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第三章 『異形の行進』

57.『終戦』

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「だからさ、俺にとって神ってのは褒め言葉でもなんでもないの! むしろその逆だから! もっと素直に褒めてよ!」

「……素直ですが」

「……意味わかんないところで怒るのが、ヒスイ」

「違いますぅー! 意味わかんなくないですぅー!」



 【神域結界陣】は、【対象A】から【対象B】への一切の攻撃を受け付けなくする魔法らしい。
 この場合は、【魔王軍七星バエル】が【セドニーシティ】に危害を加えられなくなるといった感じだ。

 それだけ聞くと、何が神域だよ、名前負けだろ、と思わなくもない。
 しかしこの魔法の真骨頂は、その【対象】にありとあらゆるものを選べるというところだろう。

 人だろうがモンスターだろうが街だろうが国だろうが、この魔法に選ばれたものは絶対的な鉄壁で無傷を約束されるのだ。

 『守り』に重点を置いた場合、【神域結界陣】を越える魔法はない。

 今この瞬間、バエルはただの無力な異物となったわけだ。

「――力に溺れる者は、破滅する運命にある! 魔王様に討ち滅ぼされるがいい!」

「同感だけど、お前に言われると釈然としないな」

 ついには他力本願に叫び始めるバエル。
 やっぱりわかる奴が見れば、俺はいきなり馬鹿げてるほどに強くなったように見えるのだろうか。

 俺からしたら、使えなかった魔法やスキルが使えるようになっただけなのだが。
 だけど、確かに魔力の向上は強く感じる。

 よく考えてみたら当たり前の話で、『これから覚えるはずの魔法やスキルを奪う』という行為は明らかに魔力に作用しているのだ。

 魔力の循環を妨げるとか、粗悪な魔力を流し込むとか――呪いの原理はわからないが、とにかく俺の魔力は封じられていたわけだ。

 そりゃ、常日頃から俺にはレベルの暴力があるので、魔力が足りなくなるということはあまりない。
 だけど、あの素体なんとか番と戦った時に思ったのだ。
 レベルが200を超えていても、強力なスキルを連発すれば案外すぐに魔力切れを起こすんだな、と。

「今なら1000発撃っても大丈夫そうだ」

「――クソがぁあ!」

 さて、かっこつけて「遊んでやるぜ!」的なことを口走ってしまったが、当然そんなつもりはない。
 一刻も早くこいつを処理しないことには、機能を失っているセドニーシティに混乱が広がるだけだろう。

 それに、自分より弱いものをいたぶって喜ぶ趣味は俺にはないし。
 バエルをつま先からじわじわと炙り殺してキャッキャするような性格でもない。

 ギルドマスターと話もしたいし、タマユラとの再会を喜びたいし、なにより疲れた。
 今日だけで色々ありすぎたので、そろそろ休みたいものだ。

「だからさ、悪いんだけど……」

 だからといって、俺の気が済むかは別の話だ。
 ぶっちゃけ、この疲労の半分以上は精神的なものである。

 まぁ、バエルだけが悪いわけじゃない――というか、俺からすればその後の方がストレス源になっているんだけども。
 気にしないようにしよう。そう言い聞かせても、俺の腹の中のモヤモヤは晴れない。

「ちょっと八つ当たりさせてくれる?」

 だから、バエルにはもうちょっとだけ付き合って貰おう。



「ひゅー……ひゅー……」

 そういえば、かつてルリにかかった呪いを解いた時。
 あの時は、【解呪】スキルではなく【呪い無効】のパッシブスキルで解呪に成功した気がする。

 あの時と何が違うのだろうか。
 【呪い無効】が後から作用するなら、それを習得した時に俺の呪いが解けなかった理由はなんだ?

 うーん、考えても分からない。
 そういう時は、博識な奴に聞くのが一番だ。

「わかる?」

「ひゅー……し、る……か……」

「あっそう」

 俺は足元に転がったそれに剣を突き立て、魔力を流し込む。
 魔力といっても、もちろん回復魔法のような優しいものではない。

「――【魔力活性】」

 これは、対象者の魔力を活性化させて、身体能力や魔法の威力を向上させる魔法だ。
 当然、こうやって剣をグサリと刺して使う魔法ではない。これはあれだ、雰囲気だ。

 ちょっと疑問に思ったのだ。【魔力活性】は、術者の魔力を送り込むもの。
 ならば、うっかり送りすぎてしまったらどうなるのか。
 その答えは、全身を痙攣させて悶え苦しむコイツを見てればだいたい分かった。

「おっと、死なないでくれよ。お前には聞きたいことがまだあるんだ」

「……呪いの、質が原因だろう……貴様の呪いは魂にまで刻まれていて……その娘はそうでなかった……それだけの話、だ……」

「……へぇ。呪いの質ねぇ」

 魂だのなんだの言われてもピンとこないが、恐らくアゲットが俺にかけたものは、本業の呪術師が腕によりをかけて発動したものなんだろう。
 これから覚えるはずの魔法を封じるとか、俺でも原理わかんないし。

 対してルリへの呪いは、その辺の冒険者が魔法陣についでに仕込んだやっつけ仕事だ。
 しかも効果は『対象を衰弱死させる』といったもの。
 なるほど、確かにこれくらいなら俺でも真似できそうだ。

「この調子なら解呪できない呪いもなさそうか」

「……図に乗るな。魔王様は呪いの王だ……人間が扱う解呪スキルごときでは、到底太刀打ちできぬだろう……」

「お前、ちょっと口が軽すぎるな。今頃魔王も頭抱えてるよ」

 そんな重要な情報を流していいのだろうかね。
 いや、ダメだろ。魔王の攻撃手段とか、一番言っちゃダメなやつだろ。

 いやまぁ、俺からしたらありがたいけどね。

「――ヒスイ。これ以上は生かしておくこともないでしょう」

 と、ルリの手当を受けたタマユラが、俺の隣に駆け寄ってきた。
 まぁ確かに、ここらが潮時な感じはするが……最後にひとつだけ、大事なことを聞いておかなくてはならない。

 普通なら答えないだろう質問だが、こいつならなんやかんや答えてくれそうな気もするし。

「おい、『鏡の世界』ってのはどうやったら行ける? どうすれば魔王に会えるんだ?」

「……貴様は魔王様に打ち破られるであろう。ならばこそ、遥かなる最果て――ぁ」

『ダメだよー、それは言っちゃ』

 頭が割れるほどの声が響いたかと思えば、視界がどす黒い赤に染まる。
 咄嗟のことに呆気に取られ、地面に転がっていたバエルが姿を消していることに気付いたのは数拍遅れてからだった。

 ――否。姿を消した訳では無い。
 そこにあったはずのバエルは、数百の肉片となって辺りに散らばっていた。

 魔王だ。この声の主は、あの少年の形をした帝王に間違いあるまい。
 この場にいないはずの魔王が、バエルを木っ端微塵にしたのだ。

『バエルはお喋りで困っちゃうよね。ヒスイ君、まだその時じゃないんだ。また会えるから、気長に待っててよ。じゃね』

「――――」

 頭の底から噛み散らすような声。
 それが止んだかと思えば、静寂が包み込むだけだった。

 呆気なく、セドニーシティの戦いは終わった。
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