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第四章 『S級の恋慕事情』
77.『冒険者の知恵』
しおりを挟むなにやら深刻そうな顔で、ギルドの人に俺たちは呼び出された。
幾許ぶりかに立ち入ったギルドマスターの部屋は、以前よりも増えた書類の山が忙しさをアピールしていた。
「やぁ、よく来てくれたね。お茶も出ないところだけど、どうぞゆっくりしていってね」
口調こそ変わらないものの、声色に疲れが見え隠れしているギルドマスター。
主にバエルのことでてんてこ舞いのギルドだ。そりゃ、忙しいってものだろう。
だから、俺たちが呼び出されたのは他愛もない世間話をするためなんかじゃないことは明白である。
S級冒険者3人に頼らざるを得ないような入り用があるに違いないのだ。
「それで、俺たちに用ってのは?」
「うん、それがねー。差し迫って頼みたいことがあるわけじゃないんだけど……ちょっと、知恵を借りたくてね」
「知恵、ですか?」
聞いたことをそのまま、タマユラが聞き返す。
切迫していないのは悪いことではないが、貸せる知恵があるかと問われれば疑問だ。
タマユラはともかく、俺はそもそもS級冒険者としては知識不足なところがある。
ルリは……どうだろう、俺よりは知恵者だと思うが。
「まずは、これを見てほしい」
「……絵?」
そう言ってギルドマスターが取り出したのは、一枚の絵だ。
荒野の中に、明らかに似つかわしくない一本の黒柱がそびえている。
「これはうちの諜報部が、実物をスキルで忠実に再現した風景画でね。どうも、こんな感じの柱が世界各地に現れたらしいのよ」
「世界各地に……それで、これはなんなのでしょうか」
「わからないんだよ。建てた人物も、目的も」
「なるほど」
とは言っても、俺たちに聞くほどのことなのかは疑問が残る。
確かにお世辞にも趣味がいいとは言い難いデザインだが、ギルドの――それもせドニーシティのギルドマスターが、頭を悩ませるほどのものなのだろうか。
いや、それほどのものなのだろう。
だからこそ、わざわざ俺の家のドアを叩いたのだ。
「で、これがどうマズいんですか?」
「最初はね、誰かのイタズラだろうと放置してたんだって。地中深くに埋まってて撤去も出来ないから、悪質だとは思いながら……実害があるわけでもないと思ってたから」
「思ってた……ってことは、実害があったんですね」
「近頃になって、王国の、特に辺境で原因不明の病が流行り始めてね。偶然か必然か、疫病が流行った集落の近くには必ずこの黒柱があったらしいのね」
なるほど。
因果関係は今のところ不明だが、いかにも怪しいのがこの黒柱だったというわけか。
突然流行り始めた謎の病、突然現れた謎の黒柱、因果関係は不明――いや、そんなの誰がどう聞いても黒柱が原因としか思えないが。
どういうトリックで、何が目的かはさておき、少なくとも悪さを働いている奴がいるだろう。
「ボクもそう思ってね。諜報部に調べさせてはいるんだけど……びっくりするほど情報が上がってこないのよ。それはもう、不自然なほどに」
「何も掴めないのが逆に怪しい、と」
その理屈はわかる。なんたって、ギルドの諜報部はかなり優秀っぽい雰囲気だ。
その諜報部が活躍しあぐねているというなら、むしろそれが暗躍者のいる確たる証拠と言ってもいい。
だからこそなお、俺たちにできることがあるとは思えない、というのが事実ではあるが。
S級冒険者は戦いのプロではあるかもしれないが、頭を使わせたらポンコツだったりするのだ。主に俺とか。
いや、ポンコツってほどではないと思いたいけど、行動力も頭脳も諜報部より劣っていることは間違いない。
そんな俺に何を望むというのだろうか。
「それで……ヒスイくん、タマユラちゃん、ルリちゃん。実際に現地に行って、ちょっと見てきてくれないかな?」
「……知恵ってなんでしたっけ?」
「冒険者の知恵は実戦で培われた鋭い勘や経験則でしょ?」
「上手いこと言いくるめられた感はありますが、別に俺たちが行くのは構いませんよ。でも、諜報部よりもいい働きをする約束はできないです」
