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第三章 『異形の行進』

45.『理不尽な化け物』

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 7、8メートルはあるであろうかという体躯に、でっぷりとした図体。
 さながら、巨大な蛙のような印象を受ける見た目。

 そんな化け物が、バリボリと人間を貪っている。
 どう見てもヤバい奴に違いない。こいつが、魔王軍七星バエルなのだろうか。

「――【氷晶六華】!」

 俺が距離を詰める前に、ルリが動いた。
 数え切れないほどの氷の刃が、瞬く間に化け物を包む。

 勢いをつけた氷刃は、いとも容易く化け物を串刺しに――することなく、柔らかそうな肉に弾かれて落ちた。

「――なっ!?」

「カカ。そンなン痒クもねェゾォ」

「……ありえない。全力だった」

 ルリの全力の魔法。
 それを全くのノーダメージで弾くなんてありえない。
 何かインチキをしているか、魔法に絶対耐性を持っているかの二択だ。

 俺は相手の耐性を見ることは出来ないが、正確な戦力の差を測ることはできる。
 久しぶりにパッシブスキル【レベル可視化】の出番だ。

「レベル358、か……」

 俺のレベルは一番高い時で500程度あったが、ルリに分配してしまっているので、現時点では300程度といったところだろう。
 ルリの魔法が通じないとなると、これを1人で相手する必要がありそうだ。

 その差は約50。
 気合いで埋めるには少しばかり差が大きすぎる。

 せめてルリをこの場から逃がしたいが、そのためには俺が囮になって――、

「……バカ言わないで。あと、あんまり私を舐めないで」

「そうは言っても魔法が通じないんじゃ――」

「魔法は攻撃するだけじゃない。――【身体鋼化】【神速付与】【攻撃力激化】」

 派手な光とともに、体の底から力が湧き上がってくる。
 おお、こんなことが出来るなんて。
 体感だが、恐らくレベルが100程度上昇したのと同じほどの強さが宿ったようだ。

「S級って凄いんだな……」

「……今さらすぎ」

「でもルリさん、実は効果が1分しか持たないとか?」

「……2時間は持つ」

 マジですげぇな、S級!
 いや、S級というか、これに関してはルリが優秀すぎる。
 もしS級の中に他の魔法使いがいても、ここまでは出来ないだろう。

 なにより、自分の攻撃が通じないと分かるや、俺に全部ぶん投げてくれるのが俺好みだ。
 冷静で聡明な判断。俺が逆の立場だったなら出来ないかもしない。

「ナに、やッテンだァ? ナぁ!」

 痺れを切らした化け物が、拳を正面に突き出す。
 それは俺たちにはまるで届かないが、震えるほどの危険を察知した俺は、咄嗟にルリを抱えて床を蹴った。

 その瞬間、拳から強大な魔力の塊が、一瞬前まで俺たちがいた場所を襲った。

「この技は……」

 バリアント=ヒューマンと同じだ。
 魔力の塊を、何の工夫も味付けもなく押し出す。
 その魔力自体が強大なため、それだけで容易く命を奪う一撃となり得るのだ。

 バリアント=ヒューマンの使ったものは、俺にはダメージを与えられなかった。
 だが今の一撃は、確実に俺にダメージを与える一撃であっただろう。

 その証拠に、強い衝撃を受けた壁がボロボロと崩れて――、

「なんだ、あれは」

「……次元の、歪み?」

 壁の向こう側は、見慣れた屋敷の一部屋ではなかった。
 まるで世界そのものが破れたように、歪んだ紫色が渦巻いている。

 もしこの壁の向こう側に踏み出してしまったら、この世界に帰ってくることは出来るのだろうか。

 そもそも、一体ここはどこなのか。
 そんな思案を許してくれるほど、化け物は律儀ではなかった。

「――肉ゥ! どコ見テンだァ!」

「――」

 2つ目の魔力の塊が、ジメジメとした空気を切り裂くように飛んでくる。
 どうなってるんだ、こいつの魔力は無尽蔵か?

 連続でここまでの魔力を圧縮して、息のひとつも切らさない。
 何かからくりがあるはずだ、何か――。

「――ヒスイ、考えるよりも」

「わかっ、てる!」

 そんな余計なことを考えるよりも、一瞬でも早くこの剣をあの化け物に突き立てることが優先だ。
 どんなに魔力が多くても、どんなに魔法が通じなくても、俺の全力の剣さえ届けばそれで終わりだ。

 俺は遠慮をせずに床を蹴り飛ばす。
 衝撃で、周りにあった人の残骸も弾ける。

 仕方ない。気にしていられない。
 ここで躊躇をすることこそが、この亡骸の群れにとって最も無礼である。

 広すぎるほど広いと感じていたこの部屋ですら、俺の速度では数歩で端まで届く。
 今はルリの【神速付与】があるのでなおさらだ。

 化け物の反応速度を上回り、剣の届く距離までたどり着く。
 あとは、全身全霊を込めるだけだ。

「――【天籟一閃】!」

「ォ――ぉおオォおオ」

 刺さるような閃光の中、上半身を蒸発させる醜い化け物と目が合う。
 今まさに命を落とそうという瞬間にしては、あまりにも呆けた顔だ。

 自分が死ぬことなど、考えていなかったのだろうか。
 こんなにも多くの命を奪っておきながら、自分が奪われる側に立つことなど、微塵も想定していなかったのだろうか。

 ――ふざけた野郎だ。
 結局こいつの正体もこの場所の正体も、何も分からないままだが、ひとつだけ思うことがあるとすれば。

 こいつが外に出てこなくてよかったという安堵感だけだ。

 ルリの魔法が通じないほどの怪物。
 こんなのが街にでも現れたら、被害は10倍で済んだか怪しいほどである。おぞましいくらいに、理不尽な存在だった。

「さて、どうやって出るか……」

「……もう一回あの扉を開けてみる?」

 それしかないか。
 あの扉を開けたらそのまま屋敷に繋がっているなんて、そんな単純な造りをしている世界には見えない。
 だけど手がかりがない以上、やれることは何でもやるべきだ。

「こいつが魔王軍幹部だったの、かな――」

 扉に向かって歩き始めた俺たちだったが、やはり正体は確認するべきだったと僅かな後悔が芽生え、振り返って――戦慄する。

 そこに倒れていた化け物の残骸が、ボコボコと蠢いて失った上半身の肉を作ろうとしていたのだ。

「ィ、う――痛ィナぁ。アぁ、痛ィ」

「――な」

 あっという間に元通りの姿に――いや、元よりも幾分か巨大化した化け物が、命を宿して喋り出す。
 ありえない。間違いなく命は奪ったはずだ。

「――ァあ。肉ゥ。ふザケた真似、スんナぁ!!」

 失われたはずの命がこうも容易く火を灯し。
 そればかりでなく、もう一つ俺を驚愕させることがあった。
 俺の【レベル可視化】は、その化け物のレベルを402と指し示していたのだ。

 決戦は、続く。
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