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第三章 『異形の行進』

49.『せめて最期の瞬間まで』

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「結論から申し上げますと、あの鈴はこの世界の物ではないようです。ただ、やはり強い魔力が込められていました。その手段は不明ですが……」

「魔王軍はこの世界とは違う世界を拠点にしている、あるいは別の世界の技術を持っている。ということだね」

「はい、とても信じられませんが……」

「ヒスイくんとタマユラちゃんの報告の通りだ。――『鏡の世界』、実在していたとはね……やはり、魔王軍か」

 夜に外に出たらアークデーモンがやってきて『鏡の世界』に連れ去られちゃうぞ。なんてのは、ギルドマスターが子供の頃に言い聞かせられたような御伽噺だ。

 当然、アークデーモンというモンスターの存在は周知のもので、極わずかではあるが出現報告も聞いている。
 ただし、その生態についてはまるで掴めてはいなかった。

 突然現れては煙のように消えてしまうモンスター。まさか本当に別の世界を行き来していたなど誰が想像しただろうか。

「調査は難航するだろうね。ヒスイくんと『白夜』ちゃんが帰ってこないことには、この先には――」

「――失礼します! 街中にバリアント=ヒューマンが多数出現! 至急、冒険者の手配を!」

「――よりによって、今……いや、あえて? ヒスイくんたちが居ないタイミングを狙って……? まずいな。戦える者は?」

「宿舎に集めていた者で、A級が4名。B級が12名。C級以下が30名とちょっとでしょうか」

「よし、総員導入だ。戦いたくない者もいるだろうが、無理をしてもらうしかない。……こんなギルドマスターで申し訳ないけど、せめて報酬ははずむと、そう伝えておいて。ボクはもう一度近衛兵団本部に行ってくる」



 街のあちこちから黒い煙が上がり、断末魔と悲鳴が入り乱れた狂乱の叫びが耳を劈く。
 この世の終わりかと錯覚するような阿鼻叫喚が、セドニーシティを包んでいた。

 観光気分でやってきたかと思えば、いきなりこんな厄介に巻き込まれるとはツイてない。
 しかも、お目当ての彼もどうやらこの街にいないらしい。

「サプライズで可愛いあたしらが会いに来てあげようと思ったのに、これじゃあたしらの方がとんだサプライズだよ!」

「しっ、仕方ないよ。冒険者なんだから、戦わなきゃいけないの」

 恐ろしく気持ちの悪い造形の怪物を、毒を塗りこんだ短剣でザクザクと刺していく。
 その肉は少しの抵抗を見せながらも、鋭い刃を拒むことはできず、程なくしてピクリとも動かなくなった。
 どうやら、あたしらでも難なく倒せる程度のモンスターらしい。

「こんなことなら来なければよかったか、な!」

「B級になったことを自慢したいって言ったのはイヴなの」

 息をつく間もなく現れる2匹目にも短剣を突き立て、あっという間に息の根を止める。
 ここのところのあたしらの成長は目覚しいものがあり、今ならこの程度のモンスターに負ける気はしない。
 ただし、1体や2体だったらの話だが。

 やがて、戦えない者の避難はある程度済んだようで、この場に残っているのはあたしら冒険者と、この街の近衛兵。それから、気が遠くなるほど大量のモンスターだ。

「それにしても気持ち悪いなぁ、このモンスター。なんか生理的にヤダよ」

「それは、元々人間だったらしい。今は殺人モンスターだから、同情の余地はないけどね」

 突然、ネスのものではない声が割り込んできた。
 そのサラサラの蒼い髪と、あたしのお世辞にもサラサラとは言えない髪を比べて、なんとなく負けた気になった。
 優雅な男の人だなぁ、なんて印象だ。

 そんなあたしの視線に気づいたのか、

「私はA級冒険者のノア。君たちもグローシティの冒険者だよね? ギルドで見かけたことがある」

「へぇ、おにーさんもグローの冒険者なんだ。ごめんね、知らなくて」

「問題ないさ。A級なんてS級と比べたらちっぽけな存在で、誰かの心に強く残るような器ではない。――ついこの前、そう実感したところ、だ!」

 会話を遮るように襲い来るモンスターを跳ね除けながら、それでもあたしたちは談笑を続けた。
 この異常事態の中で、同郷との場違いな会話は変に安心する。きっとこの人も、そうなのだろう。
 それがわかっているから、あえては口にしなかった。

「へぇ、奇遇だね。あたしもそういうこと、あったよ!」

「――もしかしたら、同じ人かもしれないな。S級冒険者なんて滅多に人前に出ないからさ。――あの魔法は、目の当たりにした全ての者の心を震わせるものだった」

「魔法? ならやっぱり違う人かもね。彼は素手でぶん殴ってたらしいもん」

「――彼、か。じゃあ、違う方だ。あの場にはもう一人S級冒険者がいたが……素手ではなかったな」

 なんだ、彼の知り合いかと思ったのに。
 魔法で有名なS級と言えば、『白夜』だろうか。
 あの後ほんの少しだけ冒険者業から離れていたから、同業者の情報は入ってこなかったが……その時にこの人と『白夜』がパーティを組んだ?