「全然構わないさ。冒険者にしか見えない発見もあるかもしれないしね」
微妙に前後の文がズレている気もしないでもないが、要は期待してるから頑張れ、ってことだろう。
まぁ俺たちはS級冒険者だし、大きな期待をかけられるのは性分だ。仕方のないこととも言える。
それにしたって、黒い柱を見ても「あ、柱だ」以外の感想が出てくる気がしないのも仕方がない。
何はともあれ、行ってみるしかないか。
「武運を祈ってるよ。あと、報酬はあんまり期待しないでくれると嬉しいな」
「ま、ギルドがこんな感じですからね……しかたない、タダ働きといきますか」
「……ん」
「いやぁ、悪いね。ほんと、そのうち落ち着いたら特別報酬を出すからさ」
■
今回は長旅になる。
といっても、順調に行けばひと月ほどで帰ってこられるはずだ。
ここから、目的地のアマガサ領まで片道2週間。
長く見積って3日ほど調査するにしても、往復でひと月と3日。
実際には、3日間も柱を見つめていても仕方がないので、得られる情報がないと判断した場合にはもう少し早く切り上げて帰ってくる可能性もある。
最近は長い旅をすることがなくなったので、ひと月の旅でも充分に長く感じられるが、冒険者にとっては別にそうでもないくらいの遠征だ。
もちろん、順調にいけばの話だが。
「タマユラ、どう思う?」
「まだなんとも言えませんが……十中八九、魔王軍が絡んでいるでしょうね」
「……私もそう思う」
もはやこのタイミングで発生する異常事態のほぼ全ては魔王軍のしわざだと言えるくらい、あいつらの躍進は止まらない。
魔王軍七星アスモデウスから始まり、バエル、ラボラスときた。
『七星』を言葉通りの意味で捉えるなら、あと4人は同じように厄介な敵がいることになる。
それに魔王本人も動き始めたようだし、今回のことも魔王軍が噛んでいると考えた方がいいだろう。
そうなればやっぱり、俺たちの出番であることに疑いようはないのだが――生憎、謎解きは専門分野ではないのだ。
「目的すらわからないんじゃ考えようがないよな……いや、病を流行らせることこそが目的なのか……?」
「とにかく、この目で確かめるしかありませんね」
というか最悪、その黒柱を破壊してしまってもいいのだろうか。
黒柱が病の原因ならそれを壊せば解決、なんてのは短絡的すぎるが、試してみる価値があるのなら――いや、それさえも自分の目で確認して判断しろということか。
なかなか性格の悪い依頼を受けてしまったらしい。
「とにかく、出発は3日後だ。それまで各自準備を進めといてくれ」
「はい、わかりました」
「……ん」
ちなみになぜ3日後なのかというと、俺がギルドマスターに頼んでそうさせてもらったからだ。
遠出をするとなると色々準備もあるし、せめて剣を受け取ってから赴きたかった。そんなところである。
本当ならすぐにでも行くべきなのだろうが、それくらいは甘えさせてほしい。
幸いと言っていいのか、疫病もすぐに被害が拡大するようなものではないらしいし、焦って出発するよりも万全な準備を整えた方がいいという判断もある。
「……遥かなる、最果て」
「バエルの最期の言葉、ですか」
「うん、あれはどういう意味だったんだろうね」
王国の辺境、アマガサ領の中でも端っこの小さな村の近く――そこに黒柱はあるという。
辺境を最果てと言うのは何となく失礼に感じられるし、これまた単純すぎるが、なにか手がかりになるものがあればいいのだが。
少なくとも、王国の最果てではあるのだし。
ただ、『遥かなる』というのは――。
「ヒスイ。今考えても答えは出ません。ギルドマスターの言う通り、実際に見てみるしかないと思います」
「――あぁ、いや、そうだよね。散々考えた事だしね」
根拠はない。ないのだが、この旅で何かに近付ける気がする。
俺の第六感――冒険者としての勘が、経験則が、そう告げているのだ。
俺は、小瓶やら干し肉やらを鞄に詰め込んだ。
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