、だったんだがずいぶん昔に明子ちゃんがこっちの方が面白いわって変えちゃったんだ。ト子ははずかしがっていたがな」
私の旅行鞄を二階に運びこむと、おっちゃんは冷蔵庫から冷たい麦茶を出して湯呑についでくれた。
「透子ちゃんは部活なんかは入ってないんか?」
「中学の頃は陸上部だったけど、今は入ってないです。走るの元々そんな早くなかったし」
しばらく身の上話や学校の様子などを話した後、ふと
「ああ、後これは言っていなかったんだが・・」
とおっちゃんは急にゆっくりと話し始めた。さっきまではきはきと早く話していて、本人も「早く話し、脳を動かすことが若さの秘訣」とかっかと笑っていたのに、だ。幽霊が出る類の話かと、私は身構えた。
「この辺、東区と言うんだが、に住んでいるおじいさんが、身寄りのない子供を引き取って息子同然に可愛がっていたんだ。この町じゃ子供も少なくて、中学校までしかないぐらい少子化、過疎でな。東区には老人ばっかしで子供は一人もいなかったんで、老人全員ですごく可愛がっていたんだ」
「へぇ・・」
「だが二か月前に急にそのおじいさんが入院しちまって、わしらが順々にその子、セロって言うんだが、の面倒を見ている」
「ほー」
どうやら怖い話ではないらしい。
「で、セロを明日からわしらが見ることになった。」
「えっ私もいるのに、いいんですか?」
「ああ。大丈夫だ。だがセロをどこで寝かすか・・」
つまり、預かったは良いが台所と茶の間、おっちゃんの布団といろいろある一階にさらにセロ君とかいう子の布団まで敷くと狭い。さっき見ただけでも二階はずいぶん広かったから、一緒の部屋で勘弁してもらえないだろうか、ということだ。
「何歳ですか?」
「二年生だ。いい子だぞ」
私もここに泊らせてもらう以上、わがままは言いにくい。それに高が八歳か。少し考えた末、「じゃあ私と同じ部屋で寝ればいいじゃないですか」と言った。
「そうか」
ほっとしたようにおじさんが言ったので、これでよかったんだと思った。
「宿題、ちゃんと入れてきたか―」
「あ、はいー」
「学生の本分は勉強だからなー。つってもわしは全然勉強せずに遊んで暮らしてたけどな!」
私は夏休み初日、電車を二時間、青い車体のバスを二十分乗り継いでこの浜にやって来た。割と近かった。電車を降りた駅には
「ようこそ!美しい海と愛の町」
というなんとも微妙な垂れ幕がかかっていた。つまり海だけだ。
駅から電話するとおじさんは嬉しそうに何番線のバスで、何個目の、なんというバス停で降りるかを事細かに説明してくれて、最後に
「はよう、来い!」と笑った。
着くと海辺にはいくつも旗がはためき、パラソルも何個か立っていたが人は数人しかいなかった。今日は少し小雨が朝から降っていたので、人が少しでもいるのは驚きであった。
おじさんは私のお母さんの遠い親戚で、昔から魚の加工工場と海の家を経営しているそうだ。夏は専ら海の家で働くという。「つまり暇なのよ」とお母さんは洗濯物を畳みながら言っていた。
町には観光名所などもなく、プラスチックの工場がある以外そこの労働者と老人しかおらず、高校も隣町にしかないという。だが最近、この海が「きれいな浜の穴場」として番組で紹介されてからよく人が来るらしく、若い人材を探している、と親戚から聞いて、私はやって来た。元々お母さんはこの町で生まれ育ったと言うが、おばあちゃんとおじいちゃんが近郊に引っ越ししてからはほとんど訪ねていないらしい。引っ越したのは確か私が生まれてすぐだから、もう十六年ほどだ。
「おおー明子ちゃんの娘さんがこんなに大きくなったとはなあ。ト子が生きておったら喜んだのに・・」
ト子、とはおじさんの奥さんのことだと、お母さんが話してくれていた。私は覚えていないが、お葬式にも行ったという。もう十数年前のことだと言っていた。私が幼稚園の頃だったそうで、それっきり、疎遠になっていたのだとか。
「ま、今日はゆっくり休み。ま、ゲームしようが宿題しようが構わんが。どうせ雨で人も来ないだろうし。」
「はい。お世話になります」
