74 / 108
第四章 『S級の恋慕事情』
73.『闇夜に溶ける影』
しおりを挟む心地よい夜風を切りながら、俺たちは賑わう温泉街を駆け抜ける。
人々はまるでモンスターのことなど気にも留めていないようで、どちらかと言えば焦って走り出した俺たちの方が浮いているらしい。
とはいえ、俺が焦っている理由はなにもモンスターの出没だけが原因ではない。
うちの怒れる魔術師が何かしでかさないかという不安も、俺を急き立てる原動力だ。
「ルリのやつ、どこ行ったんだよ……」
ルリが部屋を出てから、俺たちが呆けていたのはどれくらいだっただろうか。
数秒か、数十秒か、とにかく長い時間でないことは確かだ。
彼女は、その僅かな隙に、あっという間に姿をくらました。
「モンスターの気配はこっちからするから、多分間違ってないと思うんだけど……」
「これは、C級程度のモンスターでしょうか。気配から察するに、1体だけではなさそうですね」
煌々と光る繁華を抜けて、鬱蒼とした森へ。
つい数十歩先には出店が立ち並んでいるというのに、いきなり線を引かれたように人の気配がなくなる。
さっきまでの灯りが幻だったと思えるほど、この先は深い闇だった。
「――うわぁああ!」
と、木々の合間を縫って誰かの叫び声が届いた。
恐らくはモンスターの討伐に赴いた冒険者だろう。そう遠くはない。
「急ぎましょう」
「あ、タマユラ、ちょっと待って――【灯火】」
俺が手をかざすと、辺りがぼんやりと温かい灯で照らされる。
あの温泉街の目に刺さるような輝きとは違う、素朴なものだ。
例によって、俺が使えるようになった魔法のひとつで、今ここで初めて使用してみた。
イメージとしては、もう少しばかり強く照らしてくれるかと思ったが――、
「まぁ、充分だろ」
「ええ、だいぶ視界が開けました」
灯りがないよりは幾分もマシだ。
この辺りに出没するモンスターは精々C級止まりらしいが、それでも警戒するに越したことはない。
暗闇というのは、それだけで俺たちが不利になる厄介な要素だ。
もちろん、モンスターにも夜目が効かない種はいるが、今回のはわざわざ夜の森に現れるくらいだ。よっぽど暗視に自信があるに違いない。
考えてみれば、先に戦いに出た冒険者は灯りくらいは持っているだろう。視界の確保は夜戦の鉄則だ。
焦りがあったとはいえ、S級である俺たちの方がうっかり抜けていたなんて、恥ずかしい話である。
【灯火】は思いつきで使ってみただけだが、最初からこれをあてにしていたことにしよう。なんせ恥ずかしいから。
「――ヒスイ。足音です」
タマユラが小声で簡潔に状況を伝え、俺はそれにコクリと頷く。一瞬にして場の空気が警戒色で張り詰める。
何かから走って逃げるような足音が、不揃いに幾つも鳴っている。
よく耳を澄ませば、荒い呼吸の音まで聞き取ることができた。
予測するなら、モンスターに追われて逃げ惑う冒険者、といったところだろう。
「――ぐぁああ!」
「――おい、大丈夫か! クソ、立てるか!?」
「待って、灯りよ! 誰かいるの!?」
切羽詰まった3つの声が、すぐ近くまで来ていた。
同時に、モンスターの気配も側にあることを感じられる。
「私たちは冒険者です! モンスターがそこにいるのですか!?」
草木をわけながら、俺たちは声の方向に駆け寄る。
夜の闇だけでなく、やはり光を遮る木々が索敵の邪魔をしていたようで、その冒険者たちは俺たちのほんの数歩先にいたらしい。
かきわけた先にいたのは若い男女だ。ひとりは鋭く抉られた背中から、赤い血を滲ませていた。
「助けて! お願い!」
「ええ、助けます。状況を説明していただけますか?」
俺たちの顔を見るや否や、怯えきった表情でそう叫んだ。
それは強い恐怖を植え付けられたことは、想像にかたくない。
「見えないモンスターがいるんだ! 灯りも壊されちまって、帰る道もわかんなくって、もう何がなんだか……」
「宿でしたらすぐそちらです。他の冒険者の方は?」
「……わかんねぇ。みんな灯りを壊されて、散り散りになっちまって、その後は……」
「そうですか、わかりました。危険ですので、私たちから離れないでくださいね――【気配感知】」
タマユラが、感知のスキルを使った。
俺も、ある程度ならモンスターの気配を感知することはできるが、それでもスキルでの感知には遠く及ばない。
タマユラであれば、完全にモンスターの位置を掴むことは出来るだろう。
ただし制限なく行使できるスキルではないので、常時発動状態にさせておくことはできないという。使い時を選ぶ必要があるのだ。
そして今が、その使い時なことに疑いようはない。
「これは、ゴブリンでしょうか――1、2、3、4……7体はいますね」
「ゴブリンですって!? そんなはず……それに、7体なんていたようには……」
「確かに、透明状態になれるゴブリンってのは聞いたことがないな……タマユラ、そのゴブリンは通常種?」
「いえ、通常種とは少し違うようです。気配から察するに、知恵を持って集団で動いているようですね」
ゴブリンってのは、モンスターの中でも幅広い種を持つ。
低級な種ならばE級冒険者パーティであっても難なく倒すことが出来るが、中にはB級相当の種も存在する。
それに加え、毎年のように新種が発見されており、我々人間はゴブリンになかなか手を焼いているのだ。
それらを踏まえると、このゴブリンは未確認の種で、群れる知恵と特殊な能力を持った厄介なモンスターだということになる。
運悪く、この3人には荷が重い相手だったのだろう。
だが、俺たちならば問題はない。ゴブリンに負けてるようでは魔王に鼻で笑い飛ばされるからな。
