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第四章 『S級の恋慕事情』
78.『漠然とした不安を抱えて』
しおりを挟む「……待っていた。これが、『溟剣ヴィレイン』だ」
「おぉ……おぉ……!」
静かな輝きをその刀身に宿すのは、打ちたてホヤホヤの剣。主張の激しくない、落ち着いた白銀色の刀身は、それでいて確かな存在感を示している。
タマユラの持つ聖剣と同じ素材で作られた、最高峰の名剣だ。
この剣に命を宿した職人――鍛冶師モルダが付けた名は、『溟剣ヴィレイン』というらしい。
正直由来なんてこれっぽっちもわからないが、名付けすらも大業だったことはわかる。
「この剣は……折れねぇ。切れ味も落ちねぇ。切った肉の、血の一滴すらもこの剣を穢すことはできねぇ。……あんたに相応しい剣だ」
「俺に相応しい……?」
「……あんたは、折れねぇだろ?」
「――――」
出会ったばかりの職人だ。
俺の事を深く知るわけでもないのに、そんな期待と信頼を寄せてくれている理由はわからない。
というか、メンタル的な話をすると割と俺は折れやすいような気もするが、余計なことは言わないでおく。
なにより、俺はもう折れない。折れちゃいけない。
この溟剣は、それを己が心に深く刻み込むための剣になることだろう。
「……いい仕事を、させてもらった」
「いえ、こんな素晴らしい剣を……ありがとうございます」
「礼には及ばねぇ。使って……やってくれ。轟かせていけ。溟剣と共に、あんたの名を」
「はい。必ず」
■
出発を明日に控えた夜。
しばらくぶりの遠征にはなるが、心配は少ない。
戦力は充分過ぎるくらいで、むしろS級冒険者が3人も空けるセドニーシティの方が心配なほどだ。
そうはいっても、王国で二番目に大きな都市。
俺たちがいなくても、沢山の冒険者や近衛兵が在中しているし、本当に心の底から不安なわけじゃない。
いつも通り、依頼をこなして帰ってくるだけ。
それなのに、俺の心は晴れなかった。
一抹の不安と、焦燥感。
それから、漠然とした鬱積だけが心の中を渦巻いている。
「眠れませんか、ヒスイ」
「――タマユラ」
冷たい夜風に当たりながらバルコニーで空を見上げていた俺の背中に、柔らかい声が投げかけられた。
タマユラは何も言わずに俺の隣にやってきて、共に広大な夜空を見上げる。
寝巻き姿のタマユラはやっぱりイメージと違って、薄桃色の可愛らしいフリルに身を包んでいた。
それを見て、なんとなく焦燥感が強まる。
この幸せな日々は、いつか壊されるのだろうか。
魔王や、その配下たちの手によって。
「季節も、巡りましたね」
「――うん、もうすぐ冬だ」
「ヒスイとの付き合いはまだ長いとは言えませんが、こうやって同じ瞬間を過ごせる幸せがいつまでも続いて欲しいものです」
「同じこと思ってたよ」
まだ、昨日のことのようだ。
アゲットに追放されて、グローシティを出て。
一番安い馬車に乗って、バーミリオン・ベビーに襲われて。
そして――タマユラと出会って。
あの炎の夜、俺が再び生まれ落ちたあの夜は、いつまでも色褪せない記憶としてしっかりと焼き付いている。
もちろん、その後タマユラと冒険をしたほんの僅かな時間のことも。
「……俺ってさ、弱いと思う?」
「思いませんよ。ヒスイは強いです。めちゃつよです」
「めちゃつよって」
そんなむず痒い評価に、苦笑いで返す。
タマユラは、いつも俺を少しだけ過剰に評価してくれる気がする。
思い返せば、タマユラの前では強くあろうとしたからこそ、タマユラの中の俺は『強き者』なんて偶像として記憶されているのだ。
強くあろうとしても、いつかはボロが出る。
俺は、弱い。
タマユラも、鍛冶師モルダも、ギルドマスターも、近衛兵団長となったアベンも、A級冒険者のノアも、冒険者仲間も、街往く人々でさえも――俺に期待してくれている。