「頭に叩き込まれたな。そのセリフ。かしこまらんでいい。はいとかですとか言わなくていいぞ。言ってもいいけどな。おじさんのことはおっちゃんと呼んでくれた方が嬉しいぞ」
「じゃあそう呼びます」
「ははははは」
おじさん改めおっちゃんは大きく口をあけて笑った。
「結構寂れてないんですねー」
浜を見渡して聞く。
「ああ。たくさん建ってるだろ、海の家も。人が来るようになってから、閉めてたのを開いたところがほとんどさ。わしはずっと開いてたから、一人勝ちだったんだがなぁ。ま、かわいい子が来てくれて、こっちも助かるってもんだ」
「そんなことないですよ」
「かわいいぞー」
おっちゃんは頭を撫でながら言ってくれた。なんだかほっとするところのある人だなぁと思った。
「夏休みはほとんどいっぱいここにいてくれるということだから、バリバリ働いてもらうぞー。こんな風な雨の日や、波の高い日は休み。透子ちゃんは海の家の二階部分を使ってくれ。昔は民宿も兼ねてたんで、結構広いぞー。暑いけどな。一階の台所と俺が寝る部分はクーラー付いてるから暑かったらそこにいろな」
「はーい」
海の家のお店部分はかき氷機や焼きそばを焼く鉄板のある作る所、いくつかの机と寄せ集めの椅子と、貸し出しする浮き輪などの置いてある場所に分かれ、作る所の横にあるドアから居住部に入れるのだったが、おっちゃんは縁側から入り、私を招き入れた。
店には「SEASIDE とこ屋」という看板がかかり、その看板は
「明子ちゃんが書いてくれたんだ、何回か塗り直したがな」
ということで、美大出身の母さんらしく、鮮やかな色彩で・・
「鮮やか過ぎません?いつ塗り直したんですか?」
「ううむ、二三年に一回、おっちゃんが塗りなおしてるんだが、どうも下手でな・・これを塗り直したのは去年だ」
「とこ屋っていうのはト子さんから?」
「ああ。前は海の家、つばき、だったんだがずいぶん昔に明子ちゃんがこっちの方が面白いわって変えちゃったんだ。ト子ははずかしがっていたがな」
私の旅行鞄を二階に運びこむと、おっちゃんは冷蔵庫から冷たい麦茶を出して湯呑についでくれた。
「透子ちゃんは部活なんかは入ってないんか?」
「中学の頃は陸上部だったけど、今は入ってないです。走るの元々そんな早くなかったし」
しばらく身の上話や学校の様子などを話した後、ふと
「ああ、後これは言っていなかったんだが・・」
とおっちゃんは急にゆっくりと話し始めた。さっきまではきはきと早く話していて、本人も「早く話し、脳を動かすことが若さの秘訣」とかっかと笑っていたのに、だ。幽霊が出る類の話かと、私は身構えた。
「この辺、東区と言うんだが、に住んでいるおじいさんが、身寄りのない子供を引き取って息子同然に可愛がっていたんだ。この町じゃ子供も少なくて、中学校までしかないぐらい少子化、過疎でな。東区には老人ばっかしで子供は一人もいなかったんで、老人全員ですごく可愛がっていたんだ」
「へぇ・・」
「だが二か月前に急にそのおじいさんが入院しちまって、わしらが順々にその子、セロって言うんだが、の面倒を見ている」
「ほー」
どうやら怖い話ではないらしい。
「で、セロを明日からわしらが見ることになった。」
「えっ私もいるのに、いいんですか?」
「ああ。大丈夫だ。だがセロをどこで寝かすか・・」
つまり、預かったは良いが台所と茶の間、おっちゃんの布団といろいろある一階にさらにセロ君とかいう子の布団まで敷くと狭い。さっき見ただけでも二階はずいぶん広かったから、一緒の部屋で勘弁してもらえないだろうか、ということだ。
「何歳ですか?」
「二年生だ。いい子だぞ」
私もここに泊らせてもらう以上、わがままは言いにくい。それに高が八歳か。少し考えた末、「じゃあ私と同じ部屋で寝ればいいじゃないですか」と言った。
「そうか」
ほっとしたようにおじさんが言ったので、これでよかったんだと思った。
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