 ――いや、それはないか。
 『白夜』はパーティを組まないってのは有名だもん。
 それを覆せるとしたら、それこそ彼くらいのものだろう。まぁ、そんな面白い話はないだろうけどさ。

 さて。

「騙し騙しやっては来たが……キリがないな」

「――ちょっとヤバいかもね」

「まずいの」

 いくら倒しても、終わりが見えない。
 この通りを見渡しただけで、16、17、18――とにかく、いっぱいだ。捌ききれないほどのモンスターがひしめき合っている。

 既に息は切れ、短剣は刃こぼれを起こしている。
 これでももうネスと合わせて十数体、この人と合わせると30体近くは倒していると言うのに、これじゃジリ貧だ。

「――ねぇ、アレ……」

「――信じられないな」

 ふと街の東側に目をやると、遠くの方にここからでも分かるほど一際巨大なモンスターが現れていた。
 造形は目の前のモンスターと同じように見えるが、その体長はゆうに30メートルを超えているだろう。

 この街はもうダメなのかもしれない。

「向こうには私の仲間たちがいるが……何とかやってくれると信じよう」

「あたしらの最期はここで門を守り抜くことだね。はぁーあ。まさかこんなカッコいい死に様になるとはなぁー」

「ぜっ、全部倒せばいいだけなの」

 あたしらの背中には、街から避難するための門がある。
 ここを通してしまえば街の外まで被害は拡大するし、混乱もさらに大きくなるだろう。

 気付いたが、どうやらこのモンスターは何も無い空間から出現しているようだ。道理で終わりがないわけだ。
 このまま無限に増え続けるということもないと信じたい。とにかく、やれるだけやろう。

 なんせ、彼の街だ。死にたいわけじゃないが、せめてもの恩返しのためなら、B級冒険者としてやり遂げるべき役目を。
 例え命を燃やしてでも――いや。本当はそんな覚悟で来たわけじゃないので、死ぬのは嫌だ。私まで死んだら、残されたネスも可哀想だ。

 死なないために、戦う。

「――君たちは逃げ……いや、街の外に援軍を呼びに行ってくれ。どうせ、この街の戦力だけでは防ぎ切れない。勝利を掴み取るために、頼む」

 そう思っていたのに、そんなことを言い始める。

「――嫌だよ。街の外に逃げていった人がやってくれるでしょ。一応、それなりの覚悟を持って冒険者やってるから」

「君たちはまだ若い。それに、まだ強くない。私が冒険者になったのは、君たちのような人を助けるためだ。頼む」

「――だから嫌だってば! あたしはもう、あたしとネスだけで生きられる力を付けるって決めたの! あたしだって、守る立場になりたい!」

「いつか、誰かを救うために――今この場は、退いてくれないか。このまま全員で倒れてしまったら意味が無いんだ。私の最期の戦いが意味を持つために、頼む」

 ズルい。
 そんなことを言われたら、断れないじゃないか。

 こうやってまたあたしらは、目の前で亡くすのだろうか。
 そうならないためにB級まで必死に頑張ったのに、まだ足りないのか。

 あたしは、いつになったら守れるんだ。
 いつになったら、仲間を失わずに済むんだ。

 結局、あたしは弱いのだ。
 自分ひとりでは――ネスと一緒でも、こんな騒ぎの中ではこれっぽっちも役に立たないのだ。

 だけど、この場においては。
 少なくとも、足を引っ張っているわけではない。
 ほんの少しでも、この人の助けになれているはずなんだ。

 ならばせめて最期の瞬間まで戦い続けたい。
 それこそが冒険者というものだから。

「……あたしは!」

「――久しぶりに街に帰ってきたと思ったら、なんですかこの騒ぎは。全く、私にどうしても斬られたい愚か者がいるようですね」

「――――」

 すんなりと、その声は入ってきた。
 まるで雪解け水のように、あたしたちに染み込んできた。

 柔らかくも凛とした、芯のある声。
 それに遅れて目に入ってきたのは、眩しいほどに輝く黄金色。
 あたしらよりもずっと先を見ている目が、風になびく柔らかな髪が、一挙一動、その仕草さえが、あたしを優しく安心感に包んだ。

 一目見ただけでわかる。この人こそが、この暗雲に一筋の光を射し込んでくれる人なのだと。

「――――」

 あたしらが死を覚悟するほどにおびただしい数だったモンスターは、その人が剣を抜くと同時に全て消え去った。
 それはもう、信じられないほどに容易く。
 ピン、と一本の線を描いて、バラバラに崩れていった。

 言葉ひとつも出せずに見惚れていたあたしに変わって、A級冒険者の彼がその問いを口にする。

「――あ、なたは」

「私はただの――いえ。S級冒険者、近衛兵団長……タマユラ。あなた方を守る剣です」

「――タマ、ユラ」

 誰の口からだったか、その名前は聞いたことがある。
 まぁ、もちろん覚えている。
 彼の頭から離れないのも最もだ。そう思うほどに、この存在は美しかった。
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