皆よりもレベルが高いだけの俺に、期待をしてくれている。
無論、それはありがたいことだ。
それに応えなければならないことも、よくわかる。
だけど、俺の精神は――E級冒険者のまま、止まっているのかもしれない。
山場を超えて、悪を払って、前よりほんの少しだけ強くなれたかもしれない。
前よりほんの少しだけ、俺の手が届く範囲が広がったかもしれない。
だけど、そんな大勢の皆から背負わされる期待は、俺には荷が重い。プレッシャーなのだ。
民からの期待を一身に背負って戦ったタマユラの強さが、今になってどれほどのものなのかを理解した。
俺が弱みを見せたのは精々ルリと――アリアくらいのものだが、タマユラにはそんな相手すらいなかっただろうから。
「……はぁ。人って成長しない生き物だよな」
「ヒスイだけはそれを言っちゃダメですよ。アスモデウスに切った啖呵を忘れたのですか。それに……ヒスイは、少し思い違いをしているようです」
「思い違い?」
「私、ヒスイの弱いところも知ってますよ?」
「――――」
「だって、最初からヒスイの足が震えてるのを見てましたから。この話をしたのも、忘れたのですか?」
もちろん、忘れるはずがない。
タマユラは、それを含めて――いや、それこそが本当の強さだと、あの時言ってくれた。
その言葉が嘘だなんて、微塵も思うものか。
でも、それでもなお、タマユラは俺の弱すぎる弱さを知らない。
だって、それを見せないようにしてきたはずだから。
虚構と理想だけを都合よく見せて、本当の俺はひた隠しにしてきたのだから。
「そんなこと言ったら、ヒスイがとっくにボロを出してるのも知ってます。強さの秘密も、追放されたことも、泣きそうな顔で私に打ち明けてくれたではないですか」
「それはそう、だけど……」
「ははん、わかります、わかりますよ。惚れた女の前でカッコつけたいのですね?」
「えっ……! いや、そ、そうだけど……! そうなんだけど……!」
突然タマユラに切れ味の鋭い剣で切りつけられた。
いや、全くもってその通りだ。俺は、タマユラの前ではカッコつけていたい。
惚れた女だからってのももちろん、あの誇り高き『剣聖』タマユラの前だから――。
『剣聖に出来て、ヒスイに出来ないこともある!』
いつだったか、ルリにそう言われたことを思い出す。
俺しか、できないことがあるってことも。
ちびっ子に見える17歳の戦士に、そう叱られた日を思い出す。
結局、俺は同じことでウジウジ悩み続ける弱者だ。
タマユラにも、ルリにも、覚悟では敵いそうもない。
だが、あの日から全く成長していないかと問われれば、否と答えるだろう。
確かな信念を持って、俺はバエルと対峙したはずだ。
要するにアレだ、たまにこうやって気分が沈むことがあるのだ。
そのうち気は晴れて、こんな面倒臭い男はなりを潜めるはず。
それでも今は、どうも気分が落ち込んでいるようだ。
「ごめん、なんかメンタルが後ろ向きみたいだ」
「そういう日もありますよ。ただ、これだけは覚えておいて欲しいのですが――」
「うん?」
「私も、ルリも、何があってもヒスイの味方ですよ。それに、ヒスイを残して死んだりもしません」
「――――」
「さ、戻りましょうか。明日は早いですから、しっかり寝てくださいね。おやすみなさい」
「……あ、あぁ、おやすみ」
タマユラには、どこまで見透かされているのだろうか。
言葉にしたことすらない不安を、こうもズバッと言い当てられるなんて、そんなに俺はわかりやすいのだろうか。
こりゃ、ルリのことを笑えないな。
そう思いながら、俺はベッドに向かった。
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