「警戒しているようですね。囲まれていますが、仕掛けてくる気配はありません」
「なら先手必勝だ――って言いたいところだけど、俺は完璧に気配を感知できない。タマユラ、やれる?」
「無論です――【薙糸】」
『――ギェァアア!』
無駄の一切ない美麗な剣さばきでタマユラが一振りすると、けたたましい断末魔と共に、ドサドサと糸が切れたように重いものを投げ出す音がした。
その数は丁度7つ――俺たちを囲んでいた、四方七方のゴブリン全てが事切れたことを意味する。
それは瞬きにも満たないような刹那の太刀筋で、相も変わらず誰もを魅了する芸術だった。
「……は、え? お、終わったのか?」
「ええ。今のうちに宿に走ってください。宿には回復術士が常駐してるはずですから、新手が来ないうちに」
「わ、わかった――すまねぇ、助かった! 後で必ず礼はする! あんたも気をつけて!」
タマユラが宿の方角を指さすと、彼らは男女2人で負傷した仲間を抱えながら走っていった。
辺りは暗いが、ここから宿までなら問題なく帰れるだろう。
さて、問題はゴブリンのことだ。
俺たちは、美しく真っ二つになった死体のひとつに駆け寄り、その造形を確認する。
「これは……体に泥のようなものを塗っていますね。この暗さで、灯りまで壊されたとなると、視認するのは難しいでしょう」
「透明のからくりはそういうことか……ってことは、コイツらがさっき攻めてこなかったのは」
「ヒスイの【灯火】で、闇夜に紛れることが出来なかったからでしょうね。隠れて様子を伺っていた、といったところですか。それと」
「武器を持ってるね。木の枝に伸縮性のある蔦を括りつけただけの簡易なものだけど――」
「例えばこれを投石に使ったら、遠距離からでもカンテラくらいは簡単に壊せてしまいます」
ただ群れるだけではない、集団の利を活かした戦闘の立ち回り。
それから、体に泥を塗り闇に溶ける機転。
その作戦の邪魔になる灯りは、自作の武器を使って破壊する。
見たところ、元は冒険者の持ち物だったであろう剣を腰に下げている個体もいた。
これは、明らかにゴブリンの知能を超えている。
体格は通常種のゴブリンと大差ないし、個の戦闘力という意味でも、剣に頼っているところを見るにそれほど高い方ではないだろう。
しかし、『知能』というのは一番厄介な武器になり得る。
そもそもモンスターに戦闘力で後れを取る人間が地上の支配者と成ったのは、他ならぬ『知能』が多種よりも優れていた点が大きい。
さすがに、ここで人間と比較するのは小胆が過ぎる気もするが――ともかく俺の危険信号は、このゴブリンを放置するべきではないと叫んでいた。
「とにかく、他の冒険者を探そう」
「そうですね。長期戦になるほど、種を知らない冒険者の勝ち筋は潰れていきます」
遠い未来、このゴブリンと人間の立場が逆転する日が来るなどとは思わないが、それでも目先の危機は待ってくれないし、関係ない。
これ以上の被害を抑えるために、俺たちは再び走り出した。
0
お気に入りに追加
1,605
あなたにおすすめの小説
平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。
応援していただけたら執筆の励みになります。
《俺、貸します!》
これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ)
ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非!
「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」
この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
とあるオタが勇者召喚に巻き込まれた件~イレギュラーバグチートスキルで異世界漫遊~
剣伎 竜星
ファンタジー
仕事の修羅場を乗り越えて、徹夜明けもなんのその、年2回ある有○の戦場を駆けた夏。長期休暇を取得し、自宅に引きこもって戦利品を堪能すべく、帰宅の途上で食材を購入して後はただ帰るだけだった。しかし、学生4人組とすれ違ったと思ったら、俺はスマホの電波が届かない中世ヨーロッパと思しき建築物の複雑な幾何学模様の上にいた。学生4人組とともに。やってきた召喚者と思しき王女様達の魔族侵略の話を聞いて、俺は察した。これあかん系異世界勇者召喚だと。しかも、どうやら肝心の勇者は学生4人組みの方で俺は巻き込まれた一般人らしい。【鑑定】や【空間収納】といった鉄板スキルを保有して、とんでもないバグと思えるチートスキルいるが、違うらしい。そして、安定の「元の世界に帰る方法」は不明→絶望的な難易度。勇者系の称号がないとわかると王女達は掌返しをして俺を奴隷扱いするのは必至。1人を除いて学生共も俺を馬鹿にしだしたので俺は迷惑料を(強制的に)もらって早々に国を脱出し、この異世界をチートスキルを駆使して漫遊することにした。※10話前後までスタート地点の王城での話になります。
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。
恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。
それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。
晴行
ファンタジー
ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる